第45話 伝統校
源氏学園は東光学園ナインのバッティングの動きを確認し、今度は守備の動きの確認をする。
いきなり三者連続三振であまりデータを得られなかったが、バッテリーのデータを掴んだ天ヶ瀬は堅実なバットコントロールで一二塁間を抜いた。
そこでファーストの清原の守備が穴だと感づいた斎藤監督は、『ファール際よりもセカンドとの間やピッチャーとの間を狙い打ちしよう』とサインを送る。
高田もライトからのカバーが遅れ、気が付けば得点圏にランナーがいる状態となった。
柏木の打席になり、フルカウントから最後に放ったボールが甘く入り……
「それっ!」
「うわっ!」
「入りました! 柏木のその雰囲気から似合わない豪快なスイングでバックスクリーンへ運びました!」
「ナイスバッティング柏木!」
「えへへ、やった~!」
「やるじゃないか。私も負けてられないな」
「桜庭くんは単打で稼いだ方がいいかも」
「そうだな。私は生憎ホームランを打てるほどのパワーはない。だから確実に塁に出る」
有言実行の桜庭は本当にヒットを出して塁に出る。
本田も悔しがってたがそれでも立ち直り、渡辺と鷹城を三振にした。
しかし本田は本格派で速球型なので三振は狙えるが、その分球数が増えてしまうことを危惧した天童は一旦タイムを取る。
「タイム!」
「本田先輩、ちょっと球数増えてますね。どうしますか?」
「そうだな……天童、俺さ、新しい変化球っつーか……ストレート系の変化球を二つ覚えたんだ。カットボールとツーシームだ」
「もうそれだったら早く言ってくださいよ。じゃあストレートと同じサインで好きなストレート系を投げてください。あんまり別々にすると俺も覚えられないので」
「安心しろ、俺も覚えられない。田中には申し訳ないがな」
「はは、じゃあ期待してますよ!」
一声かけた結果なのか、ツーシームとカットボールを上手く使い分けて打ち取り、球数も少し減らせた。
4対3で東光学園がリードしているが、名将斎藤監督の戦略はまだまだ脅威だ。
現に東光学園は初回以降まったく点を取っていない。
ランナーは出せるものの点につながるバッティングは未だに出ていないのだ。
源氏学園も本田の打たせて取るピッチング変更にまだ適応できず、三振を狙うのか打たせてアウトを稼ぐのか絞れなくなり、なかなか点を取れないでいた。
そのまま7回ウラになり、ついに天ヶ瀬は交代か……と思われた。
「まだいけるかい?」
「当然っす……! こんなところで引き下がる俺じゃないの知ってるでしょ?」
「前の試合で温存しておいてよかったです。東光学園は一筋縄ではいきませんからね。だからエースの天ヶ瀬さんを溜めたんですよ。皆さんはそれを知っているはずです。どうか彼のために点を取りましょう」
「はい!」
源氏学園は7回のラッキーセブンで一旦ベンチで黙祷をする。
精神統一のために深呼吸をし、いかに仏教の教えが野球に活かされてるかが見えた。
東光学園のベンチもさすが仏教校だと感心せざるを得なかった。
7回のウラの源氏学園の攻撃、一番の蒼井裕介は亮介と同じ小技と俊足が武器だ。
小学校の時は二人でサッカーをやってたが、まったく芽が出ずに野球へコンバートすると、才能が一気に開花する。
そんな双子の外野の守備は鉄壁で、俊足を生かしたプレーでいくつものファインプレーを生み出した。
蒼井裕介はサード強襲のヒット、弟の亮介は三遊間を抜き、伊集院はライトの犠牲フライで二塁ランナーを進めた。
そして四番の天ヶ瀬だ。
「よし!来い!」
「天ヶ瀬はここのところいい当たりが多い。それもパワーがある割に長打は少ないが、確実に打点を稼ごうとしている。本田先輩の体力的にこの回を抑えないとヤバいから、天ヶ瀬には三振を狙わせてもらおう」
「強打者を三振に取るほど気持ちいいものはないもんな。俺の希望通りで嬉しいぜ、明っ!」
「スライダー……? 変化が思ったよりしない……っ!」
「ファール!」
「よし! ナイスボールです!」
「このピッチャーは変化量をコントロールできるのか……。だったら……!」
「またバットを短く持ったか。お手本のようなバッティングが多いこいつにはストレートで抑えれる自信がある。本田先輩ならいけますよ」
「自信ありげだな。でもここは……真っ直ぐだろ! ふんっ!」
「ストレート……おらあっ!」
「センター!」
「オッケー!」
「タッチアップあるぞ! 夜月! 焦るなよ!」
パシッ!
「走れっ!」
「ショート! カットに入れ!」
「思い切りいけ! 夜月!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ホセ仕込みの外野送球で夜月は全力で低い弾道のバックホームを投げる。
志村は自分によるカットはいらないなと判断したのか一歩引き、ボールはそのままホームベースへワンバウンドしていった。
天童がキャッチした後はクロスプレーで、蒼井裕介と接触した。
結果は……
「セーフ!」
「よっしゃあ!」
「ナイス犠牲フライだ天ヶ瀬!」
「いいぞ俊哉!」
「裕介もナイスラン!」
「むう……同点か。やむを得ないな……川口、出番だ」
「はい!」
石黒監督は本田ではこの状況を打破できないと判断され、中継ぎの川口に交代させた。
本田は悔しそうだったが、それでも奪三振は10と好成績を収め、プロへのアピールとしては充分だった。
川口はその後はスプリットとストレートを駆使して天道、柏木、桜庭を抑えて攻撃に入る。
源氏学園はまだ天ヶ瀬を起用する事に驚き、なんという根性なんだと感心した。
8回はお互いに膠着状態になり、ついに9回の表となった。
志村がフォアボールで出塁するも、天童がダブルプレーになり、もう後がなくなった。
そんな中で四番の中田がここで本領発揮する。
「おらあぁっ!」
「嘘だろ!? あのアウトローを強引に引っ張りやがった!」
「レフト! 追うんだ!」
「これはムリだ……!」
カコーン!
中田の引っ張った打球はそのままレフトスタンドに入り、5点目をようやくつかみ取った。
夜月もフォアボールで出塁、清原がツーベースの長打を放ち、その勢いに乗ったのか三田もバスターで内野をかく乱してタイムリーと6点を獲得。
そして9回ウラの抑えに道下が登板し、最後の四番の天ヶ瀬になる。
「くそー! こんなところで終わらせないぞ! 絶対に塁に出てやる! 来い!」
「道下先輩は球速があまりないが、変幻自在の緩急でより遅く見える投球が武器だ。ちょっとこいつは打ち気が強いから翻弄されてもらおう」
「そうだね。その方がいいかも!」
「くっ……! なんつー遅い球……!」
「ストライク!」
「ナイスボール! よし、天ヶ瀬も打ち気が強くてイライラし始めてるぞ。とはいえ仏教校だからすぐに落ち着きを取り戻すだろうし、もう少し翻弄してやろうか」
「スローカーブね……それっ!」
「スローカーブか……待てば問題ないっ!」
「ファースト!」
「くっ!」
「ファール!」
「ちっ……少し早すぎたか」
「よし! あと一球で締めましょう! 道下先輩といえば……この変化球っしょ」
「斉藤先輩に伝授したあのボールだね。わかった……それっ!」
「ただの棒玉じゃないか、打てる!……は?」
道下の伝家の宝刀であるナックルボールは、元々はただの棒玉だったが、無回転でいるにはあえて指先に引っかけたり握ったりしないで独自の掴み方で前に放るように投げ、不規則な変化量で天ヶ瀬を翻弄した。
ところがナックルボールに慣れてない天童は、ミットからその投球を後逸し、天ヶ瀬は一気に振り逃げで一塁まで走った。
「キャッチャー後逸したぞ! 走れ!」
「うし! ここで運がいいぜ!」
「天童くん後ろだ! 早く! でも焦らないで!」
「後ろか! あった! うおぉぉぉぉぉぉっ!」
「これで一矢報いる事が出来たぜ! っしゃー!」
スパーン!
「なっ……!?」
「アウト! ゲームセット!」
天童の放った全力の送球は、まるでレーザービームのごとくのスピードと軌道で、清原も何も考えずミットにすっぽり入ったことに驚いた。
試合は6対4で東光学園が勝利し、ついに準決勝進出となった。
準決勝の相手の速報を見ると、神奈川の三国志と呼ばれる金浜、常海大学相模、そして帝応義塾のうちの常海大相模となった。
主将の阿左田率いるくせ者集団に東光学園はこれから挑む。
天ヶ瀬は悔しそうに涙を流し、『自分にはまだ足りないものが多い』と思ったのか、帰ってすぐにグラウンドに向かおうとしたが、斎藤監督に『たまには休むことを覚えよう』と諭されてストレッチして帰る事にしたらしい。
石黒監督は反省会だけでなくよかった点と伸ばしたい点を先に述べさせたりと、ポジティブな一面も見れるよう心掛けたのか、反省する事が多くてもそこまでへこんだり落ち込むことはなかった。
誰もミスを責めたりするような空気ではないため、初心者でもレギュラーになれる事は珍しくないこのチームで、同じくせ者集団の常海大相模と戦うのだ。
準決勝まで時間はある、東光学園硬式野球部は一度学校に戻り、少しだけリフレッシュするのであった。
つづく!




