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それいけ!東光学園野球部!  作者: 紅夜アキラ
第二部・第一章
91/175

第87話 横浜工業戦

 鷺沼(さぎぬま)学園が無名の横浜工業に敗退するという波乱が起き、神奈川の高校野球では噂が絶えなかった。


 いくら甲子園に一度も出ていない悲願校とはいえ、過去三回戦までがいい方だった学校が急に勝ったのだから他の強豪校も警戒を始める。


 東光学園も例外ではなく、夜月(やつき)とあおいが集めたデータで横浜工業対策を取る事になった。


 その試合の日、夜月は山中と話す機会が設けられ、ベンチ入り前に少し会話をする。


「お前、何があったか知らないが野球を再開したんだな」


「まあな。千里(ちさと)が金持ちで居候(いそうろう)もさせてもらってるし、借金が俺から親本人になり、そして小田家の養子として暮らせるようになったんだ。千里やその家族には感謝しているし、もう一度野球が出来ることにも嬉しく思う」


「そうか。お前がいつマウンドに上がるか楽しみにしているぞ。俺はお前の球を打ってやるからな」


「返り討ちにしてやるさ」


「夜月! そろそろ着替えるから行くぞ!」


「俊くーん! 監督が呼んでるから早く来てー!」


「うっす! 今行きます! じゃあ山中……試合で会おうぜ」


「おう」


 山中は夜月に野球を再開したきっかけが小田にあるとさりげなく話し、感謝だけでなく本当に小田が好きなんだなと実感する。


 夜月は『いい恋人を持ったな』と山中の肩を叩いて別れ、試合会場である伊勢原(いせはら)球場でアップをする。


 日曜日というのもあって東光学園の応援アルプスは満員で、吹奏楽(すいそうがく)やチアなどの一軍も合流している。


 一方の横浜工業はガラガラで、チアや吹奏楽部、応援指導部、ベンチ入りしなかった野球部員、父母会(ふぼかい)のみで一般生徒や教師は来なかった。


 何故なら生徒の9割が夏休みの補習となっていて応援どころではないし、そもそも野球部に期待してないのか暑いのが嫌なのか応援に来るはずがないのだ。


 そんな中でのスターティングメンバーは……



 先攻・東光学園


 一番 セカンド 山田圭太(やまだけいた) 二年 背番号4


 二番 ショート 志村匠(しむらたくみ) 三年 背番号6


 三番 センター 夜月晃一郎(やつきこういちろう) 二年 背番号8


 四番 サード 中田丈(なかたじょう) 三年 背番号5


 五番 ライト 本田(ほんだ)アレックス 三年 背番号9


 六番 指名打者 片岡(かたおか)龍一郎(りゅういちろう) 三年 背番号15


 七番 ファースト 清原和也(きよはらかずや) 二年 背番号3


 八番 キャッチャー 田中一樹(たなかいつき) 三年 背番号2


 九番 レフト 尾崎哲也(おざきてつや) 一年 背番号7


 ピッチャー 松井政樹(まついまさき) 三年 背番号1



 後攻・市立横浜工業


 一番 センター 野田誠(のだまこと) 二年 背番号8


 二番 セカンド 南春雄(みなみはるお) 二年 背番号4


 三番 キャッチャー 沢田仁(さわだじん) 二年 背番号2


 四番 指名打者 山中俊介(やまなかしゅんすけ) 二年 背番号1


 五番 サード 熊井輝也(くまいてるや) 二年 背番号5


 六番 レフト 内山信良(うちやまのぶよし) 二年 背番号7


 七番 ショート 犬塚弘(いぬつかひろし) 一年 背番号6


 八番 ライト 柴田浩二(しばたこうじ) 一年 背番号9


 九番 ファースト 小野淳平(おのじゅんぺい) 二年 背番号3


 ピッチャー 長谷川航(はせがわわたる) 三年 背番号20



 ――となった。


 遊見(すさみ)喫煙(きつえん)(たた)ってスタミナが切れていて、ボクシング経験のある長谷川がマウンドに上がった。


 こちらもかなりの不良で、見た目は童顔で声変わりもしてるのかわかりづらい声だが喧嘩も強くスタミナもあるので山中の温存には持って来いだった。


 そしてついに試合が行われる。


 一番の山田は長谷川の球に対応できなかったがフォアボールで出塁する。


 志村が送りバントを決めてワンアウトでランナーが二塁、チャンスの場面で夜月に回る。


「あいつはまだ温存ってか……。まあ今どきの高校野球はエース一人で投げ抜いても勝てない時代だから仕方ないか。来い!」


「チャンスに強い夜月だが、まだドアスイング気味な所から脱却(だっきゃく)しきれていない。インコース攻めで充分だが、急にアウトコース来たらさすがに手が出ないだろう。追い込むまでインコース攻めで行くぞ」


「沢田は相変わらず先輩にもタメ口……まああいつらしいけどな。おらよっ!」


「インコース……うっ!」


「やべっ……!」


「デッドボール!」


「いって……! まあ四番の中田先輩なら打ってくれるだろ……!」


「悪い! わざとじゃねえんだ!」


「わかってます! 顔を見ればわかりますから!」


(本来なら私語(しご)(つつし)めと注意したいところだが、謝ってるのと大丈夫と言ってるだけだし目を(つむ)るか……)


「よくも後輩にデッドボールを……!ぜってぇ打ってやる!来い!」


 球審の情けで私語でも注意する事がなく、長谷川も安心したのか夜月に気を使う事もなくなった。


 一方の中田は『自分なら打ち取れると思われた』と思い込んだことよりも、面倒を見てきた後輩がデッドボールを当てられて怒りが湧き、絶対に打ってランナーを返してやると意気込んだ。


しかしその意気込みもむなしく、スタートが出遅れた山田が、右足首に当たって痛みで思うように走れなかった夜月、さらに足が遅い中田のトリプルプレーでチェンジになる。


 守備では松井が相変わらず打たせて取るピッチングで三者凡退の山を築く。


 三振こそ少ないけど堅実でスタミナ温存させることで連投の疲れを少なくする作戦だ。


 しかし今年の夏の松井はいつも以上に燃えていた。


 2回ではお互いにチャンスは訪れるものの、残塁したまま攻撃を終えてしまう。


 しか4回の表で夜月のツーベースヒットに続き、中田や本田がタイムリーツーベースで2点を取る。


 しかし横浜工業も負けておらず、4回のウラで山中がソロホームラン、さらに熊井も場外まで放つソロホームランで同点になった。


 6回までで俊介は全打席で安打を放っていたが、7回の表で横浜工業に動きが出る。


「横浜工業のピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャーの長谷川くんに代わりまして、山中くん。山中くんがそのまま四番バッターに入ります」


「え? 指名打者を出さないのかよ!?」


「随分俺たち勝負に出られたな……!」


「まさかあいつ……! 俺と投打で勝負したいんだな……!?」


「おい夜月、どういう事だ?」


「自分が勝負に出る事で味方の士気を上げ、そのまま俺たちではなく自分たちで甲子園に行くつもりなんですよ。じゃなきゃ自らピッチャーとバッターの二刀流なんてしません。ましてや新暦(しんれき)になってピッチャーの負担を抑えるために選択的指名打者制になったのに……」


「これは相当自分に自信があるって事だな。ボスはピッチャーの疲労を考えて指名打者にしているが、本人の気持ちがあれば打たせると言ったな。だがこの猛暑(もうしょ)の夏では熱中症のリスクを考えてやりたがらないがな」


「じゃああいつは常識破りってわけだ、面白え! あいつらをぶっ潰して俺たちが春以来の甲子園に行くぞ!」


「おー!」


 中田が円陣を組ませて全員で気合いを入れ勢いに乗ったかと思われたが、山中の投球に誰一人も安打を放つことが出来なくなった。


 山中の投球の特徴はストレートの回転数の多さ、それ故にいくら芯で打っても重く感じる球の重さ、さらに言えばジャイロ回転をかけてるので想像以上に伸びて見えるのだ。


 変化球もリリースが同じで、手元がギリギリまで見えないのでバッターから見ても打ちづらくなっている。


 一方の横浜工業の攻撃も松井のメンタルがいつもより安定していて、データを入手済みの小田もここまでメンタルが成長しているとは思わなかった。


 8回のウラに入る前に田中は松井がいつもより燃えている理由が気になり、ついに攻撃中に聞いてみる事にした。


「松井、何でそんなに燃えてるんだ? 俺たちはいつもと同じで甲子園を目指している。もしかして……あいつの事か?」


「うん……俺の自主練に付き合わせたせいで、天童は()()()()()()()()()からね。俺が球が遅いばっかりに盗塁での牽制(けんせい)が増え、全部刺しているという事は相当肩に負担をかけたと思う。だからこそ俺がエースとしてしっかし甲子園に行けるようにしたいんだ。ワガママなのはわかってる、だから……」


「それがワガママなら俺もワガママってことだよな?」


「え……?」


正捕手(せいほしゅ)のライバルが減って普通なら喜ぶが、アイツには正直『逆立ちしても敵わないし、アイツから学ぶところも多くあった』。その学ぶ機会を失ったのは痛いし、アイツのいいところを盗んで正捕手の座を奪い返したかった。こんな形で正捕手になったが、選ばれたからにはアイツのおまけにはなりたくない。みんなで一緒に……天童の分まで甲子園に行くぞ」


「ああ!」


 そんな会話をしてマウンドに上がり、松井は8回もきっちり三者凡退に抑えた。


 9回の表では中田と本田、片岡と好打者が続くが山中の重い球に苦労して凡退。


 9回のウラの横浜工業の攻撃は、三番の沢田からだ。


「来い!」


「沢田は山中がいなければ四番を務めたやつだ。こいつを抑えても怖いバッターは続く。だが山中の後の熊井はホームランを狙えるが大振りだからミート力は高くない。さっさとこいつらを抑えて延長戦に持ち込むぞ。喫煙ばかりしている不良共にな辛いだろうからな」


「俺もその方がいと思う。延長戦に持ち込めば……勝つ可能性はあるっ!」


「真っ直ぐ……ふんっ! しまった……!」


「キャッチャー!」


「オッケー!」


「ムリだ! フエンスにぶつかるぞ!」


「あいつの分まで……俺がキャッチャーとして甲子園に行くんだっ! うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 パシッ! ゴンッ!


 田中のダイビングキャッチでフエンスに激突しながらも沢田をキャッチャーフライに打ち取る。


 田中はミットに収めたボールを球審に見せつけ、球審はすかさずアウトの判定をする。


 しかしホームベースに戻る時に田中に異変が……!?


「うっ……!」


「マズい……! タイムお願いします!」


「タイム!」


 田中はぶつかった後に倒れ込み、そのまま立ち上がる事が出来ずに担架(たんか)に運ばれて医務室へ連れてかれた。


検査の結果は脳震盪(のうしんとう)で、キャッチする際に頭から激突してそのまま捕ったという事だ。


 田中は医務室で監督に同行してもらい、『自分はまだやれる』と激しく叫んだが、石黒監督は『今お前が出ても足手まといだ。脳震盪が起きた以上、無理して出場したらお前が死ぬかもしれない。そしたら野球どころか人生をも捨てる羽目(はめ)になるんだぞ。今は下がれ、でもお前を置いていくわけにはいかない。治ったらまた一緒に甲子園を目指そう。それまでベンチでゆっくり休め』と諭され、田中は悔しさと監督の優しさから涙を流した。


 山中の打席でキャッチャーは石田に代わり、松井は『自分のワガママのせいで田中まで犠牲になった』と思い込んだのか、思うようにコントロールできなくなってしまった。


「俊くん! 今がチャンスだよっ! もう松井さんの精神は焦りで追い込まれてるからいけるよっ!」


「落ち着け松井。お前が崩れたら後輩たちも中継ぎも不安になっちまう。落ち着かせるためには一旦コースから外すか」


「わかった……それっ! あっ……」


「コースが甘い……!」


「もらったっ!」


カキーン!


 松井の放った投球は石田のミットから大きく外れ、ど真ん中の甘いストレートになってしまった。


 サインではアウトコースの際どいムービングだったが、自分のせいでキャッチャー二人が犠牲になったことを自責(じせき)をしてしまい、ついに自分から追い込んでしまったパニック状態になった。


 その結果……甘く入ったストレートを俊介のフルスイングでセンター方向への……


 カコーン!


「ホームランだー! 東光学園の松井、ついにここで破れるーっ! 山中の執念(しゅうねん)のホームランで東光学園がサヨナラ負け! ついにまた波乱の試合がやってきました!」


「ああ……俺の夏が……! 終わった……!」


「おい松井……自分を責めるよりも整列すっぞ……。お前らも並べ……敗者は勝者にエールを送らねえと……」


「東光学園と市立横浜工業の試合は、3対2で市立横浜工業の勝利です! では……礼っ!」


「「あーっしたー」」


「「ありがとうございました……!」」


 無情にもサイレンが鳴り響き、中田世代の夏はまさかの初戦で終わってしまった。


 三年生は全員甲子園の土を踏んでいるとはいえ、夏の初戦で負けたことは大きな挫折(ざせつ)となった。


 応援アルプスでもまさかの敗退に信じられない……という状態で固まる。


 夜月は涙を堪えて山中と握手を交わし、チーム用のバスに乗ると悔しさが溢れて涙を流した。


 こうして東光学園の夏は終わった。


 つづく!

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