第69話 卒業式
春の選抜に向けて抽選会が行われ、中田と上原は二人で抽選会に赴く。
中田にとっては抽選会も緊張するが、片想い中の上原と二人きりになる事でさらに緊張していた。
もちろんそれは主将になった以上は乗り越えなければならないので、平常心を保ったふりして乗り切る事にしている。
抽選結果は……
「集合! 初戦の相手が決まったぞ!選抜最初の相手は……東北覇者の仙台育栄だ!」
「仙台育栄……そこって確か島田真由率いる『東北トップ7』が集ったところだったな」
「島田真由だけでなく林田藍、片山瑞貴、七瀬百合人、久海雷一、岡本数馬、そして菊間麻也だったな」
「そんな東北トップ7がよく集まったよな」
「監督がマメな人で何度も家を訪れてスカウトしたみたいだよ」
「へー……」
「それよりも春の選抜に向けて練習もだけど、先輩たちがもうすぐ卒業するんだからサプライズを考えるぞ!」
「そういやそうでしたね。やりましょう」
そう、選抜で浮かれていたのも束の間……何せ渡辺世代がもうすぐ卒業式を迎えるのだ。
それぞれ決まった進路があり、東光学園を去ってから新たな人生を始める先輩たちに東光学園硬式野球部が卒業生の先輩に送る伝統がある。
それは一体何なのか……?
卒業式当日、在校生たちは東光学園ホールに全員集まり、卒業式の準備を終えて始まるのを待つ。
そしてついに……卒業式が行われる。
「ただいまより東光学園高等部の卒業式を行います。卒業生、入場」
卒業する三年生がぞろぞろと入場し、これだけの生徒が卒業するんだと一年生は全員ビックリする。
なお……この世代の退学者は誰一人も出していないので、入学当初からずっと同じ人数を保っていたそうだ。
通信科の生徒は自宅や病院で卒業式にオンラインで参加し、卒業証書は既に郵送されている。
BGMに吹奏楽部や管弦楽部、ストリングス部、オルガン部が演奏する。
生徒会長による会式の言葉を終え、国歌の君が代を在校生や職員、来客と共に斉唱する。
ついに卒業証書授与の時が来た。
「卒業証書授与。小野裕也」
「はい」
「ロビン・マーガレット」
「はい」
「我那覇涼太」
「はい」
「尾崎哲人」
「はい」
「ホセ・アントニオ」
「はい」
「斉藤敦」
「はい!」
「中村鋼兵」
「はい!」
「島田正道」
「はい」
「中島雄太郎」
「はい」
「大島秋人」
「はい」
「福田俊樹」
「はい」
「新田彰」
「はい」
「山岡正人」
「はい」
「渡辺曜一」
「はい」
「菊池沙織」
「はい」
こうして多くの卒業生の名前を呼び、総勢約3万5千人の卒業生を迎えた。
式辞や祝辞を退屈しないように手短にし、様々な行事を終わらせてからの卒業ソングを合唱する。
卒業生は『仰げば尊し』と『旅立ちの日に』、『蛍の光』を斉唱する。
すべて同じ音程で歌われるこの斉唱は、合唱経験の浅い生徒へと配慮であり、ユニゾンする事で心を一つにさせる目的があった。
卒業生の女子生徒たちは涙を流し、男子生徒は涙をこらえながらも声が震えていた。
校歌である大志を抱けが流れると卒業生たちの声は震えていて、『もうこの学校生活も終わるんだ』と惜しむ者もいた。
在校生たちは『いつか自分たちもこの学校を去る時が来るんだ』と胸が締め付けられ、いかにこの学校が居心地がいいかを感じた。
卒業式を終え、卒業生が退場した後は在校生が撤退の準備をし、ホールの後片付けをする。
夜月たちはすぐに第一野球場へ向かい、公式戦ユニフォームに着替えて先輩たちを待つ。
三年生は制服のまま第一野球場に赴き、在校生である夜月たちに会いに来た。
「やっぱりうちの伝統はこうでなくちゃね。君たちとお別れするのが本当に寂しいよ。でも……いつか君たちもその時が来る、だからこそ残された人たちはこの学校をより良い学校にする責任があると思う。この硬式野球部を頼んだよ。それと……僕たちの世代に続いて春の選抜出場おめでとう。時間があったら必ず応援に行くから、優勝目指して頑張ってください」
「よし! これから先輩たちを一人ずつ胴上げだ!」
「おー!」
「背番号順でいくぞ! 渡辺先輩は主将だったので最後っすよ!」
「これも伝統だったね。落とさないようにしてね?」
「はい! それじゃあ……まずは小野先輩から! せーの!」
「「「わーっしょい! わーっしょい! わっしょーい!!」」」
各一人ずつ胴上げを三回するのが子の野球部の伝統で、最初の小野は明紫大学への進学が決まり、そこで経営学を学ぶ。
ロビンはアメリカに帰国し、メジャーリーグのセントルイス・カーディナルズのドラフトで一位任命されて晴れてメジャーリーガーになった。
胴上げされて照れくさそうにしつつも、夜月の成長ぶりに嬉しかったのか最後に夜月に妹の事を頼んだよと力強いハグをした。
我那覇は地元の沖縄に戻って家業である漁師を継ぎ、沖縄で海の男として日本の漁業を支える側になる。
尾崎は大手芸能事務所である『人力車』からスカウトされ、俳優としてデビューする事が決まった。
同時に弟が入学決定したことを伝え、弟の哲也の世話を後輩たちに託した。
ホセはキューバに帰る約束だったが、メジャーリーグのチームが家族を説得してスカウトし、テキサスヒーローズのドラフト一位でロビンとは別のチームでメジャーリーガーになった。
斉藤は三星自動車の工場勤務が決まり、野球を引退して今後は車を作る作業をする。
中村は料理系の専門学校である川越料理学校への進学が決まり、埼玉で一人暮らしを始める。
島田は聖教大学へ進み、キリスト教の教えを取り入れた心理学を学んでスポーツに活かそうとする。
中島はよこやま整体学校への進学が決まり、整体師を目指して後輩たちがケガをしないよう未然に防ぐことを約束する。
大島は田園都市大学へ進み、高齢者の福祉を学んで人生の先輩のアドバイスを聞きながら強く生きようとする。
新田は実家の寿司屋を継ぐことになり、今後は寿司職人として修行が始まるので応援には行けないが寿司の差し入れをすることを約束する。
福田は立川音楽大学へ進学し、作曲家としての第一歩を踏み出し名曲を作ろうとする。
山岡は浪速引っ越しセンターへの就職が決まり、運送業として引っ越しの作業をする。
そして先代主将の渡辺曜一は教師を目指して帝国大学へ進学し、いつか東光学園の教員として就任すると意気込む。
マネージャーだった菊池は柴田商社に就職し、OLとして社会を支え会社と会社を繋ぐキーパーソンになる。
それぞれ先輩たちは進路が決まり、個性を活かして社会に貢献する。
全員の胴上げを終わらせると、今度は卒業生から後輩たちへと贈呈をする。
「これは……!?」
「僕たちで集めた新しい練習球を50球だよ。バイトしながら受験や就職活動は大変だったけど、君たちに少しでも貢献したくて頑張ったんだ。これからも頑張ってください」
「ありがとうございましたっ!」
「「「ありがとうございましたー!」」」
こうして卒業生である渡辺世代は東光学園を卒業し、この学園を去る事になった。
先輩たちの背中はとても大きくて頼もしく見え、自分たちも先輩たちみたいになれるだろうかと憧れさえ持った。
卒業式を終えてから数日後……
「夜月くん! 君は甲子園に行くからこの寮をしばらく離れるんだろう? 君の活躍を見るために応援に行くから全力で戦ってきてね!」
「はい! しばらくみんなをお願いします! 郷田、黒崎、河西、林田、阿部……女子たちを守ってやってな」
「当然だ!」
「おう!」
「へへっ! 任せろ!」
「僕たちなら心配しなくても大丈夫だよ」
「……。」
「『緊張するけど頑張る』ってか……阿部らしいや。」
「瑞樹、女の子たちをお願いね!」
「うん! あおいも事故や風邪には気をつけてね!」
「ありがとう!」
「それと黒田先輩……甲子園で活躍するって約束、必ず果たします!」
「ええ、期待しているわ。あなたの全力をこの目で見せて頂戴」
「夜月! 高坂! 早くしろ!バスが行っちまうぞ!」
「はい! 今行きます!それじゃあ……行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
硬式野球部一同は甲子園の合宿所に向かい、バスに乗って兵庫の西宮市に移動する。
甲子園も西暦の頃から再開発され、住宅街から完全に離れてブラスバンドの音量をそこまで気にしなくてもいい環境になった。
近くに住む住民たちも『シーズン中は騒音になるかもしれないのでご了承下さい』というあらかじめ契約書を書き、苦情やクレームを一切入れない約束をすることで済むことを了承されてるので、応援も全ての学校が全力を注ぐことが出来る。
合宿所で本番まで練習し、一、二年だけのチームだが少人数なので全員がベンチ入りする事が出来、秋季大会の背番号をそのまま登録する。
こうして春の選抜が開催された――
つづく!
 




