第44話 源氏学園
前期を終えた東光学園は秋休みに入り、硬式野球部も本格的な練習に少しだけ入った。
その間にも各選手共に成長をして、それぞれの役目を果たせるほどにもなった。
レギュラー陣も前回の日ノ本大学湘南戦でレギュラーだからとプレッシャーにならないようにメンタルケアもするなど抜かりない指導をしていった。
そんな中で中田がついに覚醒した。
「おらあぁっ!」
「うわっ! また柵越えじゃん!」
「中田先輩、最近場外まで飛ばすようになったね」
「とくにレフト方向へ引っ張った打球はめっちゃ伸びるんだよな」
「まあ初球か真っ直ぐ限定だけどな。それでも変化球には逆らわずに単打にする技術も出てきたしいいと思う!」
「うっしゃあー! って、ここで驕ったら主将失格だわ……。まだ本田の重いストレートには慣れてねえしな。榊も球威があるから飛ばすのもやっとだぜ」
「あざっす!」
「今度は詰まらせてやるさ!」
「ふむふむ、中田はプルヒッターとして覚醒。本田もピッチャーとして球威が増したな。園田も安定感が出てきたし、山田も小柄なりのプレーを身につけた。天童は相変わらずの盗塁阻止率に高さ、松井の変則ストレートの使い分け、田中もまた頭がよくなった。問題は不器用組の志村と夜月、そして榊か……どれどれ」
「ふんっ!」
「おお! 榊もフォークに落差がついてきたな! スライダーやシュートもいい感じだぜ!」
「カットボールも覚えようと思うんだ。そしたら打たせて取る事も出来るし、球数も減るかもしれないしな」
「なるほどな。それもいいな」
「ふっ!」
「うわっ! ファールラインギリギリかよ!」
「スクイズやセーフティなのによく決まるなあ……」
「芯から外すだけじゃなく、あえて芯で当てるのもバントだってようやく気づいたんだ。俺って結構頑固なところあるからさ、もう少し頭を柔らかくしようって決めたんだ」
「これは鬼に金棒だな」
一方の夜月は……
「ふんっ! ふんっ!」
「いいわね。大分自分の武器をものにしてきたわね」
「黒田先輩のプロデュースのおかげっすよ」
「そろそろあなたも一人立ちしてみてもいいかもね」
「それもそうっすね。寂しいですが、いつまでも依存してたら成長はしない、ですよね?」
「ふふっ、よくわかってるじゃない」
「まあ……中学で二つ下の後輩に俺に依存してるのがいるのでよくわかるんですよ」
「よっぽど信頼されているのね」
「さあ、信頼というよりもあれはもはや崇拝にしか見えないです」
「なるほどね。じゃあもう私のプロデュースも必要ないかしら……?」
「いえ、黒田先輩にはまだやる事がありますよ」
「私のやる事?」
「卒業するまでにずっとうちのチームを応援してください。灰崎先輩はどんどん取材に来てもいいと伝えてください。まああんなに部活があるから取材一つするのも苦労すると思いますが」
「そうね、真奈香にはそう伝えておくわ」
「先輩、その……クリスマスなんですけど、横浜に行きませんか?天童が彼女とデートで行くはずだったんですが、『彼女が都合が悪くなって赤レンガのチケットが余った』らしいんです。譲ってもらったのでよかったらどうでしょう?」
「そうね……最近『自分を犠牲にし過ぎ』って真奈香にも言われたし、たまにはリラックスしようかしら。でも車いすだから介護大変よ?」
「わかってます。黒田先輩のためなら頑張りますから」
「そう……ありがとう」
夜月は純子と少しだけいい雰囲気になり、思い切ってデートに誘ったらオーケーをもらい、二人はクリスマスに横浜でデートする事になった。
夜月にも覚醒の兆しが見えてきて、純子のプロデュースも終わりに近づいている。
各選手徐々に育成が成功しつつある中で、相手校の源氏学園に行ってみよう。
「黙祷!」
「……。」
「よいですか?心を無にすることで余計な煩悩を祓うのです。欲を持つことは悪いことではないのですが、その欲が本当に自分に必要なのかを考えるのです。いらない欲を祓う事で心を無にすることが可能です。さあ、自分の煩悩に喝を入れましょう」
こちらは鎌倉の仏教系の男子校で、練習をする前に座禅を組んで黙祷する事で集中力を高める。
試合の日になると、ここ平塚球場ではスターティングメンバーが発表された。
先攻・東光学園
一番 セカンド 山田圭太 一年 背番号14
二番 ショート 志村匠 二年 背番号6
三番 キャッチャー 天童明 一年 背番号2
四番 サード 中田丈 二年 背番号5
五番 センター 夜月晃一郎 一年 背番号8
六番 ファースト 清原和也 一年 背番号3
七番 レフト 三田宏和 二年 背番号7
八番 ライト 高田光夫 一年 背番号19
九番 ピッチャー 本田アレックス 二年 背番号9
後攻・源氏学園
一番 レフト 蒼井裕介 一年 背番号4
二番 ライト 蒼井亮介 一年 背番号9
三番 ファースト 伊集院南斗 二年 背番号3
四番 ピッチャー 天ヶ瀬俊哉 一年 背番号1
五番 センター 天道春真 二年 背番号8
六番 サード 柏木空夫 二年 背番号5
七番 セカンド 桜庭遼 二年 背番号4
八番 ショート 渡辺いのり 二年 背番号6
九番 キャッチャー 鷹城恭介 二年 背番号2
となった。
しかし上原は源氏学園のマネージャーを見て、何やら苦手意識があるのか目を逸らすなどをした。
「あの人……要注意かもしれません」
「え? あの男がどうかしたか?」
「わからないけど……なんかただ者じゃない気がするの」
「よくわからないが、俺たちはこの試合に勝つまでだ。弱気になったら勝てるモンも勝てねえぞ」
「それもそうだね。みんな!頑張って!」
「「はい!」」
「整列!」
「いくぞ!」
「「おー!」」
「これより東光学園高校と源氏学園高校の公式戦を行います。両主将握手を」
「お願いします」
「ラフプレーのないようお願いします。では……礼っ!」
「「よろしくお願いします!」」
「「っしゃーす!」」
サイレンが鳴り、本田は堂々とした投球練習をする。
久しぶりの守備緊張する清原ではあったが、夜月が事前に捕れなくても高田が『カバーするから安心しろ』と言われ、ちょっとだけ自分が逸らす前提なんかいと思いつつもプレッシャーから解放される。
一番の兄の蒼井裕介は背が小さく細いが、パワフルなスイングが特徴で男気スイングとも呼ばれていた。
だが本田のストレートに手も足も出ず空振り三振。
二番の弟の蒼井亮介も伊集院もあっさり三振を取るなど好調なスタートだった。
攻撃では山田がまさかの先頭打者ホームランで1点を取った。
「うおぉぉぉぉぉっ! 山田ナイスバッティング!」
「お前チビのクセにホームランとか生意気だなー!」
「へへっ! 最近夜月と清原と一緒に筋トレしてきたからね! オイラだってホームランは打てるんだぞ! まあ人生はじめてだから気持ちいけどな!」
「ホームラン童貞卒業ってわけか」
「おう松田、それはダメだぞー? オイラだってチビなの気にしてるんだからなー?」
「いいじゃねえか、ホームラン打てたんだからよー!」
「……。」
「はっはっは! これもパッションだ! 水嶋くん、データは取れたか?」
「はいっ! 余裕ですっ♪」
その後は連打を浴びて志村と天童、中田、夜月とシングルヒットを重ねられ、清原の2点タイムリーや三田のスクイズで一気に4点を獲得。
天ヶ瀬は本来ならここで交代するタイミングだった。
それでも斎藤大介監督は一向に代える気がなく、おまけに天ヶ瀬自身にも全く疲れが見えないし焦りもない。
すると急に高田と本田を三振に取り、流れを打ち止めた。
上原は悪い予感がよぎったが、気のせいであってほしいと願った。
しかし上原の悪い予感は夜月にも感じ、守備に着こうとする夜月は上原に声をかける。
「上原先輩、さっきから向こうのベンチを見てから様子が変ですよ?」
「うん、実は彼に気になる事があるの」
「ああ、あの水嶋マネージャーですか? あいつ俺と同い年で、ああ見えて女っぽいですけど男ですよ?」
「それは男子校だからわかってるけど……あの人、何で選手としてもレギュラー取れるのにマネージャーやってるんだろうって。それに向こうの監督は何か仕掛けてきそうなの……」
「あー、あのパッションお化けの監督ですか。あれはうるさいけど指導力は確かで、ヘッドコーチの石川才人さんも有能らしいです。天ヶ瀬ってやつも神奈川では気迫のあるエースとして有名だったんですが、源氏学園に行ってから余裕すら感じますね」
「いずれにしてもそんな選手たちが簡単に点を差し上げるわけがないと思うの。早いとこ大量得点して逃げ切ったほうがいいかも」
「そうっすね。上原先輩の進言はよく当たりますからね。一応監督に報告しますか?」
「うん、お願い」
そう言って夜月は上原が言ってたことを石黒監督に報告する。
すると石黒監督も斎藤監督の手腕を知っていたらしく、あえて点を取らせて相手の出方を見てジワジワと自分たちの流れに持ち込む戦術が特徴だ。
その結果、夏には王政大学第二に勝利し、青葉学院を苦しめたのだ。
一方こちらは源氏学園ベンチ。
「はぁ~……! やっぱり東光学園はそう簡単に打ち取れねえな」
「そう焦る事はないさ。4点で済んだだけ上出来じゃないか」
「だったらもう少し抑えきってもいいんじゃないか?」
「桜庭! お前は厳しすぎるぞ!」
「天道は天ヶ瀬に甘いんだ」
「まあまあ二人とも~……」
「まあこれから点を取り返していけばいいですよ。そうだろ、監督」
「もちろんだ! どんどん点を取っていくぞ!」
「これで相手のバッティングのクセが見つかりました。水嶋さんは本来ならレギュラーになれるのですが、足首のケガでマネージャーとしてやっています。そんな彼のために春の選抜を目指し、そして春にはケガが治ってますから合流して試合に臨みましょう」
「はい!」
「みんなー! 真樹は捻挫で選手としてじゃないけど、一緒に甲子園に行こうね!」
「お、おう……」
「んもー! その塩対応はなにー!?」
「マネージャーだからって女装する事はないだろ」
「そんな暇があったら早く足を治すんだ」
「俊哉くんも桜庭先輩もひどーい!」
「ふふっ、伝統にこだわらずいい雰囲気ですね。じゃあここからは……本気で行きましょうか」
つづく!




