第十六話 秘密裁判② —開廷—
「ほえー……」
王宮にやってきた空也は、その豪華さに呆気に取られていた。
外観から壮観で、一度中に入ればキラキラした装飾品がずらり。一つ一つの模様も細かく、見るからに値段の張りそうなものばかりだ。
「瀬川君、行くよ」
Sランク冒険者【光の女王】としての仮面を被ったミサに促され、空也は無意識のうちに止めていた足を動かした。
装飾品からそれた意識は自然と今日の本題に向けられ、空也の身体が強張った。すぐに【精神統一】で平静を保つ。
二の腕をちょんちょんと優しくつつかれた。
そちらに視線を向ければ、皐月が柔らかく微笑む。
「行きましょう」
「……そうだね」
その人を安心させるような笑顔に、空也は心が軽くなるのを感じた。
「ほら、二人ともイチャついてないで」
「イチャついてませんっ」
「イチャついてないよ」
ミサの揶揄いに皐月は慌てながら、そして空也は苦笑を浮かべながら否定する。そのまま三人は並んで歩きだし、先を歩く大河たちの後に続いた。
「何でそんな平常心なんですか……」
「えっ、何か言った?」
「何でもありません」
皐月が何か呟いたので空也が聞き返せば、プイっとそっぽを向いてしまう。
その不機嫌な様子に空也が首を傾げているうちに、一行は目的地に到着した。
目的地・王宮内闘技場では、綺麗な銀髪の少女が一行を出迎えた。
「皆様。本日はようこそおいで下さいました。イース王国第二王女、夜桜玲良と申します」
◇ ◇ ◇
「では、瀬川家の皆さんをここへ」
「はい」
九条家やミサ、空也などと挨拶を済ませ、玲良は側近の一人に指示を出した。
いよいよか、と玲良はわずかな緊張を覚えた。
その場にいるのは、王宮からは玲良と真司、裁判官が五名、護衛が十数名。
原告側からは空也、ミサ、大河、大河の娘の皐月、副執事長だという吉田で、こちらの護衛は十名ほどだ。
原告側はそもそも光の女王がいるため護衛はあまり必要ないのだろうし、玲良も護衛と裁判官には信頼できる少数精鋭を集めた。
もし瀬川家が本当に呪術を使っていたなら、そんな情報を他に漏らすわけにはいかないため、人員を絞ったのだ。
裁判は、王家かその命を受けた者がいなければ正式なものとはみなされないため玲良はこの場にいるが、進行は裁判官と当事者に任せ、緊急時以外は介入するつもりはない。
ただ、基本的にやることはないとはいえ、玲良はこの場を父である国王から任されている。わずかに緊張しているのも、失敗できないというその責任感ゆえだ。
(少しお話ししただけなので何とも言えませんが、辺境出身の瀬川空也……彼はなかなか面白そうな人物ですね)
「瀬川家の皆様をお連れしました」
ある意味今日の主役ともいえる空也に思考を逸らしていた玲良の耳に、側近の声が届く。
視線を向ければ、戸惑った表情の瀬川家の面々がいた。要件は伝えずに呼び出したので、当然と言えば当然だろう。
「えっ? くう——」
「しっ」
長男の健一が驚きの声を出し、瑞樹が慌ててその口を塞ぐ。
そちらに玲良が目を向ければ、瑞樹は申し訳なさそうな表情を浮かべたが、健一は対照的に爽やかな笑顔を見せた。
それは玲良の美貌に惹かれた健一のアピールだったが、それを玲良は、
(今の状況で笑みを浮かべられるのは、相当肝っ玉が据わっているのか、何も考えていないのかのどちらかでしょうね)
と考え、すぐに意識の外に追いやった。
「本日はようこそおいで下さいました。イース王国第二王女、夜桜玲良です」
まずはそちらにおかけください、と玲良が九条家とミサの向かいにある椅子を示せば、彼らは臣下の礼を取った後に腰を下ろした。
「それではこれより、秘密裁判を始める」
「っ⁉」
裁判長から厳かに告げられた言葉に、瀬川家の者たちが動揺する。
秘密裁判とは、その名の通り非公開で秘密裏に行われる裁判だ。
情報が漏れ出た場合に王宮に重大な損失を与え得る、または市民が著しく混乱する可能性のある内容のときに開催されるもので、それゆえに裁判の体系はある程度自由が利く。
裁判であることすら告げずに呼び出すなどという、本来であれば王族であれど法で禁じられている行為が可能だったのも、ひとえに秘密裁判という例外であるがゆえだ。
「本裁判は王国における重大な問題を審議するものであるため、本裁判に関する一切の情報の開示を固く禁ずる。なお、これ以降は私の許可なく発言、移動、魔法やその他の術の行使をしないこと。また——」
裁判長の言葉に耳を傾けつつ、玲良は瀬川家を観察した。
見たところ子供たち——健一と長女の歩美——はただ困惑しているようだが、父親の浩二郎の目は必要以上に忙しなく左右に動いている気がする。
瑞樹は……わからない。
開口一番に口外や武力の行使を禁じた上で、さらにいくつかの諸注意を並べた後、裁判長は淡々たした口調で告げた。
「本裁判は、瀬川家の呪術の無断使用に関する裁判である」
と。
◇ ◇ ◇
悪くないな。
表情は沈鬱なものを浮かべつつも、瑞樹は心の中では裁判を楽しんでいた。
現在、裁判は原告側からの証拠の提示が終わり、一度休憩を挟んでいるところだ。
最初に九条家と光の女王の姿を認めたときは肝を冷やしたが、裁判が進むにつれて瑞樹は冷静さを取り戻していた。
九条家が出してきた証拠は三つ。
空也に呪術がかけられているという国防軍所属の魔法師の証言、その呪術から浩二郎の魔力の気配が感じられたという光の女王の証言、そして空也の呪術の効力を弱めた直後に瀬川家が一気に調子を崩したこと。
普通に考えれば——九条家と光の女王が親しいのを差し引いても——瀬川家にとって致命的なのは二つ目だ。が、瑞樹が興味を持ったのは三つ目だった。
呪術の効力を弱めたというが、それが精一杯なのか全て解除できるのか。それによって結果は大きく変わってくる。
どう転んでも面白くなりそうだ、と瑞樹は心のうちで笑ったが、被告側で楽観的でいられるのはもちろん瑞樹だけだった。他の瀬川家の面々は、浩二郎を筆頭にどんどん顔色を悪くさせている。
不安そうな表情の三人に安心させるような笑みを浮かべてから、瑞樹は原告側——正確に言えば、その中にある空也——にチラリと視線を向けた。
——せいぜい、もっと楽しませてちょうだい。
◇ ◇ ◇
「続いて被告人の弁論です」
ここからは瀬川家のターンだ。
空也は気を引きしめなおした。
ミサが空也の呪術を解除すれば、【呪い返し】により浩二郎の罪は一瞬で露呈する。しかし、本件はそんなに単純な問題ではないと空也は考えていた。
現在のところは証拠はないが、空也は今回の呪術使用に瑞樹が関わっている可能性も考えていた。
一言で済ませるなら、浩二郎はポンコツだ。そんな彼が呪術という禁忌を犯そうとする度胸、使いこなす能力、そして瑞樹にバレずに儀式を行う狡猾さを持ち合わせているとは思えない。
八年間をともに過ごした情が、恩人を無闇に疑うなと訴えかけてくる。事実として、空也は一番自分に気をかけてくれていた瑞樹に大きな感謝の念を抱いていた。
それでも空也は、自分の直感を信じることにした。
秘密裁判は検察官も弁護人もいないため、弁論の場に立ったのは瑞樹だ。
「突然の事態に困惑しておりますが……私からは何も申すことはありません。なぜなら、皆さんがおっしゃった呪術使用や瀬川家の突然の不調に関して、何も存じ上げないからです」
「原告側の訴えを否定するということですね?」
「はい」
裁判長が言外にここで嘘を吐けば罪はさらに重くなるぞ、という圧力をかけるが、瑞樹に動じた様子はなかった。
「貴方たちはどう?」
「し、知らないですよ! 呪術なんてっ」
「私もです」
瑞樹の問いかけに健一が真っ先に首を振り、歩美もそれに続いた。
残ったのは浩二郎、空也に呪術をかけた張本人だ。
「貴方も呪術なんて使っていませんよね?」
「……ああ、もちろんだ」
一瞬の間の後、浩二郎は瑞樹の目を見ながら頷いた。
「ということですので、私たちから申し上げることはありません」
着席するまで、瑞樹の態度は一貫して堂々としていた。
裁判所が奇妙な沈黙に包まれる。
「裁判長」
ミサが手を上げた。
「発言よろしいですか?」
「許可する」
ミサが立ち上がる。
「実は我々にはもう一つ、決定的な証拠があります」
言葉にならないざわめきが広がる。
「先程瀬川君にかかっている呪術の効力を弱めたと言いましたが、それだけでは決定的な証拠になりません。なので、今から私が彼の呪術を完全に解除します。そうすればどなたが彼に呪術をかけたかはっきりするでしょう——【呪い返し】という、目に見える証拠とともに」
――ガタッ。
ミサが言い終えるのと同時に、大きな物音が響いた。
皆がそこに目を向ければ、後ろに倒された椅子と、真っ青な顔で目を見開く浩二郎の姿があった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「面白いな!」
「続きが気になるな!」
と思った方は、いいねや感想、評価やブックマークをお願いします!




