第168話 卒業式
3月を迎え、ついに東光学園にも卒業式のシーズンが訪れる。
在校生たちが卒業式の準備を済ませ、夜月世代の卒業式が始まろうとしている。
夜月たちは自分たちが卒業することにだんだん実感が湧き、こんなに居心地のいい学園から去るんだと思うと式の前に泣きだす生徒も多くいる。
そんな中で卒業式が行われた。
「ただいまより、第1993回、東光学園高等部の卒業式を行います。卒業生……入場」
3万人にも及ぶ生徒たちが誰も退学者を出さずに入場し、入院や仕事で来れなかった生徒はオンラインで参加する。
その中に芸能人や高専科、就職支援科などで仕事しながら高校生を送った生徒もいる。
夜月世代は黄金世代と言われ、ほとんどの部活で『全国大会出場やプロデビューを数多く果たす』などとんでもない実績を誇った。
ここまで活躍することは創立以来初めての事で、理事長も誇らしいと同時に卒業後に武勇伝として自慢したのに大したことがないと思われて社会で堕落しないか心配でもあった。
それでも卒業生には誰もそのような顔つきをしている人はいなかった。
国歌を斉唱してついに卒業証書授与に入る。
「夜月晃一郎」
「はい」
「天童明」
「はい」
「榊大輔」
「はい」
「園田夏樹」
「はい」
「山田圭太」
「はい」
「清原和也」
「うす」
「川口尚輝」
「はい」
「木村拓也」
「ういっす」
「田村孝典」
「はい」
「高田光夫」
「はい」
「松田篤信」
「はい!」
「高坂あおい」
「はい」
「水瀬瑞樹」
「はい」
「クリス・マーガレット」
「はい」
「遠藤麻美」
「はい」
「中村つばさ」
「はーい」
「長田有希歩」
「はい」
「大和優子」
「はい」
「白波吹世奈」
「はい」
「奥原さやか」
「はい……」
「河西裕樹」
「ういっす!」
「郷田猛」
「はい」
「黒崎亮介」
「うす」
「阿部俊太」
「はい」
「松下賢人」
「はい」
硬式野球部だけでなく池上荘のメンバーの名前を呼ばれ、卒業証書を全員分授与する。
祝辞や式辞を手短にし、卒業ソングをいつもの『仰げば尊し』、『旅立ちの日に』、『蛍の光』を斉唱した。
校歌斉唱では誰もが涙を流し、生放送でも黄金世代の卒業を惜しむ声も多くあった。
卒業式を終えて夜月は同級生たちに『一旦抜ける』と話し、かつてのチームメイトと合流する。
そして第一野球場で伝統の引退式だ。
「みんな甲子園で優勝したにもかかわらず、もう過去の栄光にこだわるような顔をしていないな。全員いい顔をしているよ。本当に……君たちはいい子過ぎる。俺には……もったいないくらいだ……。俺を甲子園に連れてきてくれて……ありがとう……!」
「それはこっちのセリフですよ。俺たちみたいなパッとしない選手を最後まで指導してくれて、甲子園に行けるほどの実力を手にし、そして優勝しました。これも監督の指導あっての事です。ありがとうございました」
「夜月……君が一番成長したな……」
「というわけで、卒業生全員で監督を胴上げすっぞ!」
「おっしゃー!」
「清原は端っこにいろよ? 落ちそうになったら支えるだけでいいからさ」
「俺の腰に気を使ってくれて悪いな」
「ちょ、待っ……」
「いくぞ! せーの!」
「「わーっしょい! わーっしょい! わーっしょーい!」」
「この野郎……お返しに在校生で卒業生全員にも胴上げじゃ!」
こうして監督だけでなく夜月世代はマネージャーのあおい含めて胴上げされる。
卒業生の進路は榊と天童はプロ野球選手になる。
清原はとび職として日本の建築を支える仕事に就く。
山田と園田、川口はそれぞれ学校こそ違えど夜月と同じ大学生になり、全員大学野球に参加するつもりだ。
田村は実家の自営業を継ぎ、最終的には独立して小さな町工場を作るようだ。
松田は持ち前の明るさとメンタルの強さでお笑い芸人に挑戦。
木村は新宿の歌舞伎町で遊んでいたところに芸能人も多く輩出したホストクラブ店にスカウトされホストになる。
高田は日本放送テレビの事務員としてテレビの仕事に就く。
あおいはスポーツトレーナーになるために東京スポーツ治療専門学園に進学する。
こうして夜月世代の引退式を終え、夜月とあおいはお世話になった池上荘へ戻る。
「じゃあなみんな、社会人になっても元気でな」
「夜月もなー! オイラたちは大学野球で待ってるぞー!」
「これからはライバルだ、負けない」
「望むところだぜ! 俺だって勝つからな!」
「お前らも簡単に他に負けるなよ? じゃあ俺は寮に戻って実家に戻る準備をするわ」
「おう! またな!」
「行くぞ高坂」
「うん」
夜月とあおいは二人きりでバスに乗り、池上荘まで移動する。
二人は練習で辛かったことや楽しかったことをたくさん話しをした。
これまでの三年間を思い出すように話し込み、ついに池上荘まで着いた。
バスに降りるとあおいは夜月に対し勇気を出して声をかける。
「あのね! 聞いてほしいことがあるんだ!」
「何だ?」
「夜月くんにはもう恋人がいて、悩んで告白する勇気がなかった私が悪いんだけど……私は夜月くん……晃一郎くんのことが好き! でももう恋人もいるから遅いのもわかってる……だから今だけでいいから抱きしめて……?」
「高坂……わかった」
あおいにも告白され、夜月は申し訳がなさそうにあおいを強く抱きしめた。
あおいの目には涙が流れ、自分の勇気のなさを少しだけ後悔した。
気が済んだのかあおいは夜月から離れ、二人で池上荘に到着して帰りを報告する。
「高坂と夜月、ただいま戻りました」
「ああ、おかえり。聞いてくれ、君たちが退寮後に新入生だけでなく『来月からここに入寮したい』という在校生が数多く来たんだ。どうやら君たち全員が全国で活躍したから『入寮したら部活で活躍できる』という縁起のよさが話題らしい。これは俺もスタッフを募集しないと大変だな」
「寮長さんもお世話になりました」
「君たちのおかげで俺も大忙しだよ! 妻も『支え甲斐がある』と張り切ってたんだ! まあその前に抽選があるんだけどな」
「これだけ応募が来たらそうなりますよね」
「まあな! それよりも他の子たちももうすぐ戻ってくるんだ。荷物をまとめる前に記念写真でも撮ろう。最後の池上荘の思い出だ」
「そうですね、そうさせていただきます」
寮長の提案で最後の記念写真を撮ることになり、それぞれの部活に顔出ししたメンバーが全員戻ってきて記念写真を撮る。
夜月は部屋に戻って荷物をまとめ、引っ越し業者に実家まで運んでもらう。
三年間を思い出し急に寂しくなった夜月は卒業証書を握りしめて涙が流れた。
実家に帰る前に池上荘メンバーに別れを惜しみ、家が隣同士の瑞樹と一緒に学園を去った。
「さすがにこれ以上長居すると別れが辛くなるからな」
「そうだね。私たちも家族ぐるみでの付き合いは続けるとはいえ、みんなとは社会に出たら疎遠になっちゃうからそうなるよね」
「そうだな。けどこれで俺たちは高校生活を終えたんだな。やっと実感が湧いたよ」
「私もだよ。晃ちゃん、大学でも疎遠にならない程度にこれからも友達でいようね」
「ああ。瑞樹もあいつらとネットアイドル続けるんだったな。仲よくしろよ、俺もあいつらとセルフチューバーとしてやっていくからさ」
「ありがとう。あ、もう家に着いちゃった。しんみりしちゃったらあっという間だったね」
「だな。じゃあ瑞樹、また会おうな」
「うん、またね晃ちゃん」
こうして夜月は高校生活を終え、大学では常海大相模でライバルだった有原と河北の二遊間の後ろを守る不動のセンターを勝ち取った。
後に黄金バッテリーと言われた我妻と桜田が後輩として入学し、常海大学は最強チームへと変貌を遂げたのだ。
しかし有原はドラフト指名されたにも関わらず、夜月は夢があるとしてドラフトを断った。
大学を卒業して澄香と同棲を始め、日本革命隊の妨害で就職難民になっていたところで澄香のマネージャーから連絡が来て、澄香のマネージャーとして後を託された。
後に澄香の元マネージャーは今後はスカウトとして行動し、マネージャーを夜月に全て託したのだ。
澄香も「エガオプロダクション」に所属が決まり、夜月も澄香と元マネージャーの推薦もあって入社した。
すると夜月のプロデュースが上手くマッチして澄香は紅白歌合戦や武道館ライブ、五大ドームツアーを果たすなど世界一のアイドルとして売れ始めたのだ。
こうして夜月は社会で成功し、日本革命隊との戦いにも参戦して徐々に制圧しつつある。
しかしそんな新暦2016年に、好調だった夜月と澄香に対し水を差すあの事件が起きた――
つづく!




