第22話:迷宮実話 第56号:呪いにも注意しろよ
“二度あることは三度ある”
大陸の東辺境にはそんな格言があるらしいが……
まさか、その実例を本誌で体験することになるとは思わなかった。
同じ冒険者を三度も取り上げるのは、今回が初めてである。
それが名誉か不名誉か――その判断は、読者諸君に委ねよう。
ここで唐突な宣伝を一つ挟ませてもらおう。
本誌“迷宮実話”のバックナンバーは、すべてギルド書庫に保管されている。
申請さえすれば、誰でも自由に読み返すことができるのだ。
興味がある読者諸君は、一度、受付に尋ねてみるといい。
最近のおすすめも、紹介してもらえるかもしれない。
もちろん私の推しは、“第05号:鍛錬は入口で行え”と“第43号:宝の罠には注意しろ”だ。
理由は……わざわざ言うのも野暮だろう。
さて、今回の彼らは一味……いや、二味は違っていた。
前回の失敗を糧とし、石室のダンジョンを慎重に進んでいたのだ。
正確に言えば、ダンジョンに入る前からである。
彼らは読者諸君と同じように、入口での最終点検を欠かさなかった。
そこから先の罠の警戒、索敵、魔力感知――どれも丁寧で、実に模範的な動きを見せた。
多少、動きの端々に緊張が滲んでいたのは仕方のないことだ。
やはり今回の挑戦には、強い思い入れがあったのだろう。
いくつかの戦闘をこなし、休憩を挟む頃には、ようやくいつもの軽口が戻り、空気もほぐれていった。
前回はアクシデントで撤退を余儀なくされた中層も、今回は難なく突破した。
そのまま危なげなく階層を下り、ついに下層へと到達する。
下層ともなれば、中堅冒険者でも手こずる相手が出現する。
出迎えたのはロックゴーレム。
本誌でも登場した強敵だが、彼らはそれすら巧みな連携で打ち破ってみせた。
矢が膝裏を射抜くと、魔法で足元を崩して隙を作る。
その一瞬を逃さず、鋭い剣が外殻の継ぎ目からコアを貫いた。
だが、彼らにとっては、ここからが本番だったのかもしれない。
ゴーレムが崩れ落ちた直後、床が僅かに震えた。
石が擦れる重い音とともに、部屋の中央がゆっくりと開いていく。
そこから、金で縁取られた朱塗りの宝箱が、ご丁寧に姿を現したのである。
誰かがゴクリと息をのむ。
「……やるぞ」
頷きを返すと、彼らは迷いなく動き始めた。
入口付近まで下がって通路の気配を探る弓使い。
短剣使いは部屋を一周して安全を確認すると、騎士とともに宝箱へ向かう。
後衛の二人は少し距離を取り、状況を見守った。
彼らの講じた対策は、これだけではない。
奇跡による判定でも罠を確認し、二度目のチェックを行った。
短剣使いの初動に加え、念には念を入れた形である。
毒ガスと断定されるや、開錠は素早く進められた。
小さな金属音が部屋に響き、宝箱の蓋がわずかに持ち上がる。
その瞬間、弓使いが弾かれたように駆け寄る。
宝箱の中から現れたのは、銀の鞘に収められた一本の直剣。
柄には深紅の宝石がはめ込まれ、鞘には古代語らしき文字が巻き付くように刻まれていた。
見た目だけなら、確かに“当たり”と呼んで差し支えない代物だ。
前衛の三人は剣を囲み、興奮気味に声を上げる。
騎士は剣を抜き、高く掲げてその輝きを確かめていた。
盾を新調したこともあり、新しい剣の出現に、どうにも気分が高揚しているようだ。
一方、浮き立つ空気とは対照的に、後衛の二人は慎重だった。
魔術師は何かを感じ取ったのか視線を鋭くし、神官も不安げに三人を見つめている。
「呪われてても知らないよ?」
魔術師がそう声をかけたものの、前衛の三人には届かなかったようだ。
騎士は剣を構え、誇らしげに振り返る。
「呪いなんぞあるはずがない!」
読者諸君も次の展開はもうお分かりだろう。
そう――こういう時が、一番危ない。
事実、この剣には、持ち手の殺人衝動を高める“呪い”が掛けられていた。
彼らの名誉のために補足しておくが、中堅冒険者が“呪い”に遭遇することはほとんどない。
一般的に呪物は、精鋭冒険者が挑む高難度ダンジョンで出現する罠である。
しかし、この石室のダンジョンは、読者諸氏もご存じの通り、宝の品質が他よりも良い。
つまり、宝に仕込まれる罠の質もまた、例外ではなかったというわけだ。
以上が、魔術師の警告が受け流されてしまった背景である。
むしろ、わずかな違和感から危険を察知できた魔術師の方が、例外的と言うべきだろう。
そして、警告からわずか数秒後、異変が起きた。
騎士の素振りの軌道がわずかに逸れたかと思うと、その剣先は仲間へと吸い寄せられるように向かった。
彼の顔は笑みを浮かべたまま、しかし目だけが焦点を失っていた。
仲間の一人が咄嗟に身を投げ出し、直撃こそ避けられたものの、革鎧が裂けて血が滲んだ。
その後も騎士は、常人では考えられない速度と軌道で魔術師の拘束魔法を避けてみせる。
空中で身を翻し、地を払うように剣を振るう獣じみた動きは、もはや人間のものではなかった。
後衛の弓手が痺れ矢を放ったが、騎士はそれを難なく叩き落とし、反撃とばかりに蹴りを放つ。
呪いによって増幅された反応速度と攻撃性が、明らかに仲間たちを圧倒していた。
剣の宝玉が脈打つように紅く明滅し、呪いの支配はさらに強まる。
騎士は意味をなさない叫び声を上げながら、ユラリユラリと仲間へ近づいていった。
その声は、まるで“斬れ”と衝動を煽られているかのようだった。
解呪の祈りは間に合わない。
このままでは、誰かが命を落とすのは時間の問題だった。
しかし、今回も“たまたま”私が居合わせていた。
実に三度目である。これを縁と言うなら、まさに奇縁と言うほかない。
もっとも、次も私が都合よく現れると思わない方がいい。
“仏の顔も三度まで”
これも有名な東辺境の格言だ。
とにかく私は、騎士が仲間へ斬りかかるその瞬間、携行していた聖水の小瓶を投げた。
小瓶は彼の額へ吸い込まれるように飛び、ガラスが砕けて中身が散った。
その衝撃で、騎士の身体は大きく弾かれ、倒れ込んだ。
その隙に魔術師が彼を拘束し、そこに解呪の奇跡がかけられる。
淡い光が騎士の全身を包み、黒い煙と共に呪いの残滓を焼き払う。
宝玉が沈黙すると、騎士はかすかなうめき声を漏らし、意識を取り戻したのだった。
「……っ、俺は……何を……?」
混乱と後悔の中、体を起こす騎士に仲間たちが集まる。
ほっと安堵の息をつくその顔には、どこか硬いものが残っていた。
それも無理はない。
今回も結局、私に助けられてしまったのだから。
それでも彼らは、誰一人命を落とすことなく、無事に帰還できたのだ。
冒険者たるもの、臆病ではだめだが、楽観しすぎるのも危険である。
今回の冒険で、騎士はそのことを痛い教訓として身に刻んだことだろう。
生きているなら次のチャンスがまだある。
彼らの今後の飛躍と活躍を願ってこの言葉を送ろう。
――ちゃんと呪いにも注意しろよ。
※本記事は、冒険者の反省と酒場の肴を兼ねてお届けする。
失敗は誰にでもある。だが、次に笑われるかどうかは、諸君の運と記憶力次第だ。
記:醜聞記者
やや呆れ気味な記者の一文。
騎士のたん瘤は直してもらえませんでした。
☆や感想を頂けましたら、これ幸い。




