第41話 王政大学付属第二
4対1となった7回の表、天童の打席になると天童はスリーベースヒットを放って一気にチャンスに。
中田の打席になると、天童がズボンが下がったのを気にしたのか、一旦ズボンを上げる仕草をする。
すると中田は頷いて、何やら何かを仕掛けるつもりだ。
キャッチャーの阿部はスクイズはないと思いつつ、犠牲フライにするつもりだろうと判断したのか、ボテボテのゴロでアウトを一個ずつ取る選択をした。
その初球だった……
「いけ! 天童!」
「よっしゃー!」
「なっ……!?」
「ここでスクイズ……?」
「中田先輩! 頼みます!」
コンッ……
中田の放ったスクイズはサード方面へ転がり、ピッチャーの三橋を戸惑わせ、サードの田島もギリギリ追いつかない状況だった。
おまけに中田は人生で初めてのスクイズなので、相手にとってもそんなデータはないと困惑し、5点目を手に入れた。
中田はそのままアウトになるも、5対1と順調な勝ち上がりを見せた。
ところが8回のウラに栄口も『お返し』と言わんばかりのスクイズ成功、巣山のフォアボールから田島がスリーベースで追い上げ、花井のホームランで一気に同点になった。
9回の表で勝ち越ししか許されないこの状況で、石黒監督はついに動き出した。
「松井の代打に清原で行こう。一発のロマン砲で頼んだぞ」
「うす! タイム! 松井の代打で清原っす」
「バッターの松井くんに代わりまして、代打清原くん。背番号3」
「来い!」
「一発のロマン砲で来たか。こいつはミート力が甘いが当たれば一発が大きい怖いバッターだ。守備が下手だから守備につく事はないだろう。こいつを打ち取ればうちがサヨナラで勝利だ。強気でいくぞ」
「インハイに……シュートっ!」
「うぐっ……!」
「ボール!」
「いいぞ! これで相手もビビったと思うぞ!」
「こいつ……! 球が遅いって思ったけど、思った以上に伸びてくるな……!」
「こいつって言うけど、一応お前より先輩なんだぞ……? まあ一見不良っぽいし仕方ないか。それよりもインハイに少しのけ反った時点でこっちの勝ちだ。焦らずにカウント取りに行くぞ」
「アウトローに……カーブっ!」
「カーブか……ふんっ!」
「ファール!」
「ちっ……!」
「いいぞ三橋! バッタータイミングずらされてるぞ!」
「もうなりふり構ってられねえか……」
「バットを短く持った……? 清原はかなり自分中心だと聞いたが、噂はただの噂か。もし噂が嘘なら怖いバッターになる。外れてもいいから真っ直ぐでアウトローで行こう」
「外れてもいいからアウトローに……真っ直ぐっ!」
「ストレートっ!」
「よし! 三橋のくせ球ならそう簡単に……」
「おらぁっ!」
「何っ!? レフト!」
「オーライ! オー……あっ!」
「なっ……何ぃぃぃぃぃっ……!」
「やっちまった……!」
「あの野郎ぉっ……!」
「ごめんなー!」
清原の放った打球はちょっと深めなレフトフライに……と思われたがレフトの水谷がまさかの捕球ミスを犯し、ついに後ろに逸らすエラーとなってしまった。
清原は遅い足で全力疾走しながら二塁へ到達、東光学園にとっては大きなチャンスとなった。
三橋は前も練習試合でこんな事あったような……とちょっと複雑な思い出がよみがえった。
阿部はすかさずタイムを取って三橋に声をかける。
「三橋! 大丈夫か? 今のは俺も想定外だった……」
「だ、大丈夫! 俺はまだ平気……。でも……一年の時に同じ事があった時はショックだったけど……試合はミスする時もあるから……切り替えて……いこうと……思う……」
「何だ、意外に冷静じゃんか。心配して損したぜ。だったらやることは同じだな、次のバッターを抑えてサヨナラ勝利を目指すぞ!」
「う、うん!」
三橋は冷静さを欠く事がなかったものの、野手陣が次は自分がエラーするんだろうかという不安がよぎってしまい、思うように守備が出来ずに初動が遅くなってしまった。
その結果、志村のツーベースの間に代走の山田がホームへ還り、夜月がさらに苦手なはずの送りバント成功、天童もタイムリーを放って7対5となった。
9回のウラではキャッチャーが守備固めで天童から田中へ、ピッチャーは抑えの道下が栄口と巣山を抑え、残るは田島一人となった。
「っしゃーす!」
「田島とは去年の秋季大会で随分打たれたからな、去年の秋のリベンジといったところか。道下にとってははじめての対戦だが、そう怖がることはないぞ。道下なりのいいピッチングを見せてやれ」
「言われなくてもそのつもりさ。僕は僕のベストを尽くす……小野先輩もそうしてきたからねっ!」
「ストレート……ふんっ!」
「ファール!」
「道下先輩ナイスボール!」
「相手タイミング合ってきてる! 警戒していこう!」
「田島の動体視力をなめてたわけじゃないが、ここまで対応してくるとはな。俺も正直驚いたよ。確かインタビューでランダムに描いてある番号を順番に指で突く練習で7秒台だっけ? 道下のような遅めの球でも対応しそうだな。だがあえて……この球ならどうかな?」
「ジャイロボールか……僕の一番得意なボールだね。それっ!」
「ストレート……いや、ジャイロボール! ふんっ!」
「ファール!」
「いいぞ道下!」
「ねえ、今のジャイロボールっしょ?」
「よくわかったな」
「三橋ほど遅くはないけど、回転がジャイロ回転してたからね。彼、いいピッチャーだけど惜しいかな」
「それは何でだ?」
「回転の割にボールが軽すぎるもん。タイミングさえわかれば打てるかも」
「ハッタリか……? いや、こいつの場合はガチでそうだから怖いな。こうなったら……道下、お前は嫌がるかもしれないが、ずっと封印してきたあの球でいこう」
「いや、あれはまだ実戦で使えるものじゃない」
「まだダメか。じゃあインローの真っ直ぐだ」
「それなら……いけるっ!」
「よしきた!」
カキーン!
「ファール!」
その後も5球連続でファールを決められ、田中にとってはもうどうリードしても田島に打たれることは想定していた。
道下の球はジャイロ回転してても球が軽く、芯に当たれば簡単に長打に出来るほどだった。
道下は手首が固く、回転をかけようもどうしても中途半端になってしまい、短期決戦で決着しないと相手が投球に慣れて打たれまくる弱点があるからだ。
おまけに封印していたというシンカーは過去に田島にめった打ちにされ、練習試合とはいえ6失点もされたトラウマがある。
それでも田中はシンカーを要求し、ついに道下は心が折れたのかシンカーを投げる決意をする。
「わかってくれ、もうなりふり構ってられないんだ。田島はそれほど甘いバッターじゃないのはわかってるはずだ。今の道下ならシンカーを決めれる」
「田中くん……僕を信じてくれるのなら投げてみるよ! それっ!」
「真っ直ぐ来たか……? いや、これはっ……! くっ……!」
「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!」
「やった……!」
「道下先輩ナイスボール!」
「今のはシンカーか!?」
「じゃあついに克服したんだな!」
「というより、『握りを変える』って前に言ってたし、それが決まったんじゃね!?」
「とにかくナイスボールっす!」
「いいぞ道下! とりあえず喜ぶ前に整列だ! 応援団へのお礼もするぞ!」
「はい!」
「東光学園と王政大学付属第二の試合は、7対5で東光学園の勝利です!では両校とも整列! 礼っ!」
「「ありがとうございました!」」
「「っしたーっ!」」
「みんな集合! 最後はあの道下くんのシンカーにやられたわね。相手は凄く嫌がってたみたいだけど、成長しているのはうちだけじゃないってのがわかったでしょ? 東光学園の監督は育成の神と言われているほどすごい指導力なの。私も彼の指導者塾に通った事もあるわ。そこで……試合の反省も大事だけど、今度からは試合で掴んだものを先に言ってもらうわ! その方がポジティブシンキングも出来ると思うの! 帰ったらストレッチをしっかりして身体を休めなさい!」
「はい!」
「みんなお疲れ! 今日も試合に勝ったな! あの姉ちゃんはな、俺の教え子でもあるんだよ! 指導者塾の卒業生でな、高校生の頃にマネージャーだった彼女が監督になりたいと言ってうちに来たこともあるんだよ。まさか相手が教え子だとは思わなかったな」
「え? じゃあ今更気づいたって事ですか?」
「相手のミーティングを聞いて思い出したよw」
「もうー! 監督どんだけ目の前に集中型なんですかーw」
「はっはっは! だって髪形が変わってたし、当時はメガネしてたからわかんないよーw 山田、お前監督である俺をいじるのも大概にしろよー?後で怖いノックがあっても知らないよ?」
「そ、それだけは勘弁してくださいw!」
「ははは! 圭太、お疲れ様だな!」
「本田先輩だってよく監督をいじってるじゃないですかー!」
「圭太ほど無茶振りはしないんだよ。俺はスキンヘッドだからご利益ありそうだから触ってもいいかって、いじってもいい権利を与えてるから大目に見てもらってんだよ」
「ムキー!」
「いいからそろそろ出るぞ! 次の試合が待ってるから俺たちはグラウンド整備に回るぞ!」
「わ、わかったよ夜月! そう急かさないでくれよー!」
こうして王政大学第二高校に勝利し、石黒監督の師弟勝負を制した。
道下の課題である回転数の少なさは手首の固さが原因とスポーツ科学部で判明し、今後はリストカールやヨガで手首の柔軟性を上げる練習も追加された。
次の対戦相手は日ノ本大学付属湘南高校で、『桜旋風』と呼ばれるピンクが特徴のチームだ。
しかも日ノ本大学が全面的にバックアップもしているので設備もよく、遅い時間まで練習をしているので絶対的な自信もある。
そんな相手に東光学園は勝てるのか。
つづく!




