第22話 鷺沼学園
夏の高校野球の神奈川予選の五回戦の相手は鷺沼学園だ。
新入生もなかなかレベルが高いのも入ってきて、近年力をつけてきたという情報も入った。
ここ川崎市営等々力球場では東光学園と鷺沼学園の試合を楽しみに待ってるファンが多く駆けつけた。
それも同じ川崎市同士の戦いなので、市民にとっては最高の試合を期待しているのだ。
シートノックを始めながら両校のスターティングメンバーを発表する。
先攻・東光学園スターティングメンバー
一番 センター ホセ・アントニオ 三年 背番号8
二番 キャッチャー 田中一樹 二年 背番号12
三番 ライト 渡辺曜一 三年 背番号9
四番 ファースト ロビン・マーガレット 三年 背番号3
五番 サード 中田丈 二年 背番号5
六番 ショート 志村匠 二年 背番号6
七番 レフト 尾崎哲人 三年 背番号7
八番 指名打者 山岡正人 三年 背番号25
九番 セカンド 我那覇涼太 三年 背番号4
ピッチャー 松井政樹 二年 背番号11
後攻・鷺沼学園スターティングメンバー
一番 セカンド 萩原雪彦 三年 背番号4
二番 ショート 如月早人 一年 背番号6
三番 ファースト 三浦愛太郎 三年 背番号3
四番 サード 菊地真 三年 背番号5
五番 指名打者 星井幹夫 一年 背番号10
六番 センター 我那覇響樹 二年 背番号8
七番 レフト 秋月律男 三年 背番号7
八番 ライト 矢吹勝 一年 背番号9
九番 キャッチャー 四条貴雄 三年 背番号2
ピッチャー 天海春太 一年 背番号1
となった。
監督は若き名将の赤羽根健二で、2年前に大学卒業してすぐに高木順一郎の腰痛悪化で、急遽鷺沼学園の監督代行になった人だ。
そんな新興勢力にこれから試合をするのだから応援も気合いが入る。
すると東光学園の応援席では――
「はぁ……はぁ……! 間に合ったな!」
「河西と黒崎遅いぞ」
「まぁ補習があったから仕方ないね」
「クッソ―! なんで夜月は補習じゃないんだよ! あいつ勉強苦手じゃなかったのか!?」
「彼なら僕に頭を下げて勉強を教えてもらったんだ。しかもちゃんと覚えやすいように教えたからもう大丈夫だよ」
「俺も林田に教わればよかったな……」
「……。」
「というか夜月は学力そんな悪くないだろ」
「そうだったな」
「あ、いたいた! おーい!」
「水瀬と中村か! いたのか!」
「あたしらは最初からいたよ!」
「やっぱり幼なじみが出る試合には行かないとね!」
「私も参加していますよ」
「ああ、大和か。茶道部はもういいのか?」
「今日はお休みです。家元が急遽別件の仕事が入りまして、そこで夜月さんの応援に参りました」
「こんな炎天下でもお嬢さま口調とか、本当に家元の子なんだな……」
「まぁ茶道部の先生は別の家元だけどね」
「あ、夜月が出てきた!」
応援席には池上荘の河西、郷田、黒崎、林田、阿部が応援に参加する。
女子も瑞樹、クリス、麻美、優子、そしてつばさが駆けつけてくれた。
有希歩は大事な会議があり、『参加出来ない事を嘆いていた』と優子の情報があった。
一方こちらは鷺沼学園ベンチ。
赤羽根監督代行は部員全員を集めてミーティングをしていた。
「みんな! 今日はアイドル野球部の東光学園と試合だ。だからって委縮せずにのびのびと自由な野球をしてほしい! 硬くならずに自分たちのやれる事をすれば必ずチャンスは来るから、甘い球だからって力まないようにね! さあみんな、頑張ろう!」
「はい!」
「なんだか向こうは和気あいあいとした雰囲気だな」
「何かこう、本当に力をつけてきたのかわかりづらいぜ」
「だけどあの源氏学園を下したんだ。きっと何か底力があるかもしれないね。油断せずに勝とう」
「おー!」
「全員集合ー!」
「はい!」
「アルプスを見てみろ。こんなたくさんの人が応援に来ているなんて幸せ者だな。俺が現役の頃はここまで応援に来なかったから羨ましいなあ。でも……逆にプレッシャーになる選手も少なからずいるはずだ。特に一年にとってははじめての本格応援だろう。余計な事を考えず、野球でやる事はシンプルだ! 点を取って点を取らせない事! どんな形でもいいから点を稼いで早くアウトを取っていい試合にしよう!」
「はい!」
「集合!」
「いくぞ!」
「おー!」
「ただいまより、鷺沼学園と東光学園の試合を行います。では……礼!」
「お願いします!」 「っしゃーす!」
最初の打席はホセで、東光学園の最初の競馬のファンファーレが特別用のファンファーレに変わり、もうここまで勝ち上がったんだと実感する。
二年の滝川留美作曲の東光ファンファーレはまるで攻撃開始のテーマのようなもので、いかに試合が始まりを告げるかを表現したマーチ風のものだ。
吹奏楽部の一軍も合流を開始し、音の厚みがさらに深まって相手を威圧した。
地方球場なので人員は限られるが、それでも内野席まで溢れるなど人数で圧倒させる。
肝心の打席は……
「ようやく追い込みました。ではここはこれでいきましょう」
「インハイに……ストレート!」
「ここだ! あっ……」
「サード!」
「オッケー!」
「アウト!」
「くっ……!」
「ホセ先輩、あのキャッチャーはミステリアスが故に読まれてるのかわかりづらいと思います。俺に任せてください」
「ああ、頼んだぞ」
「田中さんですか……この人は何を考えているのかは存じ上げませんが、一度アウトコースの際どいところで様子を伺いましょう」
「スライダーよりもカットボールの方がいいかなあ……? でもここはスライダーかな!」
「これははずれたな」
「ボール!」
「なるほど……彼は際どい球でも見極められるのですね。となれば真ん中は危険です。でも真ん中でもカットボールならきっと先っぽに当たっていい打球はないでしょう」
「ど真ん中より少しアウトコース気味に……投げちゃおっ!」
「真っ直ぐ……いや、カットボールか! なら!」
「ファール!」
「ああー! 惜しい!」
「田中さんは心理戦が得意のようですね……。閉心術を覚えた私でも苦労しそうです。打たれるの覚悟でここは詰まらせましょう」
「オッケー……。それっ!」
「シュートくさいが際どいな……」
「ストライク!」
「げっ……!」
「ナイスボールです天海さん!」
「入ってよかったぁ~……!」
「愛嬌があるせいか審判まで味方につけるか……面白い!」
「最後はフォークで行きましょう。バッティングが苦手な田中さんなら空振りするはずです」
「オッケー。それっ!」
「速い……真っ直ぐ! ではないな!」
「読まれてる……!?」
「うわっ!」
「ストライク! バッターアウト!」
「クソッ……!」
「ああ……田中……!」
「主将、あいつのフォークの落差は思ったより大したことないですが、どうも落差を調整できるくさいです」
「わかった、確かめてくるよ。」
その後は渡辺がヒットを放ち、ロビンがツーベースでランナーが二、三塁になるも……中田が三振を取られてチェンジ。
「締まっていくぞ!」
「おー!」
「うう……緊張します……!」
「萩原は緊張しやすいのか?それともただネガティブなだけか?ネガティブな奴は松井だけで充分だ。こいつが一番とは考えにくいが、油断はできない。スライダーで牽制しよう」
「わかった。俺の球は非常に遅い、だからこそ……同じ変化球でも数種類も投げ分ける!」
「スライダー……縦かな? それっ!」
「はぁっ!?」
「セカンド!」
「うぐ、届かない……!」
「やったー! ライト前ヒット!」
「や、やりましたぁ~!」
「萩原ナイスバッティング!」
「謙虚なのか自信ないのかわかんないさー!」
「あの野郎、偶然を装ってるのがムカつくな。まぁいい、他の打者をどうやってイジメてやろうか……」
「田中、悪い顔しているよ?」
「二番、ショート、如月くん」
「お願いします」
「本当に一年坊主なのか?変に落ち着いているな。こういうバッターは翻弄されても感情を表に出さないから厄介だ。松井、お前の不規則ストレートでちょっとからかってみるか?」
「相変わらず性格悪いなあ……。でも俺も賛成だよ!」
「ストレート……! そこだっ! あっ……」
「サード!」
「おっしゃあ! そらっ!」
「ナイス中田! ファースト!」
「オッケー! 涼太ナイスボール!」
「おお! ゲッツーだ!」
「さあツーアウト!」
その後の三浦にはレフト前ヒットを放たれ、ついに四番の菊地の出番になった。
菊地は源氏学園のエースからホームランを放ち、サヨナラホームランに定評のあるスラッガーだ。
松井はその威圧感に少しビビり、ちょっとだけ後ずさりする。
「さあ来い!」
「ビビる事はない。こいつは確かにすごいバッターだが、ちょっと脳筋なところがある。ストレート勝負と行こうぜ」
「いいのかな……? 俺の球は遅いから打ちやすいのに。でも田中を信じてみるか……それっ!」
「真っ直ぐ……!それっ!」
「ファール!」
「ストレートなのに動いた……? ツーシームかな? インコースにわずかにずれたし……」
「よし、菊地はツーシームかもと考え始めたぞ。松井の真骨頂はツーシームなんかじゃないんだぜ。不規則に小さく動く『ムービングボール』ってやつだ。ロビン先輩からアメリカのピッチャー事情を教えてもらってから習得したんだ。松井、お前の球は確かに遅い。だがムービングなら外か中か俺でも分からない不規則な動きするから相性がいいはずだ。こいつにストレート勝負と見せかけてムービングでイラつかせてやろうぜ」
「まったく君って人は……。相手を翻弄するだけでなく、俺のコンプレックスを克服させようと……。優しいんだか意地悪なんだか……わからないな!」
「今度こそストレート! それっ! あっ……」
「キャッチャー!」
「オーライ!」
「アウト!」
「クッソ―! 何なんだあいつのストレート! なんで打てないんだ!」
「松井ナイスピッチング!」
「あぁ~よかったぁ~……!」
「俺がいれば松井のストレートはそう簡単に打てねえよ」
「これが田中先輩の投手の持ち味を活かすリード……!」
「正捕手の座は今回は譲ったが、甲子園に行ったらもう一度奪い返すからな。よく見ておけよ一年坊主。俺が野球はデータと頭脳だってところを見せてやるからな」
「は、はい!」
こうして田中のキャッチャー論が鷺沼学園に通用し、天童も自分にはないキャッチャーのプレースタイルに感心した。
天童は自信家ではあるが、自分にはないものを持っている人には素直に従うところもある。
だからか強肩で天才と言われても驕る事なく、常に学ぶ姿勢を持った結果、天才と言われるようになったのだ。
2回の攻撃は両校とも進展がないまま3回になった。
つづく!




