第27話:脱出(1)
(記者:オルタシア視点)
「うぅ……僕は……」
「静かに。動かないで」
意識を取り戻したアルヴィンが呻くのを、素早く制す。
「男が去ってから大体二時間。あなたはずっと気絶していたの」
ぼろ布の下で、アルヴィンの呼吸が一瞬止まった。
ゆっくり息を整えたあと、静かな声で謝罪が落ちる。
「オルタシアさん、すみません。ボクのせいでこんな目に……」
「謝罪は今はいいわ。仲間だって確信できただけで十分」
顔を寄せ、小声で続ける。布をかぶっているとはいえ、油断はできない。
「この布は荷物に掛けられていた埃避け。寒いって訴えて借りたの」
「ちょっ……近――」
「声をかけた感じ、下っ端ね。扉の前で見張ってる」
この緊急事態に、なに顔を赤くしているのか。
私はゆっくり腕を動かし、首の魔法封じを示す。
「あなたの縄も後で切るわ。それより問題は、この魔法封じ」
アルヴィンの視線が、私の首元に集まる。
「……それ、“抑制型”ですね。僕の“拡散型”とは違う」
「抑制型?」
私は首元に触れ、金属の輪を指先で軽く叩いた。
金属の冷たさとは別に、不快な魔力の滞りが伝わる。
「ええ、魔法封じにも種類があるんです。僕のは魔力の収束を阻害するタイプで、大きな魔力を持つ魔導士用」
「私のは?」
「比較的、小さい魔力の人用ですね。作りが簡単で安価……それでも高いんですが」
なるほど。レンジャーの私と魔術師の彼で使い分けている理由はそれか。
どちらかの魔道具をどうにかできれば状況は開けるが、力ずくで壊せるほどの力も道具もない。
「……方法は、あります」
私の思考を読んだように、アルヴィンが口を開いた。
「貴女の“抑制型”は効果が単純な分、容量が小さいんです。だから……僕の魔力を使えば、破壊できるかもしれない」
「アルヴィンの……どうやって?」
問い返すと、彼は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「魔力譲渡をするので、貴女が魔道具を破壊してください。ただ……」
「ただ?」
居心地悪そうに身をよじり、小さく息を吸う。
「……今の僕は魔力のコントロールができません。少しでも多く魔力を渡すには、可能な限り身体的な接触が必要なんです。だから――」
「そう。分かったわ」
「え、ちょっ!」
私はすぐに彼へにじり寄り、腕を首に絡ませて体を密着させた。
ドレスのせいで下半身を寄せきれないのが悔やまれる。
「これで大丈夫? 不安ならもう少し……」
「だ、大丈夫! 大丈夫ですから!」
アルヴィンの体がびくりと強張る。
触れた肩が小さく震えている。普段の彼からは考えられない反応だ。
薄暗い布の下でも、彼の動揺は手に取るように分かった。
調査の時はあんなに“らしく”振る舞っていたのに、どうしたのだろう。
「落ち着いて。時間がないの」
「は、はい……っ」
彼が目を閉じ、静かに呼吸を繰り返す。
その体から、ほのかな温かみ――魔力があふれ出した。
触れた部分が、ピリピリと甘い痺れに満たされていく。
体温とは違うアルヴィンの魔力が、静かに体へ染み込んでくる。
私はその流れをそのまま、魔法封じへと押し込んだ。
金属の輪が、かすかに震える。
アルヴィンの魔力が出口を求めるように体を内から押し上げる。
圧力のような感覚に呼吸がしづらくなるが、止まるわけにはいかない。
「大丈夫……もっと流して」
「っ……はい……!」
アルヴィンの魔力が一段と強くなる。
甘い痺れは鋭い痛みに変わり、うめき声が漏れそうになるのを歯を食いしばって堪える。
首輪の震えは大きくなり、キィィと小さな音を上げた。
「……まだ……いけるわ」
「……っ!」
触れ合う肌が焼けるように熱い。
アルヴィンの魔力が暴れ馬のように体内を駆け抜ける。
視界の端が暗く沈み、指先の感覚が遠のいていく。
――パキン。
硬い悲鳴をあげて首輪が割れた。
金属片が床に落ち、冷たい音を立てる。
同時に、アルヴィンの体から力が抜けた。
私の肩に重みがのしかかり、荒い呼吸が耳元で震える。
彼を押しのける力は出ない。体の奥がじんじんと痛み、動きが鈍い。
「……アルヴィン、大丈夫?」
痛みをこらえて問いかけるも、返事はない。
意識はあるが、呼吸がひどく乱れている。
血の気の引いた顔からして、魔力欠乏を起こしているのだろう。
私はそっと目を閉じ、体の痛みを押しやって魔力を巡らせる。
熱のようなものが体の奥から立ち上がり、スキル――≪幽識≫が力を取り戻す。
沈んでいた世界の輪郭が、音もなく立ち上がる。
――構造、位置、声、気配。すべてが一度に流れ込む。
ゆっくりと目を開ける。
「ありがとう、アルヴィン」
ぐったりした彼の縄を、髪留めに仕込んだ黒曜石のナイフで切る。
……先に切っておけば、ここまで疲れさせずに済んだのかもしれない。
「あとは任せて。少し休んで」
気まずさをごまかすように、私はするりと布の下から抜け出した。
張りつめたような冷えた空気が、私を迎えた。
魔法封じ破壊の一幕。
記者はこの状況をどう切り開くのか。
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