第23話:アルヴィンの呼び出し
(辛口魔術師:アルヴィン視点)
最近、一層激しくなった依頼取り合いの喧騒を横目に抜けて、二階の小さな応接室へと通された。
扉が閉まると、階下のざわめきが嘘みたいに遠のく。
年季の入ったソファは、ギシリと音を立てて体を受け止める。
革のひび割れに指を滑らせながら、静かに息を吐いた。
……一人だけの呼び出しなんて、初めてだな。
ギルドへの呼び出しなんて、滅多にあるもんじゃない。
グラスの水に手を伸ばし、喉を潤すも、胸のざわつきが消えることはなかった。
「いやー、お待たせしてすみません。兎の跳足のアルヴィンさんですね?」
ハンカチで額を拭きながら、見慣れない小太りの職員がいそいそと入ってきた。
「あ、はい。そうです。」
どかりと下ろされた腰に、ソファが悲鳴をあげる。
彼はそれを気にすることなく水を一気に飲むと、ふーっと一息ついてからこちらを見た。
「いやぁ、呼び出しておいてお待たせするなんて、申し訳ない。今日も階下は大騒ぎでしてね。」
「いえ、大丈夫です。」
小太りの職員は胸元の名札を軽く整えてから、話を続けた。
「失礼。私、パルマンと申します。普段は事務の……裏方をしているんです」
「よろしくお願いします。それで、今日は……」
促すと、パルマンは「おっと」とでも言いたげに肩を揺らす。
その拍子に、腹の肉がわずかに揺れる。
「ええ、ええ。アルヴィンさんに、ぜひお願いしたい案件がありましてね」
にこやかに言うが、笑みの奥にどこか油膜のような光がある。
こういうタイプの人間は、実家――商家にもよくいた記憶が蘇る。
「僕にですか……パーティにではなく」
「ええ、個人として、です。跳足の皆さんも優秀ですが……今回の件は、少し性質が違いましてね」
パルマンは書類の束を指先でとんとんと揃え、背を丸めて顔を寄せた。
「この街で、闇カジノが問題になっていることは、存じ上げてます?」
「……噂程度なら。冒険者の中でも、借金が問題になっているとか」
唐突な話題の切り出しに、ゾクリと背筋が冷たくなる。
その変化に気付く様子もなく、パルマンはドアをちらりと見やり、声をさらに落とした。
「その闇カジノに、ギルドマスターの関与が噂されているんです」
「ギ、ギルドマスターがっ!?」
思わず漏れた声を、急いで抑えた。
「しっ、しっ。声を落として。まだ“噂”の段階ですからねぇ」
「……すみません」
「驚かれるのも無理はありません。 ですがね、我々としては見過ごせないんですよ」
そこまで言ってパルマンは、グラスへ水を注ぎ、また一気に呷った。
喉を鳴らす音が、やけに大きく響く。
「……ふぅ。これが噂で終わればよかったんですけどね。」
「それは、どういう……意味ですか?」
パルマンは束ねた書類から一枚の紙を引き抜くと、机の上に静かに置いた。
「こちらです。ギルドマスターが闇カジノへの紹介状を、秘密裏に用意していたようなのです」
素早く、差し出された紙に目を通す。
商会の特別な商談への誘いを装った違法なカジノへの招待状が、様々な人を伝ってギルドマスターへ届けられたという報告書だ。
「南の区画にできた比較的新しい商館です。そこの地下では招待された人が、違法なレートでの賭け事を行っているとか……」
「なぜ、ギルドマスターが……」
「分かりません。しかし、ギルドはこれまで何回もこのカジノの摘発をしようとして、失敗してきました」
パルマンはふーっと息をつくと、腕を組み、深く腰掛ける。
「それがギルドマスターによる裏切りで、今回も、この紹介状で誰かを呼び込もうとしているのなら……我々はそれを見過ごせません」
「……裏切り、ですか」
自分でも驚くほど、声がかすれていた。
「この紹介状について、ギルドマスターを問いただしたところ、闇カジノへの極秘調査と返事がありましたが、それを信用する根拠がありません」
「極秘調査……」
「ええ。便利な言葉です。ですから、我々もその極秘調査に同行させていただくことにしたのです。そして、その人員として選ばれたのが……」
「……僕、ですか」
「その通りです!」
食い気味に返すパルマンは、満足げに手を叩いた。
「ちょ、ちょっと待ってください! なぜ僕なんですか!」
突然の申し出に焦る僕を、パルマンがまぁまぁと手を振ってなだめる。
そして、続けて短い指を一本、立てた。
「まず第一に、ここは冒険者ギルドです。動かせるの人材は当然、冒険者。それに、領主様に話が漏れでもしたら、大事になりかねません」
パルマンはそう言って、指をさらに一本立て、続けた。
「第二に、あなたは跳足の中でも一歩引いた視点で状況を見るのが得意だと聞いています。目端が利き、危険の予測ができる。こういう調査でも、何かに気が付けると思います」
いや、ダンジョンの危険とこんな探偵じみた調査を一緒にされても……
「第三に――」
パルマンはにやりと笑って三本目の指を立てる。
「例の謎の新聞記者を追って、よく聞き込みをしているでしょう? ああいう地道な調査は、誰にでもできるものではありません」
「……なんで、それを」
「一部では有名ですよ? 記者を追いかけるアルヴィンさんの話は」
パルマンは愉快そうに肩を揺らし、四本目の指を立てた。
「そして第四に。あの記者も、今回のカジノの件で動く可能性が高いです。つまり、向こうで、それらしい人物がいないか――あなたの目なら探せるかもしれません」
記者が闇カジノに……
あり得る話だ、と胸の奥で思う。
あの人は、悪を許さない。
彼――いや、彼女かもしれないけれど……
どちらにせよ、事件の匂いを嗅ぎつければ、必ず動く。
こうしてギルドが動こうとしているなら、合わせて動く可能性は高い。
それに、もし本当に潜り込んでいるのだとしたら……
記者の正体をこの目で、確かめられるかもしれない。
自然と、膝に置いた手に籠る。
それを見抜いたパルマンが満足そうにうなずくと、四本の指をゆっくりと下ろした。
「それでは――具体的な依頼に入りましょう」
言葉と同時に依頼書が机の上に置かれる。
いつも通りの依頼書。
それでいて、いつもと全く違う依頼書だ。
「今回の調査は、ギルドマスターが選んだ冒険者とペアで行われます」
依頼書に目を通しつつ、パルマンの声にも耳を傾ける。
「ソロで活動している女性のようです。斥候というよりは、採取が主体のレンジャーのようです。あなたのように社交性が高いわけでもない……正直、人選には大きな疑問が残ります」
パルマンが差し出したのは冒険者の経歴書――普段は見ることのできない、秘匿情報だ。
「闇カジノの調査が目的ですが、彼女に不審な動きがないかも見逃さないでいただきたい」
喉の奥がひりつく。“監視”という言葉を避けているだけで、意味は同じだ。
「もちろん、危険な真似はしないでください。こんな探偵の真似事、冒険者の本分ではないのです。危険や違和感を感じたら、すぐに撤退してかまいません。」
――撤退してかまわない、なんて。
そんな言い方をされるほど、危険が潜んでいるということだろうか。
闇カジノの調査と同行者の監視。
そして、正体不明の記者の捜索。
依頼書にも不備はない。
だったら答えはすでに決まっている。
「分かりました。引き受けます」
自分の声がわずかに硬いのが分かった。
パルマンは、待ってましたと言わんばかりに手を差し出してくる。
「ありがとうございます。では、明日はよろしくお願いします」
彼の湿った手の感触だけが、いつまでも指先に残っていた。
――ギルドを出た瞬間、胸の奥に溜まっていた息が一気に抜けた。
「……それにしても、明日って急だよなぁ」
思わずこぼれた独り言が、夕方の空気に溶けていく。
ギルドの方も、急な事実の発覚に対応をしているという事だろう。
仕方ない。そう思おうとするのに、胸の奥のざわつきは完全には消えなかった。
闇カジノと同行者。そして、記者。
考えれば考えるほど、足取りが重くなる。
「……とりあえず、帰って準備しないとな」
自分に言い聞かせるように呟き、夕暮れの街へ歩き出した。
カジノ調査前日の一幕。
ギルマス、どうやら隠し通せなかったようです。
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