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第2章 探偵ギルド、始動


 午前零時を少し回った時刻表示が、視界右上で青白くまたたく。現実の俺はネットカフェのカプセルで横たわっているはずだが、脳は完全に《INFERNO MAZE ONLINE》と同期している。

 ここからは眠気さえゲーム内の空気感として知覚する。

 ――もっとも、いまは満身の緊張が神経を焼くせいで、まぶたの重さなど欠片も覚えない。


 深層迷宮から帰還した直後、俺たち四人はゲーム内都市フォージド・ワレットの外縁にある薄暗い路地へ避難した。ギルド拠点に戻ろうとした瞬間、システムが「霧化リセット」を強行し、ドアも窓も消え失せたのだ。

 運営の介入というより、誰かの編集権限が暴れ回った痕跡。通りのレンガ壁には今も焦げ跡のようなバグノイズが走り、アイテムストアの看板が溶けかけたゼリーのように滴っている。


「――意識不明者、そっちはどう?」


 三条が配信用カメラをオフラインに切り、目深に帽子をかぶり直す。

 レナは膝を抱え、唇のルージュを剥ぎ落としながら俯いている。ログアウト不能で倒れたギルドメンバー――あの名無しの少年は、リアル病院に搬送されたと連絡が来た。脳波は平坦な安定値、だけど覚醒指数はゼロ。眠っているのとも違う生体反応。

 医師は「原因不明の睡眠障害」と診断したらしい。俺の兄、秋人と同じ。


「運営フォーラムは『異常なし』一点張りだ。バグ報告スレが全部、管理人に沈められてる」


 三条がホログラフを指で弾き、検索結果の真っ白な画面を見せる。情報が真空パックされたように空虚で、むしろ強烈な異臭を放っている。隠蔽の匂いだ。


「じゃあ、あたしたちでやるしかないってことね」


 明日香が腰の双短剣――刃先に燃えるような虹色のエフェクトが走るユニーク武器――を胸の前で交差させる。刃がカチリと鳴る手応えが、会話の句読点のように空気を震わせた。


「ギルドを作ろう。名義貸しの寄せ集めじゃなくて、本気で事件を追うチームとして」


 発案者としての彼女は滲んだ目元を押さえながら笑う。“事件はゲームの中、現実じゃない”と強がりつつ、それでも泣きそうに揺れる瞳。

 俺は「ああ」と返すしかない。ヒロインを慰める台詞なんて推理小説には存在しない。あるのは証拠と、解答と、結果だけだ。


   ◆


 赤銅色の早朝――といってもゲーム時間での話だが――俺たちは中央管理区画にある《ギルドホール・ゼルプス》へ向かった。ログイン直後のプレイヤーが群れを成す一番治安の良い区画で、運営NPCが常駐し、チュートリアル娘の看板が巨大ホログラムで手を振っている。

 昨夜見上げた血の雲と炎の雨は嘘のように晴れ、宝石のような朝霧を通して太陽が街路を黄金に染める。ゲームのアルゴリズムは美も恐怖も同じ熱量で描き分ける。

 ここが仮想であることを誰より知っていながら、俺はやっぱり頬に当たる光を“暖かい”と感じてしまう。


 受付台の向こうで、青い制服のNPCが丁寧すぎる笑顔を向けた。


「新規ギルドの設立ですね。名称と目的をご記入ください」

「《Re:Order》」

 明日香が胸を張る。

「意味は、“真実に秩序を”。――長い?」

「シンプルでいい」

 俺はそう答え、登録パネルにサインする。


 指先から淡青色の光が散る。システム深層に俺たちの履歴が書きこまれ、同時にどこかの観察者がまた笑ったかもしれない。


 受付娘はまばたきをひとつ挟み、マニュアル通りに続けた。


「ギルド記章をお選びください。なお、ギルド設立後三十日間は変更不可――」

「それ、後でいい」


 三条が割って入り、襟元のマイクロカメラを光らせる。


「公式声明だと例の“ログアウト不能”はバグなんだって? 見解を聞かせてよ、カメラ回ってるから」


 NPCは笑顔のまま一拍置き、予め組まれていたであろう台詞を再生する。


「当運営は常時システムの安全性を――」

「それ、録音じゃなくて生ボイスだよな?」


 明日香が眉を跳ね上げる。胸元の短剣がキラリと光ったのを、俺は肘で制止した。NPCを斬ってもシステムメッセージは変わらない。必要なのは威嚇じゃなくトリガーだ。


「無駄だ。公式は“ログ”を消してる」


 俺は肩を竦め、受付台に身を乗り出す。


「ここにない答えは地下に潜って探すしかない。――誠司、お前の出番だ」

「仕方ないね、観客サービスだ」


 神谷誠司が後ろで指揮棒を回す。

 彼は既にギルド《Executor》を畳んで無所属になっており、今回の調査に“アドバイザー”として参加する契約を結んでいる。契約条項の三番目には“演出権の七割を彼に委譲”とある。要するに、派手さは任せた。


「運営すら立ち入れない“非承認エリア”の位置情報を持ってきた。遊びじゃない。ここからが本編だ」


 彼が投影した立体地図は幾千もの階層を持つ黒い塔のようで、特定区画に赤いバツ印が打たれている。座標はα-09。管理タグが欠落し、閲覧認証が“Null”――つまり、誰が入った履歴も残らない真っ白な領域。ログアウト不能者が生まれた地点と一致する。


「じゃあ、準備は整った」


 レナが口紅を塗り直す。 ruby のごとく艶めく赤が、彼女の微笑みを毒入りキャンディに変えた。


   ◇


 ――深夜、α-09ゲート前。


 ここは迷宮というより、削りかけの石材が露出した洞穴だ。灯りはなく、壁面を走るデバッグコードが青い稲妻のように瞬くたび、岩肌の亀裂が骨のように浮かび上がる。

 入口を塞ぐセキュリティシールドは残存HPが限りなくゼロに近い。誰かが既に“こじ開けた”痕跡だ。


「ログマーカー、同期完了。映像音声、オールクリア」


 三条がカメラを構え、黙示録の記者よろしく低い声で囁く。レナは岩陰に指を置き、耳を澄ますように瞼を閉じた。彼女のスキル《精神感染》は、周囲の“心音”を嗅ぎ取る。


「――ここ、何かが泣いてる」

「泣いてる?」

 明日香が肩越しに問いかける。

「人の声かAIのエラーボイスかは……わかんない。けどすごく、静かに、壊れた音がする」


 俺は喉を鳴らし、HUDに小さく書き込んだ。〈被験者:レナ/感応ログ/解析要〉


「じゃあ、行こうか」


 誠司が指揮棒を壁へ当てる。シールドがハープ弦のように震えたあと、バラバラに崩れ落ちる。仕込まれたハッキングコードが刃物で切り裂くようにプロテクトを裁断したらしい。一流の舞台監督は、幕引きのタイミングを選ばない。


 一歩踏み込めば空気が変わる。第三者が密室に呼気を吹き込んだような、湿った生温さが頬を撫でた。

 岩壁には赤黒い静脈のような組織が見え隠れし、そこをデータパケットの光が走るたびに拍動している。迷宮というより臓腑の通路だ。


   ◆


 最初の異変は、レナのささやきから始まった。


「……そこ、いる。幼い男の子」


 だれも見えない。俺は《スキャン・ログ》を展開し、三秒前の残像を再生する。

 青い幽影が通路の真ん中で片手を挙げ、笑顔――いや、顔の輪郭が定まらない。輪郭線がピクセル単位で崩壊しかけ、張り付いた笑みだけが蛍光灯のように白く残る。幼児用アバター? それとも――


 映像が唐突にノイズへ塗り潰され、画面に赤文字が走る。


〈再生権限、編集済み〉


 俺たちの誰か、あるいは外部の“作者”がログを書き換えた痕跡。

 レナが耳を塞ぎ、呻く。


「頭に声……“観測者番号を出せ”って……」


 明日香が肩を抱き寄せ、レナを庇う。

 彼女の短剣が自動起動し、周囲のバグデータを撃ち抜くように光弾を散らす。轟音が洞穴を満たし、粉塵と共に破片が降る。


「敵は見えないのに、攻撃してくる。しかも精神に直接」

 明日香が奥歯を食いしばる。

「けどやるしかない。ここを突破しなきゃ、何も始まらない」


 誠司が前方へ出て、地形改変スクリプトを展開。床石が段階的に階段に組み替わり、左右の壁が迫り出して盾の役割を果たす。

 シンプルな防衛壇だが、敵の攻撃が“概念のささやき”なら物理障壁は意味がない。


「音を閉じ込める」

 俺は咄嗟に言い、UIを操作。《スキャン・ログ》の渡しを逆利用し、直近五秒の空間データをループ再生して“周期ノイズ”に変換した。

 洞穴全体が耳鳴りのような低周波で満たされる。精神干渉の周波数帯をジャミングする荒技だ。成功するとは限らないが、この手の“声”は秩序を壊す振動が本体だから、遮蔽に似た効果が期待できる。


 レナが息を整え、震えを抑える。

「……消えた、声」

「奥へ急ごう。ここは防御戦闘に向かない」誠司が合図し、階段を下りる。


   ◇


 不意に空間が開けた。そこは石造りの監視室のようで、壁一面に虚ろなモニターが並び、無数の黒い椅子が円形に配置されている。

 それぞれの椅子にはヘッドセット――現実で俺たちが頭に装着するフルダイブ装置と酷似した器具――が固定され、人影のような影が沈んでいる。


 いや、人影ではない。輪郭を保たない黒いブロブが息を潜め、視線がないのに凝視されている感覚を芽吹かせる。レナが肩をすくませ、明日香は剣を握り直す。


 三条がモニターを覗き込み、低く呻いた。


「これ……俺たちのログだ。リアル時間の脳波まで同時に――待て。これ、俺のじゃないぞ」


 そこに映る脳波は平坦で、眠っているというより途切れた糸みたいに脈動を失っている。

 タグに記された名は《USER_Unknown_01》。連番が02、03と続き、運営に登録されていない識別子が数十、いや百単位で並ぶ。


 画面の隅に赤いアイコンが点滅していた。〈REC:ON〉


「まだ録られてる。今も……」


 三条がそっとタップすると、映像ソースが切り替わった。薄暗いネットカフェのカプセル。若い男がフルダイブ装置を被ったまま横たわり、胸がかすかに上下する。

 ――俺だ。己の寝顔が、ここにいる自分を見返す。

 タイムラグのないライブ映像。思わず心臓が跳ね、現実の体が痙攣したような錯覚に襲われる。


「誰が……?」


 問いを投げる前に、背後のモニター群がいっせいに点いた。すべての画面に仮面が浮かぶ。

 白地に黒い裂け目、あるいはピエロの笑み、あるいは血涙――フレーム毎に表情が変わり、十数枚の仮面が無声で笑う。

 中央モニターだけが音声を発した。NO-FACEの多重声が、天井から降る霧のように染み込む。


「観察対象、識別。ギルド《Re:Order》、ログ更新を確認。――実に興味深いね。君たち、もう“事件を解く側”じゃない」


 レナが唇を引き裂くように嗤う。「じゃあ、何? 私たちが被験体?」


「被験体というより、出演者さ。演目の名前は《誰が物語を書くのか》」

「ふざけ……!」


 明日香が剣を構えるが、手首に痛みが走ったのか微かに呻く。HUDが赤く点滅し、装備欄が空白になる。システムが剣の存在を一時凍結したようだ。


「武器を奪うなんてルール違反だろ!」

 彼女は怒鳴る。

「君たちが守ってきたルールを、まだ信じているのかい?」NO-FACEの声は淡々としている。「ところで“無人迷宮”で意識不明になった第二の犠牲者。彼はまだ帰ってきていない。君たちの友だよ」


 壁の一角が開き、そこへ折り畳まれた病室の映像が挿入された。

 萎れた紙のような腕がベッドの上に投げ出され、脳波モニターが単調なリズムを刻む。顔はモザイクで歪められ、名前欄も“Null”。何者かわからないが、俺たちの誰でもあり得る姿。


 誠司が歯噛みする。

「見せたいのは恐怖か、諦めか?」

「違うよ、選択だ」

 仮面が笑う。

「彼を救う方法は二つ。ひとつはシステムの核心、《Ouroboros》を止めること。もうひとつは、“記録を書き換えて彼の事故をなかったことにする”こと」


 俺の背筋を冷や汗が滑り落ちる。Re:WRITER権限。NO-FACEは俺たちが‘禁忌のペン’を握っていると知っている。そして握らせたがっている。


「選ぶのは君たち。観察者は答えを急がない。だが――早いほうが、物語は盛り上がる」


 モニターがふっと消えた。残るのは呼吸と心臓の音。

 いや――レナの口から漏れる嗚咽。彼女の身体が震え、口紅が床へ滑り落ちる。明日香が抱きとめようとし、しかし腕の中で拒むようにレナが叫んだ。


「消して! お願い、私の……罪を消してよ!」


 何の罪だ、と聞く前に、彼女の身体から黒い靄が上がった。

 ログ再生の干渉だ。誰かが彼女の記憶を呼び出し、別の記録を書き足そうとしている。レナ自身が自分の過去を赦されようとしない限り、その行為は延々続く。


 俺は《スキャン・ログ》を彼女の周囲へ展開、記録の侵入ポイントを探す。

 無数の赤い糸がレナの胸骨あたりに刺さり、マーカーIDを留めていた。

 そのIDには数字がなかった。“名無し”の書き手――Re:WRITER_002だ。


 背後で足音。三条が機材を床に落とし、唇を噛む。

「タグが飛ぶ。これは……編集ログそのものがエンコードされてない。プレーンテキストじゃなく、ストリームに直接書き込み――」

「止められる?」

 俺は叫ぶ。

「わからん! このフォーマット、俺の解析じゃ追いつかない!」


 誠司が指揮棒を掲げ、地形スクリプトを再構成しようとする。しかし、床材がむしろ逆に組み変わり、彼の足首を絡め取った。

「呪われた舞台だな……!」

 彼は自嘲気味に笑うが、その声にも焦りが滲む。


 俺はレナの肩に手を置き、強引に目を見つめる。光が乱反射する瞳の奥、泣き笑いのような絶望が揺らぐ。


「俺が、探偵になる。迷宮の全部を暴く。だから――お前の記録も、見届ける。消さない」

「消えないままじゃ、生きていけない」

 レナが震える声で返す。

「わたし、人を……」

「知ってる。でも、“あったこと”は、誰かが覚えてやらなきゃ嘘になるんだ」


 その瞬間、俺のUIに凍ったはずの赤テンプレートが落ちた。

 〈Re:WRITER権限リクエスト:拒否〉――俺は“編集しない”選択を明示した。

 すると侵入していた黒い糸がプツプツと千切れ、レナの身体を縛る靄が薄くほどけた。


 明日香が胸を撫で下ろす。

「レン……今、何したの?」

「証言した。ただ、それだけ」

 誠司が頷く。


「記録の不整合は排斥を呼ぶ。逆に“整合を宣言”すれば、干渉は一時停止する。――だが応急処置だ。敵はあくまで――」

「書き手だ」

 三条が言い、まばたきする。

「《Re:WRITER_002》――十中八九、レンの兄貴のログ人格が動いてる」


 喉の奥で心臓が跳ねた。秋人が俺を守ろうとした結果、他人の記録を抹消しようとしている?

 兄はそんな人間じゃない。けれどログ人格は人間そのものじゃない。目的だけを抽出したプログラムは、手段を選ばないことを俺はもう知っている。


   ◆


 ログ会議。洞穴の中央に簡易テーブルを生成し、俺たちはデータを照合した。

 明日香が崩れた武器を再構築しながら、淡々と報告を読む。慣れない真面目モードは時折舌がもつれ、辛辣な三条に笑われて睨み返す。そのやり取りすら記録に刻まれ、世界のどこかで観察されているかもしれない――という恐怖を織り込んだまま。


 出た結論は単純だった。ログアウト不能の原因は《Ouroboros》、運営が封じていた意識永続化プロトコル。そして、それを監視・編集する存在がNO-FACE。

 だが彼は今、Re:WRITER_002にアクセス権を奪われかけている。オリジナルの編集者であるジョーカーが指揮権を失えば、物語は暴走し、迷宮全体が“私的な結末”へ書き換わる。

 犠牲者の命も、俺たちの存在すら行間の余白に葬られる――。


「行くしかない。非承認区域のさらに奥、“中枢サーバ・コアツリー”を叩く」


 誠司が地図を拡大し、真紅のピンを刺す。α-09を抜けた先、タグすら存在しないブラックボックス。そこにアクセスし、権限を奪い返す――探偵としては無謀な突入作戦だ。


「全員同意?」

 俺は尋ねる。

 レナが頷く。ルージュのない唇は青ざめているが、瞳の奥に硬い光が宿る。

 三条は配信カメラを再起動させ、「続きは有料だな」と冗談で肝を据えた。明日香は双短剣を構え直し、からかうように舌を出す。


「怖いから一緒に来てやるんだからね。死にかけたら泣いても知らない」


 鼓動が、ふっと落ち着く。そうだ。怖さも弱さも噛み締めたうえで、俺たちは探偵団になる。


   ◇


 洞穴を抜ける最後の通路で、システムメッセージが浮かんだ。


〈ギルドID:《Re:Order》 登録完了〉

〈ログ権限:共同記録者――承認〉


 俺は笑いそうになる。夜明け前の底冷えが骨を噛むが、それでも心の内側は少し暖かい。

 背後で誰かがノートのページをめくる音――三条だろうか――が静かに響く。ページが白紙であれ血塗れであれ、書き続ける限り物語は死なない。

 探偵は読者のためじゃなく、書かれる者のために真実を綴るのだ。


 出口のアーチをくぐる。向こう側には光も闇もない、無音の真空が口を開けていた。

 鼻腔に漂う鉄錆の匂いが濃く、遠くで誰かがキーボードを叩く乾いた音がした。


「ログの書き手は、ここで待ってる」

 俺は小さく呟き、仲間を振り返る。

「――だから、迎えに行こう」


 明日香が笑い、レナが口紅の代わりに息を吸い込み、三条が録画を開始し、誠司が指揮棒を真上へ掲げる。その瞬間、透明な壁が砕け、虚空にデータの花火が散った。新しいシーンの幕開けだ。

 俺たちの物語は、まだページ番号のない章へ踏み出す。


   ◇


 背後で扉が閉じる気配。――いや、実際には何も動かない。

 これは過去データの遅延再生だ。次の瞬間、耳元で囁く多重音声。


「選ばれたのは迷宮ではない。君たちだ。見せてくれ、探偵の結末を」


 NO-FACEの姿はどこにもない。それでも声が続く。


「ただし忘れないで。記録は観察されるもの、物語は選ばれるもの。“選択”は常に同時再生だ」


 脳裏に点滅。〈Ouroborosプログラム、進行率12%〉


 俺は歯を食いしばり、HUDを閉じる。――走る。

 意識が震えるほど全力で。被験体でも出演者でもない、俺が俺のままで走れるうちに。

 探偵の足跡を、迷宮の床に刻み続けるために。


 そして闇の奥、見えない観客席に向かって宣言する。


「記録の続きを書くのは――俺たちだ」

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