第33話 決勝
9回の表になった東光学園は、もう後がないこの状況で一番バッターのホセになる。
ホセは『この試合で最後になるのか』と感傷に浸ってたが、それでも『まだ引退したくない』気持ちが溢れ出し、投球練習中に素振りをする。
小野がここまで持ちこたえてきたので、残るは逆転して斉藤に繋ぐのみだ。
その覚悟を決めたホセはバットを強く握りしめ、バッターボックスに立った。
「来い!」
「彼には何度も塁に出られてるし、ここで進塁されたら面倒なんだよね。暁良くん、ここはわかってるね?」
「打たせて取るより三振でってか? たかっち、俺の気持ちを理解しているね。俺は三振を取ってこそ俺なんだ……あんたには打たせるかよっ!」
「ストライク!」
「おいおい……こいつ本当に一年か? 大輔よりも速いじゃんか」
「ナイスボール暁良くん! 彼に小さな変化球は危険だけど、ここはあえてカットボールで詰まってもらおう」
「いや、こいつに詰まった当たりはかえって怖い」
「やっぱり? じゃあこれでいこう」
「そうこなくっちゃ……俺と言ったらストレートだよなっ!」
「くっ……!」
「ストライク!」
「ナイスボール!」
「嫌だ……俺はまだこのチームで野球をしたいんだ……。このチームは最高の仲間たちだ……負けるわけにはいかないんだっ!」
「その気持ちはお互い様ですよ。こっちの先輩たちだって負けたら引退です。一年の僕たちが足を引っ張りたくないんです。だからごめんなさい……勝たせてもらいます」
「ここに来てチェンジアップか。たかっちもワルだなあ。ふんっ!」
「真っ直ぐ……うぐっ!」
「ストライク! バッターアウト!」
「オッケー! ワンアウトー!」
「すまねえ……先輩なのにカッコ悪いな……」
「いいんです……負けたくない気持ちは伝わりました。俺だってまだ先輩たちと野球がしたいですから……」
「明……」
「よーし!来い!」
「天才キャッチャーと言われてる彼だけど、ここまでノーヒットだ。でも彼は天賦の才があるからいつ打たれるかわからない。左打ちが続くみたいだし真っ直ぐ中心でいこう」
「同じ一年なのにレギュラーなのマジ生意気……。こいつだけには負けたくないねーっ!」
「うぐ……!」
「ストライク!」
「明! 高めは捨てるんだ!」
「あのピッチャーは急に伸びてくるから気をつけて!」
「わかっちゃいるけど……なんでこいつエースじゃないんだろ? いや、弱気になったらダメなんだ。ここで弱気になったら負けちまう……! まだだっ! 来いっ!」
「赤津木くんは精神面がまだ未熟だから打たれると取り乱すからね。だからあまり嫌な刺激しないように慎重に扱ってるんだ。同じ一年に打たれたらそれこそ荒れちゃうからね、手加減なしで抑えさせてもらうよ」
「スライダーを胸元にか、たかっちってやっぱりたまに性格悪いときあるよな。だからこそ俺も……燃えてくるんだよなっ!」
「真っ直ぐ……げっ! スライダー……! しまっ……」
「セカンド!」
「くっそー!」
「シュッ……」
「アウト!」
天童でさえ打たされてしまい、残るはあと一人となってしまった。
9回の表に入ってから演奏を全くしない声だけの応援、コール&レスポンスが東光学園応援席に響き渡り、ただただ行け押せの嵐だった。
あと一人なのでさらに声が大きくなり、ここでキャプテンの渡辺だ。
「ここで負けたら僕の野球人生は終わりなんだ……。負けたくない……さあ来い!」
「彼には長打こそないけど、ここまで2安打とすごい人だ。こんな『曲者たちをまとめてる』だけあってすごいよ。しかもセルフチューバーとして最も人気のある高校生だもんなあ……羨ましいな。それよりも渡辺さんにはこれだよ」
「真っ直ぐをインハイに……投げるっ!」
「我慢だ……うっ!」
「ボール!」
「オッケー! 球走ってるよ!」
「ちっ……」
「彼、本当に一年生?うちのピッチャーでもここまでの逸材なかなかいないよ」
「どうもです」
「君もそんな彼を扱えるなんて、いいキャッチャーだね。でも……甲子園に行くのは僕たちだ。東光学園は負けないよ?」
「はい、そのつもりです。渡辺さんが暁良くんを褒めてくれた……これは試合後に伝えなきゃいけないな。シュートで空振りしてもらおう」
「オッケー。ふんっ!」
「ちょ、外しすぎ……!」
「ボール!」
あれから渡辺の打席はフルカウントにもつれるものの、結局赤津木のスロースターターが災いし、渡辺の打席はフォアボールに終わった。
ここで一発があれば逆転が出来る場面でロビンに回る。
最強の四番バッターに応援席は盛り上がり、クリスも声が枯れながらも精一杯の大声で応援した。
「お兄ちゃん! かっとばせー!」
「ロビン先輩! 一発行きましょう!」
「ロビン頼むぞ!」
「お前が最強のバッターだと見せてくれ!」
「よーし! 来い!」
「やっぱり威圧感あるなあ……。ロビンさんの威圧感に負けてなきゃいいけど……あれ?」
「へへっ……こういうやつと戦うのって面白いな!」
「どうやら大丈夫だったみたいだ。そういえば昔から暁良くんは強い人と戦うのが大好きだった。弱気になってたのは僕の方みたいだ。よし、覚悟は決めたよ。直球と変化球を織り交ぜ、ロビンさんを三振に抑えて自信を持ってもらおう」
「アウトローにスライダー……ふんっ!」
「まだだ……!」
「ボール!」
「いけーロビン!」
「俺たちはここで終わるわけにはいかない!」
「ロ・ビ・ン! ロ・ビ・ン!」
「オープンスタンスになったんだ……。よほど投球を見極めたいんだね。大振りになっても知らないよ?」
「ここで真っ直ぐか……しかもインローね。了解だよっ!」
「くっ……!」
「ストライク!」
「ナイスボール! 相手も打ち気があるよ!」
ここからロビンはワンボール、ツーストライクに追い込まれ、もう後がなくなる。
ここでアウトになれば試合が終わり、東光学園の敗退が決まる。
それだけは避けたいロビンは一度タイムを取り、深呼吸をし終えた瞬間……
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「あのロビン先輩が叫んだ……!?」
「そうか……! ホセ先輩もロビン先輩も、卒業したら母国へ帰るんだっけ……!」
「だからより高校野球に賭ける気持ちは強いんだ……」
「ロビン先輩! 打ってください!」
「なるほどな、もしうちに外国人が来たら同じなんだろうな。だがすまないな、お前を三振に取って……帰国の瞬間に見送ってやるよ!」
「ちょっと……! サインはフォークなのに何でストレート……!?」
「ストレート……!はぁぁぁぁぁぁっ!」
カキーン!
ロビンの放った打球はライトまで大きく飛び、ライトの影山は深追いをする。
ここで打球は落ちると思われた瞬間……影山はファール線沿いにダイビングキャッチを試みた。
結果は……
「どうだ……?」
「落としたか……?」
「あれはまさか……!」
「へへっ……!」
「アウト! ゲームセット!」
「っしゃーーーーーーーーーーっ!!」
「ナイスキャッチ影山ぁーーーーーっ!」
「優勝だぁーーーーーーーっ!」
「負けた……? 俺たちが……?」
「うう……悔しいよ……!」
「整列!」
「くっ……うぐっ……!」
「東光学園のベンチからは信じられないという表情が浮かんでいます! 優勝は絶対王者の金浜高校に決まったぁーーーーーっ!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「ナイスピッチ赤津木!」
「たかっちもナイスリードだ!」
「うん!」
「うっ……ぐすっ……!」
「みんな、立って……。まだ試合は終わってないよ……? ちゃんと整列して相手におめでとうと……ありがとうを伝えよう……」
「東光学園と金浜高校の試合は、2対1で金浜高校の勝利です!ゲームッ!」
「あざっしたーっ!」
「ありがとうございましたっ!」
無情にも試合終了のサイレンが鳴り響き、東光学園は惜しくも神奈川県大会準優勝に終わってしまった。
渡辺はそれでも笑顔で金浜高校主将の筒井におめでとうと伝え、筒井は同じ立場なら同じ事言えたかどうかと悩むほど葛藤した。
金浜高校の表彰式を終え、両校とも横浜スタジアムを後にする。
こちらは金浜高校……
「うおーっ! 今日のヒーローのお出ましだ!」
「大河! いいリードだったぞ!」
「鈴原もよく初心者ながら頑張った!」
「筒井! お前のおかげだ!」
「赤津木も頑張ったな!」
「神田! 赤津木の扱いは大丈夫だったか?」
「皆さんのおかげで甲子園を掴みました! 本当に応援……ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
「ん……? あれは東光学園のマネージャー?」
「選手やマネージャー全員の『想い』が詰まっています……。甲子園……絶対に優勝してください……!」
マネージャーの菊池は涙をこらえながら金浜高校の選手に千羽鶴を手渡しする。
その想いのこもった千羽鶴を受け取った金浜高校の選手たちは、その想いの重さを受け取り、東光学園だけでなく、この大会で敗れた高校の分まで暴れてやろうと誓ってバスに乗った。
一方こちらは東光学園……
「あ、野球部だ!」
「推しかったぞ! 来年は甲子園に行こうな!」
「渡辺くーん!」
「ロビン! ホセ! 海を渡ってくれてありがとう!」
「整列! 皆さんの期待に応えられなくてすみませんでした! 応援……ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
「謝らないで渡辺くん!」
「三年間お疲れ様!」
「あの……お兄ちゃん……」
「ごめんクリス……。僕のせいで負けちゃったよ……」
「ううん……お兄ちゃんは今までで一番カッコよかったよ? だから自信持って帰ろう……?」
「うん……うん……!」
「暁子、来てたのか……!」
「お兄ちゃーん! カッコよかったよー!」
「うう……ちくしょう……!」
「泣かないで……! 私ね、お兄ちゃんのカッコいい姿を見て決めたの! 私……小学校に上がったら野球をやって、いつかお兄ちゃんに指導されて立派な女子野球選手になるから! だからお兄ちゃんも野球やめないで! 約束だよ!」
「ああ……! 次は優勝するから見ていてくれ……!」
「晃ちゃん……」
「水瀬さん、今はそっとしておいてあげて?」
「う、うん……。でもどうやって声をかければいいんだろう……? 寮が一緒なのに……!」
東光学園メンバーはそのまま移動用バスに乗り、それぞれ指定された席へ座る。
夜月はようやく泣き止むと、隣には今まで涙を流さなかった渡辺が悔しそうに泣いていて、かすれた声を出して涙を流していた。
三年生の先輩は全員これで引退で、3年はみんな悔しそうに泣いていた。
その涙を見た一年と二年は、後に続くように声を出して泣いた。
こうして東光学園の夏は終わりを告げた――
つづく
 




