第八十話 Sランクの戦い②
第二隊特別作戦係『タイガー』の係長、成瀬蒼士がミサたちの元へ駆けつけたのは、第二隊のトップである第一王女、夜桜薫子の指示によるものだった。
キース森から大量の魔物が出現し、アーク街に被害が出ているという情報が第二隊に入ったとき、蒼士は第二隊の支部にて薫子と一緒にいた。
その情報を聞くや否や、薫子は即断した。
「蒼士。応援に向かって」
その決断には、多くの反対の声が上がった。
この不安定な情勢で、名実ともにタイガーのナンバーワンであり、薫子の右腕でもある蒼士を外に出して良いのか。すでに戦闘に参加している第五隊との間に軋轢が生まれるのではないか。王宮内で立場の怪しくなっている第三隊と繋がりの強い九条家に加勢して良いのか——。
それら全てを、薫子は突っぱねた。
「私は第三隊、すなわち玲良とその部下を信頼しているし、今後も力を合わせていきたいと思っています。それに、アーク街に魔物が侵入しているなら、市民にも被害が出ているでしょう。市民の犠牲を見て見ぬふりするわけにはいきません」
その薫子の言葉は、為政者としては甘いと言わざるを得ないものだった。
しかし、その薫子の甘さに好感を抱いていた蒼士は、真っ先にその意見に同意した。
隊のトップとその右腕の意見に逆らえる者は、少なくともその場にはいなかった。
こうして数名の部下とともに第二隊の支部を出た蒼士は、道中で偶然傑と舞衣、茜に出会い、ミサや【夜】のいる場所——アーク街南東側の入り口付近までやってきたというわけだ。
ちなみに部下たちは道中で戦力の足りなそうなところに配置してきたため、傑たちに会うころには蒼士は一人になっていた。
「第二隊特別作戦係係長、成瀬蒼士……⁉︎」
蒼士の存在に【光の女王】——蒼士は光の女王の正体を知らない——は一瞬驚いていたようだが、さすがはSランク冒険者というべきか、彼女はすぐに落ち着きを取り戻した。
「加勢に来てもらって感謝する。状況は把握しているか?」
「何となくは」
魔法を放ちつつ、蒼士は光の女王の問いを控えめに肯定した。
「キース森から大量の魔物が街になだれ込み、なぜか人を襲うこともせずに一目散に九条家のある北西の方角を目指している。それに対して市民の被害を抑えるため、まずキース森で冒険者が魔物の数を減らした上で、九条家と冒険者、第五隊が協力して障壁を作って魔物をカイス沼まで誘導し、そこで殲滅している……という認識でよろしいですか?」
蒼士が見聞きした情報をまとめれば、光の女王はコクリと頷いた。
「要は、魔物を全部ぶっ殺せば良いんだろ?」
「相変わらず傑先輩は雑ですね」
蒼士は傑を揶揄った。
蒼士と傑は、かつて同じ魔法師に魔法を教わった同門だ。傑のほうが早く入門していたため、蒼士にとって傑は兄弟子となる。
「うるせえ。そういうお前こそ相変わらずクソ真面目だな。誰にでも敬語使いやがって」
「別に悪いことではないでしょう」
「はっ」
傑が鼻で笑う。
「ヘマすんなよ、蒼士」
「お任せください、先輩」
言い合いつつ、蒼士は【氷の咆哮】を放った。
それらの氷の槍は、傑の生成した【泥沼】に足を取られた魔物にしっかりと命中した。
◇ ◇ ◇
「先輩、今抜かれそうになっていましたよ?」
「お前こそ殺し切れてねえじゃねえか」
下らない言い合いを続けつつも抜群の連携で魔物を倒している傑と蒼士を見て、相変わらず良いコンビだな、と茜は苦笑した。
傑と蒼士の同門コンビは、どちらかの知り合いなら必ず知っているほど有名だった。
しかし、茜にはいつまでもほっこりしている暇はなかった。
魔物の中にはSランクも混じっているため、ミサたち冒険者に茜たちウルフや蒼士を加えても厳しい戦いであることに変わりはないし、何よりミサの調子が気になった。
ほとんどの冒険者は気づいていないようだが、ミサが本調子と程遠いことは、見る人が見れば明らかだった。おそらくは傑や舞衣、蒼士、【夜】のリーダーである早織も気づいているだろう。
「女王」
防御魔法で魔物——主に【スペックル・スティンガー】や【ファング・ハント】などの高ランクの個体——を足止めしつつ、茜はミサに話しかけた。
「大丈夫?」
「大丈夫……とは言えないですね。今すぐに力尽きるほどではありませんが、長くは持たないと思います」
「だったらもう少しペースを落としたらどう? 私たちである程度はカバーできるから」
「お気遣いありがとうございます。けど、そういうわけにはいかないんです」
仮面の下で、ミサが少し笑ったような気がした。
「私は、Sランク冒険者ですから」
そこには、強者としての紛れもないプライドがあった。
その確固たる意思を感じて、茜は何も言えなくなった。
「よく言ったな、女王」
いつの間にかそばに来ていた早織が、ミサの肩を叩いた。
「そんじゃ、もうひと頑張りしますか!」
「はいっ」
早織が【浸水】を発動させて、ミサがそこに電気を流す。
感電した魔物をミサと【夜】のメンバーが一網打尽にし、冒険者たちの間で歓声が上がった。
◇ ◇ ◇
——一方、カイス沼。
「お前は……」
落下していた自分を抱きとめた人物の顔を見て、和人は【ピアス・ピーク】のクチバシに刺された痛みも忘れて驚きの声を上げた。
「瀬川空也……!」
「皐月の指示で加勢に来ました。治癒魔法を使える人はどちらにいますか?」
「治療は良い。俺はまだ——いっ⁉︎」
焼きつくような脇腹の痛みに、和人は苦悶の声を上げた。
「駄目です。ここは僕が受け持ちますから、まずはしっかり治療を受けてください。安田さん、結構重傷ですよ?」
「だが——」
「その代わり、治ったらまた戻ってきてください。そのほうが結果として戦力的にプラスになるでしょうから」
空也の言葉は正論だった。
和人は反論できなかったし、しようとも思わなかった。
プライドをかなぐり捨てて、和人は口を開いた。
「……一階の医務室に、何人か待機している」
「了解です」
階段のように生成した【魔の障壁】を軽快に降りて、二人はあっという間に九条家の屋敷の入り口まで辿り着いた。
「ここまでで良い。行け」
「……わかりました。お気をつけて」
コンマ数秒の逡巡を見せた後、空也は来た道を引き返していった。
その後ろ姿から視線を外し、和人は医務室へと急いだ。
◇ ◇ ◇
現場に戻った空也は、周囲を見回した。
現在は戦場が空中、地上、地中に三分割されており、それぞれ野中隊、冒険者、寺内隊が交戦している。
一番形勢が良くないのは地中から【ピアス・ビーク】の猛攻を受けている寺内隊だったが、空也は野中隊に加勢することにした。
「野中さん」
空也は、優作の背中に声をかけた。
「おっ、空也君。和人は大丈夫そうか?」
「はい」
空也は頷いた。
「僕も野中隊に加わろうと思うのですが、よろしいですか?」
「ああ、頼む。こちらは全力でサポートするから、君は自由に動いてくれ」
「わかりました」
空也は、自らの腰から愛剣【絶空】を引き抜いた。
◇ ◇ ◇
——化け物だな。
それが、空也の戦闘を見た優作の率直な感想だった。
空也の戦い方は和人と似ており、無属性魔法と剣の合わせ技だったが、その精度と速度は段違いだった。
和人が弱かったわけではない。彼の動きも十分素晴らしいものだった。無属性魔法が苦手な優作ではとても真似できないし、九条家護衛隊でも彼と同じように戦えるのは沙希くらいのものだろう。
それでも、空也は格が違うと言わざるを得なかった。
ひたすら屋敷を目指していた初期の頃とは違って、【飛行魔物】たちは徐々に反撃してくるようになっていたが、それでも空也は一切の傷を負っていなかった。
敵の周りにいくつも【魔の障壁】を生成し、ピンポン玉のように周囲をぐるぐると回って背後から一刀両断にしたかと思えば、今度は一転、静止して敵を誘き寄せ、彼を挟みにかかった二体を一太刀で同時に切り伏せるという曲芸まで披露して見せた。
異次元の戦闘能力と的確な判断力、そしてそれらを支える絶対的な自信。
数多くの優秀な魔法師を見てきた優作は確信した。
——空也こそが、最強の魔法師であると。
「隊長!」
優作は振り向いた。声の主は【索敵】要員の隊員だった。
「どうしたっ?」
「空中、そして地中からやってくる新手の魔物は残り少ないようですが……その代わり最後にAランク、そしてSランクのみの集団がやってきます!」
「おいおい……」
笑わざるを得ない状況だった。
これまでにもかなりの数の高ランクの魔物を倒してきたというのに、ここに来てAランク以上の魔物の集団など、冗談でも笑えない。
「ラスボス登場って感じだな」
「野中さん」
付近の敵を一掃した空也が近づいてきた。
「どうした?」
「その集団の相手、僕に任せてもらえませんか?」
「なっ……それは危険だっ」
優作は反対した。
「君は確かに強いが、いくら何でも無茶だ。頼りないかもしれないが、我々にも協力させてくれ」
「ああ、いえ、皆さんが足手纏いとか、そんな生意気なことを言いたいわけじゃないんです」
空也が慌てたように手を横に振った。
「ただ、皆さんにはなるべく余力を残しておいて欲しいんです。考えうる限りの最悪のシチュエーションになったとき、おそらく運命を分けるのは皆さんの力ですから」
「だが、それは君もじゃないのか? 君こそ少しでも体力を温存しておくべきだろう」
「いえ、僕は温存する必要がないんです——僕は、その気になれば魔力を増やせますから」
「なっ……⁉︎」
突然のカミングアウトに、優作は絶句した。
とても信じられないような話だったが、空也の表情は冗談を言っているようには見えなかった。
「……その話、本当なのか?」
「はい。ですから、あれは任せてください」
空也が南東の方角にぼんやりと見える黒い点々に目を向けた。それこそが、Aランク以上の【飛行魔物】の集団だ。
「……わかった。君に任せよう。ただし、危ないと思ったらすぐに離脱してくれ。我々も加勢する」
「はい」
ありがとうございます。
そう言い残して、空也は優作から離れた。
頼むぞ——。
優作は心の中で、その背中にエールを送った。
◇ ◇ ◇
「さて、と」
空也は、閉じていた目を開いた。
視界いっぱいに、【スカイ・ビースト】や【ファスター・イーグル】、さらには滅多にお目にかかれないSランクの【ドラコーン】——魔物としては珍しい、火を吹く恐竜のような【飛行魔物】——という、錚々たる面子が映し出される。
「それじゃあ、挨拶代わりに——【氷の咆哮】!」
空也から魔物に対し、無数の氷の槍が放たれた。
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