第164話 最後の文化祭に向けて
夜月たち三年生にとって最後の文化祭の準備を進め、三年生たちは受験や就活の息抜きに頑張ろうと意気込む。
夜月たちの担任の理英先生を筆頭にクラスの出し物である喫茶店に力を入れる。
とくに女子生徒のメイドコスプレ衣装は学園内でも好評で、男子の執事風のコスプレ衣装は女子からも黄色い声援が送られた。
とくに黄色い声援を送られたのは……
「ねえねえ! 甲子園優勝チームのキャプテンってさ~!」
「気づかなかったけど隠れイケメンだよね~!」
「前髪を上げた方がカッコいいよ夜月くん!」
「ついに夜月も人気者になったな」
「一年の頃は0票だったのが、今じゃ三年生でもトップ、全チームでベスト4の投票だもんな」
「別に大したことじゃない。俺は俺なりのベストを尽くしただけだ」
「またまた謙遜しちゃって~! 本当は嬉しいくせに!」
「正直言えば嬉しいが、自慢するほどのものじゃないし、みんながいなければ優勝なんかあり得なかっただけだよ」
「くぅ~っ! 大物だねえ!」
「これが夜月くんの強さなのかもしれないね。興味深いよ」
「やっぱりセルフチューバーとしても活動したから自信がついたのかな?」
「えっ? 晃一郎くんってセルフチューバーだったの?」
「松下は知らないだろうが、硬式野球部ではセルフチューブで動画投稿や試合の配信もしているんだぞ」
「そうなんだ」
「応援される身近なチームが理念だからな」
「は~い男子ー! おしゃべりもいいけど作業に集中もしてね!」
「すみません長谷川先生!」
「それと夜月くん、少しいいかしら?」
「いいですけど、何でしょうか?」
「ちょっと個人的な話よ」
「……?」
夜月は突然理英先生に呼ばれて教室を後にする。
個人的な話と聞いてあまりパッとしなかった夜月は納得しないまま職員室へ向かう。
職員室へ着くと、理英先生は夜月にようやく話をする。
「まずあなたの進路だけど、どうやら常海大学や日ノ本大学、王政大学、帝応義塾大学があなたに興味を持ってるらしいの。とくに硬式野球部として常海大学や日ノ本大学からアプローチが来ているわ。希望する学部があったら推薦を受けてほしいの。とくに帝応義塾はあなたの姉である都子の母校でぜひ我が校に来てほしいと言ってたわ」
「姉を知ってるんですか?」
「ええ、あなたのお姉さんと、男子バレー部の監督である山口さんとは中学から一緒なの」
「知らなかった……!」
「教育実習ではあなたとは違う学年にいて会う機会はなかったけど、こうして担任になれてよかったわ。友達の弟くんの指導が出来て嬉しいわ」
「それはどうも。姉の事を友達としてよろしくお願いします」
「ええ、わかったわ。話を戻すけど、あなたに大学進学の希望があるなら推薦って手もあるけどどうする?」
「いえ、俺は俺自身の力で合格してみせます。と言いたいけど、まだ志望校もないから一般受験にしようと思います」
「なるほどね、わかったわ。ちなみにスカウトを決めたのはね、日ノ本大に内部進学の須藤清くんと、常海大に内部進学する有原翼くんよ」
「あいつらか……って何で知ってるんですか?」
「知らなかった? 彼らが大学で欲しがってるのを小耳に聞いたのよ。」
「とりあえず推薦については考えさせてください」
「ええ、待ってるわ」
理英先生との個人的な話を済ませ、引き続き喫茶店の準備をする。
夜月は二年生から続けている文化祭実行委員の会議にも参加し、珍しく行われるミスコンの会議に出る。
翌日にはミスコンの参加希望者を立候補させ、有希歩と共に立候補者のリストを集める。
「それではミスコンの参加希望者は自ら立候補してください」
「はいはーい! あたしやりたいです!」
「私も参加してもいいかな?」
「私も参加したい!」
「私でよければいいよ!」
「クリスも参加する!」
「おお! 池上荘女子がこんなに出るならミスコンはもらったな!」
「しかも遠藤さんみたいなマドンナが出れば制覇は確実だ!」
「水瀬さんや高坂さんも可愛いもんね!」
「クリスもつばさも明るいからいけるわよ!」
「でもそうなると……」
「私たちじゃ出づらいなぁ~……」
「やっぱりこうなるな……どうする長田?」
「それなら立候補だけでなく推薦枠もしましょう。この中でこの子をミスコンに出したいって子はいますか?」
「それなら世奈様を出してほしいなぁ~!」
「世奈様は王子様だけど、今回はお姫様の一面を出してほしいの!」
「私は遠慮しておくよ。私は女らしくないからね」
「でも出てほしいの!」
「世奈様ならいけるよ!」
「参ったね、みんながそう言うならやってみるよ」
「さすが女優!」
「それなら私からは大和さんを出してほしい!」
「あー、大和さんはお淑やかで大和なでしこだもんね!」
「スレンダーでスタイルもいいしいいね!」
「ってみんな池上荘じゃんw」
「ん? それなら池上荘の女子全員出ればいいんじゃね?」
「それだ!」
「河西ナイス!」
「ええっ!?」
「奥原さんも出るよね?」
「みんな出てるからいけるよ!」
「私は……ミスコンに出たくない……! だって私……ブスで陰キャだもん……! みんなに心無い罵声を浴びるにきまってるよ……!」
「奥原……」
河西に推薦されたさやかは過去に自分は『根暗でブスだから』という理由で女子からいじめを受け、男子からも避けられた中学時代があった。
それですっかり見た目に自信を無くし、さやかは自分の事をブスだと思い込んだのだ。
河西はそんな事情を知らなかったとはいえ、さやかの涙を見て謝ろうとした。
すると何か閃いたのか麻美がさやかの方へ歩み寄る。
「さやかちゃん、放課後に池袋に行こう? ちょっと付き合ってほしいことがあるんだ」
「え……?」
「でもごめんね、代わりにミスコンにどうしても出てほしいの。ミスコンって一人で参加しかできないってルールだったかな?」
「いいえ、グループで出ても問題ないわ。でもどうしたの?」
「私はさやかちゃんと一緒のグループでミスコンに出ようかなって思ったんだ。さやかちゃん、私に任せてくれる? 絶対に『可愛い』って言わせてみせるから」
「遠藤さんがそう言うなら……やってみようかな……」
「さすがマドンナ……」
「これじゃあ私たちじゃあ敵わないな~」
「遠藤、是非奥原を可愛くしてくれ」
「うん、約束する」
こうして放課後に麻美とさやかは池袋に行くことになった。
夜月のクラスでは池上荘の女子が全員参加することになり、委員会で集計した結果は39人にまで立候補と推薦が来た。
そして放課後、さやかと麻美は池袋に着いて向かった先は……?
「え……ここって確か……」
「そう、ここは池袋にある世界最大のコスプレ専門店だよ。コスプレなら素顔をさらさなくても可愛く見せることが出来る。さやかちゃんが素顔に自信がないなら、メイクとウィッグで素顔を一部だけさらすということだね。でも……さやかちゃんがどうして片目だけ隠しているかわかった気がする」
「うん……やっぱりブスすぎてみんな素顔を見るのは嫌だから……。男子たちも私の顔を見て気絶するくらいだし……」
「それって……いや、絶対に可愛すぎて気絶してるだけだと思うよ? さやかちゃん、メイクしてないのに肌は綺麗だし、顔のパーツも整っててコスプレイヤー向けだと思うの」
「でも私はやっぱり……」
「まあそう簡単に自信を持てって言われても、過去の経験が辛いとそうなるよね。こうなったら、百聞は一見に如かず、一度コスプレしてみましょう」
「う、うん……」
麻美の提案でさやかは一度コスプレのメイクを学び、ウィッグのかぶり方やセットの方法、メイクや衣装作りまで店員にレクチャーされる。
さやかは今までキャラクターは生み出して描くくらいしかしなかったが、自ら作ったキャラになりきるのは生まれて初めてで新鮮だった。
麻美と店員の協力の下でさやかの姿は大きく生まれ変わった。
「嘘……!? これが私……?」
「さやかちゃんはキャラの気持ちを作るためにあえて自分でなりきるために演技も勉強してたよね? 世奈ちゃんから聞いたよ。きっとあなたはコスプレでもキャラになりきるタイプだと思うの。ごめんね、私の趣味に付き合わせちゃって」
「奥原さんだったね? 過去に何があったか常連の遠藤さんに聞いたけど、そんな心無い女の言う事なんか無視して、あなたの秘めた可能性を信じましょうね。長年プロのコスプレイヤーさんのタマゴを見てきたけど、あなたほどのダイヤの原石は見たことないもの。これでミスコンは間違いなしよ?」
「ありがとうございます……。私……やってみます!」
こうしてさやかは麻美の作戦によって自信を少しだけ取り戻し、ミスコンに出る決意を固めた。
しかしミスコンの基準は美しさを保つための努力と、それを鼻にかけない謙虚さと人前に出ても堂々とする自信、そして一番は『人々をより元気にさせられるプラスエネルギー』が多くあるかを基準にする。
見た目だけ美しいのは誰にだって出来る、だが心の美しさを出すのは非常に難しい。
ましてや両方兼ね備えるのは相当な勇気と努力と学習と経験が必要で、見た目だけの人間になったり、見た目で判断されて心を見てもらえなかったりするのはもったいないことだ。
それを危惧してミスコンは長年禁じられたが、夜月たち野球部の活躍で東光学園の女子生徒はそんな危惧など跳ね返せると思ってプラスエネルギーを基準にミスコン開催にまで至ったのだ。
リハーサルを終えてステージや展示会、スペシャルな芸能人ゲストのライブを終えて生徒たちは気分が上がってスタッフに徹することも可能になり、本番に向けて準備をより進めた。
ミスコンは当日になってからのお楽しみで、いわゆる一般開放していて仕事も終えた全生徒も参加できる後夜祭に行われる。
そしてついに、文化祭が始まった――
つづく!




