第166話 澄香とクリスマス
クリスマスイブ当日、夜月は澄香との待ち合わせのために秋葉原駅に着く。
夜月も普段からセルフチューブをやっているためか私服にも気を使っていて、男性なりのオシャレかつ清潔感がある無難な服装をした。
真冬という事もあって普段はダウンジャケットだが、デートのためにピーコートも買って澄香とのデートのために揃えたのだ。
30分後に澄香が到着し、二人は待ち合わせのゲームセンター前に合流する。
「お待たせしました! 寒くなかったですか?」
「いや、俺も今来たところだ。それに寒さは緊張で感じなかったぞ」
「緊張しなくても大丈夫ですよ? 私は晃一郎さんの彼女なんですから」
「推しのアイドルとデートだぞ、そりゃあ誰だって緊張するさ」
「そこまで私の事を応援してくれてるんですね、嬉しいです♪」
「相変わらず俺の腕を組むのが好きだな。そんなに触り心地いいか?」
「はいっ!」
「まったくこの子は……。じゃあ早速だが神田明神に行くか」
「はいっ!」
夜月と澄香はカップルのように腕を組んで移動し、神田明神へ向かった。
神田明神で参拝をしてお願い事をするが、澄香は夜月の受験が上手くいくように、夜月は澄香と今後もいい関係を築けますようにとお祈りした。
恋みくじを引いてみると、夜月と澄香はとんでもない結果となった。
「げっ……マジかよ」
「どうしました?」
「『遠い将来、恋路を邪魔するものが現れ試練となるでしょう』だとさ……」
「晃一郎さんと私の恋路を邪魔させるなんてさせませんよ? 私たちは深い絆で結ばれてるのですから」
「それもそうだな。おみくじはあくまでもお試しみたいなもんだし。澄香はどうだった?」
「私は……えっ……!?」
「どうした?」
「晃一郎さんと完全に同じでした……!」
「もう一回参拝しよう」
「そうですね」
夜月と澄香は恋みくじで散々な結果だったので念のためにもう一度参拝をする。
参拝を終えて仕事おみくじを引くと、夜月は狙いを上手く定めれば天職に出会える、澄香は継続すれば新たな道を開けるといういい結果となった。
神田明神の参拝を終え、澄香の行きたかったところのアニメイドに行く。
アニメイドはアニメグッズ専門店でも超大手で、池袋に本社があるが秋葉原でも非常に栄えた店となっている。
池袋では女性向けが盛んだが、秋葉原では男性向けのものが多く売られている。
夜月は林田からアニメのことは聞いてはいるが視聴には至っておらず、澄香の話を頼りにアニメを知るのだった。
「お、懐かしいな。『カードキャッチャーさくや』だってさ」
「これ私も好きな作品なんですよ。このアニメのおかげで私はアニメが好きになったんです」
「よく姉さんと一緒に見たもんだよ」
「そういえばお姉さんがいましたね。大手商社のОLでしたね」
「受付嬢もやっているしな。会社では結構頼られているみたいで、社長からは将来係長に任命してもいいって言われてるみたいなんだ」
「すごいお姉さんですね。お兄さんはアメリカの大学に通ってますよね?」
「あれからアメリカの大学アメフトで日本人ながら快挙を成し遂げたんだ。全米で優勝もしているぜ」
「お兄さんもすごいですね」
「弟はハンドボールで全国にも出てるし、妹は野球を始めて間もないのに最年少で一軍に入ったそうだ」
「晃一郎さんのご家族はすごい方ばかりですね」
「それに比べたら俺はまだまださ。というよりこれから伸びていくと思う。澄香も一緒についてきてほしい」
「はい、どこまでもついていきます」
「ありがとう」
アニメイドでショッピングを済ませ、『カードキャッチャーさくや』の限定クリアファイルと澄香のアルバムでアニメソングを歌ってみたのCDを夜月個人で購入する。
澄香は夜月がずっと自分のCDを全部買ってることをマネージャーから聞いていて、澄香は大好きな夜月が自分のために応援してくれてることが嬉しかった。
昼食の時間になり、夜月はどこか洋食でも食べに行こうと提案すると――
「それならいいお店知ってますよ。メイド喫茶なんですが」
「メイド喫茶か、偏見だけど『キャピキャピしてるイメージ』があるんだよな……」
「うふふ、私のおすすめのお店はキャピキャピしてませんよ? ですが……たまにアイドルのタマゴが見つかる時があるんです。『スマイリング娘。』のメンバーの中にはそのメイド喫茶出身の子だっているんですよ?」
「じゃあサービス旺盛なんだな。それなら行ってみるか」
「ぜひぜひ!」
澄香の紹介でメイド喫茶に行くことになり、夜月はテレビで見たいかにも萌えを押し出しているお店しか知らなかったので緊張した。
澄香は手を引っ張ってメイド喫茶へ案内し、夜月は人生初のメイド喫茶となる。
しかもそのメイド喫茶は秋葉原でも最大規模を誇り、世界中のメイドファンが集まる超大手の喫茶店だ。
席を確保すると早速メニューを頼む。
「お帰りなさいませ、ご主人さまっ♪ それにお嬢さまっ♪」
「お、おう……」
「お客さんをお出迎えするときは皆さん笑顔と明るさが大事なんですよ?」
「わかってるけど……やっぱキャピキャピしてんじゃねえか?」
「うふふ、このお店の真骨頂はこれからですよ?」
「わかった、じゃあそれまで見ているか」
夜月は最初のお出迎えでキャピキャピした空気に押され、少しだけ苦手意識が芽生え始めた。
それでも澄香はこの大手メイド喫茶店『メイドリーム』をおすすめし、もう少しで真骨頂が見れると夜月を楽しみにさせた。
メニューを注文する時にあるメイドが夜月のことに気づいたのか、店長も一緒になり夜月に声をかける。
「ご主人さま、もしかしてご主人さまは『甲子園で優勝した東光学園主将の夜月晃一郎』さまですか?」
「えっ、何で俺のこと知ってるんですか?」
「実は私、弟が甲子園に出ていたんです。ですが東光学園と戦う前に負けちゃったんです。『南海大学東福岡』って知ってますか?」
「ああ、あの九州の名門の」
「弟はまだ二年生で『来年も甲子園を目指す』と言ってました。直接試合をしていないとはいえ、あなたの事は弟から聞きました。このメイドリーム名物、メイドによるコンサートまでしばらくお待ちください」
「へえ、メイドがアイドルみたいにライブするんですね」
「そうなんです、楽しみにしてくださいね。それとあなたは水野澄香さまですね、いつも御贔屓にさせていただきありがとうございます」
「いえいえ、私もこのお店が大好きですから♪ たまにアイドルのタマゴが出るのを楽しみにしてますね!」
「もちろんです。見ていてください」
「あのメイドさん、意外と淡々としてるのにハキハキしてたな」
「メイドさんにも多種多様な人がいるんです。大手だからこそイメージを覆せるほどのものがあるのでしょう」
「さすが大手だ、そういやライブまでもうすぐだな。楽しみだよ」
「見ていてくださいね」
夜月と澄香はメイドたちによるライブを待ち、夜月はハンバーグとオムライス、澄香はスパゲッティを注文して食事をする。
澄香は美味しそうにスパゲッティを食べ、夜月はそんな澄香の姿を見て可愛いと思った。
夜月はいろんな可愛いメイドを目の前にしても『澄香が一番』だと思い、メイドも夜月の一途さに一目置いていた。
そしてついにライブの時間になった。
「ここってサイリウム用意してくれるんだな。結構親切じゃないか」
「そうですね。あ、もう始まりますよ!」
「ご主人さまにお嬢さま! 今日はメイドリームにお越しいただきありがとうございます! これから私たちメイドによるライブを行いますので席に座ったままサイリウムを振って応援をお願いします! ではいきます!」
「おお……!」
最初に出たメイドは有名なアニメソングを歌って踊り、セルフチューバーの踊り手や歌い手にも負けないパフォーマンスでファンを喜ばせた。
振り付けも歌声もみんな完璧で、メイド喫茶をなめていた夜月は深く反省し、今となっては偏見もなくなっていた。
最後のパフォーマンスではお店オリジナルの曲でお店のテーマソングを歌って踊り、最後はメイドとのグリーティングを行った。
夜月は恥ずかしそうに写真を撮り、澄香も仲のいいメイドとのグリーティングにハイテンションだった。
すると先ほどのメイドが夜月に色紙を持ってこう言った。
「あの、夜月くん! よかったらこの色紙にサインをしてください! 甲子園優勝チームの主将が来たとわかればきっとお店も盛り上がるし、高校野球ファンも来てくれると思うんです!」
「そういえば東光学園野球部はセルフチューバーとしても有名だったな、わかった。ここにサインしますね」
「ありがとうございます!」
「あの子は大の野球ファンでね、東光学園野球部の動画を毎日見ているほどなのよ」
「そうなんですね」
「あなたはもう引退したとはいえ、また来てくれるのを待ってるね」
「はは、俺一人では行きづらいですが、澄香と一緒ならまた来ます」
「ありがとう。それじゃあ最後はやっぱり……いってらっしゃいませ♪ ご主人さまにお嬢さま♪」
「澄香、メイド喫茶にもいろんな店があるんだな」
「そうですね。わかってもらえて嬉しいです」
「しかしあの野球好きのメイド、将来性を感じたな。野球系アイドルになれる気がする」
「晃一郎さんと出会えて嬉しそうでしたね。私ももっとアイドルのタマゴを見つけて事務所を盛り上げないと!」
「もうすっかりアイドルの先輩だな。いつまでも応援してるぞ」
「ありがとうございます♪」
「澄香、ちょっと疲れてないか? 足が少し震えてるぞ」
「あれ……? 本当ですね……慣れないハイヒールを履いたからでしょうか……?」
「少し休憩しよう、あのホテルで」
「あそこは……! はい、是非……」
夜月は澄香の疲労に気づいて小さなホテルで休憩することになった。
澄香はその小さなホテルの正体が何なのかを知っているようだったが、夜月は何も知らずにチェックインして入っていった。
そのホテルはカップルがよく訪れる休憩が出来るホテルで、部屋に入った夜月はようやくその事に気づく。
しかし夜月は紳士を貫き、澄香に淫らなことは一切せず、澄香をベッドに寝かせ、疲れたふくらはぎと太ももをマッサージした。
澄香はあまりの気持ちよさにウトウトし、最終的に眠ってしまった。
夜月は腕枕をしながら頭を撫で、そのまま寝かせてあげた。
3時間後に澄香が目を覚まし、そのままチェックアウトしようとした瞬間、夜月はカバンから何かを取り出した。
「澄香、ちょっと待ってくれ。どうしても渡したいものがあるんだ」
「はい、何でしょう?」
「澄香、高校生なのによくそんなの用意出来たなって思うかもしれないけどさ、俺は本気で澄香の事が……だから、澄香が高校卒業するまで待ってるから、俺と一緒に暮らしてくれ……」
「これってまさか……!」
「いや、ダメならいいんだ。俺たちまだ高校生と中学生だし、こんな大人みたいなことしてダメだってのわかってる。だとしても俺は……」
「嬉しいです……! 晃一郎さんがそこまで私の事を本気で……! 夢見てるみたいです……! もし晃一郎さんが……私が成人になるまで待っててくださるなら……その時はもう一度聞かせてくれませんか? 今は結婚は無理ですが……婚約者としてこれからはよろしくお願いします……///」
「澄香……」
「晃一郎さん……」
ホテルのチェックアウト寸前で夜月はプロポーズのために指輪を渡し、澄香はまだ結婚できないとはいえ嬉しさのあまりに感極まって嬉し涙を流した。
実はこの指輪は野球部だけでなく、個人でセルフチューバーとして稼いだ収入を使って指輪を購入したのだ。
澄香は嬉しそうに指輪を左手の薬指にはめ、夜月と澄香は強く抱き合って婚約のキスを交わす。
そして夕方になり、デートも終わって電車に乗って別れる。
「今日はありがとうございました。晃一郎さんが受験に合格できるように毎日お祈りします」
「ありがとう、俺は絶対に大学に合格してみせる。澄香もアイドルと学校、これからも頑張ってくれ」
「はい! では晃一郎さん……また初詣でお会いしましょうね♪」
最後の別れにも二人でキスを交わし、夜月と澄香はそれぞれ寮に戻った。
初詣も明治神宮で参拝し、晴れ着姿の澄香に見惚れている夜月だった。
そして受験の結果は……見事合格し、常海大学の教育学部としてこれからキャリアスタートをするのだ。
つづく!




