第18話:秘密の会合
(記者:✕✕✕✕✕視点)
澄んだ空は茜色から群青へと移ろい、街灯がひとつ、またひとつと灯り始める。
窓の外には、夜の帳がゆっくりと街を覆い、石畳の通りに柔らかな光が落ちていた。
そんな景色を背に、私は白を基調とした綺麗な部屋の入口に立っていた。
小ぶりながらも煌びやかなシャンデリアが降り注ぐ光を反射し、金と琥珀の色合いが壁や床を染め上げる。
壁には見事な銀糸の刺繍が施された絨毯が張られ、テーブルには白磁の皿と磨き抜かれた銀器が整然と並んでいる。
まるで、貴族の晩餐のようだ。
晩餐に招待された私は、送られてきた若草色のドレスを着て席に着いていた。
布地は艶やかで重みがあり、裾には細工の細かい宝石が散りばめられている。
よく分からないが高そうで、着慣れない窮屈さが全身を締め付ける。
その落ち着かない様子を見て、向かいに座るギルドマスターは、愉快そうに笑いながらワインを傾けた。
グラスの中で赤い液体が揺れ、シャンデリアの光を受けて深い紅が煌めいた。
「よく似合っている。普段の君からは想像もつかない姿だ」
口元を緩め饒舌に語るその姿には、手紙のような四角張った硬さは見られない。
私は肩をすくめ、窮屈なドレスの袖を直す。
「記事を書くのに、こんなドレスは必要ないんですけど」
先代記者であるギルドマスターに皮肉を込めて返すと、彼はさらに笑みを深めた。
「今日は、先日のお礼でもある。寛いでくれて構わない」
流石の私でもテーブルマナーくらいは知っている。
礼を欠かないように注意しつつ、運ばれてくる料理に舌鼓を打った。
白身魚と風味と香り高いソースが舌に広がる。
思わず表情を緩める私を見て、ギルドマスターは満足げに頷いた。
そしてゆっくりとグラスを置きこちらを見つめる彼の声色が、落ち着いたものへと変わる。
「――孤児事件の顛末、あれは見事だった」
置かれたグラスの赤い液体の揺らめきに目を落としながら、彼は続ける。
「君の記事が冒険者たち受け入れられたことが決め手となった。あの孤児たちはしっかりとギルドで保護している」
私はナイフを置き、肩をすくめる。
「私は大したことはしていません。先代の采配のおかげですよ」
「私の力だけでは無理だったよ。規則はなくても罰則を望む声は多かったんだ」
背もたれに軽く身を預け、細めた目がこちらを見た。
「君の誠意が冒険者たちを納得させ、孤児たちの未来を拓いたのだよ」
私は小さく息を吐き、グラスの縁を指でなぞった。
「誠意なんて大げさですよ。皮肉を並べただけです」
そう返しながらも、孤児たちの、こちらを見返すまっすぐ瞳が脳裏に浮かぶ。
「ところで、そのドレスの着心地はいかがかね? シルクスパイダーの良いところだけであつらえた一品なのだが」
ギルドマスターが指先で髭や顎を撫でながら、こちらを見る。
「なるほど、窮屈なわけです。この日のためだけに、わざわざこんなものまで用意するなんて」
私は口元を拭きながら、目を閉じて答えた。
ドレスコードとして必要だったとしても、少々――いや、かなりやりすぎだ。
運ばれてきた食後の紅茶と一緒に、ため息を飲み込んだ。
「やりすぎではないさ。なに、記者の活動には時に、そういった衣装も必要になる」
彼は断りを入れて、煙管に火を入れてゆるりとくゆらす。
紫煙がゆるやかに空へと溶け、紅茶の香りと混じり合う。
短い沈黙の後、意味を測りかねる私とギルドマスターの視線が交わる。
「記者殿に、違法カジノへの潜入を依頼したい」
「違法……カジノ……」
「記者殿が知るように、この冒険者の街は、未だ多くの問題を抱えている。冒険者の出入り、裏町の存在……表に現れぬ人や取引」
吐き出された紫煙がゆるやかに漂い、彼の声はさらに低く落ち着きを帯びる。
「表向きは活気に満ちているが、裏では武器や薬物が流れ、わせるようにギルド資金もどこぞへと消えている」
彼は一拍置き、紅茶のカップに視線を落とした。
「だからこそ、目に見えぬ真実を拾える者が必要なのだ。――記者殿、君の目と耳が」
彼は煙管を置き、組んだ掌に顎を乗せ、目を閉じた。
「残念なことに、ギルドとしての動きは筒抜けだ。恐らくは、スパイ……幹部級に裏切者がいる」
ゆるやかに開かれた瞼が、私をしっかりと見据えた。
「故に今回の依頼は、ギルドからではなく、私個人からの依頼となる」
「……こっそり忍び込んじゃダメなんでしょうか? あ、いえ、泥棒とかしませんよ?」
「どうやら、とある商館の地下にあるようでな。魔法避けが施されているだろう」
なるほど。
だからこれを着て、堂々と客として乗り込めという事か。
「紹介状の入手には、しばらく時間がかかる。時期は改めて連絡しよう」
「わかりま――あ、最後にひとついいですか?」
「なんだ?」
「カジノの交遊費は、経費でいいでしょうか?」
ため息に乗って返事が返ってきた。
「……とにかく、安全が第一だ。」
ジトッとした目が「何を言っているんだコイツ」と言っている。
解せぬ。
こんなの大層なを着た情報収集なんて、たまったもんじゃない。
そもそも私は間者ではなく、記者なのだ。
楽しみくらいあったっていいじゃないか。
先代との会話の一幕。
おしゃべりでは気軽な二人!
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