第32話 追い上げ
6回の表になり、東光学園の攻撃になる。
東光学園応援席ではある家族連れが遅れて到着する。
その家族連れとは……?
「試合に間に合わなかった……!」
「もう! お母さんが寝坊なんかするからだよっ!」
「仕方ないじゃない! 朝に弱いんだから!」
「もうっ!」
「まあまあ暁子、それよりも空いてる席は……」
「あれ?あの子は確か……あ! 暁子ちゃん! こっちこっちー!」
「瑞樹お姉ちゃん!」
「おお水瀬さんか! ちょうど席が空いてたよ!」
「もうー、おばさんは相変わらず朝に弱いんだから。とりあえず父母会席に早く移動して?暁子ちゃんは私が面倒を見るから」
「ええ、あそうするわ。水瀬さん、暁子をお願いね」
「はい!」
「ねえねえ! お兄ちゃんはどう?」
「晃ちゃんはね……まだヒットを打ってないんだ。でもまだ6回だから打てるチャンスはあるよ」
「わーい! お兄ちゃんがんばれー!」
一方こちらは東光学園ベンチ
「6回の表、ついに後半を迎えたわけだ。こちらはまだ1点も取れていない。やっぱり0点というのは悔しいよなあ。というわけで、何でもいいから1点取って来い! 最初に打点取った人は俺がジュース奢るよ!」
「マジっすか!」
「燃えてきた!」
「いいんですか石黒監督、こんな約束をして……」
「いいんですよ野村先生。彼らをやる気にさせないと勝てる勝負も勝てなくなるんですから。それに……ジュース奢りは出来ない約束じゃないでしょう」
「それはそうですけど……」
「まああの子たちの活躍を見ようじゃないですか。それよりもここで勝てば甲子園ですから、あの子たち自身で甲子園を掴むところをこの目で見ましょう」
「そうですね。そうしましょう」
「七番、セカンド、我那覇くん」
「よーし! 来い!」
「鈴原くんは初心者からよく金浜のエース候補に上り詰めたよ。スライダーとシュート、そしてチェンジアップを今年になって一気に覚えてものにしたから成長速度が恐ろしいや。でも今回はストレート中心でいこう。まだ変化球に慣れてないからこの大事な試合で使うのは怖いかな」
「了解です。ふんっ!」
「球遅いっ……!」
「ストライク!」
「ヤバい!あのピッチャー球が遅いから……」
「速い球に慣れてる俺らにとってはある意味地獄だな……」
「ううん、それだけじゃないわ。彼はプロフィールには初心者って書いてあったけど、練習試合では勝ち運があって出場した試合は全勝しているの。私たちも小野くんが投げた試合は練習試合含めて全勝してるけど、初心者でこの記録は破格すぎるわ」
「だとしても俺だって抑えで出た試合は負けてないだろ?」
「うん、そうだよね。斉藤くんが抑えた試合は絶対に勝ってるもんね。私ったら何で弱気になったんだろう……?」
「心配しなくていいよ菊池さん。僕が一発打つし、何よりもホームランだけが得点じゃないからランナーを溜めて丈が大きな一発を打ってくれるから」
「お、俺っすか! だとしたら我那覇先輩! 俺まで回してください!」
「うわっ……!」
「ショート!」
「オッケー! それっ!」
「くっ……!」
「アウト!」
我那覇はすぐにアウトになり、次の山岡も三振と後半になってさらに失速した。
九番の夜月はここまで全部凡打で、エースの山口相手に手も足も出なかったが、鈴原と勝負するのはこれで初めてだ。
他の先輩たちは一度だけ対戦済みで、独特の動く真っ直ぐに翻弄された経験もある。
夜月が打席に立つと、一際大きな女の子の声が響いた。
「いっけーお兄ちゃーん! 私にカッコいいところを見せてー!」
「暁子の声が聴こえる。本来ならこんな球場で聴こえないはずなのに……。でも聴こえたからには打ってみせる! 来い!」
「悲運のスラッガー夜月晃一郎くんか。君はランナーがいないとあまり打てない傾向にあるんだよね。チャンスの場面じゃなくてよかったよ。残念だけどここで抑えて初心者の鈴原くんを楽にさせてもらうよ」
「大河さんの気遣いは本当に助かるんだよね。僕みたいなガラスのハートを楽にさせるなんて。インローに真っ直ぐ放てば……打ち取れるっ!」
「うぐ……!」
「ボール!」
「オッケー! ナイスボールだよ!」
夜月は低めインコースをギリギリ見極められ、なんとかボールカウントをもらう。
すると次はファール、その次は空振りと一気に追い込まれてしまった。
大河はシュートで三振を狙いに行き、夜月は目つきを変えて集中した。
「これで終わりだよっ!」
「おらぁっ!」
「しまった……!」
「センター! 下がって!」
「無理だ……打球が速過ぎる!」
「抜けたー! センターの頭上を越える弾丸ライナーだ! 夜月は一気に二塁へ走る! スライディングの判定はセーフ! 東光学園のチャンスは一年が作り上げたー!」
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
「お兄ちゃんカッコいーっ!」
「晃一郎……。よーし、俺も塁に出てカッコいいところ見せてやろうっと」
ホセの打席にはセーフティバントでサードへ転がす。
サードは素手で掴もうとするも掴み損ね、慌てて投げた球はハーフバウンドしてしまい、園垣内はファーストミットからボールを弾いてしまう。
幸い前に弾いたので何とか進塁は避けられたが、結局天童の打席でホセに盗塁を許す。
石黒監督はツーアウトだから好きに打っていいとサインを送った。
すると天童は夜月を見つめて腹をさすった。
夜月は小さくうなずき、天童は集中するように構えた。
しかし腹をさすったところを審判に見られてしまい、天童は声をかけられた。
「タイム! 君、さっきお腹をさすったが大丈夫かい?」
「大丈夫っす。ちょっと腹が減っただけっすよ」
「そうか。飲むゼリーで補給しても構わないからね。ベンチやグラウンドを汚さなければ飲食オーケーだから」
「うす。さあ来い!」
「お腹をさすったとはいえ、見た感じは健康そうなんだけどなあ……。ツーアウトのこのチャンスで胃が痛んだのかもしれないね。ストレスに弱いならこっちのものかも。ここは……」
「わかりました。アウトローに……シュート! あ……」
「ちょ、甘い……!」
「今だっ!」
「三塁ランナー走ったぞ!」
「俺だって!」
「うわっ! 二塁ランナーも!?」
「ここで決めてやるっ! うおぉぉぉぉぉぉっ!」
「スクイズ!?」
「無茶だ天童! 今はツーアウトだから打つ方が安全だ……」
「あー! ピッチャーへ浮いたー!」
「オーライ! あっ……!」
「落球だー!」
「よっしゃー!」
「三塁ランナーの夜月、気迫のスライディングで一点をもぎ取ったー! 天童はそのまま一塁へ! 全員生き残ったスクイズを決めたー!」
天童の一か八かを賭けたスクイズは成功し、おまけにランナーとして生き残る事に成功もした。
夜月は鈴原がまだ初心者でフィールディングがなってないと察し、天童も鈴原のクセを見てスクイズできる可能性を考えた。
さらに天童はチームメイト全員にさりげない仕草を利用したエンドランとスクイズのサインを伝えていて、それをはじめて実践して成功する。
鈴原は落球をきっかけに少し焦り始めたのか、持ち前のコントロールが乱れ始める。
渡辺はフォアボールで満塁になり、次は最強スラッガー・ロビンだ。
「ロビン!いっけー!」
「名家の力を見せてやれ!」
「カモン!」
「鈴原くん……この人だけは正直敬遠したいけど、満塁で敬遠したら間違いなくもう1点取られてしまう。ここは勝負しかないと思うけど大丈夫?」
「ああ、えっと……大丈夫です。落ち着け……冷静になるんだ……。ふんっ!」
「ボール!」
ロビンの打席はもうフルカウントになり、ファールを5球連続で打つなど粘りを見せた。
鈴原の弱点は初心者が故の打たれ弱いのと、長いイニングを投げられない事、そして細かい連携やフィールディングである。
それでも金浜のベンチに入れたのはエースでさえ身につけられなかったコントロールのよさと、同じ変化球でも種類があることである。
それを赤津木監督は手塩をかけて育て上げ、二年目でようやくエース候補にまでなった。
鈴原が放ったスライダーはロビンのバットに当たり、レフトに大きく当たって飛ばすも……
「これ以上好きにはさせないっ! うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「アウト!」
「うおーっ! 筒井ーっ!」
「お前足遅いよ!」
「でもナイスキャッチ!」
「うう……義智……!」
6回の表で1対2になり、夜月のチャンスメイクと天童のギャンブルプレイで流れは掴みかけた。
だがそれ以降は両校ともなかなか進展がなく、膠着状態が続いた。
8回の表で鈴原は降板し、ついに大物ルーキーの出番が来る。
「やっぱ兄貴は俺を抑えに回すよね。ヒーローは俺だけなんだからさ」
「暁良くん、わかってる?」
「心配しなくていいよ文也さん。ここで甲子園なんですから。それに……こんな強者と戦うなんて興奮するじゃん」
「やっぱり君はそういう人だね。とりあえず好き放題やってもらうけど、あまり無責任に自己中プレーはやめてね?」
「わかってるって。そんな事したら疲れるし、後々めんどくさいのは知ってるからさ。さあ早くベンチに戻ってよ」
「う、うん」
赤津木暁人監督の実の弟である赤津木暁良、同じ一年ながら全国の強豪校相手に強気なピッチングをして三振にする剛腕ピッチャー。
少しだけ短気なところもあるがチームワークを重視するムードメーカーでもある。
赤津木監督はそんな彼には最も厳しく指導し、嫌にならない程度に叱ったり、やる気が出るように褒めたりとひいきをまったくしない指導をした。
さらにキャッチャーも大河から背番号12番の神田貴洋に交代し、一年ながら日本一の黄金バッテリーが来たと球場は大盛り上がりした。
赤津木が登板してから東光学園はなかなかヒットが出ず、もう9回の表になってしまった。
今現在の点数は1対2と後がない東光学園に起死回生のチャンスはあるのか――
つづく!




