第二十八話 もう一つのプラン
九条家の当主室で空也についての話し合いが行われているころ、王宮の一室でも同じように彼のことが話題に上がっていた。
「……どう思いますか?」
「瀬川空也のことですか? 優良物件だと思いますよ。能力もありますし、顔も整っています。ただ、身分的に玲良様と釣り合うかどうか……」
「そ、そんな話はしていません!」
執事兼護衛である杏奈のすっとぼけた返答を、玲良は顔を赤くしながら否定した。
「九条家を襲撃した者たち、もっと言えばその格好についてですっ」
「凛や祐馬も口を揃えていたので、嘘ではないでしょうね」
眉を顰める杏奈の表情に、玲良を揶揄ったときの意地の悪い笑みはない。
「全身黒のフード付きのマントで、主力の多くが不在だったとはいえ、あの九条家の護衛隊を追い詰めるほどの力を持った組織となると——」
「【漆黒】くらいしか、考えられませんね」
「ええ……」
玲良はため息混じりに頷いた。
その組織は、組織名が【漆黒】であるということ以外は構成員も目的も、ほとんど全てが謎に包まれた組織だった。
そこまで表に出てくることは多くないが、出てくる度に大きな損害をもたらす厄介極まりない組織で、王宮でもその危険度ゆえに「特別指定組織」扱いされている。
そして、玲良のため息を重くさせているのが、まさにこの特別指定組織だった。というのも、特別指定組織の身柄はなんとしてでも王宮に連行してくるよう言われているのだ。
それでも、現時点で襲撃者が【漆黒】の構成員かどうかは判明していないため、玲良に襲撃者たちを九条家から回収する義務はないのだが……、
「第一隊が黙っていないでしょう……あそこのトップは、一紫兄さんですから」
国防軍第三隊が玲良の派閥であるように、第一隊は第一王子夜桜一紫の手駒だ。
一紫と玲良の派閥は、簡単に言えば対立関係にある。必ずちょっかいをかけてくるだろう。
「そうなると、九条家と繋がりのあるこちらが身柄を確保するのは至難でしょうね」
「ええ……」
公平性という観点から、襲撃者たちの身柄を玲良たちが引き取ることのできる確率は皆無と言えた。
「でも、だからこそ身柄を無条件で九条家に預けたのでしょう?」
「ええ。彼らに期待するしかないわ」
「では、この話はこれでおしまいですね」
区切りをつけるように、杏奈が手を叩いた。その口元が歪められる。
まずい、と玲良が察したときには、杏奈はすでに口を開いていた。
「それで、玲良様は瀬川空也をどのように思っていらっしゃるのですか?」
「べ、別になんとも思っていませんっ。変な勘繰りしないでください!」
「別に変な勘繰りはしておりませんよ。私は彼の実力やその人間性についてどう思うか、と伺っただけです。玲良様こそ、何をそんなに動揺していらっしゃるのですか?」
「なっ……⁉︎ ど、動揺などしていません!」
「しかし、お顔が赤いご様子ですが……」
「し、知りませんっ」
耳まで真っ赤に染めた玲良は、クッションを抱えてソファーに飛び込んでしまった。杏奈と二人きりのときにしか見せない、王女という仮面を取り払ったただの十七歳の少女の姿だ。
こういうところはまだまだ幼いな、と内心で苦笑しつつ、杏奈は口調を真面目なものに戻した。
「それで、彼をお誘いになった真意はどのようなもので?」
「いきなり真面目に戻るの、やめていただけませんか……」
まだ頬に赤みを残したままの玲良の小言を、杏奈は一切の表情を変えずに聞き流した。
ため息を吐いて、玲良も真面目な表情に戻る。
杏奈の目を正面から見て、彼女は口を開いた。
「私は、彼を国防軍第三隊特別作戦係『ウルフ』にお誘いしたいと考えています」
「ウルフに……ですか? ああ、なるほど」
思案顔を浮かべた後、杏奈は一つ頷いた。
「考えましたね、玲良様」
「何がですか?」
不思議そうな表情を浮かべる玲良に、杏奈は真面目な口調で続けた。
「国防軍特別作戦係で成果を出して出世した瀬川空也ならば、身分的にも釣り合いが取れます」
「なっ⁉︎ そ、そういうことじゃありませんっ!」
顔を赤くして叫ぶ自分の主人を見て、思春期の恋愛を揶揄いすぎるのも良くないか、と杏奈は反省した。
——もっとも、反省をするだけで、後悔は全くしていなかったが。
◇ ◇ ◇
玲良と杏奈が戯れて——というより、杏奈が玲良をいじり倒して——いたころ、その玲良の名前に屈して九条家を追い出される形となった第一隊の小隊は、重苦しい雰囲気で帰路についていた。
「くそっ!」
小隊のリーダーである渡会は、何度目になるかわからない悪態をついた。
今回渡会が上から与えられていた任務は、九条家を襲った襲撃者たちの身柄の回収だった。
一番乗りで現場に到着した時点で、渡会は任務の達成を確信していたが——、
「光の女王と王女はせこいだろ……!」
第一隊の本部に到着するまで、渡会は一人ブツブツと愚痴を言い続けていた。
「お前らは待機していろ。俺は上に報告してくる」
部下にそう言い残し、渡会は上へと続く階段を上がった。
王女の介入は仕方ないし、多少叱責を受ける程度だろう——。
このときの渡会は、そんなふうに思っていた。
渡会は扉をノックした。
「渡会です」
「入れ」
渡会が部屋に入ると、正面に一人の男が座っていた。
男は仮面をかぶっていた。声からして男であることはわかるが、渡会もその素顔は見たことがなかった。
「ずいぶん早い帰還だな、渡会。奴らの身柄は回収できたのか?」
「いえ、それが、光の女王と、玲良の命を受けたという第三隊がしゃしゃり出てきて——」
「質問に答えろ」
渡会は早速言い訳を始めたが、男の鋭い声がそれを遮った。
「……回収できませんでした。申し訳ありません」
「ふむ、そうか。なぜだ?」
さっき話そうとしただろ、と心の内で悪態をつきながら、渡会は口を開いた。
「それが、第三隊と光の女王が玲良の命令でやってきまして、さすがにただの警備の小隊ではそれ以上主張するわけにも参りませんでした。あまり目立たないように、というご命令でしたし」
渡会は暗に「失敗したのはそっちの命令のせいであり、自分のミスではない」と主張した。
しかし、男はそんな誤魔化しが通用するような相手ではなかった。
「ふむ。では、第三隊と光の女王がやってくるまでの間、お前たちは何をしていた?」
「そ、それは……襲撃者たちと戦っていました。ただ、もう少しで倒せそうなところを光の女王に横取りされまして、それで我々は引かざるを得なくなって——」
「冗談はよせ」
「……はっ?」
渡会は一瞬、自分が何を言われているのか理解できなかった。
「じょ、冗談ではありません! 我々は——」
「お前たが戦っていたのは男女のペアか?」
「は、はい。左様ですが——」
「それならなおのこと、お前ら雑魚小隊一つで倒せるような相手ではない」
「そ、それは……」
渡会は言葉に詰まってしまった。
心では認めたくなくとも、男のいう男女のペア——シュウとミキのことだ——に、渡会の小隊は全く歯が立たなかったからだ。
「そもそも、九条家襲撃に使われるような奴らを、自分たちの小隊だけで確保できると思っていた時点で話にならない。お前には失望したよ——渡会」
「ま、待ってください! 今回は——」
渡会は必死に言い訳を口にしようとした。
しかし、その身体は影から音もなく現れた人物たちによって、瞬く間に拘束された。
「な、なんだお前たちは——」
「黙れ」
一人が渡会に光属性魔法を使い、渡会の身体に電流を流した。
二、三度痙攣をした後、渡会は完全に気を失った。
「独房に入れておけ。良い被験体になるだろう」
「はっ」
渡会が連れられていく。
「使えん人間だ」
男は人を見下す笑みを浮かべた。
それから三時間後、男は王都のとある店の個室で、初老の男と向かい合っていた。
「——以上が、瀬川家の呪術使用を巡る秘密裁判の顛末です」
そう言って口を閉じたのは吉田だ。
男はニヤリと笑った。
「そうか。やはり瀬川家は捕まったか」
「やはり……とおっしゃいますと、予見されていたのですか?」
「ああ。だから裁判に力は割かなかったのだ。やつらはただの実験動物にすぎんからな。ただ……【漆黒】がやられたのはちと予想外ではあったが」
【漆黒】は王宮でもマークされている、謎の多い犯罪組織だ。それゆえ存在も公になってはいないが、裏社会では有名な実力派集団だった。
しかし、いくら実力派でも、【漆黒】が奥義を使える空也やSランク冒険者である光の女王にも勝てる。などと楽観的な考えは、男も持ち合わせていなかった。
彼らが到着する前にはすでにカタはついている、と男は予想していたのだ。
実際、物事は男の予想通りに進んでいたのだ——世界がループしなければ。そして、沙希がループ以前の記憶を保持していなければ、の話だが。
「彼らを駒として使えるとはおみそれ入りましたが、大丈夫なのですか? 失敗の報復などは」
「それは契約には含まれていない。奴らにはきっちり餌を与えたし、契約に沿わない行為はしない連中だ」
「なるほど。では、当面の問題は九条家ですな。このまま瀬川空也を味方につけられては、かの家は強大になりすぎる恐れがありますが」
「焦る必要はない。もう一つプランを用意した。というより、こちらが実験を兼ねた本命だ」
「なんと……王宮すら恐れる【漆黒】ですら捨て駒だったのですか……!」
「ああ」
吉田の驚愕に目を見開く様子を見て、男は得意げに頷いた。
「ですが、【漆黒】ですらやられる相手をどうやって……?」
「【流星】を覚えているな?」
「ええ、瀬川空也を追放したパーティですな。まさか彼らを使って瀬川空也を……?」
「ああ」
普通に考えれば、【流星】ではどう足掻いても【漆黒】を超える本命にはなれない。
ただし、それはあくまで普通に考えればの話だ。
吉田も気づいたようだ。
「……彼らにも、呪術を使わせるおつもりで?」
「ああ。あの眼鏡に、異界を作らせる」
「なっ……異界、ですと⁉︎」
吉田の目が再び見開かれた。その顔はすぐに不安げになる。
「彼らはまだ子供です。使いこなせるでしょうか?」
「そのためにこれまで実験を重ねてきた。それに」
男は余裕の表情で続けた。
「九条家は確かに脅威だが、その分実験体としての性能が高い者も多い。邪魔ではあっても脅威になるほどの存在ではない。ここで倒せなくてもそれはそれだ」
そう言い切る男の顔には、たっぷりと余裕が浮かんでいた。
「さて、君はどう対応する? ——瀬川空也」
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