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第54話 明治神宮大会へ

 11月も中盤になり、硬式野球部はある練習法をする。


 それは中田と本田、清原以外の筋力不足のためのメニューだ。


 『ウエイトトレーニングだけではどうしようもない事もある』と踏んだ石黒監督は部員全員を呼ぶ。


「よし! 集合!」


「月曜って部活がない日じゃなかったですか?」


「まあそうなんだけどちょっと聞いてくれ。実はな、水曜の練習予定は筋力強化の日だろ? そこでラグビー部の内田先生が『是非野球部の筋力強化のために協力する』という事で学園ラグビー場で臨時練習を行うんだ。もちろんスクラムは組まないし、ラインアウトなど危険なプレーはない。まあタックルはあるけどな」


「結局危険じゃん」


「そう言うな本田。タックルといってもただサンドバッグにタックルするだけだ。野球以外に触れてリフレッシュするのも兼ねてるからいいだろう?」


「確かに毎日やってるがあまり、野球への感謝を忘れてるかも……」


「本気か夜月(やつき)?」


「ああ。草野球は週一か週二で仕事の合間にやれる程度だが、俺たちはほぼ毎日やってるからありがたみを失ってるんだよ」


「ほえ~……」


「夜月の言う通りでもあるし、これはうちの伝統なんだよね。まあいつもは明治神宮大会にまで出ることがないからここで他の部活にお邪魔するんだが、今年は珍しく明治神宮大会に出れるから試合前のリフレッシュという訳だ。明後日頼んだよ!」


「はい!」


 こうしてラグビー部への練習会へ参加する事になった硬式野球部。


 女子でマネージャーのあおいと上原はケガのアフターケアを勉強し、上原の看護師としての知識をあおいが教わる。


 水曜日の練習時間が訪れると、部員たちは全員練習着かつ卒業生が残した予備のユニフォームやスパイク、ヘッドギアなどを借りて練習に参加する。


 内田先生はラグビー場に一番乗りでいつも来るので、練習前の打ち合わせはいつもキッチリしている。


「おーし! 今日は全員揃ってるな! それに硬式野球部も……全員だな! 今年こそは花園(はなぞの)だって時に、まさか初戦で青葉(あおば)学院と当たって一回戦負けを喫し、三年生を失っちまった。これは俺の責任だ、そこで硬式野球部と合同練習を行いリフレッシュしつつ来年のインターハイや花園に向けて練習を行う。しかし硬式野球部は……いい筋力しているのは中田と本田、清原だけか。夜月や松田、片岡も悪くはないがまだまだだな。そこで筋力強化と、筋力を活かすタックルを利用した体幹トレーニングを行う。部員たちは『基礎練かよ』と思うだろうが、初心者も多い中で基礎は大事だ。つべこべ言わずいくぞ!」


「はい!」


「夜月、わからないことがあったら俺に聞いてくれ。同じ池上荘(いけがみそう)同士なら聞きやすいだろう」


「助かるよ郷田(ごうだ)。お前がいると質問しやすいからな」


「そう言ってもらえると嬉しいぞ。さあウォーミングアップだ。ついて来れるか?」


「やってやるよ!」


 ラグビー部のウォーミングアップは、試合こそ軽めだが練習の場合はグラウンドを10周する。


 (さかき)と園田、松井は難なくこなすものの他の部員たちは徐々にペースが落ち、周回遅れする野球部員も少なくなかった。


 とくにスタミナ不足の道下と中田、清原は2周も周回遅れをしてしまう。


「おい野球部情けないぞ! そんなんで甲子園行けると思うなよ!」


「うす……!」


「すんません……!」


「なあ、ラグビー部はいつも怒鳴られてるのか?」


「いつもの事ですよ。ミスすればめっちゃ(しか)られますし、取り返しのつかない悪い事したらさすがに鉄拳が飛びます。まあそこは自業自得(じごうじとく)ですが、普段はこれでも悪口や侮辱(ぶじょく)、暴力は全くしないんですよ」


「鉄拳はよくないけど、部員を思いやってるんだな……」


「勝った時は誰よりも早く飛びついて喜び、負けた時は誰よりも涙を流してるんですよ」


「なるほどな……。内田先生がスパルタなのは知ってたが、ここまでとは……」


「田中先輩でしたっけ? 小さいのに力はあるんですね。タックルが上手いですよ」


「サンキュ。それよりも……」


「はあ……はあ……!」


「ああ、小柄な人たちがタックル練習にバテてるな。こうなったらあれしかないですね。俺から内田先生に言っておきます」


「あれ?」


 郷田は小柄な野球部員のタックル姿勢の悪さ、足腰の柔軟性のなさを危惧して内田先生に少し意見をする。


 他の部員は怖がりつつも郷田の様子を見に行った。


 それでも内田先生は嫌な顔を全くせずに嬉しそうに相談に乗っていた。


 その内容は……


「内田先生、ラグビー部員はともかく、野球部のタックルでの姿勢の悪さと体幹不足、そして下半身の柔軟性のなさが目立ちます。このままタックル練習をしたら肩や首を折るのも時間の問題かと……」


「そうか。二年生あたりが言うと思ったが、一年の郷田がまさか言いに来るとはな。そうだろうと思って基礎練だがメニューを用意してある。それはな……()だ」


「亀……ですか。あれなら確かにケガなくタックルの練習になりますね。キャプテンを呼んできます」


「いや、俺から言うぞ。野球部! 全員こっちに来い!」


 亀とはラグビーボールを背中に乗せ、それを落とさずに四つん這いになって前に進み往復をするものである。


 タックルに慣れてない人がタックルの姿勢を作るための基礎練習で、下半身の筋力や持久力、全員の連動性を生み出すものである。


 それが上手くいくと綺麗かつ力のあるタックルが出来るのだ。


 同時に体幹部分も強化できるのでラグビーには欠かせない基礎練習なので、野球部員たちは文句言わずに亀を実践する。


 榊、園田、川口、松井、綾瀬、道下は投手なので下半身と体幹はしっかりしている。


 天童と田中、石田は下半身の強さは問題ないが、体幹不足を思い知った。


 夜月は元々寮で郷田と一緒に亀の練習を付き合ってたからか慣れた動きでゆっくりやりつつ綺麗にこなした。


 野手陣はというとあまり綺麗ではなかったので、ラグビー部員が正しい亀のやり方を説明してこなしてもらう。


「はあ……はあ……! キッツ……!」


「投手陣はいい亀だな。まあ後半はさすがに無理だったか」


「おいおい……夜月はまだ亀をやってるぞ……!」


「あいつどんな体幹してるんだよ……!」


「入部当初は柔軟性皆無(かいむ)でガチガチだったのに……!」


「いつからあんなに……?」


「ああ、皆さんは知らなかったんですね。夜月は池上荘で過ごしてるのは知ってますよね?」


「ああ、それがどうしたんだ?」


「実は夜月は自分の練習に付き合う代わりに、他の寮生の練習にも付き合い、一緒にやってるんです。チア部のクリスとは柔軟を、幼なじみで水泳部の水瀬にはプールトレーニングを、俺には筋トレや亀、サッカー部の河西は坂ダッシュやパスやシュート練、バスケ部の林田にはパスやドリブル、シュートの、陸上部の阿部にはスタートダッシュやスプリントの、ソフトボール部の中村にはキャッチボールや変化球のなど付き合ってくれるんですよ。文化部相手でも嫌がらず手伝うので期待されてるんです」


「だからあいつ慣れてたのか……!」


「そういや体育や音楽の授業では成長(いちじる)しい成績だって水瀬(みなせ)が言ってたな」


「黒田先輩のプロデュースで勉強も平均点ギリギリ保ってるみたいだしな」


「あいつがここまでなれるのに練習したんだ……俺たちも負けてらんねえぞ!」


「おー! 夜月に負けるな!」


「抜け駆けなんてさせないよ!」


 野球部メンバーは夜月の隠れた努力を目の前にして自分たちも負けてられないと奮起する。


 勉強面でも成績の悪い清原、木村、天童、山田、川口も文武両道(ぶんぶりょうどう)とはいかずともせめて平均点だけでもと誓った。


 そしてついに紅白戦だ。


「まさか夜月と同じチームになるとはな。とりあえずケガはしないでくれよな」


「それもそうだな。大事な大会前だしそうするよ。郷田もサポートよろしくな」


「いっそのことトライ狙ってみるか?一度素人にトライされて発破(はっぱ)をかけてやろうぜ」


「全国レベルのラグビー部からトライさせるとか鬼かよ。まあやってみるか」


「今回の紅白戦は野球部とうちの合同チームでリーグ戦だ。タックルはありだがラインアウトやスクラムはやらん簡易版だ。ケガなく全力で正々堂々とするように! では……試合開始!」


 キックはラグビー部員が行い、それを夜月はキャッチする。


 そのまま走り去ろうとしたが、すぐにタックルの餌食(えじき)になる。


 他の部員はマウスピースをわざわざ買ったが、夜月は元々マウスピースを持ってたので用意を済ませてある。


 ラグビーに少し慣れてる夜月は動きこそ部員には敵わないが、素人とは思えない動きをした。


 ラグビー部も普段から郷田の自主練に付き合ってきた夜月をさすがに警戒し、あいつにだけはトライさせるなと警戒を強めた。


 だが夜月は自分がマークされてるのを知り、トライは無理だと判断したのかある奇策をする。


「郷田! 俺にパスだ!」


「おう!」


「あいつトライを狙うぞ! 夜月をマークしろ!」


「かかったな……」


「おーし! オイラが狙うぞー!」


「げげっ!」


「マジかよ!」


「行け! 山田!」


「クッソー!」


 夜月は郷田にパスを促すも、夜月をスルーパスし後ろにいた山田にパスをする。


 予測を狂わされたラグビー部員たちは、あまりの奇策に踊らされてマークを急遽変更した。


 だが山田は野球部でいちばん足が速く、ノーマークだったので誰も追いつく事が出来ず……


「やったー! オイラが初トライだー!」


「ナイス山田!」


「てか夜月お前ラグビー部来いよ!」


「はは、無茶言わないでくださいよ」


「ちょっと! 夜月はオイラたち野球部の四番候補ですよー? 引き抜きはダメですから!」


「冗談だよ。てか……いつの間に撮影されてたんだな!」


「え……? ああ、いつもの事ですよ。普段からセルフチューブに投稿してるんです。他の部活と仲良しなの知ったらお互いの部員も来るでしょうし」


高坂(こうさか)もマネージャーとしてうまくやってるんだな」


「まあな。さあ紅白戦も後半だ! どんどんいくぞ!」


 ラグビー部との強化合同練習は成功し、野球部の筋力や体幹トレーニングに成功する。


 ラグビー部も花園を逃した悔しさからリフレッシュし、また新たなスタートを切った。


 練習終了後にはラグビー部から硬式野球部へのエールを送り、マネージャーも一緒にラグビーボールを手渡された。


 石黒監督は大会前のリフレッシュの成功に安堵し、これでリラックスして試合に臨めると確信した。


 そのラグビーボールは練習でも使われ、遠くに蹴る事でフライの追い方の練習にもなり、イレギュラーがデフォルトなのでイレギュラーバウンドの捕球練習にもなった。


 他にもランパスで俊敏性も鍛えられ、ラグビー部でやった亀で基礎を磨いたとか。


 そして明治神宮大会が始まった――


 つづく!

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