第88話 中田世代引退
初戦をまさかの敗退した翌日、中田世代の選手たちは引退したことを割り切れず、教室で授業中でも涙を流していた。
先生たちはこのままでは授業にならないと判断し、スクールカウンセラーに相談して専門的なメンタルケアを行った。
一方の鷺沼学園の三年生も同じで、東光学園直属の病院にある心療内科に診察に来る子もいたとか。
そんな中で最も早く立ち直ったのが中田だ。
引退式当日に中田が三年生全員を集め、下級生が来る前にミーティングを行う。
「全員集まったな。俺たちはまさかの初戦敗退という屈辱を味わった。俺たちには春の甲子園ベスト4という誇りを持って夏に挑んだ。だがダークホースに負けちまった。俺たちが持ってたのは誇りなんかではなく驕りだったんだ。格下だからと油断していたわけじゃない。あの鷺沼学園に勝ったチームだから全力だったはずだ。俺たちの心の奥底には……無意識に『格下だから余裕だろう』と思ったところもあったんだ。そう思うと『負けて当然なんだ』って俺は思っちまった……。悔しいがそんな情けねえ先輩の跡を継ぐ新しい主将を決めなければならねえ。誰がいいか候補はいるか?」
「おう、まず俺からいいか?」
「アレックスか、いるのか?」
「俺は正直に言って天童の自信あふれる精神力を買いたいところだが、あいつは入院とリハビリで長期離脱している。そんな状態で主将になってもまとまりにくいし、一年生が納得しないはずだ。そこでだ……夜月晃一郎はどうだろうか?」
「アレックス、正気か? あいつは自分の事で手いっぱいだし、何より周りが見えないやつなんだぞ?」
「いや田中、実は俺もそう思ってたんだ」
「中田まで何だ?」
「あいつは周りを見ていないようで、実は下級生だけでなく俺たち上級生にも意見が言えるし、ハッキリとものを言うから監督にも伝わりやすい。何よりもプレーで今まで何度も引っ張ってくれたこともある。あいつは無自覚だろうし否定すると思うが、お前らはどうだ?」
本田と中田が夜月を推薦するも、田中は『夜月は周りが見えなくて自分中心なところがある』と指摘したが、中田は主将の立場として下級生の面倒を最後まで面倒くさがらず見ていて、夜月の隠れた才能を見抜いていた。
その説得力のある言霊に他の三年生も異議を唱えられず、田中も『そういえば木下にも慕われてるし、尾崎や朴に楊の事もかなり気にかけていたこと』を思い出した。
おまけに天童の離脱によって自らキャッチャーのコンバートに名乗りを上げ、外野やファーストだけでも大変なのに兼任する責任感の強さもあるなと思い返した。
そして満場一致で新主将が決まった瞬間、一年と二年が続々と集まり、ついに引退式が行われる。
「おお、思ったより来るの早いな。今から俺たち三年の引退式を行うが、初戦敗退でなかなか吹っ切れられない事も後輩たちにもあるだろうが、俺たち三年生は次の人生に進むためにそうも言ってられなくなった。だからお前らには俺たちの無念を晴らせるようなチームにしてほしい。じゃあ三年生から一言ずついくぞ。背番号1番、松井政樹」
「はい……俺のせいで天童の離脱や田中の交代というのに巻き込んで申し訳ないと思っているけど、いつまでも引きずるのはやめて切り替えていくことにしたんだ。その方が彼らも気を使わなくて済むしね。エースとして失格かもしれないけど、全力で挑んだことに後悔はありません。ありがとうございました」
「背番号2番、田中一樹」
「はい。最後の試合で脳震盪というみっともない姿を見せちまったが、正捕手として全うしたことに悔いはない。初戦敗退は正直悔しいが、いつまでもうつむいてたら何も始まらないからな。今日から大学受験に挑んで第二の人生を歩むから、しっかりチームを強くしてくれ。ありがとうございました」
「背番号6番、志村匠」
「はい。一年の秋頃からレギュラーだったが、最後の最後で悔しい思いをしてしまったな。今日で俺の野球人生は終わるが、甲子園に人生で二度も行けたことは誇りに思う。俺たちの意志を受け継ぎ、次の世代で甲子園で優勝してくれよな。ありがとうございました」
「背番号9番、本田アレックス」
「おう! 俺はこれからは親父がやっているベネズエラで料理店の跡を継ぐためにスペイン語の修行に出るが、お前らがたまに寄ってくれれば歓迎するぞ。野球ではボスやこの仲間たちに出会えたことは貴重だと思うし、二度と現れないと思うと寂しいぜ。新チームになっても頑張れよ。ありがとうございました」
「背番号14番、岡裕太」
「はい。正直言って悔いは残ってる。でもいつまでもそうは言ってられない。この現実を受け入れて次のステップに進まないと前には進めないからね。それにここには頼もしい後輩たちが大勢いる。俺たちがいなくなってもしっかりやってくれると期待しているよ。ありがとうございました」
「背番号15番、片岡龍一郎」
「はい。最後まで中田には敵わなかったなとは思うが、夏に指名打者としてチームに貢献できたのは嬉しく思う。俺は『見た目が極道みたいだ』って言われてきたが、怖がらずに接してくれた事や、目が過敏すぎて光に弱いからサングラスをかけてることを話したとはいえ簡単に受け入れてくれた仲間には感謝している。ありがとうございました」
「背番号17番、三田宏和」
「はい。自慢の長髪を切ってきたことにはみんなもビックリしただろう。それは俺なりの覚悟の決意だったんだ。みんなも過去の栄光に囚われるより、今後の未来を想定してチームをもっといいチームにしてほしい。俺は過去の栄光にとらわれ過ぎてレギュラー取られたからな、みんなも気を付けてな。ありがとうございました」
「背番号21番、道下雄平」
「はい。最初に見た時に僕の事を『同じ新入生かな?』って思った人もいたと思う。ナメられるような身長と体つきだったけど、誰も下に見るどころか先輩として接してくれて、すごく嬉しかった。同時にナメられないように三年間頑張った甲斐もあったし、抑えとして貢献できたことを誇りに思うよ。ありがとうございました」
「背番号23番、綾瀬広樹」
「はい。後輩たちは信じられないかもしれないが、こう見えて俺は入部時は120キロにも満たないくらい遅くてコントロールの悪いピッチャーだったんだ。でも監督もみんなも個性として受け入れただけでなく、『いっそ生かしたまま強化すればいい』となって今に至るんだ。努力は闇雲にやるんじゃなくて、しっかり自分を客観視して考えてやるんだぞ。俺からは以上だ、ありがとうごうございました」
「背番号25番、上田武」
「はい。田中がいて天童も入部して、試合で俺が出る幕はないと思ってブルペンキャッチャーを名乗り出たが、それでもそれなりにチャンスを与え、試合の出場機会を与えてくれたこのチームに感謝しています。今はキャッチャー不足だけど津田や吉永、そして夜月も頑張ってる。しっかりやってくれよ。弟のことをよろしく頼む。ありがとうございました」
「そして最後に背番号5番、キャプテンの中田丈」
「うす! まさか俺みたいな不器用タイプが主将になるなんて思わなかったんだ。不安な事もたくさんあったし、怖がられて嫌われたらどうしようとも悩んだ。だがここにいるかけがえのない仲間が支えてくれて、俺を何度も成長させてくれた。本当に……感謝しているぞ。そして新しい主将を今から発表する。新しい主将は……夜月晃一郎だ」
「え……? 俺……!?」
三年生の言葉を終えて中田が新主将を発表すると、夜月本人だけでなく木下以外の部員全員がざわつく。
木下は少年野球時代に主将をやっていたことを知っていたが、それでもさすがに高校野球でも主将をやるとは思ってなかった。
みんなが天童じゃないのかとざわつく中で中田は先ほど三年に話した通りに理由を説明した。
夜月はまだ受け入れられないと頭を抱えて悩むが、業を煮やした木下が一年ながら度胸のある一言を発する。
「兄貴……じゃない。夜月先輩は少年野球時代に主将も経験しています。天童先輩の方がいいかもいしれませんが、天童先輩では合流が遅れチームを統率するのが出遅れると思うんです。だから夜月先輩が適任だと俺は思います」
「木下……」
「ふーん、夜月先輩が新主将ねえ……。確かに他の人だと個性的すぎて適任じゃないかもですね」
「尾崎はまたそうやって……」
「夜月先輩も充分個性的ですけど、ミスしても切り替えさせるために、あえて『まぐれだ』って言ったの覚えてますよ。俺は夜月先輩だと安心すると思うけど?」
「尾崎……」
「俺もいいかな?」
「榊か」
「ファーストのコンバートの時もそうだったが、キャッチャーのコンバートもチームの事を考えての事だし、俺たち投手陣のベストを引き出すために勉強もしてきた事も天童から聞いたんだ。あいつも夜月の方が適任だと推薦もしてたんだ。だから……新主将を引き受けてくれ、夜月!」
「お前ら……! わかった、やるからにはしっかりやるよ! 俺は首相やるのに不安だから副主将を三人にしたい。まず園田、園田は投手陣をまとめてほしいし、何よりも冷静だから熱くなりすぎてもあえてクールダウンさせてくれる気がするんだ。もう一人は山田、山田はお調子者でムードメーカーだから落ち込んだ時に鼓舞してくれると信じてる。最後は……やはり天童だな。天童は周りがよく見えるし自信にも溢れている。だからチームを引っ張るのに適任だし、何より俺が最も相談しやすいからだ。オンラインの天童、聞いたか?」
「は……?」
『ああ、聞いたぜ』
「いつの間に携帯から通話してたのか……?」
夜月は策士な事をしていて、通話機能で病院から中継がてら引退式と就任式に参加させていた。
夜月の右の後ろポケットから天童の声が聴こえ、副主将就任の時に声を出していいと打ち合わせしていた。
さすがの中田も『一本取られた』と思ったのか、夜月に『そういうところが主将に任命したいと思ったんだ』と軽く肩にパンチした。
こうして夜月新主将率いる新チームが発足し、新たに秋の大会に向けて練習を行った。
つづく!




