第64話 デート当日
デート当日になった夜月は、待ち合わせのために純子の家まで真奈香に案内される。
真奈香から純子の話を聞き、『かつては魔法少女として世界を救う戦いをしていたが、モノクロ団との戦いで足が不自由になった』ことを話した。
夜月もモノクロ団の噂を少し知っていて、『人々の絶望した精神や闇に染まった心を利用する悪い魔女たち』という印象さえ抱いていた。
もしかしたら中学時代に自分を苦しめた事と関係があるんじゃないかとも考えたこともあった。
「こんな事はあなたに話しても何もないと思うけど、純子の心を救えるのはあなただけだと信じているわ。純子は夜月くんの事をすごく大事に思っていて、『夜月くんにはどうしても甲子園に行ってほしい』って話してたわ。そのためだったらそんなサポートでもするそうよ」
「そうなんですね。だとしたら期待に応えなきゃですね。野球はチームスポーツですから俺一人が頑張っても意味はないですが」
「だから他のみんなにも覚醒してもらう必要があるの。榊くんはまだピッチャーとしての才能が眠っているけど、どこかでセーブしちゃってるのよね。天童くんもあの肩だといつ壊れてしまうかわからないし、清原くんも頑固だからあれではいつまで経っても打率は稼げそうにないわね。園田くんはもう既にピッチャーとして完成されてしまって、成長率はほぼ見込めないと思うわ。山田くんは少し走りが甘いからフォームさえ固めればいけそうね。木村くんは……もっと真面目に取り組むべきね。せっかく器用な選手なんだからエラーさえなければ守備力は上がると思うの。全部純子の意見よ」
「厳しいっすね……」
「厳しいながらも人の潜在能力をちゃんと見て活かそうとしているから優しいのよ。純子は少し不器用だからそういう言い方になるけど、あなただって想ってくれてるから最後まで見てくれるってわかってるんでしょう?」
「それもそうっすね。灰崎先輩も結構人の事を見てるんですね。ジャーナリズムってやつですか?」
「元々私も純子も人を観察するのが好きなの。私は人の本音を聞くのが好きで、純子は人の能力を引き出すのが好きってところね。さあ着いたわ、ここが純子の家よ」
「うわ、父親が有名プロデューサーなだけあって金持ちっすね。インターホン鳴らすの緊張するわ……」
「こういう時は頑張る時よ。男の子だからってカッコつけずにいつも通り呼んでみて?」
「う、うす!」
緊張する中でインターホンを鳴らし、純子がそれに対応する。
夜月は約束通りに家まで迎えに来たことを知った純子は、自らドアを開けてお出迎えする。
合流したところで灰崎は役目を終えたという事でその場を後にした。
一方の夜月と純子は最寄り駅の二子玉川駅を後にし、大井町線から自由が丘で東横線に乗り換える。
桜木町駅に着いてランドマークタワーでショッピングをする。
最初は洋服のコーディネートで、夜月は純子の服をコーディネートする。
「黒田先輩はクール系だけどスタイルがいいから……デニムのスキニーパンツなんかどうですか?」
「私に似合うかしら?」
「歩けないからオシャレなの似合わないってわけじゃないんだし、一回着てみてください」
「それもそうね。あなたのファッションセンスを確かめてみるわね」
こうしてスキニーパンツを試着し、純子は想像以上のスタイルのよさに本人自身も驚いていた。
店員さんも『お世辞を抜きにして似合う』を言い、純子は嬉しそうにスキニーパンツを購入した。
テーラードジャケットが好きな純子は、それと組み合わせても違和感がない事に気付き気に入った。
それも伸縮性があって身体にフィットするので穿きやすかった。
一方の夜月も純子によってコーディネートされる。
「夜月くんはストリート系だとちょっと幼く見えるからそうね……いっそのこと今みたいな無地の服を着こなしてみたらどうかしら?」
「無地ってやっぱりカッコいいんですか?」
「男子のカッコイイは派手さと柄物、武骨さやチャラさになるけれど、女子にとってのカッコイイは『シンプルさと清潔感』よ。とくに野球部だと動きやすい服だからってジャージやパーカーを選びがちだけど、パーカーでもダボダボはスタイルが悪く見えるからフィットサイズがいいわね」
「それでこのグレーのパーカーなんですね。確かにカーキグリーンのカーゴパンツと組み合わせしやすいですね」
「あなたってファッションに興味があったのね。メンズならまだわかるけどレディースまで精通してるなんて知らなかったわ」
「まあ一応幼なじみの水瀬瑞樹っていうやつが水泳部にいるんですけど、そいつの買い物には何度か付き合ってますからね」
「それでレディースにもある程度知識があるのね。あなたはやっぱり人を見る目があるのね。これならきっと……」
「黒田先輩……?」
「何でもないわ。さあお互いに買う服が決まったし購入しましょう」
「そうですね」
ランドマークでお互いに買う服が決まり、数少ないお小遣いで買える程度の値段なのでお金をなくさずに済んだ。
少しだけ休憩してカフェでコーヒーを飲み、ランドマークタワーにあるカプセルモンスターセンターで記念のぬいぐるみを買う。
昼になって中華街に行くと、美味しそうなラーメン屋があったのでそこの店に入る。
「いらっしゃい! ここのラーメンは世界一だよ! おっと、豚骨しかないと思った? ここは味噌や塩、醤油もあるし、何ならムスリム向けのハラルラーメンだってあるよ!」
「大手じゃないのにいいラーメン屋ですね。ここにしますか」
「そうね、私もそう思ったのよ。すみません店員さん、案内をお願いします」
「オッケー!あ、私は雨来友と申します。中国から来ましたが『何とかアルヨー!』 なんて言う人はいませんよw」
「そのイメージはもう西暦時代で終わってますよ」
「ははは、彼はクールなツッコミを入れるね。ますます気に入った! うちのラーメン屋でゆっくりしていってね!」
そうして案内されたラーメン屋でラーメンを注文する。
夜月は告白する側なので、においのきつい食べ物の注文は避け、味噌ラーメンのチャーシュー抜きで、純子は気になってたハラルラーメンを注文した。
ハラルラーメンはイスラム教のルールに配慮したラーメンで、豚骨やアルコールを一切使ってないラーメンだ。
もちろん豚肉であるチャーシューはトッピングしない。
鶏の骨でダシを取ったラーメンは意外にもさっぱりしていて、しつこくない味に純子は感動した。
店長の雨も満足げな笑みでグッドラックサインを出した。
夜月もハラルラーメンが気になり始めたのか、純子に少しだけおすそ分けしてもらった。
「これ美味しい……! 雨さん、ここのラーメン屋はいつか世界一国際的なラーメン屋として有名になりますよ。中華街でもなかなかそこまで配慮したとこはないと思います」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。その言葉を励みにもっと世界的ラーメン屋にしてみせるからね! そういや君たちは東光学園の生徒かい?」
「はい、そうです」
「私も東光学園の硬式野球部のファンだからね。君は確か……夜月晃一郎くんだね?」
「俺を知ってるんですか?」
「私は高校野球が好きだからね。君の活躍をテレビで見ていたよ。見た目以上に速いし守備もいい。しかも勝負強いバッティングは私もすごいって思うよ」
「何だ、俺のプレーを見られてたんですか」
「私の娘の鈴凛なんて君の活躍に目を輝かせていたからね。秋の大会ではいいところまで行ったんだから、春の選抜に期待してるよ!」
「あざっす」
雨は嬉しそうに夜月と会話し、純子も徐々に夜月に自信がついたことを嬉しく思った。
中華街で昼食を終えた二人は赤レンガ倉庫に行き、夜月がどうしても行きたかったイベントが行われていた。
それはサンキュートのカワイイフェスティバル展だ。
妹の暁子が『プリプリプディン』という犬のキャラクターが好きで、横浜に行くと知られた際に限定グッズを買ってほしいと頼まれていた。
純子はその話を聞いて納得し、『せっかくだから行きましょう』とリードしていった。
赤レンガに入ると、『ハローレディ』という白猫の女の子のキャラクターの歴史や、流行る売れるではなくカワイイを重視したマーケティングの歴史が紹介された。
最後のエリアになる購買エリアで純子はプリプリプディンを見つけたのか、夜月に声をかけた。
「夜月くん、これがプリプリプディンね。黄色くて丸くて可愛いわね」
「妹はこのキャラクターを見ると幸せになれるって言って、いつも俺におねだりしてくるんです。まあ実は俺も……小さい頃からこいつが好きなんですよ。俺が生まれた当時はまだプディンは生まれてなくて、教育番組見てたらいつの間にかデビューしてて、最初に見た時に気に入ったくらいですね」
「あの当時は『黄色いキャラクターは赤字を生み出す』っていうジンクスがあったけど、プディンやカプモンのビリチュウがそのジンクスを覆すどころか、今は『黄色いキャラクターは世界的に売れる』っていうジンクスを創りだしたわね」
「他にも、『らきだんぶい』の『けろけろけろたろう』、『バッドノー丸』、『あひるのダックル』、『ハンギョマン』、『タキシードジャム』、『ポチャット』に、人気キャラだと『ユアメロディ』、『リトルツインシリウス』、『シュガーロール』などあるんです。妹はこういったカワイイキャラクターが好きで、毎年ピエーロランドに連れていくんですよ」
「妹想いなのね。あなたはとても優しいわ。たまにドライな時もあるけど基本的には優しいのね」
「それは仕方ないですよ。中学時代に散々な目に遭ったんですから」
「神木中だったわね。あそこは前から評判が悪いのよ。もし噂が本当なら川崎市は本当にまずいわね」
「裏で誰かが絡んでますね。川崎国際が創立されたのも急ですし」
「真奈香が今は調査中よ。でも今はあなたは野球に集中してほしいの。いずれ川崎国際の化けの皮が剥がれると思うから」
「わかりました(ということはあいつとも一緒に調査してるのかな……?)」
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです」
こうして赤レンガ倉庫のカワイイ展を終えて、夜月と純子は夕方になって寒くなったのか少しだけ距離感を縮める。
山下公園で一服した後は汽車道でのんびり散歩する。
イルミネーションが美しく光っていて、夜月にとっては最大のシチュエーションだ。
夜月は勇気を出して純子に告白する。
「黒田先輩、寒くなりましたね。黒田先輩にこっそりプレゼントがあるんです」
「何かしら……?」
「これです。開けてみてください」
「これってマフラーと手袋ね……! しかも私の好きな色の黒の……!」
「黒田先輩は『黒が好きだ』って野球部の先輩から聞きました。しかも手袋は中が起毛になってる革の手袋です。きっと温かいと思います。マフラーも毛玉が付きにくいコットン中心の生地にカシミヤの毛が少しだけ入ってます」
「嬉しい……! 私のためにここまで……! もしかして夜月くん、あなた……!?」
「はい、もう察してしまったかもしれませんが……俺は黒田先輩の事が好きです。いつも自分の事を気にかけてくれて、それでも自己犠牲にならないように自己管理もしっかりして、そして俺がここまで好きって思えたはじめての女性です。黒田先輩……俺はあなたを異性として好きです! 絶対に幸せにしてみせますから……付き合ってください!」
勇気を出した夜月は純子に頭を下げて告白した。
外は雪が少し降り、最高のホワイトクリスマスになった。
しかし純子の答えは……
「あの、気持ちは嬉しいんだけど……私はあなたの恋人にはなれないわ。もちろん私もあなたの事が好き……。でも異性として見てなかったというか……このままあなたと付き合っても利用しているみたいで……結局あなたを傷つけてしまうし、何よりあなたを異性として本気で想ってくれる子たちがいるのに付き合うのもちょっと……。だから……ごめんなさい!」
「そうですか……。本当は諦めたくないからもう一回告白で押し通したいですけど……『潔くない男は嫌い』だって聞いたから……わかりました。黒田先輩の事は諦めます……!」
「本当にごめんなさい……」
告白に失敗した夜月は純子の目の前だから格好つけて涙をこらえた。
最後に純子を二子玉川まで送迎し、灰崎が駅で待っていたので合流して純子を託した。
夜月は電車の中でも、スクールバスの中でも涙をこらえて耐えていた。
寮に戻り、男子たち全員が夜月の部屋で待っていた。
「おーおかえり! 結果は……その顔は……そうか……!」
「ああ、見事にフラれたさ……。悔しいなあ、せっかく初恋だったのにな……! けど……確かに黒田先輩の言う通り、自分は『黒田先輩に依存していた』のかもしれない。だから俺のことを『利用しているみたい』って思えたんだろうなって。俺さ、あの人が後悔するようないい男になる。そしてフラれたことに後悔がないようにするよ」
「お前……!」
「だな! その方がいいな! けど無理はするなよ?」
「ああ!(『異性として見られなかった』とか、『俺を好きな人が他にもいる』ってフラれたけど、黒田先輩のあの顔は辛そうだった……! 本当は付き合いたかったのに、今まで指導ばかりして俺が黒田先輩に依存するんじゃないかと危惧してたんじゃないか……? このまま付き合えても俺は何もできないダメな男になるだけだ! 無力なままで終わらせない……! もっと……強く優しくたくましい男になってやる!)」
夜月はフラれたことが内心ショックだったが、利用しているみたいとか他に夜月が好きな人がいると聞いたとき、夜月の勘だが『純子に依存しているのではないか』と帰りに考えるようになり、自分でも何となくだがそんな気がしていた。
本来なら初恋なのに付き合えなかったことに泣いてでも発散したかったが、もし付き合えたとしても『依存したら男の威厳がなくなるだろう』と踏みとどまり、もっと魅力的な男になり純子が後悔するくらいのリーダーシップが取れるようになろうと誓った。
同時に好きだけど異性として見られてなかったという事と、野球に今は打ち込んでほしいという言葉を機にもっと野球が上手くなろうとも誓った。
しかし失恋して無理をしていると感じた同寮の男子たちからは、夜月はしばらく引きずるだろうと思われた。
しかし翌日には誓い通りスッキリしていて、後の部活にも悪影響は出なかったし、イップスになる事もなかった。
失恋して心配した石黒監督は念のためにアフターケアをしっかりし、夜月のモチベーションにつなげた。
つづく!




