第79話 常海大相模、再び
常海大相模との試合は保土ヶ谷球場で行われ、好カードという事でかなりの客が入ってきている。
注目選手は有原と東雲で、二人はドラフト候補とも言われる有名選手だ。
そんな選手と自主練をした夜月も注目を浴びるが、ドラフトとして見ると微妙でありスカウトは注目しなかった。
その中でのスターティングメンバーは――
先攻・常海大相模
一番 センター 中野綾雄 二年 背番号8
二番 レフト 阿佐田青太 三年 背番号7
三番 サード 東雲龍弥 二年 背番号5
四番 ショート 有原翼 二年 背番号6
五番 ファースト 野崎友樹 二年 背番号3
六番 ライト 九十九嶺二 三年 背番号9
七番 指名打者 岩城芳巳 三年 背番号15
八番 キャッチャー 鈴木若士 二年 背番号2
九番 セカンド 河北智也 二年 背番号4
ピッチャー 倉橋舞人 三年 背番号1
後攻・東光学園
一番 ショート 志村匠 三年 背番号6
二番 セカンド 山田圭太 二年 背番号14
三番 センター 夜月晃一郎 二年 背番号8
四番 サード 中田丈 三年 背番号5
五番 指名打者 片岡龍一郎 三年 背番号15
六番 ライト 高田光夫 二年 背番号19
七番 ファースト 清原和也 二年 背番号3
八番 レフト 三田宏和 三年 背番号7
九番 キャッチャー 田中一樹 三年 背番号2
ピッチャー 榊大輔 二年 背番号17
――となった。
試合前に夜月と有原と東雲はこんな会話をしていた。
「夜月くん! お互いシード権は確定だけど、甲子園に近づくために負けないよ!」
「それはこっちのセリフだ。一緒に自主練した仲だからって手加減はしない」
「そんな事したら本気で怒るからな? 俺たちは甲子園に行くために本気で取り組んだ。お前らが本気じゃないはずがないのはわかっている。でも俺たちは負けない」
「翼ー! 早く来てよー!掛橋監督がミーティングするってー!」
「おい夜月! 早く来い! 監督が待ちわびているぞ!」
「ごめんともっち! 今から行くー!」
「うわっ! すんません中田先輩! 今行きます!」
「えっと……それじゃあ」
「グラウンドで会おうぜ」
そんな会話をしたと知った石黒監督は、夜月には多くのライバルがいるんだなと感心をし、出来れば出番は多い方がいいと上位打線にした。
整列を終えて常海大相模の攻撃は中野で、ありえない情報量の持ち主で『灰崎以上ではないか』と周りも言うので、あの真奈香もマークするほどの逸材だ。
足も非常に速いのでランナーになったらモーションを見破られる可能性があるのでどうしても抑えたいバッターだ。
榊は持ち前の本格的な投球で三振に取る。
榊は立ち上がりが非常によく、本田ほどではないが少々荒れ球気味で的を絞れないのが特徴だ。
田中は本田よりはマシだなと思ったのかリードに苦戦はしなかった。
現に三者凡退に抑え、東光学園の攻撃だ。
志村がショートゴロ、山田がセンターフライに終わると、夜月の番が回る。
「来い!」
「あの二人にランナーとして出てもらわなくて正解だったかも。もしランナーで出てたら彼のチャンス強さで先制を打たれていたかもしれない。今の彼ならチャンスメイクする事が出来ないはずだから……」
「強気で攻めていいってわけだな。わかった」
倉橋の放った投球は去年の夏よりも威力が増していて、夜月も思わず少しのけ反るほどだった。
去年は主力だった当時の三年生は練習では下級生より優秀だったが、試合になると急にダメになるとのことでベンチにいるくらいだったが、今年は三年生が優秀で甲子園も夢じゃないほどのチームになった。
掛橋桃華監督は女性監督で野球の素人ながらもマネジメント能力が高く、王政大第二高の百枝監督とは違うデータ系の監督だ。
もちろん東光学園の去年のデータを手に入れていて、選手の個性を活かした戦術で攻める作戦に出る。
その結果……
「ストライク! バッターアウト!」
「よし!」
「クソっ! 倉橋先輩ってこんなに球威があったっけ……?」
「倉橋先輩、球がいい感じに走ってます」
「今まではリリースが上気味だったけど、前の方にしたら力強く投げれてる気がする」
「あの練習は大変でしたね」
「それに親の勝手な都合で転校させられそうになったときに必死にみんなが止めようとしてくれた。その恩返しのために甲子園に一緒に行きたいから」
「倉橋先輩も素直になり始めましたね。おかげで真っ直ぐがよく伸びます」
「う、うるさい! いいから攻撃に集中して!」
鈴木は倉橋が素直になってくれたことに喜びを感じ、『能力のデータだけでなく心理学も重要と学んだ彼はスポーツ心理学だけでなく家族構成などのデータ』を取るようになった。
その結果チーム全体で野球がやりやすいようにチーム作りし、去年の当時の三年生みたいに勝負弱くならないようにした。
2回の表では有原をファーストゴロ、野崎をサードフライ、九十九のセカンドゴロと三者凡退が続いた。
2回のウラは中田がセンター前ヒット、片岡がツーベースも後続が三者連続で三振となった。
3回の表では岩城のレフト線のツーベース、鈴木の送りバントで一気にピンチに。
そこで新しくレギュラーになった河北が打席に立つ。
「来い!」
「こいつはあの有原と幼なじみだっけな。それで不動の二遊間となったが、阿佐田がレフトにコンバートして以降はさらに守備に磨きがかかったんだっけな。打撃ではいつも確実にヒットを稼ぐ安打製造機だし、こいつだけは抑えなきゃな」
「インハイのシュートですか。スクイズを警戒って感じっすね。俺もそれに賛成っすよ!」
「シュート……!? うっ……!」
「ストライク!」
「ナイスボール! 河北はスイングをしてきたか。スクイズはないとは言い切れないが、スリーバントスクイズだけは勘弁してほしい。ここは真っ直ぐのアウトコースだ。低めで頼むぞ」
「アウトローに真っ直ぐですね。了解!」
「ボール!」
河北は『違う……そこじゃない……』と独り言をつぶやき、何かを狙っている様子だった。
榊はツーボール、ツーストライクに追い込むと一呼吸を置いて、ついに田中からあの要求が出る。
「ようやく追い込んだか。ここでお前の真骨頂のフォークを見せて三振に取ってやれ。怖いなら浅く握っても構わないぞ」
「フォークを要求ですか。俺の真骨頂はフォークだし三振を狙っていくんですね。期待に応えて……いくぞっ!」
「ストレート……っ!? しまった! フォーク!?」
「よし! スリーバントスクイズで空振りと同時にランナーもタッチアウトだ! 絶対に捕る!」
「くっ……万事休す……!」
「絶対に成功させるっ!!」
コンッ!
河北はショートバウンドしたフォークを上手くサードの方へ転がし、しかもフェアゾーンだった上に高速チャージをしかけて全力で前進した中田はボールを追い越してしまう。
その結果、岩城がホームインしカバーに入った榊が間に合うはずもなく、俊足でもある河北は残塁した。
「やったー! 人生初スクイズ成功!」
「ともっちすごい! スリーバントスクイズ成功したよ!」
「あの勝負強さは凄いな……!」
「さすが翼の幼なじみなのだー!」
その後も常海大相模は勢いづき、5回にも東雲と有原の連続タイムリー、野崎のツーランホームランで5対0にする。
一方の東光学園も6回のウラで負けじと山田の盗塁と夜月のツーベースタイムリーと中田のスリーベースタイムリー、片岡の犠牲フライで5対3にまで持ち込んだ。
7回の表で榊から綾瀬に交代し、同じ球威のあるピッチャーとして勝負をするようだ。
綾瀬は安定した球威のあるピッチングで、変化球を中心にしながら打たせて取るピッチングをした。
しかしそれ以降はあまりパッとせず、打線が上手く機能しきれなかった。
9回のウラになり、5対3で迎えたところで常海大相模が動く。
「常海大相模高校の選手の交代をお知らせします。ピッチャーの倉橋くんに代わりまして我妻くん。キャッチャーの鈴木くんに代わりまして桜田くん」
「え? 一年を抑えに持っていくのか?」
「俺たちも随分勝負に出されたものだな」
「常海大相模は決してナメプをするようなチームじゃないのはよく知ってる。あの監督……うちの監督と同じ一年を現場慣れさせるつもりだな」
「うん。それも体の調子もいいみたい。あの我妻って子、小さいのに球威があるかも」
「え……?」
常海大相模の掛橋監督は調子のいい倉橋を下げて我妻天空を、キャッチャーの鈴木から桜田千代丸を出してきた。
とくに桜田は我妻専属キャッチャーで、お互いに他の選手と組むとてんでダメだが、一緒のバッテリーになると赤津木と天童がバッテリー組んでも勝てるか怪しくなるほどのコンビだ。
そんな中で打席に立つのは……
「来い!」
「夜月さんはチャンスメイクが苦手と聞いたことがあるよ。少年野球の頃から天良とはバッテリーを組んできたんだから、この人くらいは抑えなきゃ」
「相変わらずサイン越しに毒を吐くな。まあその方が俺も気楽でいいんだけどな。いきなりフォークを要求とかどんだけ強気なんだろうなっ!」
「フォークか! うぐっ……!」
「ストライク!」
「ナイスボール!」
「これがフォークか……!? 榊と同じ、いやそれ以上かもしれねえ……! あいつは変化量がエグイなら、こいつは手元直前で急に沈みやがる……! 今まで見たフォークとは異質すぎる……!」
夜月は我妻のフォークが脳裏によぎり、そのままフラッシュバックしながら振り回されあっさり三振。
中田もそれを伝えられて身構えるも、いざ目の前に来られると対応できずに三振。
片岡はフォークに合わせたものの、フォークを意識しすぎてしまってストレートを詰まらせてショートゴロ、そのまま試合は終了した。
「ゲームセット! 5対3で常海大相模と東光学園の試合は、常海大相模の勝利です! では……礼!」
「「っしたー!」」
「「ありがとうございました……!」」
東光学園のミーティングでは、石黒監督も『あんな黄金ルーキーバッテリーがいたなんて知らなかった』と話し、あおいも『お互いに他の人とブルペンにいてあまり良くなかったからノーマークだった』と悔しそうにしていた。
アルプスで見ていた新入生たちはこれが神奈川の高校野球かとレベルの高さを実感。
東光学園は第二シード権を獲得し、夏の予選は少しだけ有利になる。
ここからは一年生も試合に合流し、二年ぶりに夏の甲子園を目指す。
つづく!




