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食べ物殺人事件

焼きそばパン殺人事件

作者: 如月 和

 とある大学の学食にて、三人の学生が食事を楽しんでいた。四人がけのテーブルの北側、出入り口のある面には男性が二人。その反対側に女性が一人。髪をおさえ、ラーメンを静かに啜っている姿を、既に食事を終えた男性陣が見守っている。


 トモ、と仲間内から呼ばれている女性は、そんな視線をものともせずにラーメンを啜り続けている。元々食べるペースが遅いと言うこともあるが、この日は大盛りが無料であったため、それに挑戦中の彼女は輪をかけて遅かった。


 何時もこうしてことあるごとに集まる三人は、あだ名とはまた違ったように名前を呼び合っている。気が合う、趣味が合う。息も合う。そんな気安い仲だからこそ、普通に名前で呼ぶのはなんかつまらないよね、と。ニュアンスだけで決めた呼び名で呼び合うほど、気の知れた仲の三人だからこそ、こうして食事のペースが違っていても、怒るでもなくこうしてただ待っていることが出来るのだ。


 かと言って、何もせずにと言う訳でもない。彼女の正面に座る男性、カルは、隣に座るクラに視線を送る。――暇じゃない? 答えは勿論頷きだった。

 かくして二人は視線を彷徨わせ、何か話題になるようなものを探していく。クラはくるりと丸い椅子を回転させ、出入り口から入ってくる人達の行動に視線を這わせる。カルは食券を買う人達を頬杖をつきながら横目で眺める。


「あ」


 クラが何かを見つけて呟いた。


「なぁ、焼きそばパン殺人事件の犯人は、焼きそばとパンのどちらだと思う?」


 突拍子もない質問に、トモは思わずラーメンを噴き出した。


 テーブルの隅に置かれていたティッシュペーパーの箱を差し出しながら、カルはくるりと椅子を回転させて前へ向き直ったクラの頭を小突く。食事の手を止めさせてどうすると、なんて質問だとの意味を込めて。


「いや、向かいのパン屋を見ていたら思い付いちゃってさ。焼きそばパン殺人事件、犯人、どちらだと思う?」


 クラは意地でもその話題を広げたいらしい。

 ――仕方がない、とカルは観念するようにコップに入ったアイスコーヒーを口に含み、味わいながら質問の答えを探し始めた。


 まず、焼きそばパン殺人事件の際にどちらが犯人となり得るのか。その質問は、どちらがどちらに対してより恨みを持っているかで判断することが出来るだろう。


 先ずは、嫉妬という線。焼きそばパンの主役と言えば、やはり焼きそばなのだろうか。コッペパンに焼きそばが挟まっているからこその焼きそばパンなので合って、パンだけではそれは成立しない。しかし、パンがなければ焼きそばパンとして成立することはない。

 この二つを考えると、嫉妬を機に犯行に及ぶという線は、どちらの方にも動機が浮かんでくるように思う。より強いのは、どちらかというとパンであろうか。


 仮に、パンが犯人だったとしよう。しかしその動機に嫉妬を使うのは、少し弱いと考える。嫉妬も一つの切欠だったとしても、それが花開くだけの押し留められた何かがなければならない。

 焼きそばとパン、長らく人生をともにした二人を別つ切欠は、何処にあるだろうか。――二人は、一緒に居た? 焼きそばとパン、元々の素材は一緒である二人は相性が良いのだろう。その二人の決定的な違いが犯行に及ぶ原因となるのなら、答えはある程度絞られるのではないか。


「パンがもし、潔癖症であったらどうだろう」


 カルの答えに、トモは啜っていたラーメンを噴き出した。その際喉に葱でも引っかけたのだろうか、ティッシュペーパーで口を押さえ、ゴホゴホと小さく咳き込んでしまう。


「その心は?」


 それを心配そうに眺めながらも、クラは話の続きを促した。


「パンと焼きそばは元々小麦粉で出来ている。けれど、身に纏っているものが違うんだ。ソース、パンがこれに汚されるのが嫌がっていたとしたら」

「そうか、嫌でも一緒に居ないといけないストレスから、パンは犯行に及んだのか!」


 トモは飲んでいた水を噴き出しかけ、絶対に出しはしないと懸命に口を押さえている。


「そんなると、どうやって犯行に及んだのかが問題だな。パッケージの中は完全な密室状態だ。その中でパンはどうやって焼きそばを手にかけるのか」


 ここまで思考を走らせてしまうと、カルはもうノリノリになっていた。どちらが犯人であるかという最初の質問を飛び越え、如何にして犯行に及んだかというトリックにまで踏み込もうと。


 話を振ったクラも、少し口元を引きつらせた。


「焼きそばパンの死因としては、考えられるのは圧死か。パンが焼きそばを挟み込んでいることからも解る。しかし、それをどのタイミングで行うのか、製造中では人の目がありすぎる。陳列されてからも人の目はあるだろう。だとすると――」

「パンという大きな存在では、その犯行は目立ちすぎる、か?」


 クラはいい加減この話は止めにしようと、犯行は無理だったとの流れになるようにカルの言葉に合わせていく。トモはもう、ラーメンを啜れないほどに腹を押さえていた。


「そうか、パンほど目立つ存在なら、いくら密室といえども透明なパッケージ、その犯行は目立ってしまう。つまり、パンは犯人ではない。ということは犯人は別にいて、パンに犯行を被せようとしていたのか」

「くっ、ふふっ」


 トモは笑い声をおさえられなくなった。


「他に、焼きそばパンの中で焼きそばに恨みを持つような者はいるのか? 構成されるのはパンと焼きそば、その中でパンの犯行は不可能だとして、焼きそばに含まれる具材、キャベツやニンジンか? しかし、それらは焼きそばを構成するいわば体の一部のようなものだ。それを犯人にしてしまったら、それはもう、自死ではないか」


 焼きそばパン殺人事件は、迷宮入りとなってしまうのか。そんなギリギリの状況で、トモは笑いをこらえながらも絞り出すような声で呟いた。


「べ、紅ショウガ……。ふふっ」


 カルとクラに衝撃が走った。それは焼きそばの具材ではあるけれど、場合によっては外されてしまう脇役も脇役。そう、最初にカルが睨んだとおり、犯行は、嫉妬を理由に行われていたのだ。


「そうか、紅ショウガは自分を差し置いてパンと仲良くする焼きそばが許せなかったんだな。紅ショウガは、どうしたってパンとは触れ合うことはできない。そこに、焼きそばという壁があるのだから」


 終わったかなと、水を含もうとしたトモがまたも噴き出しそうになる。カルの解釈は、トモが思っていたのと少し違っていたから。


 何故解釈が変わってしまったのか。それは単に、トモが生姜を苦手にしているのに対し、カルは生姜が大好きだった。カルは、この日も生姜焼き定食を食べていた。


「生姜とパンが仲良く出来る、生姜焼きパンなんてものが出来ると良いな」


 クラはポンッとカルの肩を叩き、今はなき焼きそばに思いを馳せる。この日、クラは焼きそばを食べていた。皿の隅には、カルにあげようと思っていた紅ショウガが残されている。それはささやかな友情であった。


「くふっ、ふは、はぁ。ほんとにもう、しょうがない奴ら」


 そんな台詞で締めながら、トモは思い出したようにラーメンに箸をつける。しかし無駄に話が延びるのと比例して、その麺もしっかりと伸びているのであった。

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