第70話 仙台育栄
春の選抜の開会式になり、東光学園の硬式野球部は関東代表として入場行進をする。
偉い人の長い話も手短に終わらせ、大会歌を斉唱して早々に終わる。
春の甲子園こと選抜大会の開会式を終え、開幕試合を観戦して刺激を与える。
開幕は豊田工業と北陸学園丸岡の試合だ。
結果は10対4と豊田工業の勝利で、公立校がいきなり快挙を成し遂げた。
次の日の試合には次の対戦相手である大阪桐凛と川崎国際の試合で、大阪桐凛が何度もラフプレーに遭いながらも王者の貫録で乗り切り、大差の17対2で締めくくった。
そしてついに……東光学園の出番が来た。
「よし! 全員揃ったな! 今日の試合のスターティングメンバーを発表するぞ!」
「はい!」
「えーっと、とりあえず島田たちは出るのは確定として、他はえーっと……」
「もう、監督代理だからってそんなに委縮しなくていいですよ。僕たちは全力で期待に応えるだけですから」
「そ、そうか! だったら今日のメンバーは……」
先攻・仙台育栄
一番 ショート 片山瑞貴 一年 背番号6
二番 レフト 久海雷一 一年 背番号7
三番 キャッチャー 七瀬百合人 二年 背番号2
四番 ピッチャー 島田真由 二年 背番号1
五番 ファースト 菊間麻也 二年 背番号3
六番 センター 岡本数馬 二年 背番号8
七番 ライト 岩崎宏美 二年 背番号9
八番 サード 小早川トーマス 一年 背番号5
九番 セカンド 林田藍 二年 背番号4
後攻・東光学園
一番 セカンド 山田圭太 一年 背番号14
二番 ショート 志村匠 二年 背番号6
三番 センター 夜月晃一郎 一年 背番号8
四番 キャッチャー 天童明 一年 背番号2
五番 サード 中田丈 二年 背番号5
六番 ライト 本田アレックス 二年 背番号9
七番 レフト 三田宏和 二年 背番号7
八番 ファースト 田村孝典 一年 背番号13
九番 ピッチャー 松井政樹 二年 背番号1
――となった。
「俺が五番かよ……。まあ打率で言ったら天童の方が上だし仕方ねえか。だがいつか四番の座から引きずり降ろしてもう一度返り咲いてやる!」
「中田さんは一発がありますから、俺が勝負できるのはこれくらいですよ! でも負ける気はさらさらありませんよ!」
「くっそー! こうなったら今日の打席で結果を見せてやる!」
「挑発されてキレると思ったが、一年の頃よりも成長したな丈」
「うるせえ! あの頃はまだガキだったから未熟なんだよ!」
「中田くん、四番だけがいいバッターってわけじゃないから自信を持って頑張ってね?」
「お、おう……」
「な? あいつチョロいだろ?」
「そうっすね田中先輩……」
「もう一年は全員気付いてるかもしれないが、中田は上原の事が好きなんだよ」
「やっぱりそうなりますよね。あの態度の変わりようと見たら……」
「え? そうなんですか?」
「ああ田村……。お前は人の色恋に興味ないんだったわ……」
「それはどういう意味ですか?」
「だって僕、二次元にしか興味ないからね」
「マジかよ!? 田村ってオタクだったのか!?」
「え!? そうなの!?」
「嘘だろ!? 俺でさえ知らなかったぞ!」
「あの、普通の監督なら無駄話するなって怒鳴るとこ……」
「いや意外な一面を知ったのに怒鳴れないっしょ! でもまあ……田村がここまでカミングアウトしたんだ! 君たちも田村の恥ずかしげのない気持ちでどんどん勝負してこい!」
「はい!」
「向こうのベンチ、いい雰囲気だね」
「丹下監督は女性ながら厳しいけど、代理の松田さんはなんだか頼りないかも」
「でもそのおかげでのびのびと出来てるからいいじゃない」
「だね! じゃあもうすぐ整列だし行こう!」
「うん!」
「集合!」
「いくぞ!」
「「おー!」」
こうして仙台育栄との試合が始まった。
1回の表では松井が立ち上がりに苦戦をしたものの、打たせて取るピッチングに三者凡退で抑え切った。
東光学園の攻撃では応援のブラスバンドが春の甲子園仕様のファンファーレ、中央競馬G1の京都や阪神競馬場でのファンファーレになった。
夏では東京と中山のG1ファンファーレになるという特別仕様があり、明治神宮大会の宝塚記念専用ファンファーレとは違う雰囲気で攻撃を開始。
しかし島田のキレのある変化球で翻弄されて三振の山を築かれる。
ここからは投手戦になり、打たせて取る松井と三振を取る島田のスタイルウォーズとなった。
6回のウラ、三番の夜月の打席に入る。
「このままだと島田さんに何も出来ずに終わっちまう……! こうなったら……よし!」
「バットを短く持った……? コンパクトなスイングで変化球を捉えるつもりか。だったら速いストレートで脅してもいいかも」
「わかった。ふんっ!」
「真っ直ぐか……? いや、これは……っ!?」
「ストライク!」
「ナイスボールだよ!」
「マジかよ、ジャイロ回転してんじゃねえかよ……!」
「真由は試合の後半で『ジャイロ回転をかけて、今までは本気じゃなかった』って絶望させるのよ。俺が考えた事だけどね。真由はスロースターターだから勢いをつけるまではジャイロボールを投げさせないようにしてたんだ。これなら三振行けるかも……?」
「わかった。それっ!」
「真っ直ぐ……! おらあっ!」
「ファールボール!」
「くっそ……! やっぱりジャイロボールな分、よく伸びるように感じるわ……!」
「詰まったとはいえ、あれをファールにするとは……夜月って無駄な動きが多いって聞いたけど克服したみたいだね。ジャイロボールを意識しちゃってるし、そろそろやろうか」
「チェンジアップだね。了解っと!」
「ストレート……じゃない!? チェンジアップかよ!」
「よし! タイミングがずれた! これなら三振を……」
「耐えろ……ここで我慢すれば必ず! うおぉぉぉぉぉっ!!」
カキーン!
夜月はタイミングをずらされてしまったものの、せっかちな性格を把握してから我慢をする方法を純子に教わっていて、とりあえず『自分よりも前で打つならちょうどいいところで打ちなさい』という言いつけを守り、チェンジアップにうまく合わせる事が出来た。
その当たりはライト前という結果になり、次の天童もツーベースと流れが繋がってきた。
その後の中田は……
「ツーボール・ワンストライクか。中田は強引に引っ張るプルヒッターと聞いたことがある。インコースだけでなくアウトコースでも引っ張る可能性があるからどうやって泳がせようかな……。スライダーでもちょっと斜めに調整してみようか」
「あれってリリースに苦労するんだけど……彼を抑えるならそれくらいしないとダメだよね!」
「スライダー……!? 斜めに投げやがって……でも打ってやる! 四番の意地を見せてやるっ!!」
カキーン!
「よし! 少し泳いだし逆方向なら打球は弱いはず! ライト!」
「オーライ! オーライ……っ!?」
カコーン!
中田の弱めの大きなフライはそのままライトスタンドに入り、ついに流し打ちの弱さを克服する事に成功した。
器用に広角打法とはいかないが、流し打ちでもある程度なら距離を伸ばす事は出来るようになったのだ。
島田真由は弱点を突いたのに打たれたことにショックを覚え、マウンドで少しだけガックリしていた。
するとセカンドの林田藍がマウンドに駆け寄って肩を軽く叩く。
「あのね……島田くんは気付いてないかもだけど、変化球を投げるときに少しだけ体が開いているように見えるんだ。気のせいだったらいいんだけど……」
「林田くん……そう言えば変化球を投げるときに力を入れるあまりに楽している気がする」
「ここに来て新しい課題が出来たね。本来ならキャッチャーとして俺が気付くべきだったけど……さすが東北7の観察眼の林田だよ。そうやってチームメイトの弱点を見抜いて自分に活かして実力で上がるところを見ると味方ながら怖いよ。真由、こうなったら少しだけ左手を内側に捻ってグローブを前に出してみようか」
「そうすれば開きが我慢できるの?」
「この試合中にすぐに克服するのは無理だから、極端にやって実験してみようと思うんだ。もしダメなら俺が責任を取る」
「わかった。七瀬くんを信じるよ」
「低めは全部捕ってみせるから安心して投げてね!」
「うん!」
「よし! 来い!」
「本田もまた一発がある怖いバッターだけど、ミートが中田と比べて甘いから厳しいところ突いていこう」
「キャッチャーにあんなこと言わせるなんて、俺もまだまだエース失格だなあ。でもだからこそ……やってみて結果を残すしかないよね!」
「何……!? さっきと違う!? しまった!」
「ファースト!」
「オッケー!」
「アウト!」
6回ウラで3点を取ったものの、身体の開きをすぐに克服した島田に翻弄されてしまい、打たせて取るピッチングも加わってさらに厄介になった。
7回の表では片山の盗塁と久海の自分も生き残るセーフティバント、七瀬のフォアボールで島田のタイムリーヒットで1点を失った。
その後は菊間に長打を打たれて一気に同点となった。
松井は打たれ弱いところがありパニックになりかけるものの、頼もしい味方が連続でアウトを取って逆転を抑えた。
9回のウラ、満塁の中で四番の天童の番だ。
「東北7のみんなはやっぱり強かった。打撃タイプと守備タイプに分かれてて厄介なほどバランスのいいチームだったわ。でも……これで終わらせてやる! 来い!」
「天童くんにはここまで2安打を許している。真由のピッチングに明らかに一番合ってきている。慎重に攻めて詰まってもらおう」
「このジャイロボールがあれば……どんな天才でも打ち取れる! それっ! あ……!」
「ここで失投……!?」
「うっ……!」
「デッドボール! 押し出し! ゲームセット!」
「いってぇ~……けどやったぜ! サヨナラだ!」
「よっしゃー! オイラが決勝点だぞ!」
「整列! 4対3で仙台育栄と東光学園の試合は、東光学園の勝利です!では……礼っ!」
「「ありがとうございました!」」
「「っしたーっ!」」
「やられたよ中田。まさか君が引っ張る以外も強くなってたなんて。決勝まで行ってくださいね」
「四番に戻るって決めてたからな。仙台育栄の分まで暴れてやんよ」
「夜月くんと天童くん、それと山田くん。君たちには俺にはないものを持っているよ。俊足と適応力には完敗だよ。俺ももっとピッチングを安定させてリベンジするから夏に会おうね」
「はは、身体の開きを簡単に克服した真由さんに言われたら誇りに思いますよ」
「いやーそれほどでもないっすよ!」
「真由さんに言われたら自信がつきます!」
こうして仙台育栄との試合を終え、次の試合は西の横綱と言われている大阪桐凛だ。
夜月世代に巴真樹というスラッガーがいるらしく、その巴を中心とした打ち勝つ野球が特徴だ。
川崎国際が全く歯が立たなかった打線にどこまで通用するか。
つづく!




