第90話 川崎総合、再び
秋季大会の川崎地区予選で公立校の二校をコールドで勝利し、同じく公立ながらも甲子園に出場経験もある川崎総合高校との試合だ。
場所は東光学園第一野球場で行われていて、二試合ともそこで試合を行った。
お互いにアップを済ませてキャッチボールをし、シートノックにかかったところでスターティングメンバーの発表だ。
先攻・東光学園
一番 セカンド 山田圭太 二年 背番号4
二番 ライト 尾崎哲也 一年 背番号9
三番 センター 夜月晃一郎 二年 背番号8
四番 ファースト 清原和也 二年 背番号3
五番 レフト 朴正周 一年 背番号7
六番 ショート 木村拓也 二年 背番号6
七番 サード 松田篤信 二年 背番号5
八番 キャッチャー 津田俊光 一年 背番号2
九番 ピッチャー 園田夏樹 二年 背番号1
後攻・県立川崎総合高校
一番 センター 浜口忍 一年 背番号8
二番 セカンド 緒方英里央 二年 背番号4
三番 レフト 佐久間真由未 二年 背番号7
四番 サード 三村剛 二年 背番号5
五番 ピッチャー 本田澪 二年 背番号1
六番 ショート 穴沢明日太 二年 背番号6
七番 ライト 小早川彩都 二年 背番号9
八番 キャッチャー 輿水幸雄 一年 背番号2
九番 ファースト 神谷奈緒哉 二年 背番号3
――となった。
渋谷と本田はダブルエースで、二人はまだエース争いを繰り広げていた。
キャッチャーの輿水は一年ながら後逸率がゼロパーセントで、どんなショートバウンドやハーフバウンドでも逸らさない事で有名だ。
そのためか川崎総合の投手陣は安心して投げれる状態なので強気で攻められる。
試合が始まると、先頭バッターの山田は力みからかピッチャーゴロ、二番の尾崎はセーフティバントを仕掛けるもスリーバント失敗、三番の夜月はファーストフライに終わった。
一方の園田はスタミナ、コントロール、球速、変化球と4拍子揃ったバランスタイプで、欠点がないピッチングで浜口と緒方を三振、佐久間をキャッチャーフライに終えた。
津田の強気なリードに加え、連携時などの声かけが大きくてしっかりしているので、野手としては次はどこに投げてどこに行けばいいかが瞬時でわかる。
津田の動体視力と視野の広さ、そして声の大きさに瞬時の判断力でムードを作り上げて守備の空気をよくする。
2回には清原がセンターオーバーのツーベース、朴がライト線ギリギリのタイムリーツーベースを放つが後続が続かず。
しかし2回のウラでは……
「三村さんはミート力がないし、ストレート勝負っしょ!」
「置きに行くピッチングだけは避けたいところだな。津田はわかってないが、こいつのスイングは鋭すぎてピッチャーとしては怖いんだよな……。三振でなくても、うちの野手陣は頼れるし全力で投げるか!」
「ストレート……!? ふんっ!」
「よし! サード! ファーストに送球だ!」
「オッケー! あ……!」
「うおっ!?」
「セーフ!」
「悪い清原!」
「ちっ、遠いからっていいワンバウンド送球だったのにセーフかよクソッ……! 気にしてねえよ!」
「ふーん……清原先輩、機嫌悪いんだ」
「……。」
「監督、清原くんなんですけど……」
「ああ。前よりあまり露わにしなくなったとはいえ、まだ悪送球やセーフ判定に対して不機嫌になるな。このままだと同学年ならまだしも、下級生にまで不機嫌になられたら危険だな。清原と夜月、そこに野村もファースト争いをしているからちょっと牽制してみるか」
「そうですね」
清原は味方の送球が少しでも悪かったり、大きく上や横に逸れたりすると舌打ちをして睨む癖があり、それも声のトーンもやや不機嫌気味なので内野にとってはプレッシャーにもなった。
ムードメーカーな松田だからまだダメージは少なかったが、思った事をハッキリという木村や意外と人の気持ちを察する事が出来る山田にとってはマイナスになりうる。
その事にカバーに入った尾崎、様子を伺ったあおいマネージャー、さらに石黒監督もその欠点に気が付いた。
しかし夜月は清原をジッと見て何か思いつめたような顔をして守備に戻った。
その結果、本田の放った打球がセカンドに放たれ、ついにゲッツーコースとなった。
「セカンド! ゲッツーいけますよ!」
「よーし! ほいっ!」
「よっしゃ! ファースト!」
「来い! よっしゃー!」
「セーフ!」
「嘘だろ……!?」
「またかよあの審判……! どう見てもアウトだったろ……!」
「何かね?」
「あ、いや……何でもねえっす」
「山田、俺は何か悪いことしたか……?」
「いや、木村は完璧だったぞー。相手の足が速かったのが大きいと思うぞ」
「そっか、けどアイツ明らかに不機嫌になんのやめてほしいよな。俺たちだって好きでセーフにさせたわけじゃないのにさ」
「うーん……あいつの不機嫌の理由はオイラたちじゃないと思う。審判に対して明らかに、それも二回続けて不満そうだったしな」
「もし送球が逸れでもしたら……」
「オイラたちのせいで不機嫌になるかもな……」
山田や木村は清原の不機嫌なプレッシャーを感じてしまい、その後のプレーに悪影響が出てしまった。
現に4回のウラでは木村がゲッツーコースで二塁に悪送球、山田も普段なら届く距離なのに上に逸れるのを嫌がってしまいショートバウンドの連続。
松田はショートバウンドでの不機嫌を見てノーバウンドを心掛けるも、上へと悪送球をしてしまった。
事態を重く見た石黒監督は7回のウラに守備の交代をする。
「清原! 選手交代だ! 下がれ!」
「なっ……!? 何でなんですか!? 俺はまだ活躍してないんですけど!」
「清原先輩……監督の命令です。代わってください」
「クソッ! 俺が何をしたんだよ……」
「まだ気づかないんですね、清原先輩は」
「何だと……? もういっぺん言ってみろ尾崎!」
「そんな態度ばかり取ったらそりゃあ内野はプレッシャーを感じますよ。このままいったら先輩、夜月先輩や野村にレギュラー取られますよ?」
「この野郎……! 後輩の癖に生意気なんだよ! ツラ貸せや!」
「おいよせ! 清原落ち着け! 尾崎、お前いくら本当の事でも言いすぎだぞ! 今は試合中だ、このまま理性がなくなって喧嘩したら相手の思うツボだぞ! 清原、監督の命令だというなら下がれ。悔しい気持ちはわかるが今は人に当たってる場合じゃない。だが心配すんな、俺たちが後は何とかするからさ」
「夜月……ちっ、わーったよ。尾崎、キレて悪かったな……」
「こちらこそ言いすぎました。すんません……」
「しぶりん、何か相手の空気悪いみたいだぞ?」
「このままだとうちのペースかもね。監督、そろそろ俺が行きますか?」
「そうですね。渋谷くんを次の試合まで温存したかったのですが、相手は春の選抜出場校です。本気で挑みましょう」
東光学園の空気が最悪な状態になり、それが引きずられるように園田は打たれはじめる。
7回ウラの時点で既に5点も取られ、園田はついにノックアウト、緊急登板で金がマウンドに立った。
金はピッチャーが本職じゃないとはいえ、変幻自在の緩急が持ち味で独特のサイドスローが特徴の選手だ。
朴と同じ中学出身の韓国人で、ストレートとチェンジアップの球速差が30キロもあるという超次元的な武器を持っている。
一方ファーストでは清原から野村に代わり、野村は左利きでパワーは夜月や松田ほどではないが充分なパワーがあり、スラッガーの素質も秘めていた。
津田は金が初登板なせいかあまり把握しきれておらず、元々ピッチャーはそこまで経験がないので持ち前のコントロールに陰りが出てしまってフォアボールを二連続で出してしまった。
9回の表、ここで逆転しなければ敗退が決定する場面で先頭バッターの山田だ。
「行ってくるぞー!」
「頼むぞ山田!」
「よーし、来い!」
「山田さんはここまで全打席抑え切っています。それに東光学園は喧嘩が勃発してから『我こそは……』と力みが出ています。ここで抑えるのがチャンスですよ渋谷先輩」
「ここで抑えれば勝利……ふっ、悪くないかな。それっ!」
「ストレート来た! しまった……スライダー!? くっ!」
「サード!」
「オーライ! それっ!」
「アウト!」
「うう……尾崎、後は頼んだぞ」
「うす」
山田が抑えられ二番バッターの尾崎が打席に立つと、尾崎はバッティングに自信がないせいか無駄な力みがまた出てしまった。
スイングの際に脇が開いてしまい、夜月はネクストバッターボックスから見て尾崎のスイングの異変に気付く。
しかし今日の試合での矯正は無理と判断したのか黙って見るしかなかった。
その結果……
「ストライク! バッターアウト!」
「クソッ……夜月先輩、後は頼みます」
「ああ。それと尾崎、この試合が終わったらバッティングについて話がある」
「え……?」
「その前に逆転を狙ってくるからベンチで待ってろ」
「先輩……」
「うし、来い!」
「夜月先輩も今日の試合では全打席抑え切っています。それでも鋭い打球ばかりだったので油断はできません。渋谷先輩のスプリットでちょっと牽制してみましょう」
「いきなりスプリットかあ……ふーん。まあ、悪くないかなっ!」
「真っ直ぐか……? 落ち……クソッ!」
「ストライク!」
「あいつスプリット投げられるのかよ……!」
「ふっふーん! ヒーローである僕が今まで投げてこなかった隠し変化球を解禁させたのです。渋谷先輩は不安定だから投げたくないと言ってましたが、スプリットが一番の決め球なんです。でも今ので頭によぎってしまいましたし、夜月先輩の勝負強さは一級品ですから他の球で揺さぶりましょう」
「スプリットを意識させて他の球だな。ならばこれでどうかなっ!」
「スプリットか……? それとも真っ直ぐ……? 落ちるか!? クソッ……落ち方が違う……くっ!」
「ストライク!」
「あいつ縦スライダーまで……! てか紅白戦でもそういや投げてたっけな……忘れてたわ」
「これで二種類の縦に落ちる球を見せつけました。ふふっ、迷ってますね夜月先輩。合宿に誘わなかった罰ですよ♪ ヒーローである僕を差し置いて豪華なメンバーで練習なんてズルいですからね!」
「監督の選抜なのに根に持ってるんだ……。でもその恨みに付き合ってあげよっかなっ!」
「スプリット……これはギリギリ外れるな」
スパーン!
「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!」
「んなっ……!?」
「整列してください! 東光学園と県立川崎総合の試合は、5対0で県立川崎総合の勝利です。では……礼っ!」
「「あざっしたーっ!」」
「「ありがとうございました……!」」
東光学園にとって悪い空気の中での敗退で、川崎総合にとっては春の選抜出場校に勝ったことが自信につながった。
今回の敗因は清原と尾崎の喧嘩で、清原が不機嫌になりやすく、それを指摘した尾崎が事実を言いすぎたことによって清原が逆上したのが原因だった。
その空気を察してしまったチームメイトも『自分が活躍して空気をよくしなきゃ!』という使命感に駆られて思うようにプレーが出来なかった。
地区予選二位で県大会には進んだものの、石黒監督は今の新チームに少しだけ不安を覚えた。
試合後に尾崎は夜月の個人練習に付き合い、踏み込むタイミングで重心が下がり目線がブレるのと、脇が開くのを克服すべくテニスラケットでティーバッティングして矯正を計った。
つづく!




