身代わり人形
僕は大学に入ってまもなく、AとBという二人の友人ができた。
AとBは子供の頃からの付き合いらしく、そこに後から知り合いになった僕が合流する形で仲良くなった。
Aは茶髪のいわゆるイケメンで、クールに見えて結構遊んでるタイプだった。
Bは面白い系のキャラで、大勢で盛り上がったりするのが好きなやつだった。
ある夏の蒸し暑い夜、僕たち三人はAの家で飲む約束をしていた。僕とBは酒やつまみを買った後、Aの家に行って玄関のチャイムを鳴らした。
「お、来た」
そういってAは僕らを出迎えた。
そのAが部屋に入るなり、携帯を見て変な顔をしている。
「何見てんの?お前」
「ああ 何かこんなメッセージ来てさー」
そう言われて、画面を見せられた。
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これは呪いの ひつじさんからのメッセージです
最後まで ちゃんと読んでください
ひつじさんは 恨んでいる人がいます
復讐しようとしています
このメッセージをたどって そいつを探しています
これは本当の本当です
たとえ押し付けようとしたって 最後に罰を受けるのはお前です
ほかの何でもない お前
今夜ひつじさんが あなたを殺しに行きますよ
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「何だよこれ、絶対いたずらだっていたずら、来るわけないじゃんそんなやつ」
Bが言う。
「そうそう、無視無視」
「だよなあ」
僕はそのメッセージに見覚えがあった。
「これ、うちの弟のとこに来たやつと一緒だ。何か最近広まってる有名なチェーンメールみたいなやつだ」
「やっぱそうなんだな」
「こんなの忘れてさっさと飲もうぜ!」
BがAの肩に腕を回す。
「そうそう 呪いなんてあるわけないじゃん。心当たりとかは?恨まれるようなことでもしてんの?」
僕は言った。Aはモテたので、フッた女の子をいっぱい泣かせてるんだろう、くらいのつもりだった。
「……」
だが、AとBは急にシンとなった。
「え?」
「まさか!してるわけないだろ」
ガタン!
全員がびくっとした。写真立てが倒れていた。
「何だ、倒れただけか」
元通りにして、僕たちは飲み始めた。
しばらくはくだらない話で騒いでいたが、僕は変なことに気づいた。
「A、もう9月のカレンダーかけてんの? 今日8 月1 日なのに」
「お、マジだ」
「……」
急にAが黙った。
「何だよ?」
「あ…まあまあ。こうして家飲みも楽しいけど、またどっか遊びに行きたいよな」
Bが話を逸らした。
「そうだな」
Aのテンションが低いままなので、僕は話を振った。
「海とか行けたらいいのになー、夏だし。Aは女の子の知り合いいっぱいいるんだから連れてきてよ」
「……」
また場がシンとなった。
「ん?」
「まあまあまあ、いいだろ、海はさ。山行こう、山!」
Bが早口で言うと、Aも続ける。
「…そうだよ! 俺海とか好きじゃねーし 行かないし」
ガタン!
全員がびくっとした。また同じ写真立てが倒れていた。
「…あーお前その新しいやつじゃん」
Bが沈黙を破り、Aの黒い腕時計を指さす。
「そうだよ」
「どうせまた女の子に買ってもらったんでしょ」
「向こうが勝手にくれんだよ」
「お前はホントに女が途切れないな」
「前持ってたあの腕時計もそうなの?」
「え?」
「ほら、銀のさ。あれかなりいいやつだったじゃん。使わないの?」
僕はそう尋ねた。
以前Aのうちに来たとき、箱に入ったままになっているやつをたまたま僕が発見したのだ。イニシャルみたいなものが刻まれていて、正直この黒の腕時計よりずっと高そうなやつだった。
「あんなだっせぇの捨てたよ」
ガタン!
全員がびくっとした。今度は玄関の近くで傘が倒れていた。
「何かさっきから気持ち悪いなこの部屋。訳あり物件なのか?」
「違うって」
「呪われたりしてー」
「おいやめろよ、他人事だと思って」
「冗談だって」
「不安だったら身代わり人形でも作ればいいんじゃね?」
Bが妙なことを言った。
「身代わり人形?」
「うん、うちのばあちゃんがよく言ってた、そういうのが自分の代わりに災難を受けてくれるんだってさ」
何か、藁人形とか流し雛とかそういうののことを言っていたんだろう。
「迷信だろ?」
「まあ気休めでもいいじゃん」
「Aそっくりの人形とか面白そー」
いつもなら口だけの冗談で終わるかもしれなかったが、このとき僕たちは三人ともまあまあ出来上がっていたので、この身代わり人形作りを面白がって始めてしまった。
「この椅子に座らせよう」
「よーし」
「頭は?何かないの」
「あ、あっちに地球儀あるじゃん。持ってこいよ」
「うん」
「お、これちょうどいいね」
「髪は?」
「いいじゃん別に」
「やだよーなかったら俺がハゲてるみたいじゃん」
「何だそのこだわりは、どうでもいいだろそんなの」
「じゃあこのタオル被せといたら?」
「そうだな、色的にもいいんじゃねーの」
「サンキュー」
Aは僕が差し出した茶色のタオルを地球儀に乗せ、形を整え始めた。
「体どうしようかなぁ」
「そのクッションがちょうどいいんじゃない?」
「あ、ホントだいい感じ」
「顔は?」
「いいだろそこまで細かくしなくても」
「えーでもさ顔なかったら変だって」
「マジックで描けよ」
「オッケー、北海道と沖縄のとこ目にしよう」
「近いだろそれじゃ」
「Aお前いつまで髪いじってんだよいい加減にしろ!」
ふざけながらも、人形は完成した。タオルの髪、地球儀の頭、白いクッションの胴体。体の細い、不格好な人形だ。
「これでよし!」
「こんなんで大丈夫かよ」
「そっくりでしょ」
「どういう意味だ、おいこら」
「まあまあ、飲み直そうよ……ってお前何やってんの」
Bが地面に向かって何かしている。
「そんなに難しくないジグソーパズル」
「は?」
「なんかビリビリの絵みたいの見つけたからさあ」
「ゴミ箱漁んな!」
怒るAを尻目に、赤ら顔のBはゴミ箱から取り出した紙片をつなぎ合わせていく。
「これ8 月のカレンダーだよね?何でこんなビリビリに破り捨ててんの」
「えっいや だっていらねぇかと思って…」
Aの目が泳いだ。
「何でだよー今月のだろ」
「…あっ何か絵が描いてある」
「あーちょっと…ごめん!」
言うなり、Aは部屋を飛び出した。洗面所に入る足音が聞こえた。
「は?何あいつ?」
僕は意味が分からなかった。さっきからおかしい。
Bの手元を見ると、破かれた8月のカレンダーが大まかにできていた。日付の数字と一緒に、写真が印刷されている。
「何? これ 白い水着の女の子?かな?何で破いちゃったんだよ」
「…」
「どうかしたの」
「そっくりだ……そうだ ちょうど3 年前の今日だ、8 月1 日…」
Bが急にぶつぶつ言いだした。さっきまでの酔った様子は冷めきっている。
「何が?」
「女の子だよ Aと昔…お前は知らないだろ」
「大学より前のことなら知らない。どんな子?」
「ちっちゃくて静かな感じの子だったよ、あいつはそんなにだったみたいだけど、何か向こうが本気になっちゃったらしくて。メンヘラっていうか……」
『あいつヤバいわ。しつこすぎてうっとうしいんだよ』
始めはかわいいなどと言っていたAも、そういって内心彼女を疎んじるようになったという。
「3年前の今日、あいつな、その子と、他のやつも何人か連れて海行ったんだ」
「お前もいたの?」
「ああ。で、Aはそこであの子をさ、誘って。写真撮ろうって」
「うん」
「二人で離れたとこいって、しばらくしてあんまり帰りが遅いから、俺探しにいったんだ。そしたら…2 人とも深いとこ落ちてた」
「溺れてたの」
Bは黙ってうなずいた。
「そのとき多分俺だけが見た。あいつがもがきながら、あの子にしがみついて、海に…押し込むみたいにして、這い上がろうとしてたの」
『先に足を滑らせたのはあっちだったんだよ 俺は腕掴もうとしただけだ』
『水着まで真っ白だったから 浮き輪みたいに見えたんだ それでしがみついちゃって…苦しかったし 必死だったんだ』
Aは、Bが見ていたことに気づいていて、後でそんな風に語ってきたそうだ。
「それで…俺は急いで他のやつを呼びに行って、いろいろやった、でも間に合わなくて…結局あの子だけが助からなかった」
「……」
「…俺はあのとき見たことは誰にも言ってない。その件はただの事故ってことで終わった」
「本当に…事故かは……?」
「……」
「…もしかして、さっき捨てたって言ってた時計って」
「そうだな。あの子がくれたんだろ…思い出したくなくて捨てたんじゃないか」
「………」
僕はそこで、急に気になったことを言った。
「……メールさ、僕の弟のとこにも来たって行っただろ」
「ああ」
「そのときは、最後らへんに『このメッセージを10 人以上に転送してください さもないと殺しに行きます』って書いてたんだ」
「チェーンメールみたいなもんは大体そうだろ」
「あれさ あいつに来たやつにはあった?」
「…」
「なかったよね?『殺しに行きます』ってだけで」
「何変なこと言ってんだよお前… 気持ち悪いぞ……」
「…」
パタンと音がして、Aが戻ってきた。Aが僕らの話を聞いていたかは分からないが、気まずい沈黙が流れる。
扉が開いたので、部屋の外の音が聞こえた。
「水の音がする」
「水道が閉まってないんだろ…」
Aが洗面台の方に戻り、締め直したらしく戻ってくる。だが、
「なあ やっぱまだ水の音しねぇか?」
「嘘つけ 水道は止めたぞ…」
「いや、する。ほら ぴちゃん ぴちゃんって…」
玄関の方から。
「何か 近づいてきてる?」
「ドア…?」
コンコン
コンコン
確かに叩いた。声が出せなくなった。
コンコンコンコンガンガンガンガンガン
音がだんだん多く大きくなる。
Aはおそるおそるドアスコープを覗いた。その途端、がくっと腰が抜けてずるずると後退りした。
「嘘だ!」
Aは見たのだ。向こうにいるやつの顔を。
ガチャ
鍵をかけたはずなのに、ドアが開きかけた。
僕とBとはとっさにドアに飛びついて押さえる。
ドン! ドンドン!
「来てる!来てる!」
「ヤバいヤバいヤバい! マジでヤバいって!」
ありえない力でドアが叩かれている。恐ろしい何かが部屋に入ろうと怒り狂っている。
「ごめん! ごめん!俺……許してくれ!そんなつもりじゃなかったんだよ!」
Aは喉から血が出そうな声で泣き叫んだ。
「許してくれ! 頼む!許してくれえええぇぇえ!」
「ああああああああ!」
ガタン!ガチャン!
誰の叫び声だっただろう。その絶叫と共に、僕たちの背後で人形が崩れた。地球儀が床に落ちてものすごい音がした。
同時に、ドアの向こうが静かになった。
「消え…た?」
「あっ、人形が…身代わりに…?」
ああ…助かった…助かったんだ。
「よかった… 死ぬかと 死ぬかと思った」
「……」
三人ともへたり込んだ。
「…おい 早く人形バラしちゃおう」
「だな、お前地球儀あっち置いてこい」
「うん」
僕は地球儀を運び、元あった棚に置いた。
Bは床に落ちたタオルを拾った。
「…ダメだ…力抜けて…へへ」
「うん…」
だがそのとき、
バン!
すごい音がして電気が消えた。
「おい!おい!どうなってんだ!」
「あっ 電気が…」
すぐに、再び明るくなった。Bが手探りで電気をつけたのだ。
だが、Aがいない。
「あれっ Aは?」
「えっ? A? A?おい どこ行ったんだよ! おい!」
でも、異変があった。
「…なあ このクッションって赤かったっけ」
「え?…濡れて…」
「…血だ」
Bが手元を見る。
「…そのタ、タオル…」
「髪の毛!?」
握っていたタオルが、茶色い毛の束に変わっていた。
さっきまで人形の髪の毛だったタオルが、本物の毛に。
「ちょっ、なっ、まさか」
「おい…地球儀…」
「ギャアアアアアアアアア!」
僕らは叫んだ。
一生忘れることはないだろう、あのときの光景を。