第六十話 復讐
知人に最大で一ヶ月ほど留守することを伝えたり、それに伴って【陽光】と愛理の試験的なパーティ加入についての日程調整をしているうちに、あっという間に調査隊の出発日がやってきた。
出発前、空也は九条家で最後の確認をしていた。
「皆さん、本当に体調は大丈夫ですか?」
空也は部屋にいる人たち——大河、美穂、皐月、佐々木、優作、沙希、そしてミサ——を見回した。
ちなみに、吉田はこの場にはいない。その理由を空也は知らなかったが、尋ねもしなかった。
「ああ、大丈夫だ」
大河を筆頭に、皆が首を縦に振る。
「あっ、そうだ」
ミサがポンっと手を叩いた。
「そしたら、空也君に軽く【解析】してもらいましょうよ」
「あっ、賛成です!」
皐月が真っ先に同意した。
「良いですね」
「それなら安心ね」
他のメンバーも、皐月と同様の反応をする。
「空也君、お願いできるかい?」
大河の言葉に、空也ははい、と頷いた。
「でしたら、ご希望される方は僕の前に来てください」
「はーい」
近くにいたミサ、沙希、皐月が真っ先に空也の元へ来た。
その後ろに大河、美穂と続き、結局全員が空也の【解析】を受けた。
——容疑者である僕がこんなことをして良いのか、とは、空也は尋ねなかった。
一人一人服の上から【解析】をしたが、異常は発見できなかった。
「ひとまずは安心ね」
「はい」
皐月と沙希が頷き合う。
「まあ、三人の人間の命を代償にするような大きな術式なら気がつかないことはないと思うけど、油断はしないでね」
空也は表向きは二人に忠告をしたが、その実は全員に向けた忠告だった。
さすがというべきか、全員が空也の意図を汲み取ったようで、それぞれが隙のない表情で頷いた。
しかし、このときの彼らは気づいていなかった。
代償として複数の人間の命が必要な術なら、大きな術式が使われているはず——。
そんな先入観に、知らずのうちに自分たちが囚われてしまっていることに。
◇ ◇ ◇
それから少しして、ヒナやメイド見習いの山下萌波などを含めた一団に見送られながら、空也は九条家を出た。
その背中が見えなくなるまで見送ったあと、沙希は館内の掃除に取り掛かった。
それも終わり、今はヒナとともに休憩をしている最中だ。
「行っちゃったね、空也さん」
屋敷の外に目を向けながら、ヒナがポツリと呟いた。
「うん」
「なんだかんだで最近は結構な頻度で会っていたから、一週間以上も会えないのは寂しいね」
「うん、けど、ヒナはミリスのお寺に出家するから、一生会えない」
「場所まで指定しないてっ」
ヒナが、いつも以上に鋭いツッコミを入れてくる。
「というか、ミリスってどこだっけ?」
「北東の街」
「何でそこなの?」
「二百体以上の霊が常駐しているって噂があるから」
「そんなとこ行ったら、剃らなくても恐怖で禿げるわ」
「ナイスツッコミ」
沙希は無表情で親指を立てた。
「任せて」
ウインクをするヒナを横目に沙希は立ち上がった。すぐ近くにあった掃除用具入れまで歩いて行き、その扉を開ける。
その中から、沙希はじょうろを取り出した。
「沙希はこれから庭の手入れだっけ?」
「うん。ヒナは食事の準備だよね?」
「そ。立ちっぱなしは辛いよー……」
ヒナが立ち上がった。大きく伸びをして、胸を逸らす。
その格好をすると、より彼女の大きな双丘が強調される。それはヒナもわかっているのか、彼女がその格好をするのは周りに男がいないときだけだ。
さあ、とヒナが拳を差し出してくる。
「お互い、頑張りますか!」
「うん」
沙希はヒナの拳に自らのそれをぶつけた。
バイバイ、と手を振って、ヒナは食堂へと消えていった。
「……よしっ」
沙希は袖をまくり、屋敷の入り口に向かった。
それから、沙希はいつも通りの手順で庭の手入れを行っていた。
——しかし、そのときは突然やってきた。
「……ん?」
花に水をやっていた沙希は、背後に違和感を感じて振り向いた。
「っ——!」
沙希は息を呑んだ。
彼女の背後には色とりどりの花——ではなく、紫色の大穴が広がっていたのだ。
「異界……⁉︎」
沙希がその現象の正体に辿り着いたときには、身体はすでに異界に吸い込まれていた。
沙希を迎え入れて満足したのか、異界と現世を繋ぐ門が閉じていく。
「キャッ……!」
沙希は声にならない悲鳴をあげたが、もちろん異界は彼女を解放はしてくれなかった。
そして異界が閉じる直前、沙希は見た。
門の入り口から沙希に目を向けてニヤリと笑う、吉田の姿を。
◇ ◇ ◇
不幸中の幸いというべきか、異界に取り込まれてもすぐに霊がいる、というようなことはなかった。
深呼吸を繰り返し、沙希はいくらか落ち着くことができた。
吉田のことは一度忘れよう、と沙希は頭を振った。見間違いの可能性もあるし、今は異界から脱出するのが最優先だ。
霊がどこにいるのか、他にも巻き込まれた人がいないかを確認するため、沙希は【索敵】を発動させた。
沙希は、背後から自分のほうへ向かってくる二つの気配を感じ取った。
振り向けば、二つの影が薄らと見える。
間もなくして、その二つの影は一組の男女だとわかった。
しかし、その正体が人間だとわかっても、沙希は安心できなかった。二人の持つ魔力の気配に違和感を覚えたからだ。
警戒心を緩めぬまま、沙希は二人に近づいた。
一定の距離で、沙希は足を止めた。
「やあ」
先に声をかけてきたのは男のほうだった。背丈は空也と同じくらいの、軽そうな雰囲気の男だ。
「……どうも」
「君、一人?」
沙希の無愛想な挨拶など気にしていないかのように、男は陽気に聞いてきた。
はい、と沙希は頷いた。
「貴方たちも、二人で異界に取り込まれたのですか?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
「えっ? ……どういうことですか?」
「つまり、こういうことさ」
男は気取った所作で礼をした。
「僕たちが、君をこの異界に招待したんだよ」
「異界に……招待?」
恐怖で頭がおかしくなったのか、と沙希は考えた。
しかし、目の前の男たちは至って正常に見えたため、沙希は周囲を警戒しつつも話を聞くことにした。
「ああ、周囲の警戒はしなくて良いよ。ここ、霊一匹もいないから」
男がヒラヒラと手を振ったが、沙希は逆に警戒を強めた。
「……頑固だねえ、沙希ちゃんは」
「……知っているの、私のこと」
「そりゃあねえ。名前も知らない相手を異界に招待するなんで、キチガイのやることだよ。あっ、ちなみに僕は太一で、こっちの綺麗なお姉さんが百合。よろしくねー」
「おい」
おどける男——太一に対して、女——百合が初めて口を開いた。
「お喋りはそれくらいで良いだろう。さっさと本題に入れ」
「へーい」
百合の口調はとても冷たいものだったが、太一は気にした様子もなく肩をすくめた。
太一がさて、と沙希を見た。
「怒られちゃったし、そろそろ真面目に話そうか。まずは君を招待した理由だけど……これはまあ、一言で言っちゃえば復讐かな」
「ふく……しゅう?」
「そ。瀬川瑞樹の一件は知っているでしょ? その仇討ちをしたくてさ。俺ら、あの人のこと大好きだったもんで」
沙希は眉を顰めた。
瑞樹の仇討ち対象としてなぜ自分が選ばれるのか、理解できなかったからだ。
「あっ、今どうして自分が復讐対象なのかって思ったでしょ? それは当然の疑問だと思うよ」
太一がしたり顔でウンウンと頷いた。だって、と彼は続けた。
「僕たちも、本当は君じゃなくて瀬川空也に復讐したかったんだ。けど彼、魔法の才能の塊みたいな奴で、おまけに勘も働くじゃん? だから、代わりに君を殺すことにしたんだ。ああいう良い子ちゃんタイプは自分が死ぬより、自分のせいで親しい人間が死ぬほうが嫌だろうしね」
君は完全に巻き込まれただけだよ、と太一は笑った。
沙希は認識を改めた。
目の前の人たちは決して正常ではない。
しかし、その狂い方が一般に想像する狂人とは異なっているのもまた事実だった。正常に狂った……とでも言えば良いだろうか。
あたかも瑞樹の死を空也の責任であるかのように語る太一に対して、沙希の脳内には反論が山のように頭に浮かんでいた。異界の生成方法など、聞きたいこともあった。
しかし、沙希はそれらを口に出さなかった。会話はできても、話の通じる相手でないことは明確だったからだ。
「あれ? 何も言い返してこないんだ」
「どうやら、向こうはもうやりたいらしい」
「せっかちだねえ。副隊長様は」
太一が肩をすくめた。
「こちらにとっては好都合だ」
「まっ、それもそうか」
太一と百合が沙希を見た。
「っ——!」
沙希は、突然発せられたその強烈な殺気に、思わず息を呑んだ。
「さあ——」
太一がニヤリと笑った。
「弔い合戦、開始だ!」
三人は一斉に魔法を展開した。
太一が【水の波動】を、百合が【氷包弾】を放ってくる。
沙希は【魔の波動】でそれぞれに応戦した。
沙希の【魔の波動】が水のビームと無数の氷の球を掻き消し、二人目掛けて向かっていく。
「おいおい、マジか!」
「ちっ」
まさか打ち負けるとは思っていなかったようで、太一と百合は慌てて結界を張った。
しかし即席の結界では強度が足りず、太一は左腕、百合は右の脇腹をそれぞれ損傷した。特に、太一の左腕は不自然な方向に折れている。もう使い物にはならないだろう。
「あれ? 沙希ちゃんってそんなに強かったっけ?」
おどける太一には応じず、沙希は【魔包弾】、【光の波動】を続けて放った。
魔力の塊、そして光のビームが二人を襲う。
「おいおい、飛ばしすぎだろ!」
太一のその言葉は、沙希の戦略を的確に表していた。
先制攻撃に成功した今、沙希は相手の体制を整う前に決着をつけようとしていた。
それぞれに内側から攻撃し、沙希は二人を分断することに成功した。
「しまった! コイツ、私たちを分断しようと——」
百合が沙希の狙いに勘づくころには、沙希は太一の左に回り込んでいた。腕が折れているため、まず間違いなく反撃は来ないからだ。
沙希は至近距離から【光刃】を放とうとした。
しかし——、
「がっ……⁉︎」
右頬に衝撃を受け、沙希の身体は吹き飛ばされた。魔法もキャンセルされる。
「おいおい、こりゃ本当にすげえな!」
太一の楽しそうな声が聞こえてくる。
そちらに目を向け——沙希は絶句した。
確実に折れていたはずその左腕を、太一が笑いながら振っていたのだ。
「再生、した……⁉︎」
「そういうことー」
太一が両腕で、頭の上に丸を描いた。
「悪いね。腕折られたくらい、俺らには関係ないみたいだ」
「化け物……」
太一の腕が再生した理由も原理も、沙希には見当もつかなかった。
沙希にわかるのは、たった一つ。
一刻も早く目の前の二人を倒さなければならない、ということだけだった。
大丈夫だ、と沙希は心を落ち着かせた。
空也に自身のクセも教えてもらい、沙希は以前より強くなった。最初に、相手の予想を超えて一撃を与えられたのがその証拠だ。
今の自分なら、例え化け物が相手だろうと勝ってみせる——。
沙希は一歩踏み出し、魔法を展開した。
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