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迷宮実話 -命の対価は恥で払え-  作者: 泉井 とざま
2章:テーマは『真実に迫り、読んで、笑って、ためになれ』

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第12話:利用されるは力なき冒険者(前半)

(寡黙な剣士:ジーク視点)


 煙草と安酒の匂いが染みついた安酒場“煤の灯亭”。

油が抜けたランタンが、ぼんやりとした赤みを帯びた光で店内を照らす。

木目の荒い椅子に、いくつもの傷の入った机。

安価に腹を満たせるこの店は、駆け出し冒険者である俺たち兄妹の“たまの贅沢”の場だ。


 品のない笑いとたばこの煙の中で、俺たちは一人の男と向かい合っていた。

男は、上等な外套をまとっている。

仕立ての良い生地には控えめな金の刺繍が光り、細身なのになぜか大きく見える。

その貴族の遣いという男は、俺たちに直接、依頼を頼みに来たらしい。


「君たちのような、信頼できる若者にこそ頼みたいのです。私の主人の母方の実家――今では断絶してしまった家なのですが――その墓所で、アンデッドが出ておりましてね……」


 妹のフィーが口を開く。

「ありがたいお話なのですが……でも、どうして私たちなんですか?」

声は小さいが、真剣だった。

しっかり者の妹は、こういう時でも物おじしない。


 男は口ひげを蓄えた口元に柔らかな笑みを浮かべ、すらすらと話し始めた。

「私の主人のこだわりのようなものです。主人はあなた方のような、今を懸命に生きる若者を少しでも応援したいと思っており、噂を聞きつけてはこうやって、冒険者に直接依頼を行っているのですよ。」


「でも、ギルドを通さずにっていうのは……」

フィーの言葉に合わせて、俺も黙って男の顔を見た。

そう。ギルドでだって指名依頼はできる。


「一刻も早く霊を慰めたいのです。ギルドを通すと、あれやこれやと手続きに時間がかかりますから……」

男は大きくかぶりを振って、ため息をついた。

「それに、大きな声では言えませんが――彼らは“手数料”と称して、かなりの額を依頼料から持って行ってしまうでしょう?

それでは、あなた方が手にすべき報酬が減ってしまう。だからこそ、こうやって直接依頼をし、少しでも多くの報酬を受け取ってもらいたいというのが、主人の望みなのですよ。」


 ギルドを通さない依頼は、記録も保証もない。

しかし、“直接依頼”というものがないわけではない。

じっと男を見つめでも、男が人のよさそうな笑みを崩すことはなかった。


「では、こうしましょう」

男がポンと手を叩き、懐から小袋を取り出す。

「前金として、報酬の一部を先にお渡ししましょう。こちらで必要なものを揃えていただいてもかまいませんよ」


 そして、男のゆっくりと頭を下げた。

「主人の意向もありますが、私からもお願いします。先祖の霊がいつまでも辱められるのは耐えられません。」


 貴族や彼らに仕える人が、俺たちのような冒険者に頭を下げることなんて、まずありえない。

だからこそ、彼の期待にこたえたい。

俺はフィーと目を合わせ、うなずいた。

妹も同じ気持ちのようだ。


「……わかりました。引き受けます」

男はもう一度お辞儀をして、小袋を残したまま、滑らかな所作で席を立った。

「依頼が終わりましたら、こちらの店主に連絡ください。それではよろしくお願いしますね。」


 振り返った男のニンマリとした笑顔が、なぜか強く記憶に残った。



 ――翌朝、俺たちは早速、依頼先へ向かった。

礼拝堂は、街の外れにぽつんと建っていた。


黒ずんだ石壁には欠けやヒビが目立ち、濃い緑のツタが絡みついている。

かつては祈りの場だったはずなのに、今では誰も寄りつかず、沈んだ空気を纏っていた。


 俺たちは外れかけた扉を慎重に押し開ける。

埃の舞う礼拝堂で手短に祈りを捧げ、地下の墓所へと足を踏み入れた。

墓所はひどく湿気ており、壁に刻まれた紋章は苔に覆われていた。

灯りは当然なく、松明を置きながら奥へと進むしかない。


 フィーの祈りが奇跡の輝きを放つたびに、闇の奥でうごめいていた影が輪郭を持ち、静かに消えていく。

俺は、膝をついて祈る妹の傍に立ち、迫りくる動く死体を切り伏せた。

途切れることのないフィーの祈りは、集中の賜物か、それとも俺への信頼ゆえか……

冒険者として力をつけてきた妹の姿に、誇らしさと寂しさが同時に胸を打つ。


 周囲の気配が薄れたのを見計らい、水筒を妹へと手渡す。

「ありがと」

淡い光の余韻が残るなか、こちらを見上げて返す笑みは、この場に似つかわしくないほど明るかった。

「無理はするなよ」

こういう時の笑顔は、から元気だ。俺にはわかる。

「……うん」


 言葉は最小限にとどめ、互いに休息へと意識を向ける。

このまま、最後まで。

フィーに危険が及ぶことなく、やり遂げなければならない。

俺は静かに息を整え、気持ちを結び直した。



――フラフラと近づいてくる死体に、剣を振り下ろす。

その間に、フィーの祈りの光に包まれて、最後の影が音もなく宙に消えた。

墓所の空気は相変わらず湿っているものの、わずかに澄んだ気がする。


俺は剣を下ろし、妹の傍に歩み寄る。

フィーは最奥の小さな祭壇を手早く清めると、ろうそくを置き、静かに祈りを捧げた。

迷える魂が導かれるように、この場に安寧がもたらされるように。

そんな聖句が、小さく、しかし確かに響いていた。


 依頼が完了したのは、三構造になっていたのだ。

俺たちは前金で用意した聖水を使いながら、慎重に浄化を進めた。


 俺たちには、誰かに守ってもらえるような立場じゃない。

妹を守るだけでは足りない。

守り続けるには、俺自身が倒れてもいけないのだ。


 無理はしない。

臆病と笑われようとも、そこだけは譲れない。

時間がかかっても、丁寧に。安全に。

それが、俺たちのやり方だ。


 礼拝堂の外に出ると、空は赤く染まり、ひんやりと澄んだ空気が吹きぬけた。

フィーは背負った杖を持ち替えながら、ほっと息をつく。

俺は剣の鞘に手を置き、わずかに肩を回した。


「うん。瘴気もちゃんと消えてる。あとは報告して、報酬を受け取るだけだね」

「そうだな」

「これで仕送りできるね。院長先生、喜んでくれるかな……」

「ああ」


 俺たちの体に疲労はあったが、それ以上に、心は軽かった。

感想・評価が賜れますれば、これ幸い。

新たなる綴りは水・日の折にお届けいたす心積もり。

本日は、これにて一区切りと相成りまする。

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