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love letter

作者: キラ子

最近、ファンレターが届く。

差出人は不明。筆跡や口調からまだ若い女性であると思われた。

この手の手紙にありがちな、感想にかこつけて自らをひけらかすような欲求、あわよくば自分に興味を持ってほしい、好かれたいといった卑しい欲求は一切感じられず、むしろ無機質な感じすら受けた。書き手の素姓や人柄が一切知れないまま、ただ作品の感想がひたすら事細かに綴られている手紙を一方的に何通となく受け取っていた。


作家である自分ですら書けないような感想だった。何十回、何百回と作品を読んだであろうと思われた。「自分が書いたはずのこの登場人物は、本当はこういう人だったのか」と深く納得させられることすらあった。私の作品に対する新鮮な感動、情熱が生々しく、時折おどろおどろしいほど物凄く渦巻いていて、熱い濁流の中に身をゆだねるようなもはや官能に近い心地よさがあった。こんなにも自分の作品を理解してくれる人はこの世にいないと思った。

この人のために書こうと思った。

正直に言うと、ここ数か月の間に発表した作品は、もっぱらその彼女一人の為に書いたのだった。


ただ、一つ不審な点があった。

切手も封筒もない。ただ裸の便箋数枚から数十枚、折りたたまれただけの状態で自宅のポストに投函されている。つまり郵便局を介さず、直接届けられるのだ。それも私が眠っている間にである。私は住所を公表したことはない。


起きていてポストを見張るも、彼女は現れない。

精魂尽き果ててうつらうつらとするまさにその瞬間に彼女は現れて、ハッと起きてみるともう手紙は投函されている。

いっそ作家業を投げ出してひたすらポストだけを見張り続けてやろうか。だがそうしたら最後、手紙は来なくなるだろうという確信めいたものを感じていた。彼女は私の「作品」を、愛している。実のところ過去に2,3度、彼女への私信を作品としての体裁を何とか取り繕い発表した。罰のように手紙は途絶え、2週間空けて届いた手紙には、大昔に別名義で書いた作品への感想が綴られていた。私の私信など発表されなかったかのように。


書き続けながら、ただ彼女からの手紙を待つことしかできなかった。

もはや私が彼女の為にできるのは、ただ、作品を書くことだけだった。

よりよい作品を。より、彼女の琴線に触れる作品を。

作家としての高みへ、上り詰めたい。

一心不乱に文字を書き、こときれるように眠る。朝の気配に眠り続けたがっている体をがばりと起こしてポストに向かい、彼女の書く文字を貪って生きた。

ぽつり、ぽつりと賞を取るようになった。

彼女は何も言わなかった。

作品が映画になった。

彼女は何も言わなかった。

ただ、ヒロインが煤けた街灯をスポットライトのようにして主人公に笑いかけるシーン、女優が鼻の上に皺を寄せて笑っていたのが原作そのままだと褒めていた。


ポストに入っていた手紙は作業机の上に届くようになり、最近は枕元に届くことすらあった。

彼女が誰かなんて、もうどうでもよかった。

私は、彼女と生きていた。





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