学校に来ていない隣の席の陽キャな美少女を手助けできるのは、人付き合いが苦手なぼっちで陰キャな俺だけな件
学校という集団生活の中で春明は稀有な存在だった。
入学以来、自分からは誰にも話しかけず、休み時間は文庫本を広げ周りにはそれが見えない壁とでも主張しているかのように遠ざける。
お昼になれば1人静かにお弁当を食べる毎日。
そんな日々を春明は自ら望んでいた。人付き合いが苦手と自覚しているし、初対面の人とは緊張してまともに声も出ない、ひとたび関われば相手が自分をどう思っているのかも気になり気を遣う。
ならば独りのほうが気楽でいい。
高校入学から2週間が経過し、クラスメイトから忘れ去られるくらい影の薄い存在と化した放課後。
「帰りに駅前のモール寄っていこうよ」
「しゃー、部活行くか」
「ねえ、さっき出された宿題ってさ……」
授業が終わった開放感の空気の中に自分が存在してはいけないと春明はそそくさと教室を後にする。
最短ルートで部室に向かおうとしたが、廊下に立ちふさがるように同じ中学だった運動部の人たちがお喋りしていた。
何か話しかけられたら面倒だと思い、踵を返し遠回りしてお悩み相談部の部室にたどり着くと、
「何か部に所属しなきゃいけないなんて面倒以外のなにものでもない……」
そんな独り言をつぶやいて、中へと入る。
奥に本棚、その前に長机とパイプ椅子が数個あるだけの殺風景な場所。
部員は春明1人。
だから誰にも遠慮や気兼ねをすることもなく、教室にいる時よりもずっとリラックスはできた。
適当に本棚から一冊本を取り、椅子に腰かけて窓の外の景色を眺めていたら、
「おっ、ちゃんと来てるね、関心関心」
うんうんと頷きながら、この部の顧問であり担任でもある佐藤美沙がやってくる。
「……帰宅していいのなら、今すぐに家に帰ります」
「うわっ、つれないなあ、せっかく暇を持て余していると思って来てあげたのに」
「……」
「1人がいいのはわかるけどさ、ちゃーんと人とコミュニケーションは取らないと将来苦労するよ」
「……言いたいことはそれだけですか?」
「いいえ、本題はこれから。君の隣の席の女の子、まだ学校に来てないのは知ってるよね」
「そりゃあ隣ですから。話さなくていいので助かってますが、それが……?」
「なぜ学校に来ないのでしょう?」
「……俺がそんなこと知るわけがないでしょ」
「だよね。そんな君に依頼する。彼女が学校に来られるように手伝ってあげて」
「…………はっ!?」
「ほらここお悩み相談部でしょ。担任の教師としては学校に来ていない生徒のこと気になるし、何とかしてあげたいの」
「それは先生のお仕事でしょ。なんでよりにもよって俺が……」
「あれぇ、顧問になってあげたって貸しがあるでしょ。大丈夫、ちゃんと先生もサポートするから」
胸をどんと叩く佐藤。春明は頭を抱え、
「いやどう考えても大丈夫ではないから……人見知りでボッチの俺は他人に話しかけるのすら苦手なことをよく知ってるでしょうよ」
「ええ、君のことはちゃーんとわかってる。だから大丈夫。私は君を信頼してるから」
「……」
何が大丈夫なのか、どこで信頼関係が生まれたのかも全くわからない。
だが顧問を引き受けてくれた佐藤に、春明は借りというよりも恩があるのは確かで簡単に突っぱねることはできなかった。
☆☆☆
学校を出た足でそのまま渡された住所の家へと向かう。
ほほに触れる春の風は少し優しくて、まるでお人よしだなと揶揄されている気分になる。
まったく気乗りがしない。
それは依頼を完遂させるためには苦手な人付き合いを避けては通れないということをわかっているからで足取りは自然と重くなる。
果てしなく憂鬱だ。隣の席の女の子のことを名前以外は何も知らないし、聞かされていない。
なにより相手は女の子。よりコミュニケーションのハードルは高く、話す自信など皆無に等しい。
それもあって、おのずと進む足はさらにさらに重くなり、時には引き返しそうに何度もなった。
それでも断れなかった手前、駅をぬけ住宅街へ入る。
スマホのナビを使ったこともあって目当ての家はすぐに見つかったが、チャイムを鳴らそうとするとドキドキが止まらず、そのたびに家の周りを何度も行ったり来たり。
近所の犬に何度も吠えられた。
アポイントも取っていないで、いきなり対面して何を話す?
いや異性を前にしてそもそも話など出来るのか?
問題は何か言えるほど彼女のことを知らないし、わからない。
いずれにしても、絶対迷惑!
そんな思考が頭の中を何度もかけめぐる。
部室で渡された課題のプリントや連絡事項をポストにでも入れて、今日のところはそれで帰ろうという考えに至ったとき、玄関のドアがゆっくりと申し訳なさそうに開いていく。
「「っ!」」
思わず声が出そうになる。
飛び込んできたのは、まるでモデルをしているような整った顔立ちと黒髪のストレートの美少女。
そんな彼女と目が合えば石化でもしたかのように固まってしまう。
目元がやけに輝いていて、それは涙が貯まっているのだと気づいて、なんだかさらに心をつかまれたが、同時に胸が苦しくなる。
春明の高校の制服を身にまとっていることからも、彼女が隣の席の女の子だとわかったが、突然のことと予想とは違ういで立ちとその雰囲気に唖然としてしまう。
もっと物静かそうな感じの女の子を勝手に描いていたがちょっと違って、明るくて誰とでもすぐに打ち解けそうなそんな印象だ。
「「……」」
春明がこの場にいることに志乃も驚いたように目を見開き涙が少し流れた。
自分が相手にどう思われるか考えると無性に怖くなる。
何か話しかけようにもあいにく気の利いた言葉は浮かんではこず、持ち前のコミュ障を遺憾なく発揮する。彼女のほうも何か言いかけようとしているものの言葉は出なかった。
そうこうしているうちにゆっくりと玄関のドアは閉まっていった。
見えなくなる彼女の表情は唇をかんでいるような、何か悔しそうな印象を受けた。
「……」
それでも、春明はやり取りをしなくてすんでちょっとだけ安心してしまう。
あのままだったら余計なことを言って傷つけてしまうかもしれないし、口ごもって会話にもならないかもしれないし、迷惑をかけるだけだ。
コミュ障な自分にはできることはない。ということを痛感させられる。
(プリントを置いて帰ろう)
そう思っているのに、ポストの前で足が止まって動かなかった。
いったい何しに来たんだと自問自答し、このまま何もしないで帰るんじゃ意味がないと自分を鼓舞する。
入学以来学校に来ていないのは何かしら理由があるんだろう。
自分の姿を同じ学校の生徒に見られたことがどれほど彼女の心に影響があるかはわからない。
まったく気にしない子ならばいいが、学校に来ていない現状がある以上それは希望的観測だ。
なにより先ほどの涙や、悔しそうな表情が頭にこびりついたように離れてくれない。
何も言ってあげられなかった自分が情けなくもあり、こぶしを握り締める。
なるべく不安にさせたくない。
自分のせいで現状を悪化させるなんて申し訳ないし、絶対にそれだけはしちゃだめだと理解している。
「ああ、くそっ……」
額をたたき、カバンからノートを取り出す。
『クラスメイトの戸田春明。ビックリさせちゃってごめん。プリントを持ってきただけだから』
そこで手が止まる。
内容だけみれば簡素で味気ないが、伝えることは書いてありそれで充分なのだが……。
「そうだ、依頼……遂行するためにはこれじゃだめだ……」
と思い直し、少し震える手で先を書いていく。
『俺はあんまり話すのが得意じゃないから、さっきは何にも言えないでごめん。大体この時間にプリントや連絡事項を伝えに来る。このことは担任の先生以外誰も知らないし、俺はクラスに話す相手とかもいないし、気にしなくて大丈夫。その……いや、迷惑でなかったら明日も多分来ると思う』
文面を見てなにを書き記してるんだとも思うが、謝っておくに越したことはない。
だがその内容でも彼女の涙を見てしまった事とは全くつり合いが取れないように感じる。
だから今までに誰にも言っていない封印した過去を、その胸の内を少しだけ曝け出す。
まずは相手よりも自分のことを伝えなきゃ話はできないし、向こうも何も話してはくれない。
コミュ力はないし、緊張もするが文章ならまだいくらかましだった。
『昔、俺はいじめを受けて不登校を経験してる。だからって何をしてあげられるかはわからない。でも、もし何か悩みや抱えてる問題があるんならいつでも話を聞くから。何があったのかはわからないけど、俺は味方だから』
プリントとメモを一緒にポストに入れしばらく静かに志乃の家を見つめた後、春明は帰路に就いた。
☆☆☆
昨日のことを、メモに残してきた内容を思い出すと恥ずかしすぎてはっきり言って死ぬる。
彼女が傷ついていないかも気になってしまいあまり眠れず、学校でも全く授業の内容は頭に入ってこず終始上の空だった春明。
「それじゃあ今日のプリントと連絡事項。よろしくね」
「……」
放課後部室へと出向けば担任兼顧問の佐藤が待ち構えていて、何があったかなどは聞かずにまたもプリントを手渡される。
「……なにか相談があったら言うんだよ」
「あ、あの、どう考えても人選ミスってません? この依頼、俺なんかよりももっと適任がいるでしょ」
「ミスってないよ。入試の時から目をつけて入学してきてくれてから約2週間。ずっと私は君を見てきた。そのおかげでたいていのことはわかってる。だから……」
「たいていのこととは?」
「コミュ障と言っている割に頼まれごとは断らないし、やれることはやっちゃう子」
「……」
入学してきてからのことを思い出す。
壁を作っているのに、その壁があるとわかったうえでノックをして踏み込んできたのが目の前にいる佐藤美沙。
拒んでも不気にしても全く堪えることはなくコミュニケーションとアプローチを求められ、結局今みたいなやり取りが成立する関係になった。
もちろん本当に嫌なら春明は完全なる拒絶を示したが、いつも屈託のない笑みを浮かべられては悪い人には思えず少しだけ壁を取り払った格好だ。
そんな佐藤は春明が学校内で唯一やり取りをする相手になっている。
「だから君しかいないし、私は君だからこそ力になれると思ってる。言ったでしょ、信頼してるって。私じゃああの子を本当の意味で助けてあげられないの。だから、お・ね・が・い」
「……そんな可愛く言ったってなにも返さないけど……まあやれることはやる」
「ふっ、ほらそういうとこだよ」
背中を押してくれているのか、ただ単におだてているのかはわからない。
だが思ったとおりにやればいいとだけ言われている気分だった。
そんなわけで今日も志乃の家へとやってくる。
また玄関の扉が開いたら、今度は会話にならずとも何か話をしようと心構えをしていたが、少し待ってみても誰も出てこず。
警戒されている。もしくは話すことなんてない。家に来るなと思われているかもしれない。
そんな後ろ向きな思考がどんどん湧いてきて、この場に立っているのすらつらくなる。
「だいたいこの状況でどうやってコミュニケーションを取るんだよ……っ!」
本音が独り言のように出てプリントをポストに入れようとしたのだが、何か入っているようで押し込めない。仕方なく開けてみると、そこには大量のお菓子と春明宛ての手紙が入っていた。
ドキリとして手紙をもったまま固まる。
なんとなくこの場で見るのは憚られて、近くの小さな公園へとやってきてベンチへと腰掛けた。
どんなことが書かれているのかを思うと、指先が動かなくてなかなか封を開けられない。
もう来ないで。
余計なお世話。
もっとましな人をよこして。
我ながらキモイことをしたと自覚しているところもあって、そんな存在を否定されることも十分にあり得る。
ええい、今更じたばたしても変わらないと覚悟を決め、全部受け止める覚悟で猫のシールを剥がし中身に目を通し始めた。
『戸田春明君、昨日は来てくれてありがとう。板垣志乃っていいます。みっともないところを見せちゃって恥ずかしくて死にそうだよ。変な子と思われていないか今書いているときも不安で、何も言わずに玄関を閉めちゃって、君を傷つけたんじゃないかとも考えちゃって心配で……。
えっと手紙ありがとう。来てくれたのが君でなんかちょっとだけ安心してます。
迷惑でなかったら毎日来てくれるのを待ってるね。
それと、その……君がしてくれたように私も誰にも言えてないことをここからは話すね。
中学のころ、私の友達がグループから無視されてるっていうのを聞いて、見て見ぬ振りができない私は介入したの。
でも、友達への無視や嫌がらせはこっちに向いちゃって、それでも私はそれでいいと思ったし、どうにか出来ると思ってた。
でも、私一人が出来ることなんてちっぽけなことだったんだと思い知らされて、だんだん学校に行けなくなって、今は家からも出られなくなって……。
こんな話をしちゃってごめんね。
でも少しだけ書いてすっきりした。
あっ、一緒にあったお菓子は来てくれたお礼。全部私の好きなお菓子だよ。一番のおすすめは――』
文面に目を通し終われば指先に力が入り紙にしわが寄る。
湧き出てくる感情はいくつもあった。
まずは自分の存在が迷惑がられているわけではなくてほっとする。
そして彼女が胸の内を吐き出し返してくれたことが嬉しく目頭が熱くなる。
最後に彼女が学校に行けなくなった原因を作った人物が、人物たちが憎くて怒りの感情がふつふつと湧いてきていた。
「……落ち着け、落ち着け。これからどうするかで、板垣がどうしたいかだ……それにしても、恥ずかしいとか不安とか、それって俺と同じこと思ってたのか、似てるとこ、あるのかな」
たくさんのお菓子が入った袋をのぞき込む。
定番のポテチやチョコといったものから焼き菓子、ゼリーまでいっぱいだ。
お菓子が好きな女の子。それだけで親近感が少し湧くし、その距離はちょっとだけ近く感じる。
彼女のことをほんの少し知れた気がした。
とりあえず今自分がやるべきこと、やらなきゃいけないことは1つで……。
ノートに書こうと思ったが、便箋にしたほうがいいかな思い、近くの文具店に立ち寄る。
春明もまた思っていることを書き綴り、再度彼女の家へとやってきた。
そのままポストに入れて帰ろうとしたのだが、玄関でバタバタとした音が聞こえ、そのまま階段を上って行ったような音が聞こえる。
少し迷ったが、
「……お、お邪魔します」
と、敷地内に入り縁側へと回ってみた。
2階を見上げればカーテンが僅かに揺れている。
そばにあった木の枝をつかみ、庭の土が広い部分に今思っていることを大きく書きなぐった。
『ありがとう』
手紙を、自分を遠ざけなくて、思いを吐き出してくれて……。
その言葉にはたくさんの意味がある。
手紙にも書いたけど、今そこにいるんなら直接にそれだけは伝えておきたかった。
カーテンが少し開いて志乃が顔を出す。目の前の字を読んでくれて固まっているのはわかった。
もう大丈夫だからと思いながら大きく頷くと、彼女はありがとうと口元を動かした気がする。
そのまま涙をごしごしと拭い、春明が持っているお菓子の袋を指さすと、どれもおいしいから。
お礼。全部食べたら太っちゃうかもと笑顔とジェスチャーで伝えてくる。
その顔を見たら、春明はなんだか少し安心する。
こうして志乃との手紙を返したコミュニケーションが始まった。
☆☆☆
手紙での対話を始めてから1週間が過ぎた。
他人との距離の測り方がつかめず、コミュ障な春明にとって文面での対話は少し安心する。
春明は毎日少しずつ自分のことを記し、彼女もそれに倣うように返してくれた。
推理小説をよく読むといえば、
『私、ファッション雑誌とかよく買う』
いまだに自分からクラスメイトに話しかけていないことを告げれば、
『えっー、もったいなあ。戸田君すごく面白いのに。友達百人作ろうよ』
もらったお菓子の感想と好きな甘いもののことを書けば、
『ラスクおいしいよね。和菓子とかも好きで、あんみつみたいな甘味も大好きなの。たまにアニメとコラボとかしてメニューとかもすごいのあって――』
春明とは違いコミュ力が高く、ファッションなどの流行りに敏感、そして無類のお菓子好き。
日に日に彼女への理解も増すと同時に志乃とのやり取りが楽しみにもなってきた頃、
『――あのね、もし迷惑でなかったら、明日は玄関のドア越しに話をしてくれないかな?』
志乃の手紙はそんな一文で絞められていた。
今まで自分1人だけで戦っていたことはやり取りを始めた時からすぐにわかっていた。
長い期間家族以外の人とまともに会話もしてきてもいないだろう。
だからこそ志乃にとってもまずはこのコミュニケーションの仕方はたぶん正解だったんだ。
そして自ら次のステップに進もうとしている。
春明にはそれがどれだけ勇気のいることかがわかっていた。
『了解。無理だけはしないように。明日は来たら呼び鈴を三回鳴らす』
だから余計なことは言わないように、彼女の意思を尊重し肯定する短いメモを残して、この日は帰路に就く。
翌日を迎え、春明は朝からそわそわしていた。
一晩立って気持ちが揺らぐなんてことはよくあるし、もしそうなっても彼女が自分を責めないようにサポートすると誓いながら志乃の家へ向かう。
春明のほうも緊張していた。
ドア越しに話す。それはコミュ障にとってはとても難解なこと。
だがそれでも志乃が勇気を出したなら、ここは自分も頑張らないといけないと思い、緊張しながらも伝えていた通りに呼び鈴を三度鳴らす。
「お、お疲れ様」
「……い、いたのか……」
すぐにドアを挟んだ向こうで反応がある。
ちゃんと声が出ただけで春明はほっとした。
玄関のドア1枚を挟んだ距離。それは志乃が勇気を出したからこそ縮まったこその距離。
声も聞こえるし範囲だけど、ある意味このドア1枚の壁は分厚く感じていることだろう。
「うん、待たせちゃ悪いと思って。あっ、玄関ちゃんとお母さんが掃除してくれたみたいだから、それでも汚れちゃうかもしれないけど、立ち話が疲れちゃったら座ってね」
「……お、おう」
いきなりの気遣いに驚くとともに、長話を想定しているということをちょっと戸惑いながらも受け入れる。
「その、毎日ありがとう」
「い、いや、た、大したことはしていないし」
「そ、そんなこと、ない!」
「……」
「こうやって、クラスメイトと話が出来るのは君の、戸田君のおかげ」
「……お、俺はきっかけに過ぎない。板垣はいままで毎日頑張ってただろ」
「っ! 私、頑張ってなんて……」
「……た、たまには、その」
「……なに?」
「じ、自分を肯定してあげないと参っちゃうぞ。板垣は今も頑張ってる」
「っ! う、うん……」
しばらくは彼女のすすり泣く声が背中から聞こえてきた。
その嗚咽が混じる声を前に胸が苦しくなる。どれだけの痛みと戦ってきたのかを感じることができる気さえした。
「……」
「……ね、ねえ、まだいるよね……?」
しばらくして、涙が止まったようで再び彼女の声が聞こえる。
「い、いるよ」
「……私、学校いけなくなって、今まで簡単に出来てたことが今は出来ないんだなって思ったらすっごく苦しくなって、なんでこんな風になっちゃったんだろうって思って」
「うん……」
「でも、行こうとしても出来なくて、だんだん家から出るのも怖くなって……」
「うん……」
「すごく、自分が恥ずかしくて……」
「うん……」
「そんな今の私が大っ嫌い!」
相槌を打ちながらも、まるで自分のことのように胸の苦しさが増していく。
それもあって、何か力になってあげたいと思わずにはいられない。
最初は依頼を受けただけで乗り気じゃなかった。なのに、志乃のことがわかればわかるほど何かしようという気持ちが強く良くなっているのを自覚する。
「……俺は今の板垣は嫌いじゃない」
「っ!」
「……辛いことや苦しいこと、悩んでることを誰かに話すことはそう簡単なことじゃない。それはすごく勇気のいることだ。その勇気は報われるべきで、そうならないなら聞かせた相手が悪いと俺は思う」
「ど、どうして戸田君はいつもそんな……」
「み、味方だからな。ひ、一つずつやっていけばいいんだよ。今、一番やりたいことはなに?」
「えっ……」
「口に出していってみるだけでも前へ進める」
「私……そ、外へ、買い物に行きたいっ!」
その言葉を聞いて、春明は涙が出そうになる。
手紙でのやり取りからまだそんなに時間もたってないのに、もうそこまでを自分の口で誰かに言えるのかと思えば尊敬の気持ちも出てきた。
「なら行こう。俺が連れていくよ」
「……えっ?」
「……えっ?」
自然とそんな言葉が出てきて、春明は自分自身がびっくりして、志乃もそういわれるとは思っていなかったのか、二人ともしばらくその場に固まった。
☆☆☆
翌日、春明は教室で授業を受けていたが今日もまるで内容が頭に入ってこない。
もう何度目かわからない昨日のことを思い出す。
心配だし、助けてあげたい、買い物に連れていくという自分で言ったその言葉の意味を考えると、やはり今日も恥ずかしくて死にそうだった。
とりあえず冷静になろうと額を叩き、クラスメイト達に視線を向ける。
真面目に授業を聞いている人、居眠りをしている人、ノートに落書きをしている人など様々。
これまで春明はそんなクラスメイト達に関心はなかった。だが今は違う。
春明が思っていたよりもさらに板垣志乃は強い子みたいだ。
そんな彼女がいつでも安心して学校に来られるように、できるだけの準備はしておきたい。
そのためにクラスメイト達がどういう子たちかを認識しておきたかった。
だから今日は登校した時から1人1人念入りに観察し、1年3組のクラスメイトリストを作っている。
例えば一番前の席でまじめに授業を受けている女子生徒はクラス委員もやっていて優等生。休み時間になれば授業の内容を先生に質問に行ったり、教室にいれば周りが集まってきて話にいつも花を咲かせている。
春明の前に座っている男子生徒は野球部に入っていて朝も放課後も部活が忙しそうで、たいてい授業中は居眠りして、休み時間は早弁か変わらず居眠り。
1番後ろの席に座っている女子生徒は、いつもスマホを見ていて休み時間になればファッション雑誌を読んだりしていてあんまりほかのクラスメイトと喋ったりはしていないが、何度か帰り際廊下ですれ違ったときに挨拶してくれたのを覚えているので悪い人ではなさそう。
そんな主観が多分に入った評価をクラスメイト全員分せっせと書いていた。
「……」
これまでの2週間のことも踏まえてなので、午前中の授業を終えるころには独自の評価が入ったリストは完成する。
だがこれだけの評価では不足していることを春明は理解していた。
外からの印象と実際が違うことはたくさんある。だから自分1人の評価だけでなく何人かの物があれば実際により近づけられるだろう。1人は担任という立場からみての佐藤でいいが、できればもう1人欲しい。
だけどそれには直接聞く必要があり、それは直接に対話を試みるしかない。
そのことを考えるだけで大きなため息が出来そうになる。
昼休みになり、ほかのクラスメイト達がグループを形成している中で春明は1人こぶしを握り締め立ち上がると職員室へと急いだ。
「先生、板垣さんの家なんで行ったらダメなんですか?」
「ほ、ほら、いきなりじゃご迷惑になるでしょ」
「だから先生から私が行くこと事前に伝えといてくれればいいじゃないですか?」
「……それでもダメ」
「ど、どうしてですか……?」
「長瀬さん、あなた学校に来られなくなったことある?」
「っ! そ、それは……」
佐藤に用事があったが、先客がいて職員室前の廊下で話をしているところだった。
長瀬美鈴。ゆるふわのセミロングが印象的なクラスの委員長だった。
「話はおしまい。どうすればいいかの正解は私もわからないし、安心させられるようなことは言えないけど、それでも大丈夫、だと思うよ」
「……なにか私にも出来ることがあったら言ってください」
しょんぼりしたように美鈴は暗球を力なく下げて教室へと戻っていく。
「先生……」
「あっ、立ち聞きしたな……どうしたの、珍しいね」
「聞かれたくないなら誰も来ないところで話してください。ちょっとクラスメイトのこと……」
「クラスメイトがどうしたの?」
佐藤と話しつつも遠ざかっていく美鈴の後姿を見れば、その背中はやけに寂しそうで、それは本当に彼女が志乃のことを心配しているんだとわかる。
「またあとで」
「えっ、ちょっと……」
気が付いた時には美鈴を追って走っていた。
「と、戸田君……」
「……」
「なに、何か用事……?」
勢いよく追いついたものの、どう切り出していいかわからない。対面すると言葉が飲み込まれたように出てこない。
ドキドキして、顔が赤くなっていることも自覚し、この場から逃げ出したい気分だった。
それでも頭に志乃のこれまでの頑張りが浮かんできて、その姿が春明の背中を押す。
彼女には全然及ばないほどだけど勇気を振り絞る。
「そ、その、な、長瀬にクラスメイトのことを教えてほしいんだ」
「っ!」
「……あ、あの」
「ごめん。あんまり戸田君と話したことなかったから、ちょっとびっくりしちゃって。いいよ。誰のこと聞きたいの」
「ぜ、全員」
「そっか。なら時間かかるね。お昼食べながら話しよっか?」
「えっ、あっ、よ、よろしく……」
話しかけただけで緊張するし、拒絶されたらというネガティブも浮かんできたが、美鈴は春明をほかのクラスメイトと同じようにやり取りしてくれた。
緊張しすぎたのか気を抜いたら倒れそうで、足元がふらつく。
お弁当をもって、3階にある殺風景な空き教室へと移動し話が始まった。
「基本的にうちのクラスは故意に誰かを傷つける人はいないと思うよ」
「やっぱり……」
「一人ずつ私の印象を交えて話してくね」
「お、おう……」
美鈴の話に春明は熱心にメモを取っていく。
彼女から語られるクラスメイトの印象、多少言葉の違いはあるものの、春明が抱いていたものと変わりがなかった。
「――そんなところかな」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして……戸田君、お喋りするのが苦手って割には普通に話せるよね」
「べ、別に……人とかかわるのはほんとに苦手だ」
「そう、なんだ……あのさ、私手伝うから、リストの信憑性もうちょっと高めてみる?」
「そ、それって……」
美鈴のサポートを受けながら、この日から少しずつ、春明は自分からクラスメイトに話しかけられるようになっていた。
☆☆☆
週末を迎えた。
今日は志乃と買い物に出かける日。
となれば春明とて服装選びに気を遣う。
朝から着ていく服はどれがいいかと妹に意見を聞いたら、出かけ際になって言うことじゃないと呆れられる。
それでも親身になって選んでくれて、縦縞ストライプのシャツにジーンズという格好でやっとのことでOKをもらった。
ついでに持ち物検査までされる始末で、家を出たのが時間ギリギリになってしまい、志乃の家まで走る羽目になる。
それでもどうにか約束の時間前に彼女の家に着くことができた。
呼び鈴を鳴らすつもりだったが、不意にドアが開いていたことに驚く。
「お、おはよう……」
志乃がドアの前に座っていて、彼女は一歩ずつ外へ近づいてくる。
白のブラウスにライトブルーのカーディガン、ベージュのパンツ。春らしい色のコーデでよく似合っていて、ファッションに敏感なことが服装からも伝わってきた。彼女は遠目よりも間近で見るとさらに可愛く見えた。
「お、おい、だ、大丈夫かよ?」
「私ひとりじゃすぐには無理だと思う……私ひとりじゃね、でも……」
彼女はそう言って、震える右手を春明に差し出す。春明が躊躇いがちに手を伸ばすと、志乃は力強く握りしめた。
そのやわらかい感触に春明の心臓は跳ね上がる。
「あ、焦らず、ゆっくりでいいぞ。具合が悪くなったら今日じゃなくてもいいんだから」
「もう、そんなには、待たせないよ……」
彼女は深呼吸する。何度か躊躇いがちに右足を踏み出そうとするも、固まってすぐには出てこない。
(がんばれ!)
心の中で何度も励ますようにつぶやいていると、志乃が顔を上げて春明と目が合う。
ふうと息を吐いて、彼女は目を閉じ、足を踏み出して玄関の外へと出てきた。
「っ! や、やったぞ」
「……やったぁ…………なんか、すごい久しぶりで……」
春明は少し安堵しつつも、志乃の勇気ある行動に感心していた。
「つ、疲れてないか?」
「そこまでじゃないかな……すごいドキドキはしてるけど……たぶんこれは……」
「な、なんだよ……?」
「男の子と手とかつないだことないから、だと思う……」
なんだか真っ赤な顔でそんなことを指摘され、慌てたように手を放す。
「残念。しばらくつないで連れて行ってもらおうと思ったのにな」
「か、からかうなよ……ま、まずはどこ行く?」
「えっとね……本屋さんに行って、その次は服を見て、あっ文房具もみたい、それから甘い物食べに行こうよ」
太陽みたいな輝く笑みで志乃は答えると、春明の背中をぐいぐいと押してきた。
書店までの道中、彼女は人とすれ違ったりすると時折足を止めたり、視線をさまよわせたりしている。
特に同年代とすれ違うときの反応が顕著だった。
何か月も家に籠っていたこともあるが、そうなったいきさつを思えば、他人に対しそれくらいの警戒心も強く働くだろう。なるべく不安にさせたくはなかった。
だから人混みをさけ、歩くペースも遅くしながら気分転換になればと会話を途切れさせないようにしながら進んだ。
そんな彼女だったが、出来たばかりの駅前にある大型書店に立ち寄れば、初めてなこととお店に入ることができたことがうれしいのだろう。
目を輝かして1階から順に見て回る。
互いにおすすめの漫画やラノベを勧めたり、文房具コーナーでは春明はシャーペンの芯を、志乃はノートや筆記用具などたくさん買っていた。
雑誌コーナーでは春明が漫画雑誌を手に取る中、ファッション雑誌を熱心に見入っている。
それでも人は気になるようで、時折春明のシャツをつかんだりして警戒心は強いまま。
途中で具合が悪くなったりしたら切り上げて帰ろうと思っていたものの、不安よりも今のところは楽しみが勝っているようで饒舌にお菓子の偉大さについて春明に語ったりしていた。
「ああ、もうこんな時間か……」
「うそっ、どうしよ。時間全然足りない。これじゃあみたいところ全然周り切れないよ……」
1軒目の書店を出るころには、すでにお昼近い時刻になっている。
「……べ、別にまた来ればいいだろ?」
「……」
一歩踏み出したんだ。多少は気分に左右されることはあっても、これからは躊躇うことなく外出はできるだろう。
そう思ったのに、志乃の表情はなぜか曇りぶすっとした顔で口を紡ぐ。
「ど、どうした……?」
「また、一緒に来てくれる?」
「えっ、俺じゃなくても……」
「……」
「……そ、そりゃあ板垣がそうしてっていうなら、な」
「ほんとだね、約束だよ」
いつ以来か思い出せないくらいかぶりの指切りをすれば、顔が赤くなり胸のドキドキがやたらとうるさくなる。
「ほ、ほ、ほら次は甘味処行くんだろ?」
「う、うん……あっ、ちょっと待って」
なんだかその空気に耐えられなくなって先に歩き出せば、志乃はコンビニの前で足を止めた。
「喉でも乾いたか?」
「そうじゃないけど、少しだけ……」
そう言って店内に足を踏み入れればお菓子コーナーへと直行する。
「ああ、やっぱり売り切れてなかった……お母さんにいつも頼むのに、買えなかったり、間違えたり、わかんなかったりで、ほとんど目当てのものを手に入れることができないんだ」
「……ああ、まあ俺も親に買い物頼んでも間違われること多いな。販売元違ったり、コラボパッケージじゃないの買ってきたり、飲み物ならサイズを間違えたり、そんなのばっかりだ」
「戸田君の家もか、困っちゃうよね……買いに行ってくれるのはすごくありがたいし、申し訳ないんだけど……い、いつも、お母さんもお父さんも心配してくれて……」
春明への手紙を外に出られない志乃に代わり毎回母親がポストに入れてくれていたというのは聞いていた。
学校に行けないことで世間体もあるし、親に申し訳ない気持ちを抱いていることも手紙で読んで知っている。
「そ、それも大丈夫だよ。これからもっと元気に振舞ってくだろ。それでも少し迷惑をかけるかもしれないけど、親だから許してくれるさ」
「うんっ!」
自然と頭をなでて、励ますような言葉を吐く。
はっと我に返り、自分がしていることを改めてみると恥ずかしくて死にそうだった。
売り切れちゃうかもといって彼女はコンビニでお菓子を大量買い。
「……」
「どうしたの? 顔赤いよ……」
「きょ、今日は思ったよりも暑くて、それで……」
「ふーん。まっ、私もだけど……あっ、こっちだよ」
春明の現状を揶揄われながら、志乃の中では今日のメインイベントと思しき甘味処へとやってくる。
入り口のドアには、お品書きが張られ、中でもおすすめは抹茶が主役のパフェとわらび餅、白玉あんみつと手書きでの貼り紙がしてある。
目を輝かせ手彼女は店内へと入り、春明も続いた。
モダンな外観と店内は机も椅子も年代を感じさせ、インテリアもこだわっているようでおしゃれな空間で雰囲気もいい。
窓側の席に案内され、メニューに視線を向ければどれもおいしそうで目移りする。
「す、好きなもの頼めよ。ここは俺が持つから」
「そんな、いつもお世話になってる私が出すよ」
「そ、その、頑張ったご褒美だと思って、だな」
「っ! ……じゃ、じゃあ、今日はお言葉に甘えちゃうね」
春明は白玉あんみつ、志乃はおすすめのパフェを注文。
対面しているという恥ずかしい状況に春明は恥ずかしさをこらえるのに必死だったが、彼女のほうは、
「高校の授業ってどんな感じ?」
「うちの制服可愛いよね?」
「部活ってなにに入ってるの?」
そんな質問を次々と尋ねてくる。
店内にほかにお客さんはいたものの、今は特に気にしている様子はなく自然体のようにも思えて安心したこともあり、早く来ないかなあと待ち遠しさで目が輝いている彼女を残し、春明はトイレに立った。
退席は数分程度だったが、席に戻ろうとしてみれば自分がいたテーブルのほうがやけに騒がしい。
「板垣さんおしゃれなお店にいるじゃん」
「ちょうど甘い物食べたかったんだよね」
「友達だし、あたしらもお呼ばれしていいよね?」
ただならぬ雰囲気はすぐにわかった。
彼女は怯えているように体を震わせ、あれほど明るく楽しそうに話していたのに、それが今は見る影もなくただただうつむいているだけ。
その姿に、奥歯をかみしめて席へと急いだ。
「こ、ここは俺が払うことになってる。だからダメだ」
「あ、あっ……」
「板垣、大丈夫だから……そこは俺の席だ。勝手に座ってほしくないな」
「な、なんだよあんた……?」
「あんたらこそなんだよ。どーみても友達には見えない」
「「「っ!」」」
この時ばかりは持ち前のコミュ障が消えうせる。
志乃に向ける態度を見て、その言葉も聞いて、にらみつけてくる視線を受けたら、腸が煮えくり返るほどの怒りが露になって爪が食い込むくらいにこぶしを握り締めた。
そうしないと相手が異性でも暴力を振るってしまいそうで、感情を必死に抑えるのに必死だ。
「お客様、お食事をされないのでしたら、ほかのお客様のご迷惑にもなりますのでどうぞご退場ください」
緊迫した雰囲気を察したのか、若い店員が割って入り彼女たちに出るように促す。
その場の空気に負けたように、彼女たちは恥ずかしそうに早足で店を出ていく。
「友達なんかじゃない!」
その後ろ姿に、志乃は大声で本音を、今までの苦しみを言い放つ。
「一人にしちゃってほんとにごめん……」
「うんうん。大丈夫……あっ、パフェきた!」
目の前の出来事を受けての志乃の心理状態は計り知れない。
それでも、涙をぬぐいながら先ほどまで見せていた笑顔が再び顔を出したことにちょっとだけ安堵する。
その後は水族館に行ってゆっくりと見て回ったら、外はすっかりと薄暗くなっていた。
志乃はそれ以前とあまり変わらないように見えたが、それは春明に気を遣わせないようにしているためかもしれない。放課後よりも休日に出かけたほうが志乃の罪悪感も、誰かに会うリスクも低いんじゃないかなとの思いだったがそうはうまくいかず春明は責任を感じていた。
「送ってくよ」
「うん……なんか難しい顔してる……楽しくなかった?」
「そ、そんなことは……俺は楽しかった。けど……」
思えば暗くなるまでクラスメイトと出かけたなんて小学生以来。
遊ぼうと誘われることはあっても、そこまで楽しめたことはない。だから誘ってくれる人に申し訳がなかった。
「よかった。私もすっごく楽しかったよ! ちょっとアクシデントはあったけど、それもひっくるめて全部楽しかった」
「っ!」
志乃に出会ってから変わってきている自分に気づく。
住宅街へと入り少し歩いたところで、ふいに志乃は足を止め春明をじっと見つめる。
「わ、私ね……今やりたいこと、本当はもう1つあるんだ」
「そ、そっか……」
「私、私ね、学校へ行きたいっ! 戸田君がいる学校に行きたいよ!」
「っ! お、俺も板垣と学校でも会いたい。そしたら、たぶん今よりも学校が楽しくなると思うから。い、一緒に行こう」
「うんっ!」
最初から志乃が学校に行きたいことはわかっていた。
春明が最初に彼女の家を訪れた時、彼女は制服を着て玄関から出ようとしていたし、今日の昼間は学校の準備のために筆記用具などを買っていて、学校のことも志乃の口から何度か聞かれたりもした。
でも、それをいざ口にするにはやっぱりすごく勇気がいるんだ。
志乃を見れば少し涙目だが、その表情は今日一番の笑顔で見とれてしまいそうになる。
空を見上げれば、今の彼女のように曇りもない満点の星空がきらきらと輝いていた。
☆☆☆
週明けのこの日、春明はいつもよりも早く支度を出て志乃の家へと迎えに行く。
今日は彼女にしてみればいわば高校初日。
それを祝うかのようにうららかな日差し、空を見上げれば雲一つない。
待ち合わせの時間よりもまだだいぶ早かったが、志乃はすでに家の前で待っていた。
「おはよう」
「お、おう……」
ベージュのブレザーに緑のリボン、プリーツスカートの彼女はなんだか新鮮だった。
もちろん似合っている。
「行ってきまーす」
玄関のドアを開け、大きな声でのあいさつに行ってらっしゃいという家族の温かい返事が聞こえ、二人で通学路を歩き出す。
「あっ、そうだ。これ……」
「なに?」
「ほんとは昨日渡しておけばよかったんだけど、その……クラスメイトのリスト。ちょっと前から作ってて……」
「えっ……こ、これ、もしかして全員分」
「う、うん。先生とほかにもちょっと協力してもらったから、割とあてにはなると思う」
「っ! なんで、そんなに戸田君は……もうっ!」
渡したノートを抱きかかえ、軽く腹パンチを食らったが表情は嬉しそうで、怒っているわけではなさそうだ。
学校が間近に迫って生徒の数も増えてくる。
志乃は春明の袖をぎゅっと握ったりもしていたけど、それでも期待に胸を躍らせているかのような輝いた目をしていた。
やがて校門が見えてくる。
今週は挨拶週間のようで何人かの風紀委員の生徒が立っていて、生徒に率先して声をかけていた。
志乃はといえば校門前で立ち止まる。
ここを1歩超えれば学校内だ。感慨深いものがあるかもしれない。
にこやかな笑顔を浮かべ振り返ったと思ったら、あっさりとその一歩を踏み出し、
「私、板垣志乃。まずは友達になってください」
「っ! と、戸田春明。よ、よろしく」
差し出されたその柔らかな手を握り締める。
途端にほかの生徒の視線が気になりだす。
今までよりもさらに恥ずかしくて死にそうな毎日が始まるような予感がした。
少し文字数も多くなってしまったかなと思ったのですが、最後までお読みくださり本当にありがとうございます。
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今作をお読みくださり本当にありがとうございました♪




