第37話 自己研究
9月に入り、前期も終わりに近づいたころに硬式野球部はスポーツ科学部のところへ行き、それぞれの足の重心や骨格などをデータ化する。
すると夜月は左足に重心がかなり寄っていることが判明し、右足にも重心を乗せるよう矯正するメニューまで追加された。
そんな中で、またある女子生徒が硬式野球部のお邪魔する。
「こんにちは」
「あ、黒田先輩! 今日も来たんですか?」
「ええ。まずは秋季大会の県予選進出おめでとう。新チームになっても順調だから他のみんなの今の能力を見に来たの」
「そしたら新主将を呼んできますね。中田先輩!」
「あ? どうしたんだ夜月」
「黒田先輩がまた指導をなさるそうですよ!」
「マジか……! あいつ俺たちの個性を磨く天才だけど、メニューが鬼のように厳しいんだよな……」
「中田先輩は黒田先輩が苦手なんですか?」
「まあな……なんでもお見通しみたいな感じが苦手でな。まるで普段から観察されているみたいで、あまり教室でも声をかけたくねえんだ」
「なるほど……。でも彼女のおかげで今の俺があるので感謝してるんすよ」
「それは言えてるな。全員集合!」
「はい!」
中田は純子に苦手意識が強いものの、実際に新チームになっても強くなったのは事実で、指導力と観察力については一目置いていた。
渡辺も彼女のプロデュースのおかげで春の選抜に出場できたと絶賛していたし、認めざるを得ないというのが本音らしい。
純子は部員全員を集めると、鶴の一声のようにそれぞれのメニューを出した。
「石黒監督は今日は大事な監督会議のため出れないから代わりに頼むって言われたの。なので今からこれを渡すのでじっくり見て各自で臨んでください。これは今の皆さんの課題の短所と伸ばすべき長所を考慮した結果です。私は足が不自由だけど、それでもみんなのことをちゃんと見ているから安心してください」
「げげっ! 俺は走り込み中心かよ……!」
「オイラは筋トレだけどそんな重い重量じゃないのかー」
「俺は思ったより楽……なのかな?」
「それぞれ思う事や戸惑うことはあると思うけど安心して。きっと悪いものじゃないと思うから。じゃあ各自……特別メニュースタート!」
純子の始動通りに各部員は散り散りになって特別メニューを開始する。
松井は『球速の遅さと打たれ弱さ』が課題だが、その代わりにムービングボールの取得、小野ほどではないが繊細なコントロールがある。
そのためにパニックにならない頭の整理のし方をを心理学部の提供でトレーニングをする。
天童は『キャッチングとフレーミング』が課題だったがちゃんと克服し、残るはランナー牽制で身体能力任せなところを矯正することになった。
清原は夜月と共にファーストの守備と送球処理の練習だ。
硬式テニス部の協力の下でテニスのサーブをファーストミットで捕り続ける。
岡と志村は二遊間の連携やグラブトスなどのトス練習をする。
さらにはランニングキャッチボールと体勢を崩しながら投げれるようにする。
中田と三田はパワータイプなので下半身の強化を徹底し、走り込みの長距離だけでなく、坂道を何度も往復して走り込む。
本田は投手としてはコントロールが悪いのでリリースをどこに意識するかの確認の撮影をする。
球速はあるのでリリースで活かそうとする作戦で、守備で自慢の矢のような送球にも活かせそうだ。
投手陣は園田と道下、綾瀬が安定したピッチングだがイマイチパンチ力がないとの事で、何か自分だけの武器を手に入れるために投げ込みや握り替えの試し投げなどをする。
榊は本格派として変化球の握り確認や握力強化、さらに数種類のスクワットで体幹を鍛える。
川口は抑えとしていつでも登板できるようにと身体の温め方を猛勉強し、動的ストレッチや疲れない投げ込み方を教わった。
「投手陣は安定はしているけど、イマイチ何かの個性が足りないのよね。もしこれで何か個性的な能力が付けばきっと……。あとは野手陣はどうかしら?」
純子は野手陣の様子を見に行った。
田中はまた正捕手は譲ったものの、春の甲子園では正捕手で努力の結果で頭を使うリードを取るようになった。
夜遅くまで読書をした結果、代償として視力が落ちてメガネをかけている。
コンタクトレンズだとドライアイなので厳しいとの事で、スポーツ用メガネを購入してそれに慣れてもらうメニューだ。
田村は清原と違って捕球が安定しているが、守備でのバント処理やイレギュラーバウンドの対応が苦手で、バッティングでもあまり長打をしないので守備固めで入ってもらうように守備力を徹底する。
山田は体格が小さいので小さいままプレーが出来るようにウエイトトレーニングは控えめ、ジャンプ力や柔軟性を上げる事にした。
木村は瞬発力、足の速さ、守備の初速は問題ないが打球処理が課題で、グローブの管理のし方や扱い方を一から教わる。
片岡は技巧派なのでどうやってその投球はその打球にしているかをいかに他人に教えられるかを特訓中だ。
高田は器用すぎて消極的になりがちなのだが、逆に言えば堅実なのであえて堅実なままにして、いかに最悪の結果を招かないように心掛けるよう叩き込む。
石田はブルペンキャッチャー故にピッチャーの暴投に強いがストライクに見せる技術が天童より甘く、捕る瞬間にピタッと止めるよう意識してもらった。
これでも春の甲子園の準決勝で勝利に導いたので充分に期待が出来るキャッチャーでもある。
最後に松田はファンブル率がやや高めで、バウンドの合わせ方を音楽に乗せて走ってみたりとバラエティ豊かなメニューで合わせ方を練習した。
しかし純子が一番気になった夜月にはつきっきりで練習を見る。
「何で毎回詰まっちまうんだ……?」
「ドアスイングでもないし、下半身主導の振り方もしているわね。もしかして……夜月くん、一応ホームベースから離れてみて?」
「は、はい……。こんな事したらアウトコース届くのかな……? 来た……ふんっ! あ……!」
「なるほどね……。原因がわかったわ。あなたは前足を踏み込むタイミングが少し遅いの。一本足打法はタイミングが取りづらいし、かといってすり足だとせっかくのパワーが伝わりにくい。となればオープンスタンスで構えてみて?」
「足を開くんでしたね。こんな感じに……あれ?」
「どうしたの?」
「普通に閉じるよりピッチャーがよく見える気がします。じゃあ踏み込むときも一応開いてみますね」
「本来ならあまり正しくない踏み込みなんだけど、試してみてしっくりきたらそれもあなたにとって正解かもしれないわ。やってみましょう」
「よし……ふんっ! うおっ!?」
「嘘……!? ここまで飛ぶの……?」
夜月はふざけているわけではないが、セオリーから離れた踏み込みをしてフルスイングすると、今まで踏み込みが真っ直ぐだった分、腕の長さと身体の硬さが災いして窮屈なスイングになっていた。
ところがガタイのよさを活かしてあえて開いてみると、腕が伸び切ってるため遠心力を活かし、独特のフォームで上手くボールを運んだのだ。
本来なら体を開くのはよろしくないが、だからと言って正しいフォームがその人に合っているかはわからない。
独自のフォームが夜月にピッタリ合い、純子はあまりのフィット感に驚いて声も出なかった。
すると純子は興奮したのか不自由な足で立ち上がって夜月に近づいた。
「あなた……私が想像したよりも成長したじゃない! この私でさえビックリしたわ! って……きゃっ!」
「先輩! もう、不自由な足で歩こうとするからですよ! 立てますか?」
「大丈夫よ……。あなたって無意識に人を助けられるのね。本当に強い心だわ。あなたになら話してもいいかしら……? 二年前の出来事を」
「あのマイナスエネルギーとかプラスエネルギーのですか?」
「ええ、そうよ。今からはあなたにとってはよくわからないかもしれないが聞いてほしいの。この足が不自由な理由を……」
「一体先輩の足に何があったんですか?」
「そうね……。二年前の私は中学三年で、マイナスエネルギーを魔力とした『モノクロ団』という悪の組織がいたの。そこと台頭するために私は一人で戦い、四天王を倒しかけるまで追い詰めた。でもこっそり後をつけた真奈香が見つかって人質に取られ、四天王の一人に『厄介だから』って私の足に歩けなくなる呪いをかけたの。歩こうとすると心臓が痛み、呼吸も苦しくなるのよ。そこでサポートしてくれた異世界の王女さまが自分の命を犠牲にしてモノクロ団を封印した。その代償に私は足が不自由になり、『歩こうとすると苦しい思いをする呪い』を背負ったまま生きているの。でも後悔はしていないし、真奈香は『自分のせいで足が不自由になった』って言うけど、元はと言えば秘密にしてたのに巻き込んだ私のせいだから責めないでって言ったわ。これがこの足の真実よ」
「そうだったんですか……。そんなアニメの魔法少女ものみたいな展開、信じられないっす。けどその魔法少女に魔物から助けられたのも事実だし、信じるしかないっすよね」
「あなたなら信じてくれると思ってたわ。だからこそ新たなプラスエネルギーの持ち主を探して、もう一度襲撃があった時に戦えるような逸材を探していたの。利用したみたいでごめんなさいね。それに私自身もあなたに興味があったの」
「俺に?」
「ええ。あなたは自分を客観視できるだけでなく、他人の長短を見極める事が出来る目を持っているの。現にあなたのライバルを攻略し、味方のモチベーションを上げたり能力まで上がってない?」
「そういや同じ寮の郷田には『筋力以外に柔軟性と連動性』を、阿部には『ジャンプ力』を、林田には『動体視力と瞬発力(しゅんぱつりょく)』を、河西には『周りを見る広い視野』を、そして黒崎には『レシーブ以外の武器』をって言って、あいつら全員新チームになってからレギュラー入りしたような……」
「それを今度は自分自身に一つでもいいから向けてみて?もしわからないのなら私がつきっきりでプロデュースするわ。卒業までずっとね」
夜月は純子の笑顔に一瞬ドキッとした。
あまりにも美人で無邪気で、さらにこんなに自信たっぷりで自分にはないものを持っていることに感心しつつ、純子の人を立てる魅力に魅了された。
おまけに黒髪が美しく、髪質もサラサラで女性らしさもあったので可愛いと思いつつ美しいと思った。
特別メニューを終えて片づけを済まし、寮へ戻るとずっと純子の事を考えていた。
夜月は気が付いたら、純子の事が好きになっていたのだ。
つづく!




