第26話:捕縛
(記者:オルタシア視点)
背中に硬い床の衝撃が走り、肺から息が漏れた。
薄暗い倉庫の空気は湿って肌にまとわりつき、埃の匂いが喉に張りつく。
首に巻きつく金属の硬さ――“魔法封じ”の首輪。
さらに後ろ手に縛られた腕は痺れ、足も満足に動かない。
床の冷たさが、失敗した現実を静かに突き付けてくる。
「ぐっ……!」
隣でも、叩きつけられた音とうめき声が上がる。
アルヴィンも同じように転がされたらしい。
私たちを捕まえた大男たちと入れ替わるように、一人の男が倉庫へと入る。
背の高い影がゆっくりと近づき、頬を走る古い傷と右目の眼帯が薄闇に浮かび上がった。
倉庫の床板を踏む低い振動が近づいてくる。
男が近くの椅子に乱暴に腰を下ろすと、ギシリと椅子が悲鳴を上げた。
黒革に覆われた手が迷いなく動き、懐の影から細身のナイフが姿を見せる。
持ち上げた刃の反射越しに、男は私たちを値踏みするように見た。
「……ギルドの寄越したネズミにしちゃあ、思ったより若けぇな」
見下ろす男の表情は冷たく、そこに何の感情も読み取れない。
顎の無精ひげをゆっくりとさすり、右手のナイフをひょいと放る。
左手で受け止めた刃が一度だけ回転し、そのままゆらりとアルヴィンの顔へ向けられた。
「それで、跳足のアルヴィンさんよ、“記者”については何かわかったのかい?」
その質問に、アルヴィンは倒れた姿勢のまま、沈黙で返す。
男は小さくため息をこぼし、刃を放って右手に収めた。
「……黙秘かい。まぁ、そう来るよな」
「僕を、騙していたのか?」
アルヴィンは男を睨みつけるように見返していた。
喉の奥で怒りを飲み込んだのか、声がわずかに震えている。
「ハッ! ま、そうなるな。……今のところは、だが」
男は鼻で笑い、椅子の背もたれにもたれた。
ゆっくりと足を組み、指先でナイフの背を軽くなぞった。
「お前がその女を連れまわしてくれたおかげで、そいつは何もできなかった。……本当に助かったぜ」
「……っ!」
アルヴィンの喉がひくりと動く。
男はそのわずかな反応に、口角だけを上げた。
その頬に自ら刃を当て、わざとゆっくり無精ひげをそぎ落としながら言った。
「最後はまぁ、勇み足が過ぎちまったが、アルヴィン。お前のその情報力は侮れねぇ」
刃を離した男は、ひげの落ちた刃を払うようにして立ち上がった。
「どうだ? 今度は本当に、俺たちの仲間にならねぇか?」
男がアルヴィンの前に座り込む。
二人の目が合い、数舜の沈黙が場を包んだ。
「僕が、ギルドを裏切る? ありえないね」
無理な姿勢のせいか、にやりと笑ったアルヴィンの額にじわりと汗が滲む。
その様子を見下ろす男の目つきが、スッと細くなった。
「へぇ……そうかよ。せっかく拾ってやろうと思ったのによっ!」
男の空いた方腕がアルヴィンの髪を乱暴につかみ、顔を上げさせた。
その仕草には、先ほどまでの“勧誘”の色はもうない。
「じゃあ聞くが――」
男の顔が、ぐるりとこちらを向いた。
嗜虐に満ちた笑みが口元に浮かび、背筋にゾクリと悪寒が走る。
握ったナイフの刃先が、頬のかすめる距離まで寄せられる。
冷たい気配が肌を撫でた気がした。
男は顔を私に向けたまま、視線だけがアルヴィンへと戻した。
「その女がどうなっても、いいってわけだな?」
「なっ……彼女は関係ないだろう!」
髪をつかまれたまま、アルヴィンが声を荒げる。
その叫びに、男の笑みが深く歪んだ。
「うるせぇんだよ!」
怒声とともに叩きつけられたアルヴィンの顔の横へ、男はナイフを突き立てた。
鈍い衝撃音が倉庫に響き、アルヴィンの身体がわずかに跳ねた。
そのまま、動かない。
「アルヴィンッ!」
思わず、声が出た。
「……チッ、やりすぎちまった。貧弱な奴だ」
男は吐き捨てるように言い、アルヴィンの髪をつかんでいた手を乱暴に離した。
空いた手で床に突き立てたナイフを引き抜き、懐へしまうと、私の方へ視線だけを向けた。
「そいつが起きたら伝えとけ。半日待つ、とな」
その言葉を残し、男は扉の向へ消える。
重い扉が閉まり、錠が下ろされる音が倉庫に響いた。
静寂が戻る。
薄暗い空間に、アルヴィンの浅い呼吸だけがかすかに聞こえる。
私はゆっくりと息を吐いた。
――ひとまず、バレずに済んだみたい。
縛られた手に仕込んだ“わずかなゆとり”が、手のひらの中で確かに存在を主張している。
魔法封じのせいか、スキルの反応も鈍い。
それでも、できることはあるはずだ。
私は扉から隠すように手をうごめかせながら、静かに脱出の算段を組み始めた。
――残された時間は、半日。
捕らわれた二人の一幕。
アルヴィンが仲間だと、ようやく確信。
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