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第154話 決勝戦の前に

 記者たちは予定よりも早く来た選手たちに多く取材をしようと流れ込み、主将である夜月(やつき)は取材に淡々(たんたん)と応じる。


 しかもここまで選手は全員試合に出ているので、選手全員が取材を受けることになる。


 取材を終えると、学校関係者や全国から集まった父母会、卒業生が数多く集まり選手たちにとって最後の交流の時間となった。


晃一郎(こういちろう)! 応援に来たぞ!」


「父さん! 母さんに暁子(あきこ)陽平(ようへい)も来たのか! それに……姉さんや兄さんも忙しいのに来たのか! てか、じいちゃんとばあちゃんまでか……!」


「孫の甲子園を(おが)めるなんてなかなかないからのう。市長から退(しりぞ)いたがまさかこんな大舞台に立てるとはさすがじゃわい!」


「そうねえ、都子(みやこ)ちゃんも輝明(てるあき)くんもラクロスやアメフトで全国に出れなかったし、陽平くんもまさか強化選手で終わったのに、晃一郎くんだけは日本一になれるかもしれないんだもの」


「晃一郎兄さん、優勝目指して頑張ってね!」


「がんばれー! お兄ちゃーん!」


「弟よ、俺はアメリカのプロアメフトチームからスカウトが来たんだ。優勝して自慢の弟だと言わせてくれよな?」


「ほら晃一郎~、お姉さんがぎゅ~してあげるからおいで?」


「また姉貴は酒に酔ってるな! いつも担いでるこっちの身にもなってくれよ!」


「はは……姉さんはよほど俺の大舞台が嬉しいんだと思うぞ」


 家族水入らずで話し込み、姉の都子が酒に酔って兄の輝明が呆れていると、池上荘(いけがみそう)の男友達が駆け寄って来る。


「夜月!」


「その声は……黒崎! 郷田(ごうだ)に林田、河西(かさい)に阿部まで!」


「遠藤とクリス、長田(ながた)は応援の準備で遅れるけどな!」


「僕たちより早く全国の決勝戦だもんね、悔いを残さないようにね」


「俺たちはアルプススタンドで応援してる」


「俺でも出来なかった優勝……頼んだぞ」


「ああ!」


 池上荘の男友達と話していると、今度は池上荘の女子たちから声をかけられる。


「夜月-!」


「中村! 大和(やまと)や奥原も! クリスや遠藤に長田は間に合ったのか! てか……白波吹(しばぶき)はスケジュール大丈夫なのか?」


「大丈夫さ。夜月くんだけでなく従弟(いとこ)の純平くんもいるからね」


「そういやそうだったな」


「あのっ! 優勝……してね!」


「あたしら全員あんたのファン第一号だから! 全力で応援する!」


大和組(やまとぐみ)一同、東光学園硬式野球部を応援致しますわ」


「クリスもチアで全力で踊ったり声を出すね!」


「私もブラスバンドで思い切り演奏するからね」


「生徒会長として言うわ。私たちの目の前で優勝してね?」


「わかった!」


 女子たちと会話が弾むと、照れくさそうに隠れる瑞樹につばさが声をかける。


「ほら瑞樹! あんたも! もう弟くんには一言言ったんだろ?」


「う、うん……。えっと……(こう)ちゃん。絶対に勝ってね!」


「ありがとう、みんな……」


「あ、そうだ! 意外なゲストもいるんだぜ? ほら!」


 つばさは決勝で戦う夜月にサプライズを渡そうし、夜月は『意外な人物とは誰だ?』と首をかしげて振り返ると、そこには澄香がいた。


「晃一郎さんっ♪」


「澄香! 澄香じゃないか! 確かライブまでもう少しじゃなかったか?」


「大好きな恋人の応援に行きたかったので埋めてきました♪ 晃一郎さんが優勝するのを私は信じてます! だから……優勝してくださいね! 約束ですよ?」


「お、おう……。地味にプレッシャーをかけるな……」


「晃一郎! お前さんにスペシャルなゲストが来ているぞ! 晃一郎が生まれる前からの付き合いでな、ワシと苦楽を共にした親友たちじゃ!」


「誰だ……?」


 夜月の祖父であるバルクスが誇らしげに夜月にゲストを紹介するが、夜月には身に覚えがないので疑問に思いながらバルクスについて行く。


 すると年の差はあるが、夜月を見つけたのかバルクスの旧友である消防士の制服を着ている男性に声をかけられる。


「晃一郎くん!」


「その声は……如月(きさらぎ)さん! 鮫洲(さめず)さんに草野さん、ロマノフ先生に花咲姐(はなさきねえ)さんも! 蝶野(ちょうの)さんに鷹宮(たかみや)さんまで! 月影(つきかげ)先生も来てくれたんですね! 皆さんお仕事は大丈夫なんですか?」


「おお! そこは心配ないぞ! 有給使ったからな!」


「私も有休を使った。それに夜月さんの孫が出るんだ、応援するに決まっている」


口下手(くちべた)だなあお前は相変わらず。君が決勝に出ると聞いて陸軍からも『行ってこい』と言われたんだ。」


「あんなに小さかった晃一郎くんがいまじゃ甲子園とはな! そらワシも年を取るわ! がっはっは!」


「そうねえ、あなたが命を粗末(そまつ)にしなくてよかったわ。生きてきたからここまで来れたのよ?」


「頑張れよ晃一郎くん! 俺も応援してるからな!」


「よく川崎国際の悪事に負けずここまで来た。私は嬉しく思うぞ」


「今度君の体を見せてくれたまえ……。何か不思議な力を感じるのでね……」


「皆さん……忙しい中ありがとうございます! これからも祖父をよろしくお願いします!」


「わっはっは! お前さんたちは相変わらず、いい肉体をしているのう! どうじゃ! ワシらの肉体美を見てパワーを蓄えるがいい! 晃一郎は小さい頃はワシの筋肉を見て喜んでおったからのう!」


「じいちゃん、それに皆さん……。公共の場で脱ぐのはやめてくれ。捕まったら恥ずかしいから、それは優勝したら合宿所でゆっくり見せてくれ」


「わっはっは! 晃一郎は相変わらずクールじゃのう! じゃが、優勝したあかつきにはワシらの肉体を見るという約束は果たしてもらうぞ!」


「本当にじいちゃんは変わらねえな……。ばあちゃんもよく長年夫婦でいられたな」


「主人を見てると、こっちまで元気になれるのよ? 私もヨガやストレッチをずっと指導してるけど、もう年だからってあきらめちゃダメだって思えるのよ。だから晃一郎くん、最後まで試合を諦めないでベストを尽くしなさい」


「ああ!」


 ここで会話しているのは、夜月の祖父と苦楽を共にした友人たちで、夜月の生まれた頃をよく知っている。


 消防士で小さいが八重歯(やえば)のある熱いイケメンが如月竜馬(きさらぎりょうま)


 あごひげが生えてて口下手な警察官が鮫洲海斗(さめずかいと)


 黒髪オールバックで非常にガタイがいい陸軍兵が草野玲央(くさのれお)


 スキンヘッドで豪快そうなロシア人とのハーフのおじさんで中学校教師のロマノフ寅吉(とらきち)


 救急(きゅうきゅう)救命士(きゅうめいし)で派手な茶髪のオカマが花咲雅美(はなさきつねみ)


 コートジボワール人とのクォーターで長いドレッドヘアが自慢のボクサーの蝶野拳士郎(ちょうのけんしろう)


 リーゼントでメガネをかけてる顔にネコの引っかき跡が残る極道の鷹宮京太郎(たかみやきょうたろう)


 白衣を着たまま来たのか無精(ぶしょう)ひげのままで怪しげな瓶底(びんぞこ)メガネをかけた医者の月影優治(つきかげまさはる)


 年齢はバラバラで知り合った当時より老けたが、それでも肉体は見事で全員筋肉が発達していた。


 両親とも面識があり、都子や輝明にとっても親戚(しんせき)叔父(おじ)のような関係だ。


 思い出話をしていると、ついに生徒会長の有希歩(ゆきほ)が入場時間を知らせる。


「そろそろ時間のようね。みんな、指定された場所に集まって応援の準備をしましょう。父母会(ふぼかい)の方はあちらへ。ブラスバンドはあちら、チアリーディングはあちらよ」


「もうそんなに()ったか。じゃあな夜月、頑張れよ」


「ああ!」


 こうして東光学園の同級生たちと再会し、恋人の澄香にもエールをもらって夜月はすごく励みになった。


 『こんなに応援されてるんだからみっともない真似は出来ない』、そう心に(ちか)って本気のオーダーを既に考えてあった。


 もちろん応援に来たのは同級生や家族、恋人だけじゃない。


「晃一郎!」


「その声はまさか……! ロビン先輩!?」


「久しぶりだね! チームの監督が『愛弟子(まなでし)の応援に行ってやれ』って言ってくれて休暇(きゅうか)をもらったんだ!」


「そうだったんですか!? 大胆な監督ですね!」


「僕もいるよ」


「渡辺先輩も! 麻友美(まゆみ)ちゃんも来たんですね」


「あの……夜月お兄さん……頑張ってください……!」


「頑張るよ」


「ヘイ! 晃一郎!」


「夜月、随分大きくなりやがったな!」


「中田先輩! ホセ瀬先輩や田中先輩、本田先輩まで!」


「俺が送球のコーチをしてから急成長したみたいだな晃一郎! 俺は嬉しいぜ!」


「キャッチャーとしても一皮むけたみたいだしな。天童も頭で考えるようになって嬉しいぞ」


「松井は医者になるために忙しいから来れなかったが、せっかくの甲子園だ、精いっぱい頑張れよ」


「頑張ります!」


 野球部の卒業生も数多く訪れ、それぞれの進路で成功に近づいている姿を見て夜月もいい励みとなった。


 他にも夜月が所属していた下作延(しもさくのべ)レンジャーズの後輩たちも応援に訪れ、先輩として偉大な背中を見せることになる。


 それほど東光学園が与えた野球の影響は大きく、とくに川崎市では愛される存在となったのだ。


 夜月は(のど)(かわ)いたので水分補給しようとすると、車椅子姿の女性がいた。


 それも見覚えがあるので勇気を出して声をかけてみる。


「すみません、もし東光学園の応援ならあちらですよ? 平安館(へいあんかん)なら向こうですが……」


「まさかあなたがここまで来るなんてね、夜月くん」


「その声って……!? 黒田先輩!? 黒田先輩じゃないですか!!」


「神奈川県予選決勝以来ね。こんなにたくましくなって……声ですぐに分かったけど見違えたわ」


「そんな……俺なんて黒田先輩がいなかったら終わってましたよ。灰崎(はいざき)先輩がいなかったからちょっと気づきませんでしたが」


真奈香(まなか)は選手一人ひとりに取材してて、ちょうどあなたが最後ね。あなたのことを探していたみたいだからさっき私の所にいるって連絡したわ。まだ時間があるなら取材に応じてくれないかしら?」


「ぜひとも!」


 純子(じゅんこ)に言われしばらく待つと、向こうから真奈香がようやく到着し合流した。


 取材内容は今の気持ちと決勝に向けての意気込み、さらに夜月個人で応援してくれたファンのみんなへの感謝の気持ちを伝えて取材を終える。


 真奈香は安心したかのようにカメラをしまい、メモを残して夜月にこう伝える。


「あなたの取材を聞いて思ったわ。選手全員を試合に出すなんて、よほど全員を信頼しているのね。頭を打ってから立ちくらみもなくなったみたいだし、回復してくれて嬉しいわ。純子はあなたが倒れたと聞いたとき、すごく悲しそうに試合を見て、搬送されたときに涙を流していたの」


「真奈香、それは言わないで……?」


「ごめんなさいね、それほどあなたのこと……」


「真奈香……!」


「俺のこと……何ですか?」


「いいえ、何でもないわ。あなたはあなたのやるべきことを成し遂げてね」


「は、はい!」


「夜月くん! 民主党のことは私たちに任せて野球に集中してね? 今はあなたたちの応援に全力を注ぐけど、甲子園が終わったら一緒に協力してほしいの。だから……必ず優勝してほしいの。私も夜月くんの……ファンなのだから」


「そこまで言われると照れますね……。ファンだというなら、そのファンの目の前で格好悪いところ見せられないですよ。深紅(しんく)の優勝旗、必ずや学園に持って帰ります」


 こうして覚醒のきっかけを与えた師匠である純子と真奈香と別れ、夜月は選手控室へ向かう。


 夜月たち選手はユニフォームに着替え、あおいも制服のスカートに背番号27番を着けたユニフォームを着る。


 ヘッドコーチや部長兼顧問の理英(りえ)先生も着替える。


 石黒監督に至っては……


「そういや知ってるかみんな、石黒監督はあまりにも楽しみすぎてバスの移動の時でもユニフォームのままだったんだぞー」


「マジっすか監督!?」


「うるさいぞ山田! 君なんてあまりにも楽しみすぎて一番最初に目覚めてたじゃないか!」


「試合が楽しみなのは仕方ないじゃないですかー!」


「だったら俺だって楽しみで早く着替えたのも普通じゃないかー!」


「何だ、みんな楽しみすぎて早起きしたり着替えが早かったりしたんじゃん」


「そうですね。こんな大舞台に立つことなんてそうそう出来ませんしね」


「燃えてきたし……やるしかないね」


「よし! 今から俺が考えたベストのオーダーを発表するぞ! 今日は――」


 夜月は最後のスターティングメンバーを発表し、選手一同は真剣な顔で夜月を見つめた。


 それは一体……?


 ウォーミングアップやシートノックを終え、スターティングメンバーの発表の時間がやってくる。


 今日の両校のスターティングメンバーは――




 先攻・平安館学院



 一番 ライト 鈴木次郎(すずきじろう) 三年 背番号9


 二番 セカンド 荒木隆博(あらきたかひろ) 三年 背番号4


 三番 サード 小笠原道信(おがさわらみちのぶ) 三年 背番号15


 四番 レフト 松井秀樹(まついひでき) 三年 背番号7


 五番 指名打者 大谷公平(おおたにこうへい) 二年 背番号10


 六番 ファースト 岡本拓真(おかもとたくま) 一年 背番号13


 七番 ショート 井端弘康(いばたひとやす) 三年 背番号6


 八番 センター 柳田悠樹(やなぎたゆうき) 二年 背番号18


 九番 キャッチャー 古田敦史(ふるたあつし) 三年 背番号2


 ピッチャー 松坂大介(まつざかたいすけ) 三年 背番号11





 後攻・東光学園


 一番 セカンド 水瀬光太郎(みなせこうたろう) 一年 背番号25


 二番 サード 布林太陽(ぬのばやしたいよう) 一年 背番号5


 三番 キャッチャー 天童明(てんどうあきら) 三年 背番号2


 四番 レフト 夜月晃一郎(やつきこういちろう) 三年 背番号3


 五番 指名打者 清原和也(きよはらかずや) 三年 背番号13


 六番 センター 木下泰志(きのしたたいし) 二年 背番号8


 七番 ファースト 野村悠樹(のむらゆうき) 二年 背番号23


 八番 ショート 西野崇(にしのたかし) 一年 背番号6


 九番 ライト 尾崎哲也(おざきてつや) 二年 背番号9


 ピッチャー 園田夏樹(そのだなつき) 三年 背番号10




 ――となった。


 整列を済ませ、両行の主将である夜月と古田が握手を交わす。


 東の名門の東光学園と、西の名門の平安館学院という東平戦(とうへいせん)が行われることでマスコミや高校野球ファンが多く押し寄せる。


 第1回・新暦(しんれき)高等学校野球選手権大会が行われて以来ずっとライバル関係で、高校野球界の革命児(かくめいじ)と高校野球界の最後のサムライが何度もしのぎを(けず)り合っていた。


 そんな白熱した試合が、今はじまるのです。


 つづく!

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