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迷宮実話 -命の対価は恥で払え-  作者: 泉井 とざま
3章:匿名記者が迫る

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第26話:捕縛

(記者:オルタシア視点)


 背中に硬い床の衝撃が走り、肺から息が漏れた。

薄暗い倉庫の空気は湿って肌にまとわりつき、埃の匂いが喉に張りつく。


 首に巻きつく金属の硬さ――“魔法封じ”の首輪。

さらに後ろ手に縛られた腕は痺れ、足も満足に動かない。

床の冷たさが、失敗した現実を静かに突き付けてくる。


「ぐっ……!」


 隣でも、叩きつけられた音とうめき声が上がる。

アルヴィンも同じように転がされたらしい。


 私たちを捕まえた大男たちと入れ替わるように、一人の男が倉庫へと入る。

背の高い影がゆっくりと近づき、頬を走る古い傷と右目の眼帯が薄闇に浮かび上がった。


 倉庫の床板を踏む低い振動が近づいてくる。

男が近くの椅子に乱暴に腰を下ろすと、ギシリと椅子が悲鳴を上げた。

黒革に覆われた手が迷いなく動き、懐の影から細身のナイフが姿を見せる。

持ち上げた刃の反射越しに、男は私たちを値踏みするように見た。


「……ギルドの寄越したネズミにしちゃあ、思ったより若けぇな」


 見下ろす男の表情は冷たく、そこに何の感情も読み取れない。

顎の無精ひげをゆっくりとさすり、右手のナイフをひょいと放る。

左手で受け止めた刃が一度だけ回転し、そのままゆらりとアルヴィンの顔へ向けられた。


「それで、跳足のアルヴィンさんよ、“記者”については何かわかったのかい?」


 その質問に、アルヴィンは倒れた姿勢のまま、沈黙で返す。

男は小さくため息をこぼし、刃を放って右手に収めた。


「……黙秘かい。まぁ、そう来るよな」

「僕を、騙していたのか?」


 アルヴィンは男を睨みつけるように見返していた。

喉の奥で怒りを飲み込んだのか、声がわずかに震えている。


「ハッ! ま、そうなるな。……今のところは、だが」


 男は鼻で笑い、椅子の背もたれにもたれた。

ゆっくりと足を組み、指先でナイフの背を軽くなぞった。


「お前がその女を連れまわしてくれたおかげで、そいつは何もできなかった。……本当に助かったぜ」

「……っ!」


 アルヴィンの喉がひくりと動く。

男はそのわずかな反応に、口角だけを上げた。


 その頬に自ら刃を当て、わざとゆっくり無精ひげをそぎ落としながら言った。

「最後はまぁ、勇み足が過ぎちまったが、アルヴィン。お前のその情報力は侮れねぇ」


 刃を離した男は、ひげの落ちた刃を払うようにして立ち上がった。

「どうだ? 今度は本当に、俺たちの仲間にならねぇか?」


 男がアルヴィンの前に座り込む。

二人の目が合い、数舜の沈黙が場を包んだ。


「僕が、ギルドを裏切る? ありえないね」


 無理な姿勢のせいか、にやりと笑ったアルヴィンの額にじわりと汗が滲む。

その様子を見下ろす男の目つきが、スッと細くなった。


「へぇ……そうかよ。せっかく拾ってやろうと思ったのによっ!」


 男の空いた方腕がアルヴィンの髪を乱暴につかみ、顔を上げさせた。

その仕草には、先ほどまでの“勧誘”の色はもうない。


「じゃあ聞くが――」


 男の顔が、ぐるりとこちらを向いた。

嗜虐に満ちた笑みが口元に浮かび、背筋にゾクリと悪寒が走る。


 握ったナイフの刃先が、頬のかすめる距離まで寄せられる。

冷たい気配が肌を撫でた気がした。


 男は顔を私に向けたまま、視線だけがアルヴィンへと戻した。


「その女がどうなっても、いいってわけだな?」

「なっ……彼女は関係ないだろう!」


 髪をつかまれたまま、アルヴィンが声を荒げる。

その叫びに、男の笑みが深く歪んだ。


「うるせぇんだよ!」


 怒声とともに叩きつけられたアルヴィンの顔の横へ、男はナイフを突き立てた。

鈍い衝撃音が倉庫に響き、アルヴィンの身体がわずかに跳ねた。

そのまま、動かない。


「アルヴィンッ!」


 思わず、声が出た。


「……チッ、やりすぎちまった。貧弱な奴だ」


 男は吐き捨てるように言い、アルヴィンの髪をつかんでいた手を乱暴に離した。

空いた手で床に突き立てたナイフを引き抜き、懐へしまうと、私の方へ視線だけを向けた。


「そいつが起きたら伝えとけ。半日待つ、とな」


 その言葉を残し、男は扉の向へ消える。

重い扉が閉まり、錠が下ろされる音が倉庫に響いた。



 静寂が戻る。

薄暗い空間に、アルヴィンの浅い呼吸だけがかすかに聞こえる。

私はゆっくりと息を吐いた。


――ひとまず、バレずに済んだみたい。


縛られた手に仕込んだ“わずかなゆとり”が、手のひらの中で確かに存在を主張している。


 魔法封じのせいか、スキルの反応も鈍い。

それでも、できることはあるはずだ。


 私は扉から隠すように手をうごめかせながら、静かに脱出の算段を組み始めた。


――残された時間は、半日。

捕らわれた二人の一幕。

アルヴィンが仲間だと、ようやく確信。


☆や感想を頂けましたら、これ幸い。

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