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01. 厄災の子




  「勝者とは己の存在価値をこの世に証明した者であり、敗者とは己の存在価値をこの世に証明できなかった者である」

    

              ー剣神サリアー



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



  欠伸が出るほど穏やかな日差しが差し込む朝。カーテンを開け放つと、ふと深い思索に沈む。


  小鳥の囀り、川のせせらぎ、風車を回す風の音――どれもがあまりにも新鮮で、新しい一日が始まる事を告げるようだったーー。


  「ああ、いい朝だ」


  本当にそう思ったのは、いつ以来だろうか。


  母様の葬式にすら立ち会えず、産まれてから七年過ごしてきた屋敷を追われ、殺伐としていたこの数日が嘘のような、妙な静けさが訪れていたーー。


  と、そこにボクの左目の「未来眼」に執事の入室する姿が映る。


  「おはようございます。お坊ちゃま。朝ごはんの用意ができてございます」


  「ああ、わかったよ。ありがとう、アーモンド」


  『予知』で見た通りのまま、コンコンッ、と二回ノックした後執事の姿が露わになり、呼びかけて未だ夢うつつの意識を現実へ引き戻す。


  布団から足を抜き、ゴシゴシと目を擦りながらのろのろと立ち上がった。


  「やれやれ……やっぱりまだ『この目』の制御には時間がかかるな……。それにしても、掃き溜めだなんて言われてたけど、なかなかいい領地じゃないかっ!」


  窓から眺める光景は、青い空と黄金の陽光、緑が鮮やかに広がる美しい土地だった。


  その眺めに思わず息をつく。けれど同時に、幼き日の記憶が否応なく蘇る。


  齢七歳にしてあまりにも非情で、無慈悲で、孤独な日々を過ごした、あの屋敷での生活を――。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



  いつからだっただろうか、自分が他の兄弟たちと違うと感じたのは。


  食事は別、部屋の階層も別。着るものから与えられる家庭教師に至るまで、すべてが「区別」されていた。

  父様の顔を直接見ることすら数えるほどしかなく、それも冷たい一瞥を投げられるだけだった。


  まるで自分だけが「他所の子」であるかのように扱われていた。いや、実際にそうだったのかもしれない。


  なぜなら、ボクは〝不貞の子〟だからだ――。


  屋敷の噂で聞いた話だ。母様はボクを庇うように「そんなことはない」と何度も否定してくれたけど、父様の態度がそれを裏付けるようだった。


  両親ともに穂麦のような黄金の髪を持ち、母様の瞳は深い森の緑、父様は冷たい青い瞳だ。


  それなのにボクは、黒い髪に赤みがかった黒い瞳。おまけに左腕には雲形の黒い痣がある。


  その姿は両親とはあまりに遠いもので、「忌み子」、「呪い子」とまで囁かれ、幼少期から兄弟達からも冷たくあしらわれてきたーー。


  ただ、不思議に思う事もなく、ボクにはその環境が「普通」で、当たり前だったーー。


  兄弟たちとは別の生活を送ることも、父様から冷たい視線を向けられることも、ボクにとっては至極当たり前の〝日常〟だったーー。


  誰もボクの事など眼中にないし、例え今ここでボクが死んでも、誰も悲しむ事は無いのだろうーー。



  しかしそんなボクにも、仲が良い……とはお世辞にも言えないけれど、口喧嘩する程度の相手がいた。


  ちょっと面倒臭い相手だけれど、いつも喋りかけてくる〝変な奴〟だーー。


  「ほらっ!さっさと歩きなさいよ!いつまでもそんなところでもじもじしてないの!全く……だからアンタはいつと他の奴らにハブにされるのよ!!」


  目覚めて早々、着替えもそこそこに七歳児の腕を鷲掴みにし、ズカズカと廊下を歩く許嫁が、この世のどこにいるだろうか?

  こういってはなんだが…………せめてもう少し落ち着きのある許嫁とチェンジして欲しいものだ。


  やけに赤みがかった瞳。まるで燃え盛る炎をそのまま宿したかのような鮮やかな赤髪。そして、それに相反する純白のドレス。


  その姿は一見すれば気品ある貴族令嬢そのものだが、今の態度はどこからどう見ても街の女版ガキ大将である。


  彼女の名前はアメリア。ボクより三つ年上の、れっきとした候爵家の令嬢ーーそして、ボクの許嫁だ。


  彼女の父親とボクの父様は古い友人関係にあたり、彼女とは物心つく頃からの付き合いだ。


  でも、それだけで許嫁になる訳ではないーー。何故なら、ボクの家は公爵家。彼女の家はそれに次ぐ候爵家。


  身分としては釣り合うように見えるけど……ボクの生家ーー《ランスロット家》は公爵家の中でも指折りの名家だ。


  本来なら同格である公爵家が婚姻関係に当てられるわけだが…………ボクには〝訳あり〟の事情がある。


  そう、ボクは〝厄災の子〟だーー。


  ゆえに、本来の公爵家なら当てられるような落ち着きのある淑女ではなく、このように訳知り顔の暴れん坊令嬢に振り回される日々を送る羽目になっているのだけれど……さすがにこれを毎日は堪えるものがある。

  どこで磨いた運動神経なのか、爆速で走っていく彼女に腕を引っ張られ半分宙ぶらりん状態の中、悟りを開いた仙人のように、天井を見上げてポツリと呟く。


  「あれからどれくらい経ったんだろう……」


  方向音痴なアメリアに引きずられ、廊下という廊下を行ったり来たり、次々とドアを開けては閉めるを繰り返す。

  開けるたび開ける前から違う部屋だというのが「未来眼」に映るから、ちょっとしたネタバレの連続を受けて頭が二重で混乱してくる。


  「う……うおっ!あっーー」


  とんとん、とつまづくーーが、綺麗に着地する。


  「ちょっと、何やってるのよ……」


  「あっははは…………でもほらほら!ちゃんと着地できたよ?

  呆れて額に手を当てて呆れるアメリア……まぁ、つまづくだけだ。

  ボクは生まれてこのかたーーただの一度も転んだことはない。何故ならーーボクには少し先に起こる未来が見えているからだ。


  《未来眼》ーーボクの生まれついてから持っている能力だ。ボクの左目には、視界に映る光景の数秒先の未来が見えている。

  ……まぁ、領主の子供には持ち腐れた力なのだろうけど……それでも、ちょっとしたアクシデントのような事に巻き込まれたりする事の多いこの屋敷では、結構ありがたい力だったりするのだ。


  「ここも違う!ここも違う!あ〜もうっ!!いったいどうなってんのよこの屋敷は!!全っぜん広間に辿りつか無いじゃないのっ!!」


  そりゃそうだ。だって、パーティー会場である広間は一階なんだもん。二階を探したってある訳が無い……んだけど、口が裂けても絶対に言えない。

  言えば確かに早く着くけど、なんでもっと早く言わなかったのかと後でフルボッコの刑に処されるからだ。


  それからしばらく、迷い続けたアメリアだったけど、ようやく皆が集まっている広間のある大扉の前までやって来た……。

  ようやく目的地に辿り着いたときには、ボクの息ももう絶え絶えだったーー。


  「はぁ、はぁ、やっと着いた~!あんたの家って、やたらめったら無駄に広いのね~。二階の部屋から広間まで来るのに十分以上かかっちゃったわよ!」


  「それはアメリアが迷ってたからで――」


  「な・に・か?」


  ボクが言い切る前に、彼女の拳骨が顔面スレスレの壁を直撃。なるほど……「未来眼」にも映らない、まさに卓越された瞬速のパンチか。ボカっ、と響く鈍いと共に、ボクは静かに悟ったーー。

  ああ、なるほど……これが逆らう事の出来ない、絶対的で理不尽な圧倒的暴力という奴なのか――と。


  そのままにこやかに、アメリアは微笑む。


  「ふふっ♪今日は盛大なパーティーよ!王国内外から沢山の貴族が集まる賑やかな一日なんだから、きっと目新しくて楽しいわよ!さぁ、入りましょ♪」


  「…………はぁ……〝災厄〟だ」


  胸に篭るものを抑えながら、ボクはアメリアの手に引かれて、皆が集まるパーティー広間〝社交舞踏会〟へと連れられていったーー。

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