第1話 入学
彼は夜月晃一郎、神木中学校を卒業したばかりの学生だ。
彼は川崎どころか『世界一の高校』とも言われている東光学園に入学が決まり、これから寮生活を始めるために家を出る。
離れたくないと駄々をこねる年の離れた妹と離れるのは寂しいが、『自分を拾ってくれた学校で暮らしたい』とも思った夜月は、家族に別れの言葉を言って東光学園に向かった。
「じゃあそろそろ行くわ。暁子も寂しいのはわかるが、お兄ちゃんはもっと立派になるために離れるんだ。駄々をこねないでくれ……」
「やだやだー!お兄ちゃんと離れたくないよー!」
「暁子!いい加減にしなさい!晃一郎、しっかりやるのよ」
「ああ……。それじゃあ、行ってきます」
夜月は中学時代は不良と呼ばれていて、受験シーズンに傷害事件を起こしたことで受験先がなくなっていた。
そんな時にどこからか東光学園の職員が『夜月をうちの学校に欲しい』と家族を説得し、心理テストや学力テスト、独自に面接などの受験を乗り越えて合格し、そして晴れて高校生となれた。
南武線から川崎駅まで向かい、スクールバスに乗って移動する。
学校に着くと、もはや学園都市である光景に驚き、周りを見ると本当に恵まれた環境なんだと実感する。
「ここで俺の高校生活が……。中学とは違うってところを見せないと……」
「よっ!晃ちゃんっ!」
「うわっ!ってなんだ……瑞樹か」
「なんだって何ー!?あ、もしかして照れてるとか?」
「そんなんじゃねぇよ。でもまさか高校でも同じだとはな」
「えへへ♪私は水泳でもっと強くなりたくてここに来ちゃったんだ。それに神木中からの入学者は私たち2人だけみたいだよ。晃ちゃんはやっぱり野球部?」
「まぁ……そんなところだな。ここの野球部の監督は何故か俺を欲しがってたみたいだし」
「野球部でレギュラー取ったら、甲子園に連れてってね!」
「その保証は出来ないが、善処する」
「新入生はあちらにある学園ホールに集まってくださーい!」
「そろそろ行くぞ」
「うん!」
この水瀬瑞樹は生まれた病院からずっと一緒で、家も隣同士と家族ぐるみで付き合いの長い幼なじみの女の子だ。
保育園から幼稚園、小学校、中学校と一緒だったが高校でも一緒になると思わなかった夜月は、安心した反面で何だか落ち着かなかった。
一人でも身内や知り合いと同じ学校というのを避けたかった理由があるからだ。
夜月は中学で『劣等生』のレッテルを貼られて以来、不良として学校で嫌われた過去があるからだ。
そんな中でも瑞樹だけは夜月を嫌わず、いつも庇ってくれていたので感謝はしている。
だから知り合いを避けたかったが、瑞樹だけは心から許せる存在なので、これ以上の知り合いがいないとわかって安心もしたのだ。
瑞樹はいたずらな笑顔で夜月の手を引っ張り、入学式の会場へ向かった。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。この学校では『将来性のある有望な若者を育てるための学校で、あえて校則を少なくした自由な校風』であります。その代わりに『社会人としての責任感を持つための自己責任も非常に重く圧し掛かります』が、皆さんは独自の過酷な受験を乗り越えてご入学いたしましたので大丈夫でしょう。この東光学園での生活をしっかり楽しくエンジョイしてくださいね」
入学式を終えた夜月たちは、早速入寮する生徒向けの説明会に参加する。
夜月たちが入寮説明会の会場に向かう途中、一人の男子生徒にぶつかる。
「うわっ!」
「おっと!」
「おい、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
「ってお前は……!立花中の天才キャッチャーの天童明じゃねぇか!」
「え?俺の事を知ってんの?俺って有名人なんだな。そういうお前は『悲運のスラッガー』の夜月だな。まさかお前も野球部に入るのか?」
「まぁ……そうだな」
「この学校は今年の春の選抜の甲子園の準優勝校だ。この環境で野球をやれるんだから楽しみで仕方ねぇよ。まぁレギュラーの座は渡さないけどな!」
「こいつ……!」
「じゃあな夜月。野球部のグラウンドで会おうぜ!お前とプレーするのすっごく楽しみにしてるぜ!」
「なんか自信満々だね」
「練習試合の頃から変わんねぇなあいつ……」
入寮説明会を終えた新入生は、それぞれ入寮する寮へと各スクールバスへ移動する。
夜月はかつて池上町という川崎でも評判の悪い集落があった場所である『池上荘』へ移動する。
この学校は西暦2020年に起こった第3次世界大戦によって全ての国と都市が核兵器で焼け野原になり、ウイルスや生物兵器の蔓延で一時期人類は消滅すると言われるほど荒廃したが、そんな中で一人の日本人が川崎市の埋め立て地を再開発して、『日本発の世界のリーダーを育成し、あえて自由にすることで責任を持ってもらう』学校を作ろうと奮起して立ち上げられたのだ。
夜月たち新入生は1993期生になる。
この東光学園は西暦の終わりごろに創立された歴史ある名門校なのだ。
その説明を受けた後に入寮するために池上荘行きのバスに乗った。
すると……
「あれ?晃ちゃんも池上荘?」
「瑞樹もか」
「うん。とりあえずまたよろしくね」
「おう」
夜月は『また瑞樹と一緒か』と思いつつも、内心では嬉しい気持ちだった。
知り合いが全くいないのもちょっと不安だったというのもあるが、瑞樹といると心を張り詰めなくてもいいので安心できるからだ。
バスの中で部活への期待を込めていっぱい話し込んだ。
寮に着き、どうやら入寮しているのは新入生だけらしいのか、お出迎えに来るはずの在校生の先輩たちがいなかったのだ。
それもそのはず、この寮は今年になってはじめて建てられた寮だからだ。
しかも他の入寮者もまだ到着していない様子で、夜月たちは少しだけ待ってみる事にした。
するとようやく寮長らしき人が出てきて夜月たちは声をかける。
「おや?君たちもこの寮の初入居者かい?」
「はい。こんにちは」
「こんにちは。私がここの寮長の松下幸助だよ。よろしく」
「うっす。それで他の入寮者は?」
「ああ。女子はもう揃っててその子が最後だけど、男子はまだ到着してないみたいだね。もうすぐ来るはずなんだが……お?ようやく来たね」
「いやぁーここの学校って広いから迷っちゃったよ」
「お前が『こっちだ』って言うから信じてついて来た俺たちがバカだったぜ」
「まぁそう言わないであげてよ。この学校は本当に広いからね」
「確かに広いな。俺でも迷ったからな」
「……。」
「おーい!君たち男子が一番最後だぞー!女子はもう全員揃っているぞー!」
「え?マジで!?じゃあ俺たちが最後って事!?」
「そういう事だな」
「まったく……ん?ああ、気にしなくていいぞ。ってここにいるって事は俺たちと同じここの寮の……」
「まぁ……そうだな」
「コホン、じゃあ先に到着した女子たちを呼んでくるから食堂で待ってなさい。全員で十三人だから……今年でいきなり満室だね。建設早々賑やかになりそうだよ」
「お世話になります」
「よっ!お前らもこの寮の入居者か?」
「ああ……」
「俺は河西裕樹。青葉緑中学校のエースストライカーだった者さ。んでお前の名前は?」
「夜月晃一郎」
「夜月かー。珍しい名前だね!んでこいつらが……」
「郷田猛。小杉中出身でラグビーをやってた」
「東立花中出身、林田将太だよ。中学ではバスケをやってたんだ」
「俺は黒崎亮介。大師東中でバレー部だった」
「……。」
「んでこいつが阿部俊太ってんだ。無口で喋らないけど俺が意志を伝えるぜ。こいつは陸上部で短距離が得意なんだぜ」
「何で意思が伝わるんだよ」
「なんせ阿部と俺は幼なじみだからさ!んで、そこのスポーティで可愛い女の子は?」
「み、水瀬瑞樹です……」
「瑞樹ちゃんかー!名前の通り可愛いねー!って痛ぇ!何すんだよ黒崎!」
「テメーは女を見たらすぐナンパするクセやめろ!悪いな、こいつ空気読めない野郎だから迷惑かけたな」
黒崎は河西の頭をげんこつしてナンパを制止する。
阿部は無口ながらも少しだけ笑みが浮かび、林田は苦笑いで見守っていた。
郷田は少し緊張しているのか口数が少なく、夜月は河西のナンパ癖に呆然としていた。
中に入って食堂で待っていると、残りの六人の美少女たちがそろって入っていった。
「じゃあこれから全員で自己紹介をしてもらいます。出身中学と部活の経歴、趣味などを話してもらうよ。私は松下幸助、ここの学校のOBで昔は野球部だったんだ、よろしく。じゃあ早速、夜月くんから」
「えーっと……神木中出身、夜月晃一郎。野球をやってました。よろしく」
「それだけか!じゃあ隣の君!」
「水瀬瑞樹です。彼と同じ神木中出身です。彼とは生まれた病院からの幼なじみで実家が隣同士です。水泳部に所属予定です。よろしくお願いします」
「青葉緑中学出身の河西裕樹です。サッカーでエースストライカーをやってました。特技はナンパです。ヨロシク!」
「……。」
「えー……同じく青葉緑中出身の阿部俊太です。陸上で短距離をやってました。声に出すのは苦手ですが馴染めるように頑張ります。だそうです」
「郷田猛。小杉中出身。ラグビーのクラブチームに所属してました。筋トレが趣味です。よろしく」
「大師東中出身の黒崎亮介だ。元不良でバレーボールやってた。今もバレーボールをやるつもりなのでよろしく」
「東立花中出身の林田将太です。バスケットボールをやってました。僕は一応、昔はいじめを受けてて不登校の経験もあります。それでもみんなと馴染めるように頑張りますので、よろしくお願いします」
「じゃあ次は水瀬以外の女子だね」
「東光学園中等部出身の長田有希歩です。前・理事長の孫で現・理事長の姪です。生徒会の座を狙ってます。よろしくお願いします」
「吹奏楽部に所属してました蒲田女子中の遠藤麻美です。一応公立中学校でした。しばらくはトランペットの音で迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「えっと……ニューヨーク中学出身のクリス・マーガレットです。アメリカから来ました。兄が野球部で応援するためにチアリーディングをやろうと思います。よろしくお願いします」
「京都の長岡中出身の大和優子と申します。実家が茶道の家元ですが、この学校でたくさんの多様性を学び、お茶の心に取り入れたいと思います。よろしくお願い致します」
「加瀬中出身の中村つばさです。ソフトボールやってました。見た目はギャルっぽくて絡みにくいと思いますが、アタシはいつでも歓迎なのでヨロシク!」
「えっと……稗原中出身の高坂あおいです。中学では女子野球をやってましたが、肩を壊しててちょうど憧れだった野球部のマネージャーを希望してます。よろしくお願いします」
「私は……」
「これで全員だな。さて、今日は新たな入居者と、池上荘の初入寮を記念して……乾杯!」
「かんぱーい!」
こうして夜月たちは瑞樹と共に河西たちと出会い、新たな高校生活を送る。
夜月は野球部を希望しており、あおいという女の子はマネージャーを希望していたので三年間は一緒になるだろうと感じた。
夜月の高校生活は、ここからスタートするのです――
つづく!