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第156話 決まらない勝敗

 5回の表で園田から鈴木に交代し、緩急自在の変化球で岡本を翻弄(ほんろう)する。


 しかし岡本は鈴木のチェンジアップにだんだんタイミングが合ってきた。


 それでも伸びのあるストレートで空振り三振に喫し、その勢いで井端(いばた)をショートフライ、柳田(やなぎた)にレフト前ヒットを許すも古田(ふるた)をセカンドゴロに打ち取った。


 5回のウラで天童がフォアボールで出塁すると、夜月(やつき)の打席で天童が盗塁成功、その隙にチャンスになった夜月がタイムリーツーベースで4対2に。


 すると平安館(へいあんかん)がピッチャーを変える。


「平安館学院のピッチャーの交代をお知らせします。松坂くんに代わりまして、ダルビッシュくん」


「げっ! あいつか!」


「ああ、まだエースがいたんですね」


 (さかき)(ヨウ)が真剣な表情でダルビッシュの投球を見て驚く。


 すると布林(ぬのばやし)が突然顔を青ざめ、それを察した木村が声をかける。


「あの人は苦手なんですよね……」


「布林は知ってたのか?」


「はい、一度だけ戦ったことがあって、その時は全く手も足も出ませんでした」


「そんなピッチャーが平安館に来るとはな、予想外だ」


「ううん、平安館は確かに偏差値(へんさち)が高いけど、偏差値が届かなくても武士道(ぶしどう)精神がある受験生への救済処置として育成科というのがあるんだ。そこで学力の向上(こうじょう)と武士道精神の教育、内部進学の推薦権(すいせんけん)を得るんだよ。優子……茶道(さどう)部の子が言ってた」


「そういやあいつ、本来なら平安館女学校(じょがっこう)を受けるつもりだったが、『家元以外の下で茶道を学んでほしい』と親の都合でうちを受けたんだったな」


 夜月とあおいは優子が話した平安館の事情を話し、ダルビッシュみたいに学力が低くても、武士道精神を持っていれば救済として育成科に特別入学できる制度を知ったチームメイトは驚く。


 東光(とうこう)学園のベンチがざわついている中で、古田とダルビッシュは調子を確かめるべくマウンドに集まる。


「どう? 調子は」


「最高だ。早くバッター相手に投げたいくらいだ」


「ずっと準備してきたもんね。君の多彩すぎるピッチングを扱うのは大変だけどここで抑えきろう」


 ダルビッシュの内や外に曲がる変化球、ゆっくり落ちたり曲がったりする緩急系、さらに急に落ちてくる縦の変化球も上手く使い分け、ストレートとの組み合わせも非常に上手く、松坂ほど荒れ球ではないので多少安定して三者連続三振を築く。


 6回の表ではジローが相手となり、鈴木はそのバットコントロールの餌食(えじき)になり、サードとレフトの間にポトリと落ちるヒットとなる。


 荒木が送りバントでジローを二塁まで送るが、小笠原(おがさわら)の確実にミートする力が(あだ)となってあえて打たされてレフトフライに。


 しかし松井が強打者のプライドからかフルスイングよりもチームバッティングに急に切り替え、まさかのセンター前タイムリーで4対3になる。


 鈴木は打たれ弱いところがあり、松井のスラッガーからの切り替えの早さに対応出来ずに焦り始める。


 その隙に大谷がまたもやフルスイングをかます。


 カキーン!


「これは規格外のパワーだ! 松井よりも打球が伸びるぞ! このまま入るか!? 入ったーっ! 大谷、ツーランホームラン! 5対4とついに逆転をしました!」


「まずい……タイム! ピッチャー交代だ!」


「僕ですか?」


「ああ、この悪い流れを君の笑顔で変えてくれ」


「わかりました。やってみます」


「東光学園のピッチャーの交代をお知らせします。鈴木くんに代わりまして、佐藤くん」


「これは総力戦になりそうだな……」


 笑顔を絶やさない佐藤を登板させ、佐藤自身の笑顔による勝ち運でチームの士気(しき)が上がり岡本をサードフライ、井端を三振、柳田をセンターライナーで打ち取る。


 佐藤の打たせて取るピッチングは、球速がどうしても遅くなるアンダースローには欠かせないスタイルなのだ。


 佐藤の奮闘(ふんとう)に一年が奮起(ふんき)し、西野がセーフティバント成功で出塁、尾崎はバッティングが出来ないからと送りバントに専念し、それを成功させランナー二塁に。


 水瀬(みなせ)がダルビッシュの投球にタイミングが合わずなかなかヒットにならないが、それでもファールで球数を増やしていった。


 次第にボールが甘くなったダルビッシュは、ついに水瀬相手に失投してしまった。


「しまった!」


「もらった!」


 カキーン!


 水瀬は小柄でパワーがないので前進守備をされがちだが、勘が鋭くミート力が高いので技術で飛距離を伸ばし、すぐに外野の頭を超えた。


 前進守備が仇となって西野はホームイン、これで5対5の同点となった。


 布林は当時のリベンジに燃え、どのボールが来るかよりもどのコースに来るかを予測することにした。


 すると内と外しか選択肢がなくなる代わりに、コースを絞ることでどんな球種が来ても対応できるようになった。


 その結果――


「アウトコース来た! どんな高さだろうと打つ!」


 カキーン!


「また一年が奮闘した! 布林、レフト前ヒット! これでランナーが一塁と二塁だ!」


「天童! 頼んだぞ!」


「おう!」


 お調子者の天才の天童は気合を入れて打席に立つが、ダルビッシュはピンチになると急に強くなるピッチャーで、さらにキャッチャーの古田の頭のよさで頭の悪い天童を翻弄。


 簡単に三振に取られ、夜月もいくら回復したとはいえ、フル出場を二度もして体や脳の負担が激しくダルビッシュの球速と変化球に対応が遅れセカンドゴロに。


 7回と8回は両校とも三者凡退で終わり、残るは9回のみとなった。


 9回の表、平安館の攻撃は――


「来い!」


「岡本は今日の試合は当たってないが、鈍感すぎて全然引きずってねえな。もし引きずってないならいずれは一発来るに違いない。ここまで鈍いと逆にプレッシャーなんか感じず自分のプレーが出来るんだよな。ここは強気で攻めるぞ、佐藤」


「先輩たちを苦戦させた打線との勝負は面白いなあ。一か八かだけでは勝てないけど、ここを抑えきったらヒーローになれるから楽しみだよっと!」


 スパーン!


「ストライク!」


「へえ、面白いストレート……」


「感心しているようだが多分今のでストレートの軌道がバレたと思う。アンダースローのストレートは下から投げるからどうしても多少浮いてしまう。ここは……」


「ツーシームで小さく沈めつつ球威を意識するんですね。シンカーでも出来るけど落差がある分、どうしても球威が落ちるから上手く使い分けないとだね!」


「沈んだ……?」


「ストライク!」


「ナイスボール!」


「ただ遅いだけでなくコントロールもいいのかあ……。アンダースローは面白いなあ……」


「まさかわざと球質を見極めてるのか? だったら……」


「一度外してボールゾーンですね。珍しく慎重(しんちょう)ですね、天童先輩っ!」


「ストレート……? しまった! スライダーだった!」


 スパーン!


「ストライク! バッターアウト!」


「やった!」


 岡本を上手く(だま)し、リリースポイントが分かりづらいアンダースローならではの投法に平安館打線は翻弄される。井端も柳田も独特の軌道についていけずに凡退した。


 9回のウラでは布林だが、ダルビッシュは『布林だけは手強い』と判断したのか変化球中心で攻め、ついにコースが絞れなくなって三振、天童は天才の名に()けてどこに配球するかを読んでライト前ヒット。


 四番の夜月は『金浜(かなはま)の時みたいにゾーンに入れたら……』と余計な煩悩(ぼんのう)(たた)ってショートゴロのダブルプレーに終わる。


 9回になっても決着がつかず、10回の表に入る。


 新暦(しんれき)ルールでは15回までの延長戦で、12回まではランナーなし、13回からはランナーが一塁と三塁に着くタイブレーク制を採用している。


 これは新暦の野球ファンが『延長戦でランナーがいない状態でどれだけチームが点を取れるかを試したい』という気持ちと、『それでも点が入らないならタイブレークでチャンス時の力の両方を見たい』という要望でタイブレークの有無(うむ)の両方を採用している。


 それは高校野球だけでなく、世界中のプロアマ問わず野球やソフトボールで共通のルールとなっている。


 西暦の事情とは何度も言うが2000年の歴史を経て変わっているのだ。


 10回の表で東光学園に動きが出る。


「東光学園、選手の交代をお知らせします。キャッチャーの天童くんに代わりまして、津田くん」


「監督、どういうことですか?」


「あの平安館は帝応義塾(ていおうぎじゅく)覇世田(はせだ)実業にも負けない学力と頭のよさがある。延長戦ともなるとキャッチャーで頭を使いすぎると天童は頭痛が起きるらししい。本来なら吉永を送りたいが、ランナーがいないという事は出た時に少しでもさせる可能性がある津田の方がいい。ただ心配なのは……彼は天童よりも頭が悪いという事だな」


「まあでも声出しについては評価してますし、今の重い空気では適任かもです」


「しまっていこーぜ!」


「おー!」


 津田の一声で雰囲気(ふんいき)が明るくなり、天童はプレーで引っ張るスタイルなら津田は雰囲気で引っ張るキャッチャーで、どんなピンチでも不利な状況でも声出しが絶えることがない。


 ジローに頭の悪さを悟られるが、佐藤の笑顔投法も重なって勝ち運の上がった東光学園を止めることが出来ず、ついにジローは今大会初の三振をした。


 すると平安館ベンチはあまりの光景にショックを受ける。


「あのジローが三振した……!?」


「佐藤ってピッチャーはすごいぞ……!」


「天才の天童でさえ三振しなかったのに、津田ってキャッチャーもなかなかだぞ……!」


「てか津田って頭が悪かったんじゃあ……!?」


「克服したのさ、『雰囲気と勢いだけで試合には勝てない』って讃州(さんしゅう)中央の犬吠埼風太(いぬぼうさきふうた)の言葉が響いたのさ。それで俺にキャッチャーの配球論の本を合宿所で借りて何度も読み返してたんだよ。しかも……ボロボロにして返しやがったんだ。ちゃんと実践(じっせん)出来ないと『レンタル料金払ってもらう』からな?」


 津田は夜月のキャッチャー理論の本をボロボロになるまで読み返し、単純リードを活かしつつもちゃんとピッチャーの特性を考えたリードも出来るようになった。


 さらにバッティングはどうしても無理だったが、牽制(けんせい)での送球までの動きをよりスムーズに出来るようになり、荒木にサードの内野安打を許すも、盗塁されても牽制で刺してツーアウトに。


 小笠原もその津田の急成長に驚き、アウトコースのボールゾーンギリギリまで攻めたところで見逃し三振になった。


 だが東光学園も津田の成長を見て奮起するもなかなか得点に絡めなかった。


 平安館もチャンスは回ってくるも佐藤と津田の相性のいいバッテリーに翻弄され、雰囲気にも流されて思うように後続が続いてくれなかった。


 13回にまで持ち込まれタイムブレークになると津田から吉永にキャッチャーを、ピッチャーを佐藤から全開ピッチングの川口に交代。


 一方の平安館も14回表でダルビッシュから上原浩二(うえはらこうじ)に交代、ここでお互いに本格派中継ぎピッチャーを当てることで決着をつける作戦だ。


 その結果、タイブレークのため何度もお互いに失点を4点ずつで8対8になり、15回のウラになってツーアウトの場面で夜月がフルカウントまで粘った。


「勝利への執念(しゅうねん)を感じるが、彼のことだから一発はもう狙ってないと思う。味方がサヨナラを打ってくれると信じてるんだろう。ここは打たせて取って自信を失わせよう」


「その方がいいな。ここで終わらせてやるっ!」


「ストレート……! もらった!」


 カキーン!


「しまった! 守備力はいいが捕球に不安があるセンターへ行った!」


「ライト! 一応カバーに入って!」


「おう!」


「ここで負けたら先輩たちは引退に近づいてしまう! 絶対に捕ってみせる! うおぉぉぉぉーっ!」


 パシッ!


 柳田は全力疾走で後ろに大きく飛んだ打球に追いつき、どう見ても抜けるあたりをギリギリのところでキャッチした。


 その後柳田は転がるように転倒し。上手く受け身と取って『捕ったぞ!』とグローブを上に掲げてアピールする。


「アウト! ゲームセット!」


「うおーっ! あのチームスゲー!」


「延長戦でも決まらないなんて!」


「これは再試合ね!」


「次の日も総力戦になりそう!」


「平安館学院と東光学園の試合は、8対8で引き分け、翌日の再試合とします! では……礼っ!」


「「ありがとうございました!」」


「やるな、平安館」


「そちらこそやるじゃないか」


「明日は必ずうちが勝つ」


「それはお互い様だよ。明日は最高の試合にしよう」


「もちろんだ」


 古田と夜月は固い握手を交わし、明日の再試合に向けて再調整する。


 しかし東光学園側の一年生は、一年目でいきなり大舞台でフル出場のためか疲労が目立ちすぎていた。


 投手陣も残るは榊と楊、そして井吹のみとなり、二刀流でも木下(きのした)や水瀬はフル出場で疲れ切っている。


 二刀流で残りは坂本のみとなり、次の試合でも総力戦となりそうだ。


 一方の平安館もエースの松坂を失い、ダルビッシュや抑えのエースの上原でさえも抑えきれなかったことが痛手になり、残すは層が非常に厚いとはいえ田中将尋(たなかまさひろ)前田健人(まえだけんと)、抑えの第二エースの藤川龍児(ふじかわりゅうじ)、先ほど指名打者だった二刀流の大谷のみとなる。


 両校ともレギュラーやエースの何人かを大幅に消耗(しょうもう)し、両監督は明日の再試合のオーダーを考え直した。


 つづく!

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