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迷宮実話 -命の対価は恥で払え-  作者: 泉井 とざま
2章:テーマは『真実に迫り、読んで、笑って、ためになれ』

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第11話:迷宮実話 第49号:まだいけるはもう危ない

 第47号で紹介した、携帯食のアレンジレシピについてだが、お詫びと訂正がある。

本当に申し訳ない。


 私は、冒険者諸君の料理技術の低さを見誤っていたようだ。

記事の後、実際に試した者たちの話を耳にしたのが……

“黒コゲの何か”や“魔物の餌”といった、それはそれは悲惨な出来だったらしい。

ここに、「携帯食は加工せずにそのまま食べるように」と訂正させていただく。

諸君らの食事の楽しみは、生きて帰ってきてからにとっておきたまえ。


 さて、今回は――“よくある”冒険者たちの話をしよう。

我々冒険者は、ダンジョンに潜り、魔物を打ち倒し、素材や宝を手に入れる。

同時に肉体は鍛え上げられ、技や魔法はより強く洗練されていく。


 一部の才の塊を除けば、強さとは日々の積み重ねだ。

一朝一夕では得られないからこそ、我々の力は常人を凌ぐ。

食事や娯楽とは違う、“成長の実感”という名の充足は、時に麻薬となる。

それ故に、時には“自制”という名の勇気を持ち、引き返す選択を選ばねばならない。

その選択ができなかったとき、我々に待つものとは――

これは命を削り、運にすがるしかなかったとある冒険者隊の記録である。



 彼らは、若手にしては実力ある初級冒険者のパーティだ。

二人の重戦士を中心に、弓使いと神官が脇を固める。

二つの大盾による鉄壁の守りからの反撃は、このパーティの培ってきた“必勝の陣形”だ。


 一方が攻撃を受け止めたら、もう一方がその隙をつく。

言うだけであれば簡単だが、現実ではそうもいかないことは、読者諸君も分かるであろう。


 彼らは洞窟のダンジョンの巨大ワームの群れに対して、それを軽々やってのけた。

岩を食い破り現れるワームを受け止め、一撃のもとに叩き伏せる。

もちろんこれらは、弓使いの索敵と神官の補助があってこそできるもの。

前衛の2人もそれをよく理解しており、消耗品への投資は常に惜しみない。

まさに“理想”と言っていいパーティだ。


 そんな彼らはこの日も、順調にダンジョンを進んでいた。

誰が言ったか、確かに今日の彼らは“絶好調”だったのだ。

ワームの群れを叩き伏せた彼らは、短い休憩をとった後、初めてとなる下層の攻略へと乗り出したのだ。


 知っての通り、洞窟のダンジョンの下層には、ワームを捕食する、さらに巨大なモグラが出現する。

しかし、彼らにとってはそれすらも障害にはならなかった。

むしろ群れから少数へと敵の数が変わった分集中できるようになり、どこか余裕すらあった。


 さらに、下層で産出する希少な黒鉄鉱は、彼らにピッタリの重く硬い防具の素材。

これまで望んでいた素材を、ようやく手に入れることができるのだ。


 お分かりいただけるだろうか。

念願の目標としていたフロアに到達し、その攻略は順調。

敵を打ち倒し歩みを進め、手に入れる素材は確実な強化を約束する。

もはや誰も彼もが認める“絶好調”であることは疑いもなかった。


 しかし、そんな彼らの前に、変化が訪れたのだ。

隘路の先に突如現れた石室。

規則正しく並べられた床石に文様の刻まれた太い石柱。

柱の上端は、闇に溶けるように見えなくなるほど高く、

洞窟の延長とは思えぬほど整った広い空間が現れたのだ。


 それは――石室のダンジョンのような空間だ。


 知る者は少ないが、洞窟のダンジョン下層では、隣接して存在する石室のダンジョンの部屋が現れることがある。

地脈の影響か、ダンジョン自体がつながっているのか……その原理は、今のところ不明だ。

だが、現実に起きることがあるのは事実だ。


 ではなぜ、そのことが知られていないのか、分かるだろうか?


 理由は簡単だ。

この“入れ替わり”に遭遇した冒険者が、生きて帰ってこれないからである。

初級冒険者が、中級者向けの敵に勝てるわけがない。


 そして……彼らも変化には気づいた。しかし、歩みを止めることはできなかった。

念願の目標フロアの情報は、しっかりと調べていたはずなのに。

“情報が無い”という事実を甘く見ていたのだろうか。


 いや、盾を掲げ隊列を組み、慎重に歩む姿に油断はない。

引き返す選択ができなかった理由はただひとつ――


 彼らが“絶好調”だったからだろう。

さあ、経験豊富の読者諸君には、この後の展開が予測できるのではないかね?


 想通り、彼らは絶望と遭遇することになる。

部屋の中央まで進み、警戒を解いた彼らのはるか頭上から、ロックゴーレムが降ってきたのだ。


 空気まで揺るがすような轟音と共に着地したゴーレム。

土煙の中から現れたそれは、黒を帯た岩の体を持っていた。

特に目を引くのは巨大な右腕。

そして、その拳を覆うように纏った黒鉄の鉄鋼だ。


 突然の出来事に固まったままの彼らに、絶望が歩み寄る。

仮に即座に撤退を選択したとしても、重装の彼らが逃げ切れる保証はない。

彼らには、戦う以外の選択肢は残されていなかった。


 振り下ろされる拳を正面から受け止めたのは、最初の一度だけだった。

一撃で戦力差を思い知らされたと言った方が正しいかもしれない。

重戦士二人が掲げた大盾を、ゴーレムの巨腕が叩き伏せる。


 二人は膝をつき、苦悶の声が漏れる。

間髪入れず届いた神官の回復で立ち直すも、凌ぐのが精一杯。

物理主体の彼らだったからこそ、耐えることができたのだろう。

しかし、それ故に彼らでは、ゴーレムに有効打を与えることができなかった。


 それでも、僅かな時間ではあったが、耐えただけでも賞賛に値する。

このままでは彼らを待ち受けるのは、残念ながら、悲惨な結末ではあるが……


 神官の回復が追い付かなくなり、いよいよ大盾の壁が崩れ始める。

殿に残しての敗走か、全滅か……

パーティとしての覚悟を決める瞬間が迫ったその時――


 “たまたま”現場に居合わせた私は、手助けをすることにしたのだ。

ゴーレムが巨腕を振り上げた瞬間を狙い、私は爆発を起こした。

狙ったのは、頭と右腕と膝の関節――巨体のバランスが崩れ、重心が傾く。


 ゴーレムは、まるで山が崩れるように、ゆっくりと地面へ沈んだ。

凶悪な右腕が重りとなり、ゴーレムは地面に縫い付けられたように、岩を軋ませながら、じりじりと身をよじっていた。


「今の……誰だ……?」

「考えてる場合じゃない! 撤退しよう!」

目の前の出来事に呆然となるリーダーを弓使いが叱咤する。

彼らは、傷ついた体を引きずりながら、一目散に退却していった。


 この後、このゴーレムは私の方で解体し、素体の一部をギルドに提出している。

間を置かず、洞窟のダンジョンで採れる黒鉄鉱でできた、石室のダンジョンに出現するゴーレムの情報が、ギルドから出るだろう。

その事実が、今回の稀有な“入れ替わり”の証明となるはずだ。


 詳しい話が聞きたいのなら、直接、本人たちに聞いてみるといいだろう。

記事が張り出される頃には、彼らも帰還を果たしているはずだ。

今頃は、煤けた体を椅子に預けるように、酒も飲まずにギルドの片隅のテーブルで放心していることだろう。



 さて読者諸君、我々が仕事を円滑に進めるには、情報収集が必要不可欠であることは、周知の事実だ。

しかし、調べた情報だけが全てとは限らないのだ。

そして我々の仕事は、元来、素材の回収ではない。

ダンジョンという変化し続ける場所を探索し、未知との遭遇と発見――“冒険”をする者なのだ。


 そして、冒険者として長く生きるためには、貴重な冒険をした彼らの二の轍を踏んではいけない。

彼らのことを今、「調子に乗りすぎた若造」「踏み込み過ぎた蛮勇」と笑っていられるのも今のうちだ。


ここぞという時に、引き返す選択を取ることは非常に難しい。

自分たちは大丈夫。

そう思っていること自体が、既に失敗の第一歩なのだと、いい加減に学習すべきだろう。

調子がいい時こそ、用心を重ねる必要があるのだ。


――まだいけるは、もう危ない。


※本記事は、冒険者の反省と酒場の肴を兼ねてお届けする。

失敗は誰にでもある。だが、次に笑われるかどうかは、諸君の運と記憶力次第だ。


記:醜聞記者


感想・評価が賜れますれば、これ幸い。

新たなる綴りは水・日の折にお届けいたす心積もり。

本日は、これにて一区切りと相成りまする。

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