第四十七話 一筋の光と、哀れな末路—
気がつけば、輝人は佐伯家、彼の実家まで来ていた。ギルドで何を言ったのか、どうやって実家に辿り着いたのかも覚えていない。
それでも、自分が今すべきことは輝人にもわかっていた。
輝人は門番に近づいた。
「私だ。父はご在宅かね?」
基本的には家にいるはずだ、などと考えていた輝人の耳に届いた返事は、少なくとも彼にとっては全く想定していないものだった。
「お前の父など存在しない」
「……はっ?」
輝人は最初、聞き間違えたのかと思った。
「聞こえなかったのか? この世にお前の父など存在しない」
しかし、再度口を開いた門番から出てきた言葉は、先程と全く同じものだった。
「ち、父が存在しないだと? 何を言っている⁉︎ そもそも、門番風情がこの私に何という態度だ! すぐに解雇してくれる!」
輝人は門番を押し除けて敷地内に入ろうとした。
しかし、すぐに門番に道を制される。
「な、なぜ邪魔をする⁉︎」
「部外者を通すわけにはいかないからだ」
「ぶ、ぶ、部外者だと⁉︎ 貴様、私がわからないのか⁉︎」
「知っている。つい先程、実の父親である佐伯政宗様によって勘当された佐伯輝人、だろ?」
「……はっ? 勘当? な、何を言っている?」
「これを見てみろ」
輝人は震える手で門番から渡された紙を見た。その顔面がどんどん蒼白になる。
混乱していた輝人でも、そこに書かれているのが自分を勘当するという内容であることは理解できた。
そして、息子である輝人だからこそ、それが自分の父親の字であることもわかった。わかってしまった。
「わかったか? お前はもう佐伯家の人間ではない。名字の改名まではしなくとも良いが、次に佐伯家の名前を使えば処罰されることになる。ああ、そうそう」
口元を吊り上げた門番が、輝人にバックを投げて寄越した。
輝人は反射的にそれを受け取った。
「お前のかつての弟君である明様からの餞別だ」
「……くそっ!」
輝人はそのバックを抱え、その場から逃げるように駆け出した。
——それを陰から見ていた全身をローブで包んだ人物は、舌打ちをした。
「弟め。余計なことをしてくれる」
忌々しげに呟き、その人物は黒いフードを被り直して輝人の後を追った。
◇ ◇ ◇
「はあ、はあ、はあ……」
脇目も振らずに走り続けた輝人は、もつれるようにして草の上に倒れ込んだ。
そのまま仰向けになる。いつもは常に気にしていた服の汚れなど、今の輝人にはどうでも良かった。
なぜなら——、
「私はもう、貴族ではないのだな」
輝人にとって、子どものころから佐伯家の跡を継ぐことが全てだった。そのために幼いころから家庭教師がつけられていたし、輝人もそれをサボったりはしなかった。
しかし、輝人の能力は全てにおいて平均の域を出なかった。
あるとき、輝人もそのことに気がついてしまった。周囲に一目置かれるほど優秀ではなかったが、それでも自分が平凡であることに気づけるくらいには優秀だったのだ。
そして輝人がそのことを自覚するころには、彼の弟である明がすでに勉学において頭角を表していた。
だから輝人は冒険者になった。
しかし、本人も自覚していた通り、輝人は剣も魔法も人並みだった。
最初こそ真面目に依頼をこなしていたが、輝人は途中から犯罪に手を染め出した。
他人の手柄を奪うだけでランクが上がっていく——。
一度はまった沼から、輝人は抜け出すことができなかった。
「その結果がこのザマか……」
自分より一回りも二回りも年下の宗平に能力の違いを見せつけられ、ギルドを除名され、実家からも勘当された。
それだけのことが重なっては、さすがの輝人もプライドを保っていられなかった。
そして、貴族としてのプライドを失った輝人は、冷静に自分のことが分析できるようになっていた。
「因果応報とはこういうことを言うのだろうな……」
草の上で身を起こした輝人の表情は、いっそ晴れやかと言っても良かった。
そういえば、と輝人は横に投げ出していたバックを手元に引き寄せた。
その中には、食料やら服やらが敷き詰められていた。
「あいつ……」
苦笑する輝人の脳裏に浮かぶのは、沈着冷静という言葉がぴったりの弟、明の顔。
「相変わらず用意が良いことだ……ん?」
全てを箱から出した輝人は、バックの底に紙を発見した。
「これは……!」
それは、明から輝人へ向けた手紙だった。
——健康に気をつけて、兄さん。
書かれていたのはそれだけだった。
「兄さん、か……」
ふっと笑った輝人からは、それまでに感じていた宗平や受付嬢、ギルド長などに対する負の感情はいつの間にか消え去っていた。
否、消え去ったという表現は適切ではない。明の優しさを感じたことで、それらは輝人の奥底に閉じ込められたのだ。
だから、それらの感情は、正確にはまだ輝人の中に存在していたのだ。
「憎くはないのか?」
「っ——」
背後から突然響いた声に、輝人は咄嗟に飛び退いた。
「君は誰だい?」
そこにいたのは、フードを深く被り、ローブで全身を包んだ人物だった。
「憎くはないのか?」
その人物は、再度輝人に問いかけた。
そして、輝人が口を開く前に、さらに言葉を続ける。
「あの受付嬢は貴族であるお前を愚弄した。柳宗平はお前の無能さを嘲笑った。父親であったはずの佐伯政宗は、我が身可愛さでお前を勘当したのだ」
「わ、私はもう貴族ではないっ」
その声は男か女かわからないが、フードから覗く吸い込まれるようなピンクの瞳と脳内に直接響くようなその声に、輝人は必死に抵抗した。
しかし、もともと疲れ切っていた彼の精神には、その一度が限界だった。
「いいや、お前は貴族だ。例え家から追い出されようとも、お前は立派な貴族だ。そしてそんなお前を愚弄したあの受付嬢や柳宗平、ギルド長。そして親としてあるまじき行為を働いた佐伯政宗に復讐することこそが、貴族であるお前の果たすべき責務ではないのか?」
もう一度問おう、とその人物は輝人を見た。
「憎くはないのか?」
「……憎いに決まっているだろう! 私は貴族として、奴らに復讐しなければならない!」
「ふっ、その通りだ」
憎しみに染まった輝人を見て、その人物は満足げに頷いた。そして、来た道を引き返し始める。
「ついてこい。お前に復讐の力を授けてやる」
それが当然であるかのように、輝人はそれに従った——ギルド内で怒りを爆発させたときすら見せなかったような、狂気の笑みを浮かべながら。
「今のお前を単騎で放っても大したダメージは与えられないだろうし、良いタイミングだ。お前には新たな技術の実験台になってもらう」
その人物が呟いた言葉を、狂気に染まった輝人が理解することはなかった。
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