第15話:“根こそぎ”を追って(前半)
(記者:✕✕✕✕✕視点)
依頼を求める喧騒が始まるには、まだ少し早いこの時間。
窓から差し込む朝の光が、斜めに床を撫でている。
ギルドで朝食をとる冒険者は、まだ少ない。
木製の椅子が軋む音も、誰かの咳払いも、やけに遠くに聞こえる。
彩り豊かなサラダに、ふっくらとした丸パン。
それらにゆで卵と少量のベーコンを添えた定番の朝食。
静かな空気を縫うように動く職員を尻目に、私はいつも通り、ゆっくりと食べ終えた。
そして、食後の紅茶を――その香りに合わせるように、そっと小さなメモが置かれていた。
――記者殿へ
“根こそぎ”を追って欲しい
簡潔な手紙には、差出人の名はない。
けれど、この街でこうした依頼が届くのは、私だけだ。
紅茶の湯気がゆらりと揺れる。
私はカップを傾け、静かに息を吐いた。
“根こそぎ”――その言葉にまつわる記憶が、ゆっくりと頭の中に浮かび上がる。
根こそぎとは、採取地を荒らし尽くす行為のこと。
植物や生物などの採取物は、再生を促すために取り尽くしてはいけない。
ギルドに登録した冒険者が、嫌というほど耳にする警句のひとつ。
それを破る行為を示すはずの言葉は、今では、とある人物を指す呼び名になっている。
「たしか……東の森……」
ぽつりとこぼれた言葉は、誰の耳にも届かず、朝の空気に溶けていった。
私は椅子を引き、立ち上がる。
紅茶の香りが、かすかにその場に漂っていた。
“根こそぎ”を追うにも、まずは現場を確かめなくては。
東の森は、街から歩いて半刻ほどの距離にある。
道も整備されていて、浅い場所なら魔物の危険もほとんどない。
豊かな緑の恩恵を求めて、狩人や木こり、市民が訪れるこの森は、駆け出しの冒険者が最初に足を運ぶ採取の地でもある。
朝の森は、ひんやりとした空気を残していた。
露に濡れた葉が陽にきらめき、鳥の声が遠く響いている。
私はギルドで紹介されている採集地を、順に巡っていった。
そのひとつで、足を止めた。
荒らされた薬草の群生地にしゃがみ込み、足元の草地に目を凝らす。
ひどく乱雑に、踏み荒らされている。
新芽や葉、主根といった薬効の強い部分には手をつけられておらず、茎の途中で折れかけたままのものも残っていた。
粗雑な刃で無理に刈り取った痕跡だろう。
採取の基本を知らない者の手によるものだ。
それとも、知っていて、敢えて無視したのか……
薬草は、種類によって採り方が異なる。
“必要な分を、必要なだけ”――それが、ギルドの基本的な教えだ。
いくつかの採集地を巡ったが、荒らされた場所では、今季の採集はもう期待できないだろう。
森の奥にある、小さな秘密の採取地に立ち寄り、いくつかの薬草を丁寧に回収した。
葉の裏に残る朝露を指先で払うたび、草の香りがふわりと立ちのぼる。
“根こそぎ”の正体とは――
私は小さく息を吐き、森をあとにした。
次は、ギルドでの聞き込みだ。
採集してきた薬草を、ギルドの買取窓口に提出する。
窓口にいたのは、いつもの女性職員。
明るく気さくな性格で、私の顔を見ると、すぐに笑みを浮かべた。
長い髪をひとつに束ねたギルドの制服に、汚れても構わない革製のエプロンを重ねている。
エプロンに残る薬草の染みや擦れ跡が、日々の業務の痕跡として刻まれていた。
「おつかれさま、今日もいいの持ってきたね。ほんと、いつ見ても丁寧な採取だわ」
彼女は束を手に取り、香りを確かめるように鼻先で軽く息を吸った。
その仕草には職人のような確かさ、そして、薬草への敬意が滲んでいる。
「最近、採取地が荒れてるって話を聞いて……少しだけだけど」
「あーうん、“根こそぎ”の件ね」
彼女は検品の手を止めず、言葉を続けた。
「被害って言っても、まだ市場には大きく出てないの。流通でなんとか回っているから。でも、質のいいポーションを作るには、やっぱりこういう素材が必要なのよ」
流れるように薬草の束が秤に乗せられる。
「商店の方はどう? 変な入荷とか、安売りとか」
「それがね、不思議なくらい何もないのよ」
彼女は素早く帳簿をつけ、報酬を小袋にまとめる。
「薬屋も、売上も、いつも通り。怪しい動きは見えてこない。だから、余計に気味が悪いのよね……」
報酬を渡そうとした瞬間、ピタリとその動きが止まった。
「……あ、これ、あんまり外で言わないでね。ギルドの中でも、まだ整理中だから」
「はい。分かっています」
「お願いね。“根こそぎ”を疑われた冒険者の一部が犯人探しに躍起になってて……その、ちょっと荒れているの」
職員の帳簿を閉じる手に、少しだけ力が籠められ、眉がほんのわずかに寄った。
短期間で頻発する被害。
依頼外で犯人を追う冒険者の存在。
そして、それを既に把握しているギルド。
この件には、あまり時間は残されていない。
スキルではないが、冒険者としての経験と勘がそう告げている。
私は、掌にわずかな重みを返す小袋を受け取り、職員に告げた。
「ありがとうございます。あと、明日も採取に出ます」
職員はハッとしたように聞き返した。
「だ、大丈夫? 気をつけて。ほんと、気を付けてね?」
私はコクリとうなずき、その場を離れる。
明日は忙しくなる――杞憂で終わればいいのだが。
翌朝、私は東の森へと向かう一団の中にいた。
街の門を抜け、緩やかな下り坂を進む。
森へ向かう者たちの目的はさまざまだ。狩人、木こり、採取を目当てにした市民。
女性や子供の姿もあり、その護衛を兼ねて、背負籠を担いだ冒険者が要所に混じっている。
実際は、森までの短い道に、魔物の気配はほとんどない。
それでも、冒険者が護衛に付いているのは、ギルドの方針――要は練習だ。
私は列の後方に身を置き、歩調を合わせながら周囲を観察する。
護衛に付いた冒険者たちは、慣れないながらも役目を果たそうとしていた。
市民の動きに気を配り、道の脇を確認しながら、ぎこちない足取りで列を守る。
背負籠はまだ身体に馴染んでおらず、歩くたびに邪魔そうに揺れていた。
だが、その中に、明らかに緊張感を欠いた一団がいた。
背負籠を担いではいるが、歩きながら談笑し、時折、列を離れてふざけ合う。
護衛というより、遠足のような空気をまとっている。
装備は揃っているが、使い込まれた形跡はない。
――現場に慣れてきた新人。
森へ到着した私は、距離を開けて彼らの後をつけることにした。
“根こそぎ”の被害のため、彼らは採取地点を求めて、森の深くへと入っていく。
森の奥ともなれば魔物も出現する。
それでも、彼らの足取りには、警戒も緊張も感じられない。
採取地点に着いてからも、作業はどこか緩慢だ。
薬草の選定、道具の扱い、採取の手つき、その全てがギルドの教えギリギリのラインだ。
だが、“根こそぎ”がいるからこそ、過度な手抜きができないのだろう。皮肉な話だ。
作業と長い休憩を終えて、彼らは次の採取地点へと移動を始めた。
私はその場に留まった。
「あー、次まで結構歩くじゃんか」
「仕方ねぇだろ。近場は全部、“根こそぎ”にやられちまってるんだから」
「やっぱ許せねえ!絶対捕まえてやる!」
足音とくだらないやり取りが遠ざかり、森が静けさを取り戻す。
そして、しばらくの後――“根こそぎ”が現れた。
背嚢というにはあまりに粗末な袋を抱えた、痩せた子供たち。
互いに言葉を交わすこともなく、急くように素材を刈り取り袋へ詰めていく手慣れた動き。
やはり、根こそぎの正体は――孤児だった。
記者の証拠集めの一幕。
貴方は根こそぎの正体にたどり着けましたか?
☆や感想を頂けましたら、これ幸い。




