閑話① 美少女とナンパ退治
——とある日の昼過ぎ。
「うわあっ……」
空也の隣で、愛理が息を呑んだ。
「これが、ミツカの海……!」
「綺麗ですよね」
「うん!」
皐月の言葉に、愛理は何度も頷いた。
そう。現在、空也たちは海に来ていた。
事の発端は二日前。イース王国でも有数の名家である九条の庭にあるテラスで、皐月、沙希、ヒナ、ミサ、愛理、そして空也でお茶をしていたときのことだ。
空也と愛理がミツカという街の出張依頼を受けるという話をすると、同じタイミングで皐月たちもミツカに行くことが判明したのだ。
ミツカは王都から見て南東にある街で、海に面しているため、それならお互いのやるべきことが終わったら海で遊ぼうという話になり、現在に至る。
ちなみに、ミサは【光の女王】としての仕事があるため現在はいないが、夕飯までには合流する予定だ。
「それでは、我々は周辺にいますので」
九条家護衛隊で随一の防御力を誇る八城が皐月に向かって頭を下げ、残りの十名ほどの護衛隊員もそれに倣った。
「副隊長、ヒナ。近くにはいるので、何かあればお知らせください」
「うん」
「わかりましたっ」
沙希とヒナが、それぞれ自分の帽子に手をやった。
彼女たちが帽子を取ることが、応援を要請する合図だと言っていた。
「それではお嬢様。楽しんで」
皐月にもう一度頭を下げ、八城たちは浜辺に散らばっていった。
「さて」
皐月が上着に手をかけた。
「行きましょうか」
皐月を先頭に、五人は一斉に砂浜へ足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
(やっぱり、この四人は目立つなぁ……)
空也は周囲からの注目を集めている皐月、沙希、ヒナ、愛理を見て苦笑した。
彼女たちはただでさえ人目を惹く容姿をしているというのに、今は海で遊んでいるため、全員が水着を着ている。
美少女と水着が合わさっているとなれば、目立たないわけがないのだ。
ヒナは大人顔負けのプロポーションだし、皐月も愛理も出るところは出ている。沙希は凹凸こそ控えめだが、その分ウエストは引き締まっており、綺麗なくびれもできている。
「どうしたの? 空也」
愛理が話しかけてくる。
「いや、皆目立つな、って思って。男性だけではなく、女性からも注目されているし」
そう。空也が驚いているのはそこだった。
男性が彼女たちに注目してしまうのはわかるが、女性の視線まで集めてしまうとは思わなかった。
「あー、違いますよ、瀬川さま」
ヒナが手をヒラヒラと振った。
「違うって、何が?」
「女性の注目を集めているのは、私たちじゃなくて瀬川さまですから」
「僕が? いや、それはないよ」
空也は笑いながら、ヒナの言葉を否定した。
空也は自分がブスだと思うほど卑屈ではないが、女性に注目されるような容姿だとは思っていなかった。
しかし、そう思っていたのは空也だけのようだった。
「なくないですよ。瀬川さま、格好良いですから。背は少し小さいですけど——イタッ!」
ヒナが頭を抑えた。空也が拳骨を落としたからだ。
「ああ、ごめん。つい手が出ちゃった」
「絶対わざとですよね⁉︎ ……まあでも、格好良いって言うのは本当ですよ? 元々綺麗な顔してますし、筋肉もしっかりついていてびっくりしました」
「そうっ、空也って着痩せするんだよねー!」
「うん、びっくりした」
「細マッチョってやつですねっ」
「そうかな……」
ヒナに続いて愛理、沙希、皐月からも次々と褒められ、空也は照れ臭くなった。
「そうですよ! それじゃあ、瀬川さまが自分の格好良さを自覚したところで——」
ヒナが海を指差した。
「思い切り遊びましょう!」
◇ ◇ ◇
水の掛け合いに始まり、泳ぎの対決やビーチバレー——皐月が教えてくれた——など、五人は様々なことをして楽しんだ。
しかし、先ほども言ったように、女性メンバーは全員が美少女だ。加えて、王都とは違って皐月が九条家の一人娘であると知っている者は少なく、男女比も偏っている。
そうなれば、ナンパされるのはもはや必然だった。
それでも、ほとんどの者は断られれば素直に引き下がったのだが……、
「良いじゃねえか、遊ぼうぜぇ?」
「申し訳ありません」
現在、空也を除いた四人は、三人組の男たちにしつこく絡まれていた。空也はちょうどトイレに行っている。
タイミングが悪いな、と沙希は皐月を隠すようにしながら思った。
「強情なガキどもだなぁ。そんな悪い子にゃあ、俺たちが——」
沙希が帽子に手をかけたとき、水色が視界を覆った。
「彼女たちは嫌だと言っています。お引き取りください」
「空也……!」
ヒナを背に隠した愛理が、小声で歓喜の声を上げた。
男たちが不機嫌そうな表情で、四人を背に隠した空也を睨んだ。
「ああっ、なんだぁ? てめえは」
「彼女たちの友人です」
男たちは威圧的な態度を取るが、空也は冷静に返した。
世間の大半がそうであるように、男たちはおそらく【無能力者】だ。魔力がほとんど感じられない。
そんな者たちの圧など、空也にとっては吹いて飛ぶようなものだろう。
「はっ、おチビちゃんがご立派にハーレム形成してんのか。笑えるぜ!」
男たちはゲラゲラと下品な笑い声を上げた。
沙希は眉を顰めた。こういう輩が相手だとしても、空也が馬鹿にされるのは不快だ。顔は見ていないが、他の三人からも不機嫌な空気が漂ってくる。
「あー、腹いてえ。笑い殺されるところだったぜ……なあ、ガキ」
三人が空也を取り囲むように移動を始める。
「今ここで尻尾を巻いて逃げれば見逃してやるが、どうするよ?」
「ふむ」
空也が後ろを振り向いた。その視線の先にいた皐月が頷く。
空也が今度は沙希に視線を向けてきたため、沙希も皐月と同じように頷いた。
空也が視線を男たちに戻す。
「おっ、何だ? やる気か?」
男たちが嘲笑を浮かべた。
「こんなことで争っても無駄です。お引き取りください」
「……おうおう、舐めた態度取ってくれるじゃねえか——クソガキが!」
一人の男——おそらくはリーダー格——が、空也に殴りかかった。
周囲から悲鳴のようなものが上がる。それは空也が殴られることを危惧したものだっただろうが——、
「ぐふっ⁉︎」
呻き声とともに吹っ飛んだのは、殴りかかった男のほうだった。
「なっ……⁉︎」
他の二人の仲間は、近くで見ていたにも関わらず、何が起こったのかわかっていないようだった。
「どうします?」
空也がそちらへ視線を向けた。
「な、舐めんじゃねえぞ!」
「うおおおお!」
自分の中に生じた恐怖をかき消すかのように、二人は大声を上げながら空也に飛びかかった。
「がっ!」
「ぐあっ⁉︎」
しかし案の定、二人は空也にあっさりと返り討ちにされた。
空也が、苦悶の表情を浮かべる三人の元まで歩いて行く。
「ひっ……!」
三人が怯えた表情を浮かべる。
一瞬で全員げ返り討ちにされ、格の違いを認識したのだろう。
「別に、ナンパ自体が悪い行為だとは思いません」
空也は静かな口調で喋り出した。
「可愛い女の子がいれば声はかけたくなるでしょうし、そこから発展する仲だってあるでしょう。ですが、相手が嫌がっているのに強引に誘うのはとても恥ずかしい行為ですし、はっきり言って最低です。もし次に、貴方たちが誰かを強引に誘おうとしたら——」
空也が目を細めた。
「ひ、ひぃっ!」
「す、すいませんでしたぁ!」
空也の圧に耐えきれなくなったのか、男たちは何度も足をもつれさせつつ、逃げていった。
「ふう」
空也が息を吐いた。
「ありがとう、空也」
「ありがとうございます、空也君っ」
「ありがと! 格好よかったよー」
「まるで王子様ですねっ!」
沙希、皐月、愛理、ヒナは次々に空也の背中にお礼を言った。
「あのしつこさにはちょっとイラついたからね」
空也がはにかんだような笑みを浮かべた。
「っ——!」
その空也の横顔がちょうど夕陽に照らされ、沙希は息を呑んだ。
(ヒナじゃないけど、本当に王子様みたい……じゃなくて)
沙希は顔が赤くなるのを自覚したが、その原因を作り出した夕陽のおかげで、他の皆にはバレなかったようだ。
「どうする? だいぶ注目浴びちゃったけど……」
「うーん、時間的にもちょうど良いですし、海はここまでにして、少し街中も見て回りませんか?」
その皐月の提案は、満場一致で可決された。
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