第72話 都立二子玉川
次の試合は準々決勝で、都立二子玉川との試合だ。
新設校で創立1年ながらもいきなり甲子園に出場する未知の高校だ。
それもエースの安仁屋を中心にしたノリと勢いのあるチームだ。
あの『関西高校野球四天王』の翔徳学園を破った実力は確かで、神宮大会で戦った琉球高校が歯が立たなかったところを見ると侮れない相手だ。
そんな中での試合のスターティングメンバーは……
先攻・都立二子玉川
一番 センター 関川秀太郎 一年 背番号8
二番 セカンド 御子柴透 一年 背番号4
三番 キャッチャー 若菜智也 一年 背番号2
四番 ピッチャー 安仁屋健一 一年 背番号1
五番 サード 新庄剣 一年 背番号5
六番 ショート 桧山清史 一年 背番号6
七番 ファースト 湯舟哲夫 一年 背番号3
八番 ライト 岡田竜也 一年 背番号9
九番 レフト 今岡輝信 一年 背番号7
後攻・東光学園
一番 セカンド 山田圭太 一年 背番号14
二番 ショート 志村匠 二年 背番号6
三番 センター 夜月晃一郎 一年 背番号8
四番 サード 中田丈 二年 背番号5
五番 ライト 本田アレックス 二年 背番号9
六番 ファースト 清原和也 一年 背番号3
七番 キャッチャー 田中一樹 二年 背番号12
八番 レフト 三田宏和 二年 背番号7
九番 ピッチャー 綾瀬広樹 二年 背番号20
――となった。
綾瀬にとっては初の甲子園登板で、前回は登板機会がなかったので張り切っていた。
石田によって調整が済んだのか、いつもよりも球威が増していた。
そんな中で試合が始まる。
「プレイボール!」
「今日の綾瀬は調子がいいな。ただ関川は足が今大会で一番速いと聞いたことがある。50メートルが5秒5とか化け物なんだよな。ただ右打ちとなれば一塁到達記録は左打ちより遅くなる。ならば……」
「アウトコース攻めか。ファーストやセカンドで抑えて俊足を封じるんだな。その作戦……乗った!」
「よし! 真っ直ぐ来たぜ! おらあっ! あ……」
「よし! ファースト!」
「よっしゃ!」
「アウト!」
「クッソ! やっぱりせっかちな癖を直さねえとな!」
「よし! ワンアウト! あのモヒカンを抑えたぞ!」
「おー!」
次の御子柴は唯一奇抜な髪型ではなく、普通のアスリートのような短髪だった。
他のメンバーは関川のモヒカンだけでなく、安仁屋のロン毛、若菜のリーゼント、今岡のセンター分け、湯舟の茶髪ミディアムヘアなど一見不良に見える面子ばかりだ。
だけどそれは見た目だけで野球には一生懸命で、みんな都内では有名な選手ばかりだ。
そんな選手たちをスカウトした川藤幸二監督は非常にマメな性格で、何度もお宅を訪れて本人を説得したくらいだ。
『この子たちは本当に曲者でアピールが強いが、個々の力は東光学園にも負けない。その強すぎるクセをどう扱うかが名門への近道だと思う』
――とインタビューで答えていた。
そんな中で御子柴は三振になり、若菜も打ち急いだのかサードゴロに終わった。
ベンチに戻ると田中はニヤリと笑い、ベンチでチームメイトとコソコソ話をする。
「知ってるか? 都立二子玉川はヤンチャな連中で目立ちたがりなのか、御子柴を除いて早打ちする傾向があるんだ。甘い球は必ず手を出して連打に連打を重ねて大量得点を取っていくスタイルだ。だが早打ちすぎるから連打が多く感じ、ピッチャーは嫌な気持ちになる傾向が強い。だからこそ……早打ちしてもらって地味に嫌なコースに軌道修正して打たせて取ったぜ」
「田中ー、お前は相変わらず高坂が集めた情報を取り入れて相手を嫌がらせするの好きだな」
「それに適応できる綾瀬も大したもんだろ。よくあんな短期間でカットボールを覚えたな」
「あれカットボールじゃないぞ? スライダーの変化量を調整して小さくしてストレートに近くさせただけだぞ」
「そうなのか?じゃあ綾瀬はスライダーの幅が広がったわけだな。これはいい情報を聞いたぞ……(ニヤリ)」
「田中先輩って相変わらず性格悪い……」
「それがあいつってもんさ……」
「ほら、また人相が悪くなってる……」
「メガネのレンズが光ると俺たちでさえ怖いわ……」
田中の思惑通り都立二子玉川は早打ちする傾向があり、安打を量産する事で連打されすぎてると錯覚を起こして投げる球をなくさせる攻撃力が自慢のチームだ。
その穴を見つけた田中はその隙にとピッチャー陣を全員集めて配球論を語った。
その結果……若菜のリードの甘さが仇となってランナーが溜まったところで夜月のタイムリーで2点、中田のレフトホームランでまた2点と1回の表だけで4点を獲得。
それもそのはず、安仁屋はストレートとツーシームしか今まで投げてこなかったのだ。
琉球も翔徳学園もストレートとツーシームの組み合わせで散々詰まらされただけだった。
さらに無名という事でデータ収集をせず、ノーマークだったのが仇となって負けてしまったのだ。
その反省を活かして東光学園はあおいにデータ収集を託し、それが功を成して7回のウラを終えて既に10対0となった。
そんな中で都立二子玉川ベンチは……
「うーむ……何でうちの戦略がこんなに通用しないんだ?」
「おい先生、俺たちが何をしたって言うんだ?」
「落ち着け! 今からそれを考えてるんだ! とにかく落ち着くんだー!」
「いやお前が落ち着けよ……」
「もしかして……!」
「御子にゃー……?」
「今までの試合が通用したのは、『ノーマークだったから俺たちのデータがなかったから』で、東光学園には俺たちの癖がバレたのかもしれない……」
「その癖って何だよ?」
「それがわかれば俺だってノーヒットになってないよ。俺がキャプテンでありながらそれに気づくのが遅かった……」
「ようー! 困ってるようだな! こうなったらいつでも俺に代わっていいんだぞ! それともう一つ! 癖とかどうこう言う前に『来た球にすぐに反応して打ちたがる』のをやめろ! あんまり早打ちだと考える時間がないぞ!」
「おい平塚……? テメーいつから気付いたんだよ?」
「は? そんなの最初の試合から普通は気付くだろ?」
「バカ野郎! それを早く言えってんだよ!」
「だってお前ら必死で俺の話を聞かねーじゃねーか!」
「何おう!?」
「早打ち……そういう事だったか……! 監督でありながらそれに気づかないとは……! 関川! ちょっといいか?」
「あ?」
8回の表になり、都立二子玉川の打ちたがって早打ちする癖が補欠の平塚平良によって気付き、関川はせっかちな部分を反省して打席に入る。
田中はいち早く都立二子玉川の異変に気付き、もう癖がバレてしまったんだなと思い配球を変更する。
慎重になったが、関川の動体視力は野生並みでセーフティバントで揺さぶられた結果……
「フォアボール!」
「おっしゃー!」
「最悪だ……! こいつにだけは塁に出したくなかったぜ」
その後、関川に二塁へ盗塁、そこから三塁へ盗塁されてしまう。
田中の肩では関川の足に間に合わず、三塁に到達されてしまう。
そして御子柴のスクイズで奇襲をかけられ、打球の捕球に弱い清原が痛恨の後逸。
御子柴はスクイズだけでなく出塁に成功する。
若菜は綾瀬の球速は安仁屋よりも遅いと発言し、球威を恐れないバッティングでセンター前ヒット。
安仁屋と新庄にホームランを打たれてしまい。ついに10対5にまでなった。
「監督、そろそろピッチャー交代をした方がいいと思います。綾瀬くんのスタミナが限界です」
「上原の言う通りだな。綾瀬は川口や本田、道下よりはスタミナがあるが……榊や園田、松井と比べると完投が出来ないからな。榊!交代だ!」
「はい!」
8回の表でついに綾瀬から榊に交代する。
同時にキャッチャーの田中も榊の球威にも耐えられて強肩でもある石田に交代する。
天童は次の試合までの温存となった。
その結果……桧山と湯舟、岡田を三振に取った。
8回のウラでは……
「三番センター夜月くん」
「よし! 来い!」
「すみません! タイム!」
「は?」
「何だ……?」
「タイム!」
「何だよいきなりタイムかけやがって」
「安仁屋、そろそろストレートやツーシームだけでは限界だよ」
「おい御子柴、これから先頭バッターだってのにいきなりタイムかけたと思ったらそれかよ」
「ご、ごめん……」
「はぁ……しゃーねえ、若菜! あれやっぞ!」
「バカ! だから最初からやれって言ったんだよ!」
「うるせー! 実力を試したかったんだよ! いいから頼むぞ!」
「おう! 打たれたらアイス奢れよな!」
「何だかわかんねえけど絶対変化球だよな……? 何が来るんだ……?」
安仁屋は『ストレートだけで通すのはもう通用しない』と思い知り、ついに隠していた何かを披露する。
夜月は何が起こるのか不安になったのか、バットを短く持って適応しようとした。
若菜は今までとは違うサインを出し、安仁屋はそのサイン通りに投げる。
「これでもくらえっ!」
「何が来るんだ……? は……? 曲がった……! くそっ!」
「セカンド!」
「オーライ!」
「アウト!」
「あいつカーブを投げやがった……! 中田先輩!あいつカーブ投げますよ!」
「ああ、俺も見たぜ。俺に任せな」
中田に託すも、カーブだけでなくシュートとスライダーまで投げられ、8回のウラでは今試合初の三者凡退に終わった。
9回の表になり、今岡が打席に立とうとすると川藤監督が動く。
「ターイム! ピンチヒッター平塚!」
「平っち、頼んだよ」
「だから平っち言うな! それと言われなくても俺がヒーローだから打ってやるよ! さあ来い!」
「メンタルが強いやつだな。そういう選手ほど怖いものはないんだよな。榊は先発型だから慣れない中継ぎで困惑してると思うし、ここはストレート主体でいこう」
「石田さんなら何とかしてくれそうだし、全力出すか!」
「来たー! いえいっ!」
「ストライク!」
「バカ! あんな高いボール球に手を出すな!」
「平塚平良……思い出した。こいつは普段は三振しかしないけど、ここ一番で必ずホームランを打つやつだ。夜月と同じチャンスに強いがランナーがいないと打てないバッターなんだな。ランナーがいないのに出すって事は……あの監督は賭けに出たんだな。ならば……」
「いきなりフォークっすか? 決め球だからいきなりなんて考えた事もなかったな。でも……やってみるか!」
「もらったー!」
「バカ! どう見てもボール球でワンバウンド……」
カキーン!
平塚の放ったスイングは鋭く、ワンバウンドしたフォークの失投をあっさりとセンターまで飛ばしていった。
それも夜月が追うのを最初から諦めるくらいまで飛ばしそして……
「バックスクリーンのホームランだー! 平塚、代打成功!」
「おっしゃー! 俺がヒーローだー!」
「この野郎やりやがったな!」
「この人間宝くじ!」
「テメーだけ美味しいとこ持っていきやがって! この調子で行くぞ!」
しかし反撃もここまで、関川の俊足封じ、御子柴のプレッシャーの弱さ、若菜の気の短さを利用した石田の配球に手も足も出ず、安仁屋まで回さず勝利した。
「10対6で都立二子玉川高校と東光学園の試合は……東光学園の勝利です! では……礼!」
「「ありがとうございました!」」
「「あざっしたー!」」
東光学園は準決勝まで駒を進め、次の相手は東京の聖英学園となった。
秋の明治神宮大会の王者であり、戦うのは実は史上で初だったりする。
一方の二子玉川は、今までの勢いと力技だけでは甲子園で通用しないことを反省し、今後はまた手強いチームとなるだろう。
聖英学園の野球は果たしてどんなものなのか……?
つづく!




