第4話 監督
入部体力テストを終えた夜月たちは、一度寮に戻って疲れを癒す。
寝る前は運動部の男子で集まり、ストレッチやマッサージをして疲れを癒す。
翌日の授業では授業中に居眠りしないための対策を取っているのか、部活の方でもかなりの気遣いが見られた。
そんな中で、夜月は授業を全部居眠りせずに乗り切り、部活へ行く。
いつもの第一野球場で練習すると、突然一年全員が呼び出された。
「よし!一年は全員いるね!今日から一年のみんなにどうしても会ってほしい人物がいるんだ。ここで待っててくれって言ってたから離れないようにね」
「はい!」
「もうそろそろ来るはずだけど……その人は学校の卒業生で、教員でも職員でもないんだけど野球部の監督なんだ。西暦とは違って教員の負担を減らすために、『公立でも外部の部活指導者もオーケー』になったんだ。そこでその外部からの監督に会ってもらうよ。あ、やっと来た!おはようございます!」
「おはようございます!」
「おー!挨拶でも大声かつ滑舌も意識しているね!やっぱり動画投稿サイト、セルフチューブでもっとも人気のある高校球児だ!」
「は?動画投稿サイト……?」
「しかもセルフチューブって言わなかった……?」
「どういう事だ……?だってここって甲子園準優勝校じゃあ……?」
「あれ?君たちはそこまで知らなかったんだ。実はこの硬式野球部では、更なる高校野球の発展と知名度アップのためにセルフチューブで動画投稿をしているんだ。昨日の自己紹介や入部体力テストも撮影してたんだよ?」
「マジっすか……」
「それよりも俺の紹介してくれよ。この子たちが困惑しているしさ」
「はい、そうですね。この方が僕たちを指導してくださる東光学園・硬式野球部監督の……」
「石黒貴和です。今日からみんなの指導をします。よろしく」
「っしゃーす!」
「おいおい、これから君たちはスターになるんだから滑舌も意識しなきゃダメよ?もう一回、よろしく!」
「えっと……よろしくお願いします!」
「なぁ夜月、なんだか変わった部活だな。オイラもビックリだぞ」
「そうだな山田。もっと厳しい学校だと思ってたが……」
「夜月と山田だっけ?ちょっと私語が多いぞ?そんなに『名門だからもっと厳しい』と思ったのか?」
「えっと、すみませんでした!」
「まぁ無理もないよね。ここは枠にはめて礼節や規則を絶対厳守ってワケじゃないし、そうしたところで強くなれるかは別問題だから。だからあえてちゃんと練習して向上すればそれでいいっていう自由さがウリなんだよ。みんなの体力を見せてもらったが、ここまで個性的でガッツのある世代はなかなかいないなぁ。これは面白くなってきたし、育て甲斐がありそうだ。じゃあ早速だけど、ウォーミングアップはしてきたかな?」
「えっと……ハイペースでグラウンドを10周しました!」
「10周!?しかもハイペース!?そんな厳しくやったら練習前に死んじゃうよ?アップのランニングは体が温まってればそれでいいんだよ。体操はまさか静的ストレッチじゃないよな?」
「えーっと……それって何ですか?」
「ああ、やっぱり中学のクセで厳しく間違った指導を覚えちゃったんだな。一年の練習は俺が全部見ておくから、渡辺は二、三年生をまとめてコーチの言う事を聞いておいてくれ」
「はい!じゃあ一年のみんなは監督の言うことをよく聞いておいてね!」
「はい!」
「それじゃあアップの方法だけど、グラウンドは2周程度でいいぞ。ペースはフォームが乱れない程度で。その後に肩回しや軽くジャンプ、腰の旋回など動くストレッチで連動性を準備させる。その後はスキップや背走、流しダッシュなど軽めの移動する体操してキャッチボールだ。キャッチボールの方法はどんな方法でもいい。普通にやってるだけでなく、各ポジションごとに適応したキャッチボールをしてくれ。そこから俺が指定した全体練習を行うぞ。いいかな?」
「はい!」
「じゃあキャッチボールから!行って来い!」
「はい!」
監督の一声でキャッチボールを始める一年生。
二、三年生はキャッチボールをすでに始めていて、もう既に肩は温まっている。
一年生同士のキャッチボールは、まだぎこちなくて普通の強豪校とは違う練習方法に戸惑っていた。
その中でも堂々としていた一年生が、ただ一人だけいた。
「ほう、天童明か」
「はい。彼だけはこの学校に適応してきました」
「まさか天才が入部してくるなんてなあ。よほどこの学校が気に入ったのだろう」
「多分そうだと思います」
「榊!もう少しだけリリースを顔の前にしてみないか?」
「お、おう!」
「清原!ショートバウンド投げるぞ!」
「おう!来い!」
「高田!ダブルプレー意識してくれ!」
「わかったよ山田!」
「ほうほう、もうみんなキャッチボールに適応してきたか。みんなのびのびとやりつつ、それぞれのポジションごとに全力だな」
「そうですね。ただ一人を除いては……」
「はぁ…はぁ……!うらぁっ!」
「うわっ!夜月!少し落ち着けよ!」
「悪い!クソッ……うまくいかねえ!」
「一人だけ自分を追い込んでいるな。やはり出身中学の指導者が悪かったか……」
「監督、こうなったらいつものアレをやりましょう」
「アレか。よっしゃ、実はもう交渉してきた学校があるんだ。ただあそこは県内でも一番を誇るワルでな。念のために中田とロビン、そしてホセや田中、お前も同行してあげてくれ」
「わかりました。全体練習後に彼らを呼んでその事を伝えます」
「いや、俺が伝えておくよ」
「わかりました」
キャッチボールを終えた部員たちは、すぐに各ポジションに着いてシートノックを行う。
シートノックは毎日行うが、ただ何となくやるのではなく、目や足、肩を慣らしたり、距離感を測ったり連携の確認だった。
そのためかあまり厳しくなく、まるで試合前の守備のウォーミングアップのような感覚だった。
そしてもう一つの特徴は、どんなミスをしようがもう一回という概念がなく、その代わりに数をこなして身体を温めて勘を鋭くさせるというやり方だ。
こうして石黒監督はこのシートノックまでのウォーミングアップで身体を慣らすのだ。
シートノック全員分を多く素早く終えると、ここからが本番だった。
「よし!全員、この重りをつけなさい!」
「何だこれ……?」
「手首と足首、そして腰につけてみろ」
「うわっ!重さは感じないのに地味にキツイ……!」
「そのままでシートノックをもう一度するぞ!今日は守備練習中心だ!いくぞ!」
「はい!」
軽めの重りをつけたからといって、決して楽という訳ではない。
最初こそ動けるけど疲れていく内に、たったの1キロだけなのに重いと感じるのだ。
おまけに濡れた布マスクもつけているので、肺活量強化や呼吸方法の取得を目的としていた。
そんなハードな練習に一年生は全員疲れてきた。
二年生にもスタミナが少ない中田も疲れが目立つ。
三年生はさすがに慣れてきたのか疲れる様子はなかった。
しかし本番はここからだった……。
「よーし!次はランダムノックだ!覚悟しろよお前らー!さぁいくぞ!それっ!」
「うわっ!何で俺のは尖ったボールなんだよ!」
「へへへ!言ったろ!どんなボールが来るかわからんぞって!さぁいくぞ!」
「げっ!俺のはテニスボール!グローブだと捕りづれぇ!」
「次いくぞ!それっ!」
「おっ!ラッキー……嘘だろーっ!?」
「やーいイレギュラーバウンドに翻弄されてやんのー!」
「クッソー!次は捕ります!」
このランダムノックは、イレギュラーバウンドや雨の試合などを想定したもので、あえて普通の硬球ボールでは味わえない難しい捕球をすることで野球ボールの簡単さを感謝させる練習だ。
そうする事でバラエティに富んだハードな練習で勘を培い、どんなに厳しい練習でもリラックスした空気でいられるのだ。
おまけに石黒監督は罵声を浴びさせるのではなく、あえて煽って選手を苛立たせて精神攻撃をしたり、選手によっては指導のし方や煽り方を変えたりと適性を選んで指導していた。
夜月は煽り耐性がないのを知っているのか、気が短くて気にしやすい夜月をあまり煽る事はなく、なだめるばかりだった。
それを不安そうに見つめるあおいは、夜月の精神的不安定さを心配した。
最後の練習になり、最後は実戦形式での打撃練習で終わらせた。
石黒監督は部員全員を集めて連絡をする。
「集合ー!」
「はい!」
「さて、みんなにお知らせだ。一年生を中心とした試合をこれから組むことになった。次の日曜だから……明後日だな。明後日に横浜市立横浜工業と練習試合を組むぞ。二、三年生は一年生がケガやスタミナ切れを起こした時の助っ人としてベンチで見守っていてくれ。これから打順とポジションを発表するぞ!」
「はい!」
明後日の横浜工業との練習試合のオーダー
一番 セカンド 山田圭太
二番 ショート 木村拓也
三番 キャッチャー 天童明
四番 センター 夜月晃一郎
五番 ファースト 清原和也
六番 レフト 田村孝典
七番 サード 松田篤信
八番 ライト 高田光夫
九番 ピッチャー 榊大輔
となった。
「まあこんなもんだ!園田は榊ほどのスタミナじゃないから途中登板になるが
丈夫か?」
「大丈夫です!」
「川口はスタミナに不安があるから中継ぎや抑えに回ってもらう。それでもこの個性派なら試合に勝つと信じてるぞ!頑張ろうな!」
「はい!」
「俺が四番バッター……!?監督!何で俺が四番なんですか!?一発がある清原や安定感のある天童の方がいいんじゃあ……?」
「夜月、そう弱気になるな。君は『負け運がある』からって気にしているだろうけどな、君の周りの能力を見て自分の仕事をこなす力は本物だ。前の中学の指導者がやる気がないからぞんざいに扱ったが、俺はちゃんとそういうところ見ているからな。確かに夜月はミート力こそ安定はしないが、松田や清原よりは安定している。それに俺はこっそり見たが、池上荘でラグビー部の子と筋トレしただけでなく、素振りも見てもらったろ?」
「それは……」
「夜月、君にはそのガッツと執着心があるが、ちょっと自分に卑屈なのが問題なんだ。この試合で少しずつでいいから克服してもらうぞ」
「……。」
「よし!話は以上だ!下校時間まで残りは自主練だ!各自の弱点克服や得意分野の底上げなど自由にしていい!帰って休むのも自由だが、差をつけられないようにな!俺はみんなが全員帰るまでは帰らんから安心してくれ!」
「はい!」
夜月ははじめての四番に抜擢されて緊張しつつも、監督に期待されていることを実感する。
中学時代では自分が出た試合は、どんなに活躍しても負け続けたことで自信を失い、試合にも出してもらえず劣等性として苛まれてきた。
しかしこの学校では違うんだと思い、日曜の試合まで夜月は必死に食らいついた。
そして試合当日がやってきた――
つづく!




