第74話 新入生入学
4月に入り、夜月たちもついに2年生となって先輩になる。
新入生の入学式を終えてすぐに夜月たちは、第一野球場へ向かって新入生の入部を待った。
石黒監督は少し遅れてくるが、後輩たちが来るのが待ち遠しいのか様子を見に行く部員もいた。
そんな中で一番乗りに来たのは……
「すみません、ここって硬式野球部でいいんですか?」
「ん? ああ、そうだ」
「ここに『夜月晃一郎』って人はいますか?」
「あ? いるけどどうかしたのか?」
「中田、その言い方は威圧的だぞ」
「ああ……そうだったな。で、その夜月がどうしたんだ?」
「いるならこの木下泰志、入部を希望します」
「そうか。お前の入部を認めるが夜月に会いたいなら着替えてグラウンドで待っててくれ。あいつは何か担任に呼ばれて遅くなるんだ」
「わかりました。キャッチボールして待ってます」
そう言って木下と名乗る新入生はグラウンドに入り、中田は『何だアイツ』と言わんばかりに首を傾げた。
隣にいる志村は出身中学を確認すると、なんと夜月と同じ神木中だったのだ。
『川崎国際のスパイか』と一瞬疑ったが、いると知った時の嬉しそうな顔と今はいないと言った時のガッカリした顔からしてそれはないなと二人は思った。
その後もたくさんの新入生が入部届を出し、卒業した尾崎哲人の弟も入部届を出した。
その後は担任に呼ばれていた夜月と天童、榊、山田、園田が遅れてグランドに姿を出し、『遅れてすみませんでした』と全力で謝る。
中田は『先生に呼ばれたんじゃあ仕方ない』とため息交じりに許し、そしてグラウンドに集合させる。
全員集まって夜月が新入部員の前に姿を現すと、木下が嬉しそうに目を輝かせてこう叫ぶ。
「兄貴……夜月の兄貴! やっぱりネットの噂は本当だったんだ!」
「木下!? お前がどうしてここに!?」
「兄貴が『東光学園に進学した』とネットで聞いて来たんだよ。水瀬先輩も元気?」
「まあな。あ、すみません。紹介が遅れました、こいつは木下泰志。小学校と中学校が一緒の二人目の幼なじみです。父親が日本人で母親がタイ人のハーフなんです。それで木下、順番を前倒しして聞くが、希望ポジションはどこだ?」
「俺は外野希望だよ。兄貴に負けないように頑張ります」
「ほう、言うねこいつ」
「兄貴って呼ばれるなんて兄弟かと思ったが、名前が違うから兄弟ではないんだよな」
「よっぽど慕ってるんだな」
「ちなみにですが、こいつはピッチャーも出来ますよ」
「それなりにですが、頑張ります」
「そうか。知り合いが入って夜月も嬉しいだろう。では次!」
「川崎市立堀之内中学出身、尾崎哲也っす。希望ポジションは外野っす。先輩たちに守備では負けませんのでよろしくお願いします」
「こいつ新入生のくせに生意気だな!」
「落ち着け丈! 尾崎くんだったな、守備ではってことは打撃ではどうなんだ?」
「あまり自信はないっす。でも必ず上手くなると自信があります」
「へえ、生意気ってよりか天童と同じ自信家ってところだな。手のマメを見ればわかるぜ。だがここは春の選抜に出た学校だ。そう甘くはないぜ? じゃあ次!」
「台湾共和国から来ました台北北中学校出身の楊舜麗です。舜と呼んでくださっても構いません。希望ポジションはピッチャーです」
「見た目は細くて弱そうだが、しかも女みたいな名前だな」
「名前はコンプレックスなのでそこは突っ込みなしでお願いします」
「あいよ。じゃあ次!」
「朴正周です。在日韓国人で川崎朝鮮中等学校出身です。希望ポジションは外野です。ホームランをたくさん打てるよう頑張ります」
「川崎朝鮮中等学校……あの川崎国際の中等部か」
「元々はそっちに進学しようと思ったのですが、どうもあの学校は俺には合わなくて……。あそこから多くの韓国人は合わないと出ていって、別々に進学した同級生も多いですね」
「またこいつも訳ありかよ……。まあいい、次!」
「愛知の岡崎城西中学出身の津田俊光っす!希望ポジションはもちろんキャッチャー!先輩たちのお役に立てるよう頑張ります!」
「声がデカいな。気合は充分わかったから頑張れよ」
その他にも左利きのファーストでパワーも巧打も可能だがシャイな野村悠樹
二年の石田武の弟で強肩が持ち味の石田亮太。
外野とピッチャーを器用にこなすイケメンの坂本大輝。
中継ぎ専門で可愛らしい見た目のサウスポーな鈴木翼。
朴とは中学校の同期で在日韓国人の金光。
小柄ながらも素早い動きが出来る岡崎知成。
津田とはライバルになるであろう頭脳プレイをする吉永裕介。
荒れ球ではあるが球速が持ち味で吉永とは中学からの喧嘩仲間の松坂梅太郎が入部した。
今回もいつも通り体力テストを測り、新入部員の能力を見る事にした。
テニスラケットでティーを打ち、朴と野村、金、石田亮太がミート力があるようだ。
木下もそれなりだが、尾崎だけはテニスラケットティーでさえ上手く当たらず、本人は悔しそうな態度で素振りをし始める。
ロングティーや羽打ちでも上手くいかなかった事に悔しかったのか、少し不満そうに座り込んだ。
パワーを測るウエイトトレーニングでは朴がずば抜けていて、木下もボクシングを取り入れたトレーニングをしてたからそれなりに、野村もウエイトは得意なようだ。
松坂もそれなりにパワーがある様子。
楊と津田、尾崎、吉永は軽い重量が限界らしく、すぐにリタイアしてしまう。
続いて100メートル走では……
尾崎と坂本、朴、岡崎、木下が11秒台を記録。
とくに木下は卒業生のホセよりも遅いがほぼ同じタイムで、相当走り込んだ様子だった。
逆に野村や楊は走るのはあまり得意ではなかった。
肩力を測る遠投とジャベリックスロー、アメフトボール投げは尾崎がどれも全部ホームランになる遠投をしてしまい、もはや測定不能となった。
楊や松坂、鈴木のようなピッチャーでさえフエンスが限界だったのにと驚いた。
キャッチャーの津田や吉永もかなりの強肩を誇っていた。
守備ではテニスサーブノック、普通のノック、ラグビーボールノックで守備力を測る。
朴と金はどうやら守備に課題があるようだった。
他は本職ポジションでは問題ないが、サブポジションに難があって少し育成が必要になった。
だが尾崎は外野全般出来るのか、どこも問題ないどころか先輩の誰よりも上手いんじゃないかという声もあった。
ピッチャーのみのテストでは……
「次はコントロールだ。ストラックアウトやキャッチャーのミットにどれだけ投げれるかを測る。じゃあいくぞ」
ピッチャーの楊、鈴木、木下、坂本、松坂が計測する。
松坂は球速が146キロだが荒れ球なのでコントロールは定まらなかったが、スライダーとシュートが自慢のようだ。
坂本と鈴木はコントロールはそれなり、木下はビンゴには一度もならなかったが的には多く当てた。
しかし一人だけコントロールがおかしいのがいた。
「何こいつ怖い……!」
「俺の無茶な配球でもドンピシャとか気持ち悪……!」
「まるでAIが投げてるみたいだ……!」
「日本のピッチャーはあんなに速いし完投もするのにコントロールまでいいと聞きました。それに憧れて球速は無理でも、走り込みと投げ込み、さらに投球理論を研究してここまで投げれるようになりました」
「楊って精密機械だな。メガネ男子なのに」
「そのメガネってAIで出来てるんじゃないの?」
「それはないですよ。台湾では投手はコントロールが命って習いますし、僕よりも上の人は台湾にたくさんいますよ」
「マジかよ……」
楊のあまりのコントロールのよさに天道と田中、石田の兄の方も驚愕し、もはやあのコントロールでバッターとして相手するのが怖いと全員が思った。
小さな輪っかにもど真ん中に放り投げ、野手の送球でもドンピシャなコースに投げ込み、野手陣はこいつにだけはコントロールで勝てないと悟らせた。
「ふーん、楊瞬麗だっけ? 君、コントロールはやるじゃん。俺も外野からなら負けないけどね」
「外野の送球では尾崎くんには敵いませんよ」
「へえ……君、面白いね」
「ははは……」
最後のスタミナのマラソンでは、いきなりフォームが崩れてスタミナがないなと野村は判断された。
朴は見た目以上に素早くスタミナも安定し、金もパワーヒッターの割にマラソンは速いどころかフォームも呼吸も安定していた。
投手陣はさすがにスタミナはあったが、鈴木は先発完投は厳しい様子だった。
松坂が一番スタミナがあるくらいかなというデータが残り、木下も肺活量がかなりのものでスピードこそそこそこだったものの安定感ある走りを見せた。
そして一年生のデータを監督のLINEに送ると……
「おーっす! 君たちが新入部員か!」
「監督! おはようございます!」
「え……あ……! おはようございます!」
「まったく~、新入部員は高校野球の監督だからって固くなる伝統でもあるの?俺はそこまで西暦の昭和時代の堅苦しい脳筋指導者じゃないの! それよりも木下だっけ? うちの夜月も随分慕われるようになったんだな」
「へへ……たまたま来ただけですよ」
「今日から木下のニックネームは弟子だな」
「ええ……w」
「そこはお任せします」
「ちゃんと教育しなよ。夜月兄貴」
「アレックス先輩勘弁してくださいよ……」
「よーし! 体力テストも終えたし、早速全体練習だ! その後は自主練で苦手克服もよし! 身体のケアもよし! 得意分野を伸ばすのもよしだ! ただし一人で抱え込むなよ!」
「はい!」
石黒監督の一声で部員たちは一期にやる気が出始め、全体練習に取り組んだ。
自主練時間になると、松井が天童に牽制やクイックモーションの自主練しないかと誘い、その自主練をブルペンですることになった。
上原や石黒監督も付き合うことになり、ブルペンはもう既に満員だった。
夜月も松井の自主練に付き合い、バッターボックスに立って左打ちとして投げにくいところを練習させる。
しかしそれが……あんな悲劇を生むとはだれも知らない。
10球目を投げ込もうとしたその瞬間だった。
「それっ!」
「よし! ランナー走った想定で行くぞ! うっ……!!」
「天童!?」
「おい天童! どうしたんだ!?」
「うっ……うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
「そんな……! 私でさえ気づけないケガが発生したなんて……!」
「上原先輩! 落ち込む気持ちはわかりますが救急車を!」
「う、うん!」
上原マネージャーが119番に緊急連絡し、天童を救急車で運んだ。
東光学園の卒業生たちが集まる病院で検査を受け、右肩のレントゲンを撮った。
その結果――
「石黒監督はいますか? 検査結果を発表します」
「ああ、わかった。今行く……」
「天童……」
「ああ……! 俺が球速が遅いばっかりに……アイツの肩にに無意識に負担をかけてしまったんだ……! 俺のせいで天童は……」
「松井先輩! 自分を責めないでください! 天童は……きっと回復する程度のケガになるって今は願いましょう!」
「そうだな……その方が天童のためだな」
夜月は松井を励まし、上原も涙を流して自分の目を疑った。
ケガを見抜ける能力がありながら、天童の異変を見抜けなかった事を責め、涙を流したところに中田に肩をポンと叩かれて泣きだした。
中田は片想いだという事を忘れ、無意識にギュっと強く抱きしめて慰めた。
果たして結果は――
「石黒監督、天童くんはかなり二塁牽制をしましたね?」
「ああ、盗塁が多かったからな」
「おそらくボールバックでも全力投球をし過ぎましたね?」
「何でそれを……?」
「入院やリハビリなど長い月日が必要ですが、回復しないわけではないです。これは本当です。何せ……疲労骨折ですからね。靭帯も炎症を起こしてますが治らないわけではありません。安静にしつつリハビリを耐えれば必ず復活します。ただ……彼の性格では無理して野球をするでしょうから牽制しておきます。あの時の僕みたいにならないようにね……」
「そうか……君もキャッチャーで無理した送球ばかりして肩を壊し、それで医者を目指したんだったな。天童をありがとう、あいつを……治してやってくれ……!」
「もちろんです、任せてください。だが一応、無理はさせないようにこちらも対策を取ります」
「頼む……!」
こうして天道が疲労骨折と肩の炎症で戦線離脱し、天才キャッチャーを失ってしまった。
正捕手は田中になり、4月の恒例の新入生の練習試合も例年通り行われる。
翌日、石黒監督は部員を集めて何かをする。
つづく!




