第3話 入部テスト
硬式野球部に正式に入部した夜月は、最初の自己紹介のために一年生全員で一列に並ぶ。
徐々に先輩たちも集まり、新入生の一年にとって緊張する瞬間でもあった。
そんな中でも堂々としている人が二人ほどいた。
そして自己紹介の時がやってきた。
「じゃあまずは……君から!」
「はい!立花中学出身!天童明です!希望ポジションはキャッチャーです!一年目からレギュラーの座を奪ってみせます!」
「田中、宣戦布告くらってるぞ」
「大丈夫、負ける気はさらさらないから。それよりも天才キャッチャーだろ?どっちがいいキャッチャーかを思い知らさなきゃな」
「相変わらずお前ってやつは性格悪いな……」
「じゃあ次!」
「はい!稗原中出身!榊大輔!希望ポジションはピッチャーです!エースになるべく頑張ります!」
「同じく稗原中出身!園田夏樹!希望ポジションはピッチャー!榊に負けないように頑張ります!」
「同じ中学で同じポジションかー。俺も負けてられないな」
「次はオイラだな!加瀬中出身!山田圭太!希望ポジションはセカンド!図体だけデカいやつには負けない気でいます!」
「こいつチビのクセに威勢がいいな!俺は気に入ったぜ!」
「なるほど。かなり強気な世代が多いね。じゃあ次!」
「神木中出身!夜月晃一郎!希望ポジションは外野!」
「こいつが『神木中校長傷害事件』の……」
「夜月って、あの夜月だよな……?」
「コホン、それよりも夜月くんだったね。彼は様々な事情があれど、我々の仲間であることには変わらない。真実が何なのかはいずれ分かる事だから、深入りして彼の心の傷をえぐらないようにね」
「前科持ちってところ、中田にそっくりだな」
「俺にか?」
「うん。君もかなり暴力沙汰を中学の時に起こしたから似ているよ。彼の面倒を見てあげてね」
「まぁ……田中と松井がそう言うなら。それに夜月の事をよ、何だか気に入ったんだ」
「え?丈もなのかい?僕も気になっていたんだ」
「ロビン先輩……」
「彼は『悲運のスラッガー』として有名でね、彼が活躍した試合は必ず負けているんだ。ホームランも量産できるし、守備もいいのに試合に出してもらえないとなると、何か中学で嫌な事情があったんだと思うしね」
「まぁ一応俺も面倒見るッス」
他の部員では中継ぎ投手で有名な川口尚輝。
内外野のユーティリティプレイヤーの高田光夫。
サードで声出し番長の松田篤信。
二遊間を起用に守るイケメンの木村拓也。
見た目はとび職のスラッガー清原和也。
小技が得意なサウスポーの田村孝典のメンバーだ。
二、三年のメンバーは全員、春の甲子園準優勝メンバーで、人数は少なめだけど個性的で層が厚いメンバーとなっている。
俊足でブラックパンサーと呼ばれているキューバ人留学生のホセ・アントニオ。
アメリカ人留学生で高校野球最強のスラッガーのロビン・マーガレット。
堅実な守備と強肩が持ち味の主将・渡辺曜一。
サイドスローで精密機械と呼ばれる小野裕也。
抑え投手で剛速球派の斉藤敦。
二年生ではパワー重視のプルヒッター中田丈。
野球IQが高い頭脳派キャッチャー田中一樹。
そして球速こそ遅いが変則ストレートを使う松井政樹などのメンバーだ。
そんな中で夜月はこれから甲子園で優勝を目指す。
渡辺は新入部員の自己紹介を聞いて頷き、メニュー表を見ながら指示を出した。
「よし、これから入部体力テストを行います。ただこれは入部する資格を得るオーディションではなく、単純に『体力やステータスを測る程度のレクリエーション』です。そう固くならずにリラックスして自分の能力を知ってみるのもいいと思う。それじゃあ説明をします。まずはミート力を測るために普通のロングティー、シャトル打ち、そしてテニスラケットロングティーをやります。自分のバットがある人はそれを使ってください」
最初のミート力計測で、夜月はテニスラケットこそそこそこだったが、ロングティーとシャトル打ちで空振りが目立つなど苦戦を強いられる。
清原や榊、川口、木村も夜月と同じミートが苦手なようだ。
山田と田村、天童、園田は器用に全球当ててみせた。
「次はパワーだね。ウェイトトレーニングで各マシン十回出来たら記録とします」
様々なウェイトトレーニングマシンで夜月と清原、松田はかなりの成績を収める。
小柄な木村と山田、田村と川口は重さに耐えきれず、すぐにリタイアした。
走力では100メートル走で俊足の山田と天童は快足を見せ、夜月と木村、高田もそれなりにいい記録を出した。
遠投では榊、園田、川口の投手陣と天童が真価を発揮した。
守備力ではシートノックの他に変形ボールノック、変則キャッチボール、そして反復横跳びとなった。
守備では山田と木村、田村、高田は高評価を得たが、夜月と天童は捕球力がちょっと心配された。
清原と松田は守備がやや甘く、榊と園田、川口の投手陣も連携が乱れるなど、この世代には守備が課題となった。
次のコントロールではストラックアウトで、番号に当てるだけでなく小さな輪っかに入れる、送球や返球でもそれと同じ事をする練習だ。
最後のスタミナは、それらをこなした上での5キロメートルのマラソンだ。
「最後のスタミナは、みんな全力でアピールしたからしんどいと思う。でもここで耐えられたら一年生の練習は終わりだよ。さあ頑張って」
「ひぃ~……!結構きついな……!」
「はぁ…はぁ…!」
「これらをやった上でまだ走れってか……!」
「何だ何だ?もうバテちゃったかみんな?オイラは平気だぞ」
「俺も平気だな」
「俺もだ」
「榊と山田、天童は凄いな……!」
「あ、俺も平気」
「園田もか……!」
「クソッ……何でこんな……!」
「夜月くん……」
あおいが夜月を心配する中でも問答無用でスタミナテストを行う。
球速の計測は試合でおいおい測るとしているので今回はしないとの事だ。
夜月は元々暑いのが苦手で、とくに走り込みともなると体重が重くてスタミナの消費が激しくバテてしまった。
清原や松田はさらに体重が重くて夜月よりも早くバテる。
小柄で体力のない木村や高田、田村も想像より早く疲労が目立った。
川口も短期決戦型で中継ぎエースとしては申し分ないが、先発にするにはスタミナには難があった。
一方の山田と天童はマラソンでも難なく走りきり、榊と園田に至ってはワンツーフィニッシュだ。
榊が一番スタミナがあり、根性が一番据わっているようだ。
新入部員の課題は『守備力とスタミナ』だと判断した渡辺は、各部員から集めたデータを参考に頷いてストップウォッチをしまってこう言った。
「よし、今日の練習はここまで!お疲れ様!」
「おつかれっしたぁ~……!」
「渡辺くん、今日のデータだけど……」
「菊池さんか、なるほど。夜月くんは身体能力は申し分ないけどメンタル面に課題があるか……」
「新マネージャーの高坂さんから聞いたけど、自信がないのか卑屈になってるのか、あまりにも自分を卑下しすぎている気がするの」
「これは監督に報告して、過去を知る必要があるね。菊池さん、ありがとう」
このマネージャーの菊池沙織は、渡辺世代つまり三年生のマネージャーで、選手の心理状態を見抜くスペシャリストだ。
夜月の心理状態を見抜いた菊池は、渡辺に真っ先に相談を乗りかけたのだ。
渡辺はそのデータを元に、監督へ提出するのだった。
一方こちらは夜月、あまりのハードな体力テストに疲れ切ってしまい、そのままバスの中で眠ってしまった。
「夜月くん、起きて。もう池上荘だよ?」
「うーん……」
「どうしよう……。私の力じゃ彼を持てない……」
「どれどれ?ちょっといいかな?」
「松下さん!」
「よっと」
「え……?すごい……!」
「寝ている運動部員の子を運ぶのは、今日で9人目さ。水瀬、中村、郷田、黒崎、林田、河西、阿部、そしてクリスもさ。遠藤と大和は文化部だから体力に余裕はあったが、凄く尻が痛そうで足も痺れてたから運んだな。でも何故か長田はピンピンしてたんだよな。あれは何でだ?」
「とりあえず夜月くんを運んでくれてありがとうございます!」
「あー、いいのいいの。俺はこういうのが仕事ってもんだし、運んでて楽しいからいいの。こういう頑張ってる子たちを見ると、俺ももっと頑張んなきゃなって思えるんだ」
「松下さん……」
「君はマネージャーだったね。ちょっと晩御飯の料理を手伝ってほしいんだ」
「はい!是非お手伝いさせてください!」
あおいは寮長の松下と一緒に浴場のお湯沸かしと晩御飯の料理を手伝う。
幸いこの学校の部活は名門と言えど、あまり長い時間やって拘束しても意味がないのと、定時で終わらせることで部活だけに青春を捧げないようにするのと、学校自体が広くてあまり遅いと不審者の被害に遭うからなど様々な理由で全ての部活は早めに切り上げるようになっている。
14時半に全ての授業を終え、18時には全ての部活を切り上げるのがこの学校のルールだ。
18時以降は寮内または自宅で自主練をする生徒も少なくなく、ストイックで成長する喜びを知っている生徒が多くいる。
だからこそ全ての部活が全国クラスで、どの部活も部員数がバランスよく構成されて上手く分割されている。
それが東光学園の変わったルールなのだ。
晩御飯の時間になり、疲れ果てて眠っていた運動部の寮生たちは飛び跳ねて起き上がる。
たくさんご飯を食べては浴場で風呂に入り、歯を磨いたりして夜の21時には就寝する。
21時になる前は部活だけでなく授業で習ったところを復習し、やるだろうところを予習する。
そして翌日を迎えた夜月たち野球部はある人物と初対面する。
つづく!




