第24話:記者と監視者
(記者:オルタシア視点)
なんでこんなことになってしまったのか。
少なくとも、私のせいではない。
完全にギルドマスターの失態だ。
厳めしい扉の前に佇んでしばらく。
口からこぼれるのはため息ばかりだ。
本来ならば、単独の秘密調査が、急遽二人になった。
つまりは、敵に動きを読まれ、計画を邪魔されたことに他ならない。
なんでこんな、面倒なことになってしまったのか。
最後に大きく息を吐いて、ノックを三度。
返事を待ってから、私は重い扉を押し開け、しぶしぶ執務室へ足を踏み入れた。
わずかに書類の積まれた大机といくつかの本棚。
部屋の端では、衝立の向こうから武骨なソファと長机が少しだけのぞいている。
さして広くない執務室は、相変わらずよく片付いている。
ギルドマスターの醸し出す地味……質実剛健な空気が、今日はどこか重たい。
大机の向こうに座るギルドマスターは、いつもより険しい表情だ。
目が合うと、わずかに視線を下げて逸らされる。やっぱり、後ろめたいのか。
「初めまして。“兎の跳足”のアルヴィンと申します」
その声の主は、明るい声と共に、衝立の向こうから人影が現れた。
丁寧なお辞儀に、ニコリと貼り付けた笑顔。
彼が相棒なのだろう。
「……オルタシアよ。よろしく」
“兎の跳足”と言えば、この前の記事のパーティーだ。
その中では、一番用心と警戒の出来てた魔術師だったと記憶しているが……
「立ち話もなんだ。座りたまえ」
ギルドマスターの一声で、私もアルヴィンもソファに座る。
だが、アルヴィンの対面に座ったせいか、ギルドマスターがピクリと表情を引きつらせた。
気を取り直すためか、せき払いを一つ。
妙な緊張の中、ギルドマスターはゆっくりと口を開いた。
「すでに詳細は聞いていると思うが、今回は商館の地下にある違法カジノの実態調査だ」
いつも通りの落ち着いた口調だが、わずかに言葉を探すような迷いがある。
「元々は彼女……オルタシア君に依頼する予定であったが、一部職員から私の独断と批判があってね。もう一人、アルヴィン君にも同様の依頼をさせてもらった」
事前に聞いていた内容を簡潔に説明していくギルドマスター。
アルヴィンがいる手前、こちらも多少は驚いて見せておくべきだろう。
「ずいぶんと急な変更ですね」
「君には迷惑をかける。が、安全確保のためにも、二人行動の方がいいと判断した」
……最も、こんな三文芝居、してもしなくても同じだろうが。
問題は、アルヴィンの裏に誰がいるかだ。
それを突き止めない限り、警戒を解くことはできない。
「……自分に務まるか分かりませんが、全力を尽くします」
生真面目なアルヴィンの返事。
緊張を滲ますその声からは、それが真実かどうかの判断はつかない。
「とにかく、安全を第一に行動してもらって構わない。危険を感じたら、すぐに引いて欲しい。」
見渡すようなギルドマスターの視線。
それがアルヴィンを見るときだけ、一瞬、探るように鋭くなる。
だが、彼もアルヴィンの真意を測りかねているのであろう。
「必要な手はずはこちらで整えてある。準備ができ次第、出発してほしい」
ため息を押し殺すように言葉が続けられ、短い打ち合わせは終わりとなった。
ギルドから静かに移動し、豪華な家の一室で着飾らされた。
着せられたのは、あの晩餐会のドレス。
相変わらず、腰回りはギュッと絞られ、息苦しい。
ふわりと広がる裾は、簡単にめくれるくせに足は動かしにくく、どうにも頼りない。
それに加えて装飾品もつけることになってしまった。
指輪にイヤリング、ネックレス。普段なら絶対に身につけない類いのものばかりだ。
しかも、髪までセットされる羽目になり、肩くらいでザンバラにしていた髪は、あっという間に整えられてしまった。
さらに片側だけが緩く編み込まれ、黒曜石の飾りピンで留められている。
おしゃれが嫌いな女性はいないと言う。
だが――潜入しようとする人物をここまで飾り立てる必要が、一体どこにあるというのだ。
疑問に顔を歪めていると、ロビーでは既にアルヴィンが待っていた。
黒のジャケットに淡い灰色のシャツ、スッキリとしていながらも優雅さが滲む、実に羨ましい格好だ。
こちらに気づいた彼は、わずかに目を見開き、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「お似合いですね、オルタシアさん」
私の感情を逆なでするのも、大概にしてほしいものだ。
しかし、ムッスリとしたままではいられない。
馬車の中では、簡単ながらに設定――二人の間柄を決める必要がある。
「僕はこの街の生まれですから、それを隠すことは難しいでしょう」
「……だったら、どうするんですか?」
「そうですね……友人から招待を受けた僕とその恋人、あたりでしょうか」
「恋人、ですか」
思わず声が低くなる。潜入任務とはいえ、よりによってその設定とは。
「男女のペアですからね。それが一番自然かと……」
今更、申し訳なさそうな顔をされても困る。なぜ顔まで赤くなるのだ。
理屈が通っているのは、こちらも理解している。
「分かりました。では、アルと呼んでもいいですか? 私のことは……オルタとでも呼んでください」
「はい。オルタシ……オルタ。よろしくね」
任務のための呼称だ。そう割り切らなければ、やっていられない。
前代未聞の監視者付き潜入調査が始まる。
それでも、私に秘密は通用しない。
私は覚悟を決めると、行く手に見えてきた目的の商館をじっと睨んだ。
正体を悟られずに、違法カジノの黒幕を突き止める。それだけだ。
カジノ調査直前の一幕。
ついに記者の名前が明らかになりましたね。
☆や感想を頂けましたら、これ幸い。




