第91話 すれ違うチーム
秋の県大会の出場が決まっている東光学園だが、清原と尾崎の喧嘩によってチームの空気が日に日に悪化していく。
清原は相変わらず悪送球や審判の判定が気に入らないと機嫌を損ねるし、尾崎も尾崎で先輩相手にも怖気づかずにモノを言うので先輩としてはいい気分ではなかった。
夜月は器用にまとめあげた渡辺と、持ち前の熱血で不器用ながら引っ張っていった中田の凄さを痛感する。
寮に戻ると夜月は食事中に大きなため息をつく。
「はぁ……」
「夜月くん、何だか元気がないな。寮長の俺でよければ話は聞くよ」
「いや、大丈夫っす……」
「大丈夫とは言っても、そうは見えないがね? やっぱり前の試合の件を引きずっているのか?」
「見てたんですか……?」
「責任感が重い君の事だからな。それに教え子たちの活躍を見るために学校から話を聞いたりしてるんだ。しかし君も辛かったね、私も野球を経験しているがチームの仲は悪くなるようなことはなかったな。もしかしたら君は主将の器として相応しいのか試されているのかもしれない」
「主将としての器ですか……。そうかもしれませんね。寮長さん、ありがとうございました。食事中なのにすんません……気を取り直してまた頑張ります」
「晃ちゃん……」
「夜月もそうなのか。俺のラグビー部も似たようなもんでさ、主将に任命されても何をしていいのかわかんねえんだよ」
「あー、バレー部も似たようなもんだな。俺の同級生はみんなかつて敵対した不良仲間だった上に後輩も不良が多いからな」
「僕も陰キャだから指示を出すのに苦労しているよ。外国人留学生や陽キャたちからは何て思われてるかわからないからね」
「みんな苦労してんだなー。まあ俺もエースストライカーとしてだけでなく主将としてだから、もう自分中心ではいられなくて大変だぜ」
「俺もそうだ。短距離チームの主将になったが、無口で誤解されまくりだ」
「男子は苦労してるんだね」
「クリスのチア部はそうでもなかったよ?」
「ソフト部はギャルが多いから自由すぎて言う事聞かないんだよねー」
「お前ら……」
「晃ちゃん、ここにいる全員が新主将に任命されてすっごく指示とかに悩んでるんだ。晃ちゃんの野球部が最悪な空気なのは学校でも噂になってる、だからこそ私たち池上荘メンバー全員で乗り越えていこう!」
「瑞樹……みんな……! ありがとう。俺、頑張ってみるよ」
池上荘のみんなに励まされて夜月は気を取り直し、寮長は安心して静かに見守った。
翌日の練習では相変わらず声かけがぎこちない。
夜月は周りをよく見て、今の部員がどんな状態なのかを見極める事にした。
それでも声かけが全然かみ合わず、連携も乱れまくって県大会に不安が残った。
あまりにも辛くなった夜月は三年生の教室へ赴き、純子を探して呼び出す。
すると真奈香と純子がちょうど真後ろにいたので、それを感じて振り向いたら本当にいて夜月は驚く。
「うわっ!? 先輩方、いたんですか!?」
「ええ、今来たところよ。聞いたわ、チームワークに亀裂が入ったって」
「やっぱり噂になってたんですね……」
「硬式野球部は学校のアイドルみたいなものよ。話題になりやすくて当然だわ。あなた、新チームになって主将に任命されて、相当苦しんでいるわね?」
「まあ先輩方や監督、チームメイトに推薦されたとはいえ引き受けたけど……結局どんな方法でもダメで……正直、もう自信がないです」
「純子、このままだと彼……マイナスエネルギーに染まってしまうかも」
「そうね、気分転換が必要かもしれないわ。夜月くん、私たちの気分転換に付き合ってほしいの。あなたにはどうしても落ちてほしくないから……」
「ん? 何か言いました?」
「何でもないわ。それよりもネットアイドルのすーみんって子を知ってるかしら? あなた、やたらその子の動画を見ているから見つけてくれたのねって」
「見てたんですね……そういや黒田先輩はお父さんがプロデューサーをやってるんでしたっけ。ネットアイドルのすーみんを知ってるんですか?」
「お父さんも注目しているけど、まだ小学生だからもう少し様子を見てからスカウトするって言ってたわ」
「そこまで注目されてるんですね……」
「あなたがアイドルに注目するなんて思わなかったわ。そうしたらすーみんさんのライブに一緒に行きましょう」
「まあそういう事でしたら……一緒に行きます。灰崎先輩も一緒ですか?」
「もちろんよ。広報部としてすーみんさんのアイドル力をスクープしたいもの」
「お誘いありがとうございます。でも……やっぱり主将として部を置いて自分だけ休むのには無責任だと思うんです。お誘いは嬉しいですが今回は……」
「私とのデートの時は休もうとしたけど、主将になってから責任感が生まれたのね。偉いわ、でも心配しないで。石黒監督には『あなたの精神状態的にリフレッシュが本気で必要』と説得したら、『その日は思う存分休んで』と言ってたわ。それに……『部員の何人かはアイドルに興味がある子がいるからその子たちも何人でも連れていっていい』って言ってたわ」
「あー監督らしいや……。となるとアイドルに興味あるのは同級生では榊と園田、下級生なら尾崎や朴、楊ですね」
「彼らも既に誘ってるわ。日本武道館のある九段下駅の武道館口改札に集合しましょう」
「わかりました。あいつらに伝えてきます」
こうして純子の誘いに夜月や榊、園田、朴、楊、尾崎、そして真奈香の8人で日本武道館に行くことになった。
石黒監督はすーみんが東光学園の硬式野球部に注目していることをまとめサイトで知り、『もしよかったらアポ取ってやろうか?』と乗り気だった。
夜月は恥ずかしいから遠慮し、石黒監督は少し残念そうにしつつニヤニヤしながら見守った。
こうしてライブ当日、夜月たちは入場口に向かって入場する。
ところが……
「んっ……!? あなたは夜月晃一郎さんですね?」
「えっ……? 何で俺の事知ってるんですか?」
「あ、すみません。私はすーみんの今のマネージャーしてます広瀬康一と申します。すみません警備の方、彼を関係者席に招待してもいいですか?」
「マネージャーさんがそう言うなら事務所に伝えておきます。でもせっかくだからあの子たちも入れましょう。ちょうど関係者席が8席も空いてますから」
「チケット代はもう支払っているから悪い話ではないと思う。どうかな?」
「夜月、すーみんとはどんな関係か知らないが引き受けた方がいいぞ」
「こんな機会は滅多にありませんからね。でも後ですーみんとどんな関係か詳しく聞かせてくださいね」
「ええ、詳しくね。私でもこんな特別扱いなんて聞いてないもの」
「黒田先輩まで……わかったよ。じゃあ関係者席に行きます」
「そう来なくっちゃ! じゃあ案内しますね」
すーみんのマネージャーに見つかって声をかけられ、夜月たちは一般席から関係者席に移動する。
後で警備の人から聞いていたが、純子はわざと夜月の名義でチケットを申込み、それを知ったすーみんが関係者席に変更するように根回しされていた。
純子と真奈香はどうして根回しされていたのか不思議で仕方がなかった。
夜月は『あいつ、俺が来るのをわかってたみたいだな……』と考えながら関係者席に向かった。
ライブが始まると、すーみんは水色髪の三つ編みツインおさげを揺らし、いつもの赤いフチのメガネ姿で曲を歌いながら踊ってた。
普段クールな尾崎も魅入っていて、楊はこれが日本のアイドルですかとメガネ越しに感動し、朴に至っては水色のサイリウムを振り回していた。
「なあ夜月、アイドルってやっぱすげえよな」
「だな」
「お前に誘われたときは驚いたが、こうして並んでると入部当初の事を思い出すな」
「確かに、俺たちが最後の入部希望者だったもんな!」
「その時はあおいも一緒だったな。あおいとは上手くいってるか?」
「まあ一応……寮では寮長さんの料理を手伝ってくれてるぞ」
「あいつは昔は料理が苦手でな、将来の夢がお嫁さんなのに『それはマズい』って猛練習したんだ」
「そうなるまで努力して、今じゃ全国屈指のおにぎり名人さ。おにぎりの作り方は男子バレーボール部のマネージャーから教わったらしい。だから俺たちに出来る事は限られるが、お前一人で責任を背負う必要はないぞ」
「榊……園田……。ありがとう」
「さあここからはコールアンドレスポンスだ! 全力で叫んでストレス解消すっぞ!」
「大輔は声がデカいから馬鹿だと思われないようにな?」
「うるせー! 夏樹だって好きなアイドルだと語彙力失うじゃないか!」
「俺は俺だ、お前ほどやかましくない」
「くそー!」
「はははっ! 仲間っていいもんだな!」
こうしてライブを終えて一般客は退場していく。
関係者席の人々はすーみんに会うために差し入れを持っていったりした。
夜月たちが待ってしばらくすると、すーみんこと澄香がようやくやってきた。
「皆さんお待たせしました! 今日は来ていただいてありがとうございます♪」
「おお澄香ちゃん! 今日もいいライブだったよ!」
「満員御礼で凄いね! 本当に小学生かい?」
「ソロデビューでここまで満員に出来た小学生アイドルはなかなかいないからね!」
「ありがとうございます♪」
「澄香ちゃん!」
「あ、晃一郎さんっ! 本当に来てくれたんですね♪」
「ああ、いいライブだったぞ! それと澄香ちゃんに紹介したい人が大勢いるんだ。ほら! お前ら!」
「あの……はじめまして! 夜月と同じ野球部の……」
「知ってます。熱血エース候補の榊大輔さん。クールながらも闘志溢れるピッチャーの園田夏樹さん。レーザービームと鉄壁守備の尾崎哲也さん。韓国人ながら規格外のパワーの朴正周さん。そして台湾から渡ってきた精密機械の楊瞬麗さんですね」
「知ってたんですね。僕たちの事を」
「東光学園硬式野球部チャンネルは全部ご覧になりました♪ それとこの二人は……?」
「はじめましてすーみんさん。私は黒田純一郎の娘の黒田純子です」
「あの黒田プロデューサーの……!? 私もついにここまで来たんですね……?」
「はじめましてすーみんさん。純子の従姉妹の灰崎真奈香です。あなたのアイドル力を見せてもらったわ。私の目に狂いがなければ……あなたは将来、紅白歌合戦を総なめする最高のアイドルになれるわ。今までたくさんアイドルを取材したけど、あなたほどの才能はいなかったわ。頑張って」
「はいっ! 頑張りますっ! それに……何だか野球部がトラブル続きで元気がないって聞きました。マネージャーさんからは許可をもらってます。少しだけ遊びに来てもいいですか?」
「本当ですか!? ぜひ来てください! リハビリ中の天童も誘います!」
「晃一郎さん、少しいいですか?」
「ん?」
澄香は夜月を連れて誰もいない穴場のところへ行き、ついに二人きりになった。
夜月は小学生が相手とはいえ、将来付き合って恋人になる有名アイドルという事でかなり異性として意識してしまう。
年齢的にそれはいけないとわかっているが、来年には中学一年生なのでオトナに近づいて魅力も上がるだろう。
すると澄香は恥ずかしそうにしつつ、いたずらな顔で夜月の耳元でささやく。
「『中学になるまで待っててもらえますか?』と言ったのですが、私自身はもう既に待てませんでした。あなたを想うほど胸がドキドキして、早くお付き合いしたいと思ってます。でも……まだ小学生なので高校生のあなたと付き合えません。だからせめて……あなたの野球人生が上手くいくようにおまじないをかけます……ちゅっ♪」
そうして澄香は夜月の右頬にキスをした。
澄香の気持ちは本当で本気だったので、夜月はこんなアイドルの期待に応えたいと思い、絶対に応援を裏切るわけにはいかないと燃えた。
こうして気持ちも切り替える事が出来、チームの士気も徐々に上がってきた。
そして秋の県大会に挑みに行った。
つづく!




