第77話 鷺沼学園、再び
春の県大会で初戦を突破した東光学園は、一年生抜きで二回戦の鷺沼学園と当たる。
萩原や菊地、秋月など主力が抜けた中で二年の水瀬がここで覚醒し新たな戦力となった。
今回のスターティングメンバーは――
先攻・東光学園
一番 ショート 志村匠 三年 背番号6
二番 セカンド 岡裕太 三年 背番号4
三番 センター 夜月晃一郎 二年 背番号8
四番 サード 中田丈 三年 背番号5
五番 ライト 本田アレックス 三年 背番号9
六番 ファースト 清原和也 二年 背番号3
七番 レフト 三田宏和 三年 背番号7
八番 指名打者 片岡龍一郎 三年 背番号15
九番 キャッチャー 田中一樹 三年 背番号2
ピッチャー 松井政樹 三年 背番号1
後攻・鷺沼学園
一番 セカンド 水瀬庵利 二年 背番号4
二番 センター 高槻弥生 一年 背番号8
三番 ライト 星井幹夫 二年 背番号9
四番 キャッチャー 如月早人 二年 背番号2
五番 センター 我那覇響樹 三年 背番号8
六番 サード 最上静雄 三年 背番号5
七番 指名打者 伊吹つばさ 三年 背番号10
八番 ショート 春日未来 二年 背番号6
九番 レフト 矢吹勝 二年 背番号7
ピッチャー 永吉昴 二年 背番号1
――となった。
「あれ? 天海は?」
「あいつ、冬の合宿で肘を故障してしまったらしい」
「なるほどな」
「だが永吉もサウスポーかつなかなかのピッチャーと聞く。天海がいなかったらエースになってた選手だから油断はできないぞ」
「よし! 円陣組むぞ! 俺の代から円陣は俺が指名した奴が掛け声を出すんだ。この大事な一戦の掛け声は……山田! お前がやれ!」
「おー! オイラですか! じゃあ……鷺沼学園は新戦力が豊富だし、オイラたちも層の厚さを見せつけてやりましょう! いくぞー!」
「「おー!」」
「あっちのキャプテンは見た目以上にシャイなんだな」
「だな、うちのキャプテンとは大違いだな」
「そうかな?」
「天海がキャプテンになってからうちは後輩たちも遠慮なく話しかけてくれるようになって、いい雰囲気になったよな」
「よっしゃ! 俺の左腕がうなってきたぜ!」
「それもいいけど、フィールディングでは冷静にしてね?」
「わかってるって! 如月は相変わらず心配性だなー。俺がきっちり抑えてやるから安心してくれ。まあ……一人で三振の山を築くのは無理だから一緒によろしく!」
「ふふっ、意外と周りが見えてるじゃないか。それならいいんだよ」
「いくら大エースでも打たれるときは打たれるからな。春太の分まで頑張るぞ!」
「よし……整列!」
「いくぞー!」
「「おー!」」
試合が開始され、同じ強豪同士という事で応援も両校ともかなり気合が入っている。
ただし東光学園の吹奏楽部は二軍と一年生のみが演奏に参加する。
一軍はコンクールに集中してほしいと野球部の意向で練習しているからだ。
試合が始まると、永吉はキレのあるスライダーで志村と岡をあっさり三振に取る。
夜月は左ピッチャーがやや苦手だが、純子プロデュースで左投げでのトスで慣らしたためある程度は克服していた。
その結果……
カキーン!
「うおっ!?」
「よし! 抜けたぞ!」
「オッケー! そう簡単にはヒットにさせないんだからっ!」
パシッ! シュッ! パシーン!
「アウト!」
「嘘だろ……!?」
「ま、このくらい当然だな!」
セカンドの水瀬がセンター前であろう当たりを簡単にさばき、夜月のヒット性の打球をダイビングキャッチなしでアウトにする。
水瀬の守備範囲の広さというよりは、相手打者の癖を見抜いてそこに打つであろうコースを読んで守備位置を決めていた。
夜月は悔しそうに守備に着き、『アイツの打席ではお返しにファインプレーしてやる』と意気込んだ。
松井はいつもの打たせて取るピッチングで水瀬をセンターフライ、新戦力の高槻をキャッチャーフライ、天才肌の星井をファーストゴロに打ち取った。
2回には中田がツーベースを放って本田が進塁打を放つも、後続の清原がサードによるダブルプレーで本田もろともアウトになり、三田も三振に終わってしまった。
その代わりに鷺沼学園も三者凡退に抑え、また投手戦かと思われた。
5回の表でついに永吉の乱調っぷりが現れてしまったのだ。
「よし!」
「フォアボール!」
「あれ、変だな……? 何かストライク入らないな……!」
「もしかして……タイムお願いします!」
「タイム!」
5回の表時点で既に満塁で、ついに志村と岡、夜月をランナーに出してしまい鷺沼学園にとっては嫌な展開になった。
如月がすかさずタイムを取ると、永吉は自分の乱調に気付いてショックを隠せなかったが、如月はそれを責める事なくミットで軽く胸をポンと叩く。
そして如月は優しく永吉に声をかける。
「永吉くんは精一杯投げてるけど、ちょっと力みがあると思う。多分だけど心のどこかで『三振を取らなきゃ』って気持ちが溢れてるんだと思う。そうなった時は僕のミット目掛けて思いきり投げればいいからね?心配しないで、後逸しそうになったら身体で止めるから」
「そう言われると頼もしいな……。わかった、『三振を意識しつつ如月のミットに集中する』わ。中学の時に『思いきり投げたらキャッチャーが後逸したりエラーが続いた結果、俺は無意識に三振を取って自分を楽させよう』と思うようになったからな。でも如月がそこまでしてくれるならもう遠慮はしないぞ?」
「無意識にセーブしてたけど、疲れが出てからセーブが上手くいかなかったんだね。じゃあもう遠慮しなくていいからね。ここからは永吉くんの全力を見せて!」
「おう!」
「ほう……雰囲気を変えてきたか」
如月の言葉で永吉は覚醒し、ついにストライクが入るようになった。
しかも中田が苦手なインコース攻めで、中田も気持ちよく打ちたいのか腕や肩に余計な力が入った。
それを危惧したネクストバッターの本田がタイムを取って中田の肩を軽く揉む。
中田はそれでイラッとしたが、本田は耳元で『そんなカッコつけて失敗したら片想いの上原は惚れてくれないぞ』とささやいた。
『うるせー』と言いながらも余計な力みが消え、本田のささやきの結果……
カキーン!
フルカウントの10球目で中田の打球はレフト線に飛んでいき、志村と岡はホームインで2点獲得。
本田の打席でもツーベースで夜月も帰還して3点、清原のスリーランホームランで一気に6点を取った。
その後は松井も安心したのか、自分らしくピッチングする事に成功した。
7回のウラで松井を降板させ、中継ぎの川口が登板する。
川口はスプリットを武器にして、三振も狙えるし打たせて取る事も出来る熱血ながら器用なタイプだ。
田中は川口に調子を確認する。
「調子はどうだ川口」
「最高っすよ。石田さんがプロテインを奢ってくれたんで」
「相変わらず小さいのに筋肉にこだわりがあるな。その力で思い切り投げて来いよ」
「うす!」
田中の一声で川口も安定したピッチングを見せ、中継ぎとして申し分のない内容となった。
8回の表には三田が三振に終わると、片岡が持ち前のパワーだけでなく器用なミート力でセンターバックスクリーンへホームランを放った。
鷺沼学園では菊地がいなくなって守備や機動力は上がったが、打撃の火力が一気に落ちてしまい得点力がなくなってしまった。
赤羽根監督はそのことにようやく気付いたが、もう既に遅かった。
岡から山田に代走を出すと、山田の機動力と夜月のチャンスの強さでさらに10点目を取ったのだ。
その勢いに乗った川口は次で道下に代わるものだと思って全開で投げ切る。
9回の表では清原のデッドボールで出塁するも三田がゲダブルプレー、片岡も三振となった。
9回のウラになり、ついに守護神の登場だ。
「ピッチャーの川口くんに代わりまして、道下くん」
「道下、石田に調整されてどうだ?」
「身体が軽いよ。球威のない僕でも抑えられそうな気がするよ」
「お前は線が細いからな。代わりに緩急自在なコントロールがあるし、変化球も数が豊富だ。ここで抑えて帰ったらアニメの新作に付き合ってやるからな」
「本当? だとすれば頑張るよ」
道下もまたアニメオタクで、貧弱そうなマッシュヘアの中性的な見た目とは裏腹に、これでも抑えピッチャーとしては優秀で、これまで何度も強豪校との練習試合で結果を残してきた。
田中とのバッテリーでは相性が抜群で、田中は道下の非力さを利用したリードで四番の如月を簡単にセカンドゴロに抑える。
我那覇にはセーフティバントを決められて出塁されるも、後続の最上と伊吹を際どすぎるコースで攻め続けて三振を奪い、ついに試合が終わった。
「ゲームセット! 鷺沼学園と東光学園の試合は、10対0で東光学園の勝利です! では……礼!」
「「ありがとうございました!」」
「「っしたー!」」
鷺沼学園のミーティングでは、赤羽根監督の若さゆえの指導力のなさと、『火力の低さを補おうと機動力と守備力ばかり練習させた』ことを反省したと選手に伝え、これからは打撃にも力を入れると宣言した。
一方の東光学園の石黒監督は、三田には少しリフレッシュが必要と判断したのか次の試合では一度だけベンチに下げると言い、同時に明日の練習は休んで好きな温泉でリフレッシュしてきなさいと優しく励ました。
三田は自慢のロン毛を切ってくると決意し、スランプ状態からの脱却を図る。
2日後にはボサボサのロン毛から短髪になった三田の姿があり、『そっちの方がさわやかで似合う』と評判になってから練習にも身が入るようになった。
次の試合は……エリート中のエリートといわれる帝応義塾大学の高等部本部である帝応義塾高校だ。
そこは言わずと知れた難関私立大学で、あの平安館大学と同じ学力を誇る伝統ある男子校だ。
果たしてその実力は――
つづく!




