第13話:利用されるは力なき冒険者(後半)
(寡黙な剣士:ジーク視点)
――同日夜、煤の灯亭。
酒場の奥に設けられた個室に、フィーの声が響いた。
しかし、店主をはじめ、漏れ出る声に反応する者は誰もいなかった。
個室には俺たち兄妹のほか、依頼主の男と護衛が二人立っていた。
短剣を腰に挿した護衛は、ほこりっぽい服の端々から古傷が覗き、到底貴族が雇う人材とは思えない。
「そんなっ! 話が違うじゃないですか!」
フィーが机を叩きながら、身を乗り出して叫んだ。
だが男は、グラスを傾ける動きを崩さず、嘲笑だけで応じる。
「何を言ってるんだ? お前たちが勝手に忍び込んだんだろう?」
「でも、これは依頼だって――!」
男の笑みが消え、声が冷たく落ちた。
「ハッ! 卑しい孤児の出だとは聞いていたが、まさか墓を荒らすとはな」
「え……?」
「あそこは前の領主の土地で、立ち入りが禁止されている。おやおや、大変だなぁ?」
ねっとりとした男の視線が、妹に向けられる。
「俺は黙っといてやってもいいんだぜ? お嬢さんさえよければな」
俺はとっさに、妹と男の間に割って入った。
護衛のひとりが短剣を抜き、刃を鈍く光らせる。
部屋の空気が、静かにひりつきはじめる。
だが、ここで引けば妹が危ない。
俺は腹に力を込め、まっすぐに男の目を見返した。
剣をとれば、血が流れる。それは最後の手段だ。
「依頼は確かに受けただろ。俺たちは、墓を清めただけだ」
「ふん……証拠がないのにか?」
「証拠だって……?」
男は肩をすくめる。
「ギルドの認可も契約書もない。一体誰が、お前たちの言葉を信じるってんだ?」
拳に力が入り、爪が皮膚を裂いた。
俺たちは騙された。それは、もう分かっている。
背後の妹が背中にキュッとしがみつく。
背中越しの微かな震えは、怯えじゃない。怒りだ。
唇を噛む妹の顔が、頭をよぎる。
そう、証明できるものは、何もない。
男の言葉は、事実だけで組み上げられていた。
勝者の余裕と嘲りが、男の口元を歪めた。
己の言葉が場を支配したと確信した者の顔だった。
騙されたのは分かった。
だからと言って、脅しに屈せば待ち受けるのは、奴らの言いなり。
この狭さで、俺の剣は通じるか……それでも、やるしかない。
覚悟を決めたその時だった。
「――その通りですね。だからこそ、正規の手続きを踏みましょうか」
扉の外から、場違いに落ち着いた、耳に心地よい低音が響いた。
視線を向けた扉から、武装した一団が踏み込んでくる。
胸に飾られた青のギルド証……“冒険者警邏隊”だ。
だが、先頭に立つ細身の男は、屈強な隊員たちとは異なる印象をまとっていた。
磨かれた革靴、高そうな金縁の一眼鏡、品のある身なり。
そして、何よりも優しい笑みが、あまりにも場違いだ。
その男は、優雅にお辞儀をすると、余裕のある口調で話を始めた。
「ご挨拶が遅れてすみません。私はギルドの契約の取りまとめをしている者です」
その言葉に、依頼主だった男が、わずかに身じろぎする。
「墓所に向かった貴方の仲間は、すでに拘束済みです。」
「なっ……あの場所は、ギルドは手をだせないんじゃ……っ!」
「残念ながら、あなた方のような人のために、敢えてとっておいた場所なのですよ」
ギルド職員である男性は言葉を続ける。
「しかしご安心を。反証する機会は、手続きの中で公平に設けさせていただきますので」
依頼主の男の顔が驚きに染まる。
「ま、まさか……!」
職員は変わらず柔らかに微笑む。
だが、瞳の奥にある宿る冷気だけが、言葉よりも確かな圧を宿していた。
「では、場を整えましょう。抵抗は無意味です。すべて記録に残りますよ」
近づく隊員に、男は椅子を引き、声を荒げようとしたが、
すぐさま肩を押さえられ、身をよじる暇もなく拘束具がかけられる。
「待て、誤解だ! 俺は依頼なんて、知らな――」
「ここでの会話の記録が残っております。確認、しますか?」
男の顔が引きつり、動きを止める。
そして短い呻き声を漏らしながら、がっくりと首を垂れる。
同時に護衛の男たちも抵抗する間もなく押さえ込まれ、まとめて部屋の外へと連れていかれた。
職員は笑みを絶やさずそれを見送ると、ゆっくりと俺たちのほうへ向き直った。
「では、残りの事務手続きも済ませましょうか」
ギルドに移動した俺たちと職員との"簡単な手続き"は深夜まで続いた。
静かな説教の嵐にフラフラする頭を抱えて、ギルドの酒場まで移動すると、掲示板に一枚の紙が貼られていた。
――迷宮実話 第50号:依頼はギルドを通せ
俺たちはそれを見上げ、ぽつりと呟く。
「私たち、悪いことしたんだね…」
「……知らなかったじゃ、済まないんだろうな」
俺は、妹の頭を優しくなでながら、そっと目を伏せた。
感想・評価が賜れますれば、これ幸い。
新たなる綴りは水・日の折にお届けいたす心積もり。
本日は、これにて一区切りと相成りまする。




