第21話 コールド勝ち
5回のウラになり、ついに東光学園の攻撃となった。
先頭バッターは大島だったが、ここで途中交代でホセの出番になる。
大島は一番バッターとしての仕事を全うしたが、打率の方はそこまでではなかった。
ただし出塁率は今までのホセよりも安定したが、ここで足の速いホセを出す事で一気に得点する作戦だ。
「すまないホセ。ホームに帰る役目を果たせなかった」
「いいんだ。それよりもよくチャンスを作ったな。それだけでも充分頑張ったってもんだ」
「ホセ……後は頼むぞ」
「おう」
「彼がホセ・アントニオ……。ランナーになったら面倒だから三振にしよう。スライダーを彼のインコースに投げて詰まったファールにしよう」
「その方がいいな……。それっ!」
「ギリボール球だな……」
「ボール!」
「やっぱりな。この審判はインコースにやたら厳しいんだな」
「あれでストライクじゃないのか……。こうなったら真っ直ぐのアウトコースで行こう。カウントを稼いでいこう」
「それっ!」
「甘いっ!」
「うわっ……!」
ホセの放った打球は普通ならセンター前で済むものの、コースが微妙にライト寄りだったので少し守備がもたついた。
するとホセはあっという間に二塁まで到達した。
ホセは盗塁も得意だが、単打を長打にするほどの脚力を持っているのだ。
次の天童も安打を放ってランナーが一、三塁とチャンスの場面で夜月だ。
「さあ来い!」
「ここでこいつか……。チャンスの場面で来られるの勘弁してくれよなあ。だがインコースに弱いと言っても初回でいきなり打点を稼いだやつだ。ここは高めインコースでビビらせてやれ」
「ふんっ!」
「高めか……そらあっ!」
「え……?」
「入ったー! ホームランだー!」
「っしゃあぁぁぁぁぁっ!」
「うおーーーーーーーっ!」
「おい夜月! 先輩の俺より早くホームラン打ちやがってこの野郎! ナイスバッティングだな!」
「くそー! 俺が先にホームラン打つはずだったのに! よくやった!」
「痛ってえ……。ちょっと詰まったわ……」
「芯を外してこれか!?」
「うんうん。アメリカのスイングが身についてきたね」
「ロビン先輩が教えてたんですか!そりゃあ打つわ……」
「マジかよ……くそっ!」
その後は東光学園はヒットにヒットを重ねてこの回だけで一気に8点も取った。
6回では園田から川口に交代したものの溝の口高校を0点に抑え、攻撃では中村が満塁ホームランを放ってコールド勝ちにした。
「13対0で、市立溝の口高校と東光学園の試合は、東光学園の勝利です! お互いに礼!」
「ありがとうございました!」
「っしゃーした……!」
「夜月。ナイスバッティングだ……。同い年でここまでやれてすごいよ……。絶対優勝しろよ」
「ああ、見ててくれ」
小坂は夜月にエールを送り、予選の初戦は勝利に収めた。
応援席は生徒は少なかったものの、卒業生や地元の東光の学園都市に住む住民たちの多くが駆けつけて満員になっていた。
球場を出ると、夜月の元につばさが駆け寄った。
「すごいよ夜月! あたし、あんたのファンになっちゃった! 自分に自信がないからこそ他人に頼ってでも努力してさ、その努力がここに来て現れたんだもん! あたしはあんたをこれからも応援するからね!」
「中村か、ありがとう。そっちも『ソフトボールでいきなりエースになった』らしいじゃないか。背負いすぎずに頑張れよ」
「オッケー!」
「え? 夜月ってあのギャルと知り合い?」
「はい。中村つばさ、俺と同じ池上荘の子です。ソフトボール部に所属していて、いきなりエースナンバーを取った女なんです」
「なるほど……」
「お前知ってるか?一年の人気投票はお前が最下位だったんだぜ? そんなお前にファンがつくとはな」
「斉藤くん、その言葉は失礼だよ?」
「いいんですキャプテン。人気がないのは事実ですから。それよりも……勝ちましたね」
「そうだね。溝の口高校の分まで夏を突破して甲子園に行こう!」
「はい!」
初戦はシード校なので二回戦からなので二回戦を突破し、次の相手は横浜工業を破った県立小田原西高校となった。
続く三回戦では園田を休ませて本田アレックスが登板し、ヒーローだった夜月をあえて4番に抜擢させて経験値を稼ぐ。
だが小田原西高校は計算されたバッティングが特徴のために天童と相性が悪く、それを見越した石黒監督は田中を起用。
それが幸いし、見事に5回コールドで抑えきった。
本田からの代打の清原がいきなり場外ホームランを放ったり、外野の中島がホセに負けないファインプレーを見せて外野ゲッツーにしたりと補欠でも強い層の厚さを見せつけた。
四回戦は県立鎌倉総合を破った日ノ本大学付属鶴見高校で、中堅校なのでここからはレギュラー陣を入れて挑んだ。
するとロビンは代打でしか出ていないにもかかわらずホームランだけでなく、全打席安打を記録するなどレギュラー陣の強さを垣間見た。
今回は松井が無四球完投勝利を抑え、3対0と互角の勝負を繰り広げたのだ。
夏休みに入ったのか生徒の応援が増えてきて、声援も徐々に大きくなっていった。
そして五回戦の相手は……
「五回戦の相手は鷺沼学園となった。サードの菊地真は今大会で『サイクル安打を放った』すごい選手だ。一年ながらエースとなった天海春太も『緩急自在のピッチングで翻弄する』だろう。セカンドの萩原雪彦はもはや『忍者だと言ってもいい守備』だ。キャッチャーの四条貴雄はマジで『何を考えてるかわかんないから一番怖い』かも。と高坂が教えてくれたよ。あの子は相手の戦術や個性を見抜く目があるねえ。菊池の精神状態や上原の身体能力を見抜く力並みにズル……ゲフンゲフン、すごい目を持っているよ」
「今ズルいって言いかけたな?」
「気のせいだ!とにかく鷺沼学園はここ最近力をつけてきた。10年前までは常に一回戦負けだったが、高木順一郎が監督になってからじっくり力をつけ、ついに四回戦で古豪の源氏学園を5点差で破るほどになった。そこでピッチャーを小野にし、キャッチャーを田中にする。天童は正直勢い任せなところがあるから身体能力で押してくるチームとは相性がいいが、考えて攻めたり何をするかわからないチームとは相性が悪い。金浜や常海大相模ならいけるが、今回はすまないがベンチスタートだ」
「はい!」
「そして野手は天童を除いてここからはレギュラー陣で行く。でもだからって力を入れすぎて追い込みすぎたり、精神的に参ったりしたら本末転倒だ。今日はたまにリラックスでもしよう。というわけで……応援指導部の練習に見学だ!」
「え、あ……はい!」
部員たちは困惑しつつも返事を大きく返し、応援指導部のいる校舎の屋上へ移動する。
するとバスドラムの音が大きく響きわたり、声も非常に気合いの入った声となっていた。
応援指導部の人が硬式野球部に気付くと、来るなんて聞いてないのかちょっとだけ困惑していた。
団長でどう見ても昭和の番長みたいな風格の三年の百目鬼魁斗は石黒監督に歩み寄って話をする。
「野球部が我ら応援指導部に何か用ですか?」
「おー百目鬼くん、相変わらず番長みたいな風格で威圧感あるな。新入部員の様子はどうかね?」
「はい。一年生に新田一といういい逸材がいました。彼は気合いも俺たち並ですが、インターネットの扱いに慣れてるのでいい宣伝もしてくれます。それに……夏の学ランは暑いだろうという配慮も出来る奴です。おかげで今年から『野球部のレプリカユニフォームと野球用のストレートパンツ』で応援できます。アイツは応援指導部の伝統を続けさせるためにあえて改革をして続けさせる天才ですよ。おかげで部員は過去最多の57人です」
「多いなw!」
「おかげで気合いだけではどうしようもないから、いかに気合いを込めつつ応援してくれる何も知らない一般人を東光学園のファンに惹き込むかを常に考えてます。野球部もセルフチューブで人気のあるアイドル野球部だから、俺たちも負けてられないと思ったんです」
「新時代を築くとかやるねえ君たちは! じゃあ部員全員を君たちの練習風景を見学させるから気合い入れてくれ!」
「押忍! 貴様ら! 硬式野球部が見学するから気合と根性を見せるぞ!」
「押忍!」
こうして五回戦の鷺沼学園に向けてのモチベーションアップのために応援指導部の練習見学でリフレッシュし、日を改めて練習に精を入れる。
誰もケガをさせないようにしつつ厳しい練習をして、ベンチ入りメンバーの能力を底上げする。
同時にベンチ外のメンバーの成長を促すために一緒に練習に参加させ、レギュラーでさえ球拾いなどの雑用をこなす。
そうすることで将来大きな選手になるという育成に時間をかけた『石黒マジック』なのだ。
名門の割に部員が少ないのもそのためで、『人数が50人以上いると指導しきれずに成長出来ない部員も出るのではないか』と恐れ、あえて早い者勝ちというある意味平等な入部チャンスを出して人数制限をする。
そのためか初心者や全聾などマイノリティでも超高校級の高校球児に育てられたのだ。
歴代エースの中には身体障碍者、自閉症、外国人などもいるこのチームに誇りを持った夜月は、応援指導部の練習を見て気合いが入ったのか珍しく同級生を自主練に誘うなど変わりつつあった。
そしてついに、鷺沼学園戦が始まった。
つづく!




